あの日のことを忘れはしないだろう。
教えてもらった住所まで一人で向かわされた。
両親に聞いても何も答えてはくれなかった。
電車が止まり、降りる駅に差し掛かったところで駅員が人混みを分けて出てきた。
手に持っているのは電車用のスロープだった。
乗る駅でも要らないと言ったのに。
「はーい 道を開けてください。すみません、ご協力ありがとうございますゥ」
「別にいらないよ」
「は?」
駅員が呆けた瞬間、グン、と車椅子に力を込めて車輪を跳ね上がらせた。車椅子は電車とホームの間を跳ねて飛び移る。
「なんだ なんだ なにがあったんだ?」
何か聞かれる前に人混みをかき分けて先へ進む。
電車のホームを抜けたあと、ジョニィはとあるビルの前に来ていた。
よくある五階建てのコンクリートビル。入ろうと扉を探す。あった、隣にはインターホンがついていた。
ピンポーン
鳴らしてからしばらくして、応答があった。
「誰だ? 新聞ならとらねぇぞ」
「電話させていただいたジョースターです。約束通りぼくだけ、ジョニィ・ジョースターだけです」
「……そうか。じゃあ横の階段で登ってきてくれ」
声の通り、扉の先には階段があった。
「えっ あの〜、ぼくは車椅子なんですけど」
「わかってる。両親から話は聞いてるが、まずはその階段を登ってくるんだ」
ガチャリ、とロックが開いた。
扉を通りながら、ジョニィはわけがわからないと考えていた。
年端もいかない子供を一人でここまで連れて来させ、更に車椅子だというのに階段を登ってこいと命令する。
「面白い……やってやろうじゃないか!」
僕は歩けるようにならなくてはならない。立派なヒーローになる為にも、こんなところで躓いてる時間はないんだ。
「おおおおおおお!」
ガシャアアア
車椅子を投げ出して、階段の端についていた手すりにしがみ付いた。
「のぼり切ってやるッ そして絶対に……歩けるようになってみせるっ!」
「…………」
それまでインターホンは繋がったまま、無言だった。だがその時
「そういえば言い忘れていたな。オレがいるのは最上階だ。頑張って来いよ」
「えっ ちきしょおおおおおおお‼︎」
その声を聞きながらインターホンの向こうの男、ジャイロ・ツェペリはゆったりと椅子に腰掛けていた。監視カメラの映像をテレビにモニターして、静かに待ち続けていた。
「来れますかねあの小僧」
「無駄無駄 救急車呼んだ方がいいんじゃないですか」
事務所には一人だけじゃなかった。ジャイロ以外にもう二人ほど、スーツを着たセールスマンのような風貌の男たちがいた。
「それでですねェ、ジャイロ・ツェペリさん。本題に入らせていただきます」
「このビルを売っていただきたいのです。駐車場を作る為にも、ここへサインをしていただきたいのですよ」
男は真っ黒で薄いスーツケースの中から、数枚の書類を取り出す。それは土地の権利を譲るというものだった。
「何度言ったらわかるかな。来てもらっても無駄なんだ、譲るつもりはないぜ」
「そう言われましても、ツェペリさん。あなたここ最近、『ヒーロー活動』をしてないそうじゃないですか」
「そうですよ 市長も言ってました。税金を食らうだけのヒーローに居場所はいらないって」
スーツ男たちの言う通り、ジャイロ・ツェペリはここ数ヶ月間ヒーロー活動を行なっていなかった。
理由を説明するのは簡単だった。だが、したくなかった。ここでその理由を説明して逃げるのは、自分が納得できなかったからだ。
だからあの子を今日呼んだんだけどな。
「わかった、降参だ。そこまで言われちゃオレも何も言えないわ。ただ、ちょっとだけチャンスをくれないか?」
「ああ?」
ガタァ
「チャンスも何もねえよ、さっさとその書類にサインしてくれりゃそれでいいんですよ」
「おい落ち着けって。すいません、こいつ短気なもので」
「い〜や、別に気にしてないぜ。ただそのチャンスってのはおたくらにとってほとんど、ノーリスクハイリターンなものだ」
ゴクリ、とセールスマン二人は喉を鳴らす。それを見てジャイロは、ニョホッとこっそり笑みを浮かべていた。
腕が痺れてきた。
それがどうした。まだ痛みを感じられる。まだ動く!
まだ二階の途中までしか来ていない。体力も限界だ。
逆だ。もうそこまで来ているんだ。力尽きたなら、ここで眠って体力を回復すればいい。
「必ず……ぼくはヒーローになるんだ。その為なら、こんなところで立ち止まってる場合じゃない!」
「お、おい きみ大丈夫か? 手を貸そうか」
住人らしき男が手を貸そうと言ってくるが、その手を払い除けた。衝撃で手すりを持ってた手が滑って何段も転げ落ちる。
「大丈夫かおい!」
「触るな‼︎ ぼくに触るんじゃない。手助けもいらない! 手を貸すなんてしてみろ、その瞬間に僕の爪があんたの手を切断するぞ」
ジョニィの爪が彼の指の上で回転を始める。
グルグルグルグルグルグル
「わ、わかったよ! チェッ 親切で言ってやったのによぉ」
ブツクサ言いながら降りて行ったあと、ジョニィは滑った手すりに手を伸ばして捕まると、再度登り始めた。
だがその手は止まる。機械の雑音が突然聞こえてきた。見ると階段の上に、監視カメラとスピーカーが付いていた。それから発されていたのだ。
〈おい、お前。今のは個性か?〉
「………そうだけど? なにか 別に見せただけで使ってないだろ。違反じゃないと思うけど」
〈そういうんじゃねぇ。お前さんそれを使ったら、もっと早く登ってこれたんじゃねえか?〉
「………ッ!」
〈図星みたいだな なんでだ?〉
「別にいいだろ。あんたに説明する義理はない。階段を登ればいいんだろ。今日中には登ってやるからゆっくり待ってろ」
またしても登り始めたジョニィの足を見たジャイロは、表情こそ変えなかったが驚いた。
「あの足……折れてるな。それも一箇所じゃねぇ。突き出てるとこまであったな」
一瞬映ったジョニィの足を見たあと、ジャイロはある事に気付いた。
なんでいままで気がつかなかったんだ。モニターはずっとしていた。なのに気がつかないか? 偶然……なわけねぇか。
「ハァ ハァ ハァ うおっ!」
やはりだ。ジョニィ・ジョースターはわざと怪我をした足を見られないようにしてやがる。
ジャイロは手元のボタンを押して階段のジョニィに声を繋げた。
「おい、ジョニィ・ジョースター。やっぱり時間制限付きだ。今から10分以内にここまで来い。来れなきゃ足を治す方法は教えられねぇ」
〈はっ 何を言ってるんだ! 話が違うッ!〉
「関係ないね。治したけりゃさっさと来な」
「まっ……………」
さあ、どうする。ジョニィ・ジョースター。