ジョニィ・ジョースターは車椅子だ。
電車に乗る時も満員では乗れないから、予定の時間よりずっと早くに家を出なくてはならない。
爪の回転で高速で車椅子を動かすこともできるが、車体自体が保たないので一度限りの無茶苦茶な方法だ。
だから、ジョニィは考えた。もっと他の移動手段が必要だと。
「ジャイロ……たしかに僕は車椅子以外の移動手段を探してくれと頼んだ。下げたくもない頭を下げて、苦渋の決断で君に『お願い』したんだ」
「だから連れてきてやったんだろ? この農場によォ〜」
スゥ〜〜 はぁぁぁ〜
いい空気だ、と深呼吸するジャイロに、ジョニィは再度問いかけた。
「だから、僕は移動手段が欲しいんだよ。もっとあるだろ? ホバリングする近未来的なヤツとか、もっと便利なやつがさぁ」
「ダメだ」
正直、めんどくさいと思った。どうしてこんな田舎くさいところに来なくちゃいけないんだと。臭いもなんだか糞尿のようなとてつもない臭いがしてきた気がする。
「どうしてそんなにこだわるんだよ……って、勝手に動かすなっ!」
「まあまあまあ、別にいいじゃねぇかよ。これからその『移動手段』の元へ案内してやっからよ。ありがたく思いな」
そう言ってジャイロは、またいつものようにニョホと笑う。こう笑ってる時は、大概僕が嫌な目に遭う時だ。
そしてその予想は的中した。
連れてこられたのは馬宿だった。
「おー! ツェペリさん、こんちわ〜」
「こんちわ〜、元気そうだな!」
農夫と話すジャイロ。だがジョニィの内心は穏やかじゃなかった。
「おい、まさかジャイロ・ツェペリ……」
「そのまさかよ、お前さんにはこれから馬を選んでもらう。それがお前さんの足となる相棒だ」
おいおいおいおい、ふざけんじゃ無いぞ。
「お前、ぼくをからかってるのか? この身体でどうやって馬に乗るっていうんだよ。手伝ってもらうならともかくだぜ」
「安心しな……その技術ならもうお前さんは持ってる」
「は? それはどういう……」
シルシルシルシルシルシルシルシルシルシルシルシル
「気づかないか? お前さんの右肩を見てみな」
「あっ!! 鉄球……そんなバカなっ、回転してる鉄球が… どうして何も……」
パシッ
鉄球はジャイロの手に戻り、回転をしたまま留まっている。
「Lesson2……『筋肉に悟られるな』だ。手首をこう掴むと、それを振り払うために筋肉に自然と力が入る。皮膚までだ! 皮膚までなら筋肉は異常に気付くことはない。皮膚を支配するのだ」
ジャイロがジョニィに回転の止まった鉄球を投げ渡す。
「皮膚を……」
それをジョニィはしばらく見ると、顔を上げて今度は馬たちをじっくりと見ていく。
自分に観察眼などない。だけど、これからぼくの相棒になる馬を選ぶとなると集中せざるを得なかった。
「この馬だ! この馬に決めた」
ジョニィが決めたのは、馬たちの中でも特に勇猛そうな茶色い毛並みの馬だった。だが、そこへジャイロが待ったをかけた。
「あ〜〜〜、すまねぇがそれはおれの馬だ」
ジョニィは、一気に恥ずかしさがこみ上げてくる感覚を味わった。
「だったら初めからそう言えっ! 紛れ込ませとくかフツー!?」
「まあまあ落ち着けって。別に他意はない。だけどお前の観察眼は本物だぜ、自信を持て」
そう言って愛馬を撫でるジャイロは、単に自分の馬が可愛いのだろう。
気を取り直して、もう一度馬宿の中を見る。だが、あのジャイロの馬以外に良さそうな馬は無いと思ってしまう。
「なあジャイロ、ここの馬はこいつらだけなのか? 他には?」
そういうと、ジャイロは表情を曇らせた。なんだ? 他にもいるのか? 訳あり……なのか?
「ん〜、一応居るには居るんだけどなぁ」
やっぱりそうだった。どうやら訳ありらしい。
「それも見せてくれないか?」
「……わかった。まあダメで元々だ。こっちに来い」
ジャイロに連れてこられたのは馬宿から少し離れた場所。木の柵に囲まれたそこには、一頭の馬が練り歩いていた。それをジャイロは顎でさす。
つられて見ると、納得した。
白の中に黒い豹のような斑点がある一般的なアパルーサだが、その目つきは鋭く、乗せてもらうことも出来ないだろうことがうかがえた。
だが逆にジョニィはその馬に見惚れた。その眼光の鋭さに見惚れていた。
それを横目で見るがあえてジャイロは気づかないフリをして、目の前の馬の説明をする。
「こいつはいわゆる暴れ馬ってやつさ。おれが乗っても全然言うことを聞かない。更に年老いている馬だ。買ったところでそう長生きはしねぇよ」
しばらくの沈黙を挟み、ジョニィは問いかけた。
「なあジャイロ、さっき言ってた……馬の乗り方を教えてくれないか」
とても静かに、和やかな雰囲気を漂わせていた。それにジャイロは、静かに答える。
「回転だぜ……回転が答えだ」
「そうか……」
それだけ言うと、ジョニィは車椅子から柵へ飛び移った。
「くっ……ハァ ハァ 」
それを見た農夫は、仕事を忘れ大慌てで近寄る。
「おおおい あんたそいつは危険だッ! すぐ離れるんだよ!」
「近寄るなっ!」
意外、そう言ったのはジャイロだった。ジャイロはジョニィを止めようとする農夫に向かって叫んだ。
「安心しろ、何かあれば俺が責任を取る……おたくは作物の収穫でもしてな」
「せ、責任って……一応ここはわたしの農場なんですよォ? もし何かあれば私にだって責任は」
「いいから黙ってろ! ヒーロー『ボール・ブレイカー』が全責任を取るって言ってんだっ!」
「はっ、はいィイ!」
再び視点はジョニィの方へ戻る。すでに柵を超えて向こう側へ降りたジョニィは、爪による移動を使わず這いつくばって馬の元へ進んでいく。
ジョニィに気がついた馬は、ブルブルと頭を振ってじっと見て、ゆっくりと歩み寄っていく。
「ハァーッ ハァ ハァ…… 」
息も切らした状態で、ジョニィは近づいてきた馬の手綱へ手を伸ばした!
ガシィイイ
握った! だが次の瞬間
「うおおおおお!!!!」
急に馬は走り出した! 当然、ジョニィは引き摺られる。
服は破け、皮膚が裂けて血が吹き出る。
だが、そんな状態になっても馬は止まらない。
そしてジャイロもまた、静観を続けていた。
日も暮れてきたころ、ジョニィは酷い有様になっていた。足に木片が刺さり、傷だらけで意識も朦朧としていた。
ぼくは、何をしているんだろうか。
そうだ、馬に乗るんだ。
でも、どうしてこんな暴れ馬を……他にあったじゃないか。
いいやダメだ。他の馬じゃダメなんだ。
この馬じゃないと、いけないんだ。
こいつじゃないと、僕は成長することができない。
こいつに乗ってこそ、僕は『生長』することができるんだ!
再び、ジョニィの目に光が灯る。
ずっと握っていた手綱を離し、地面に横たわる。
ジャイロは言っていた。すでに僕は乗る技術を持っていると……回転……皮膚……筋肉には悟られずに……………ッ!
ジョニィは手を伸ばし、馬へ語りかける。言葉なぞわかるはずもない。それでも、言わずにはいられなかった。
「頼む………顔を……ぼくの顔を舐めにきてくれ」
馬はゆっくりと近づき、泥だらけのジョニィの顔へ自分の顔を近づけた。
ここだ!
ジョニィは自分の身体を回転させることで、馬の頭から首へ、首から背中へと移動する。
ジャイロはニヤリと笑みを浮かべた。
「よし‼︎ それが馬の乗り方だ。そしてお前の判断は正しい……たしかにこの馬は老馬だが、若い馬のように下手に突っ込んで行ったりしない知能がある。信号だって守れるだろうぜ ニョホ」
腰のホルスターから鉄球を出したジャイロは、それを馬の前脚部分に投げる。
察したジョニィはそちらへ転がると、ジョニィの身体は見事に馬の前脚で受け止められた。鉄球が馬の脚を動かしたのだ。
「よし、それが馬の降り方だ。覚えときな。これからはそいつがお前の『足』だ。仲良くしろよ」
やはり…鉄球の回転には可能性がある。僕の脚を元に戻す可能性があるッ! ジョニィは馬の前脚で回転を続ける鉄球に手を伸ばすが、それはジャイロの手元へ帰っていってしまう。
「いでっ!」
馬の足が元に戻り、地面に投げ出されたジョニィは頭から落ちてしまう。
「いってぇなクソ! いきなり元に戻すなよ、コブになったらどうしてくれんだ!」
「コブだぁ〜? 足に木片突き刺さってるやつがよく言うぜ」
「こんなの痛くねぇよ……ただ、病院には行かないとかも。ちょっとこの馬借りていいか?」
ジョニィは器用に先程と同じく馬に乗る。だが、ジャイロはそれに待ったをかけた。
「バ〜カ、よく考えて行動しろ。今のお前さんの見た目は百パー
そのあと、ジャイロが救急車を呼んでジョニィは病院へと搬送された。足の怪我などについて質問された時、ジャイロは一貫して俺のせいじゃねぇと関与を否定していた。
確かに事実だが、自業自得の怪我とはいえそこまで否定するか?と思うジョニィであった。