馬を手に入れてからというもの、移動が格段に早く快適になった。ちょっと周りの目が気になるが、将来のことを考えたら我慢するしかないだろう。
ジャイロに障害物コースを用意してもらった。いけると確信があったからだ。馬を操ってみせると、最初こそ強がっていたジャイロが、完走し終わったら顎が外れるほど口をあんぐりしていた。なんでも難易度をわざと上げたコースだったらしい。道理でニヤニヤして見てたわけだ。ざまあみろ!
街中を馬で移動することは、別に違反ではなかった。車道を走らないといけないが、車に轢かれたりすることはなかった。いや、一度危なかったのだが。ちゃんと信号も守れる賢い馬だとは思っていたが、認識が甘かったかもしれない。
一度危なかったというのは、信号待ちしている時に逆走してきた車と出くわしたのだ。その時、情けないことだがとっさにぼくは指示を出せなかった。目の前に迫ってくる車を見ることしかできなかった。
だが、この馬は違った。なんと車に向かってまっすぐ走ったのだ、一貫の終わりと思ったよ。でも馬はその車を思い切り踏みつけて飛び越えた!
その車はぶっ壊れて止まり、周りに被害が出ずに済んだ。運転席からジジイが出てきて怒鳴り散らしてきたので、ぼくは馬の前足を大きく上げてクソジジイの目の前に振り下ろした。そいつは意気消沈して声も出なくなった、ざまあみやがれ!
その日、ぼくはこの馬に『スロー・ダンサー』という名前を付けた。
事故のことはジャイロ・ツェペリが、逆走してきた車が悪かったこと、車を壊したのは被害を未然に防いだ最良の方法だったなどと言いくるめてぼくをおとがめなしにしてくれた。警察の前でしこたま怒られたが、事務所から警察が去ると。
「おめぇもその馬もなかなかやるじゃねえか!」
ヒーローとしてその発言はどうなんだと思った。ジャイロ・ツェペリには借りができてしまった。
あのクソジジイがどうなったか? 今頃寝込んでいるだろうぜ。免許も剥奪され、デカデカとTVデビューしちまったんだからな。
そうだ、ぼくもTVデビューしたことになるのか。いっそのことなら、もっとカッコ良くデビューしたかったんだけどな。
まあ、これからぼくはヒーローになるんだ。ヒーローになって一番になれば、テレビに出るなんて日常茶飯事になるだろう。そう考えると、馬に乗って人目につくというのも、いざって時に緊張しない訓練になるのかもな。
「そう考えてるとは思えないんだよなぁ」
だらけた雰囲気のジャイロ・ツェペリを思い出しながら、ぼくは雄英高校の門をくぐった。
校内は馬に乗っていても充分なくらいデカかった。階段も何もかも、これは嬉しかった。ついでに教室の入り口までデカかった。中に入ると、何やら騒がしい。刺々頭の男が机に足を乗せていた。それを眼鏡をかけたいかにもってやつが注意している。
「なんだぁてめえは。お馬さんで登校たぁ、将軍が何かか? 調子乗ってんじゃねえ!」
「悪いが、ぼくは足が不自由なんだ。この馬が僕の足の代わりだ」
さあ出るぞ。同情の視線だ。悪かったと顔を背けるぞ。
「っるせえ! なら車椅子使えばいいじゃねぇか、なんで馬なんだよクソが!」
「………!?」
驚いた。こんな返しをされるとは思ってもなかった。ちょっと新鮮な反応に少し笑ってしまう。
「なに笑ってんだこの野郎!」
「違うって、別にあんたを笑ったわけじゃない。ちょっと新鮮な反応だったからな……僕はジョニィ・ジョースターだ」
「知るか!」
手を差し出したのに拒否された。しかし、こんな悪人面のやつが合格してたなんて驚いた。僕も人のことを言えないが、この男は特にじゃないかな。ヒーローというよりヴィランみたいだ。
そういえば、この男の顔どこかで見たことあるような。
あと少しで思い出せそうというところで、教室の扉が開かれた。ああ!喉まで出かかってたのに!
「ウマッ!?」
入ってきたのは、ボサボサの緑色髪の男だった。
「そうだよ、馬だよ。あとで事情を言うからさ。取り敢えず今はその疑問引っ込めといてくれ」
「気になるなぁ……ひょっとして君の個性が関係してるの?」
「……いいや、ぼくの個性とは関係ない。ぼくの個性はこれだよ」
詰め寄ってくるそいつの前で、爪を回転させてみせる。途端に、そいつは口に手を当ててブツブツと呟き出した。気味が悪いやつだ。
引っ込めようと思った時、入口からぬるりと寝袋に包まった芋虫のようなヤツが入ってきた。その異常性に教室内がしんと静まり返った。
「はい、静かになるまでに8秒かかりました。君たちは合理性に欠けるね。俺の名は相澤翔太……これから君たちの担任になる。早速だが体操着を着てグラウンドに集まってくれ」
なんなんだこいつ。そう思ってるのはぼくだけじゃなかった。呆気にとられた皆の中から耳がイヤホンジャックのようになってる子が手を上げた。
「あの…入学式とか、ガイダンスとかは?」
「……そんなもの、ウチには無いよ」
「そんで個性ありの測定をしたっつーことか。大変だね、雄英生徒サンはよ」
「大変どころじゃない。相澤って先公はどうかしてるとしか思えない……除籍されるところだったんだからな」
「ほォォ〜〜…………つまり?」
椅子にふんぞりかえってたジャイロが、相澤という名前に興味を示した。
「あいつ、『最下位は除籍処分する』とか抜かしやがった!
「おっ、てことは除籍された奴がいるんだな? ベツに他人の不幸を喜ぶタイプじゃねぇけど、誰が除籍されたんだ?」
ジャイロが笑顔で聞いてきた。
「思い切り面白がってるじゃねーか。でも残念、誰も除籍されなかったよ」
「おいおいジョニィ、最下位は除籍処分じゃねーのか? 言ってることが矛盾してるぞ」
絶対にこう言われると思ってたよ。くそっ、思い出すだけでイラっとくる顔だ。
「あの先公、君たちの……ええっと、『君たちの全力を出すための合理的虚偽』って言ったんだよ」
それも嫌らしい笑顔でな!ジャイロといい勝負だ、あのしてやったり顔は。
雄英高校入学1日目にして、僕は担任教師とは上手くやっていけないだろうと確信した。
唐突だけれども、ぼく(ジョニィ・ジョースター)が読んだヨーロッパのある国の新聞記事を紹介したい
…日付は三年前の4月23日
その国に「マルコ」という無個性の少年がいた
年齢は9歳
少年の家は代々、貴族に仕える「召し使い」の家系であったため、マルコもリッピという男爵の屋敷に帽子と靴をみがくだけの仕事のため 住み込みの奉公についた
ひとり親もとをはなれる時9歳のマルコに彼の父は言った…
『この仕事は謙虚に…そしてまじめにやり続ければ幸福になれる仕事なのだ』………と
マルコは毎朝、誰よりも早起きをして男爵とそのお客たちのために靴をみがき、そして帽子にブラシをかけた。
だが、奉公について数週間たったとき突然……国の憲兵隊が屋敷に押し入ってきてマルコは逮捕されてしまった。
男爵はこの国の「王」に叛乱の計画を立てていたのだ。
『国王』の暗殺は未然に防がれたが「叛逆」は最重罪!
計画にたずさわった男爵の仲間と男爵の家族も全員処刑と裁判で決定された。
証拠により暗殺計画はこの屋敷で立てられたとされ、マルコも男爵の家族の一員とみなされたのだ。
毎朝、男爵とその仲間の靴をみがいていたのだから……
「
処刑方法は『斬首刑』
国家の決定は絶対だった
そして一年後……刑は執行された。
後に判明した事実で少年は「計画」と無関係だったことが発覚したが、別の理由で「国家叛逆罪」であったと報じられた。
その数ヶ月後、ジャイロ・ツェペリは日本にやってきた。