両親が死んだ。
葬式に行けば、知らない義理の妹がいた。

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ウチ、くるか?

暑い暑い、夏の日だった。

大量の喪服の人間が集まっている。

俺はそれをただ淡々と、呆然と、頭を下げるだけだった。

 

「しっかりしなきゃいけないよ。あんたが一番上になるんだから」

「頑張って。何かあったら頼ってね」

「辛いだろうけど、しゃんとしなさいよ」

 

周りは自分に声をかける。

ただその言葉は、耳には届いても、脳は咀嚼することを拒んだ。

周りの純粋な思いや様々な思惑を孕んだ声は、自分の耳を通った瞬間に急速に萎み、枯れていった。

ただ呆然と言葉を返すだけ。

意味も込められていない頷きは、周りの耳を通れば勝手に意味あるものへ昇華された。

周りは涙を流し、足元に純粋な悲しみという清流の元に動いている。

俺だけは、何もない、何の感情もない、干からびた川でもんどりを打っていた。

遠い。周りが遠い。

何もかもが遠かった。

 

両親が死んだ。

 

警察だか病院だかは忘れたが、電話が来て、死んだことを知った。

別れの言葉も掛けられない、看取る時間すら与えられない。

ただ淡々と、死んだと。

即死らしい。交通事故で巻き込まれて死んだと。

なんとも在り来たりな事故死だ。テレビで見てきた遺族たちと同じ立場になるとは。

良い両親だった。いや、今思えばそうでなかったかもしれない。

平々凡々で普通の両親だったか。少なくとも一緒に暮らしてた時期は、悪くはないと思えるような時間だった。

 

 

お通夜が終わった。

あれだけ来ていた大量の人間は何を殆どが帰っていった。

明日はもっと人が来るだろう。両親の交友関係は広い。

 

「おい、坊主」

 

両親の棺桶の前に立っていると、声をかけられた。

禿げ上がった頭が特徴の、大叔父だった。

 

「お前、ひでぇ顔だな。もっとシャキッとできんのか」

 

この顔は親父譲り、つまりアンタのとこの家系の顔だ。

自分の顔を貶しにでも来たのか。鏡でやってくれ。

 

「じゃあお前もハゲるな。っと、そうじゃねぇ。この子だこの子」

 

大叔父は一人の女の子を連れてきた。

小さい女の子。鋭い目つき、黒いロングヘアー、仏頂面。

初めて見た。少し母に似ているかもしれない。鋭い目つきは母方の家の特徴だった。

 

「お前の妹」

 

は?

 

「お前は家を出てから知らんかっただろうが、アイツらはどっかからか子供引き取ってな。養子縁組を組んでいた」

 

初めて聞いた。

 

「そりゃお前が聞く耳持っとらんかったからだ。お前、顔合わせたの何年ぶりだ」

 

俺は高校卒業とともに家を出た。そのまま就職して社宅にずっと住んでいる。

もう、6年前の話だ。

ああ、6年も、そんなに長いことあってないのか。

自ら親と避けてはいたが、ここまで長く疎遠になるとは。いや、もう永遠か。

 

「とりあえず今から俺は挨拶回りとかしないといけねぇ」

 

こんな夜にか。

もう10時を過ぎる。

 

「夜でもやらなきゃいけない事ってあるんだ。今日はコイツ預ける。なんとかな」

 

そう言って、大叔父は車でどっかに言ってしまった。

葬式場にポツンと取り残される。

少女を預けると言われてもどうすればいいか分からない。

名前すら知らないのだから。

 

「早子。……です」

 

早子。このネーミングセンスは間違いなくうちの親じゃない。それだけはわかった。

しかし養子。ウチの親ならやりそうではある。人様には親切にしろ。実りのある人間になれ。口酸っぱく言われてきた。両方とも守れはしなかった。

 

どうしようかとウジウジ悩んでるうちに隣から腹の虫が鳴った。

見れば早子が腹を抑えている。ひもじいのか。

 

「お腹、空いた」

 

そうか、腹が減ったか。

何か食いに行こう。近くに学生時代に通い詰めたラーメン屋があったな。

……ラーメンは肉入ってるからダメか。

何食おうか。

 

「肉はダメ、なんで?」

 

なんで?なんでかってそれは……。

仏教的な云々はあるだろうが意味は知らない。

あーなんでだろう。気にしたことがなかった。

まぁ、こういうものだから。だろう。

 

「こういうもの」

 

世の中には意味も知らずに決まりごとに従う状況が多々ある。

仕事にせよ、プライベートにせよ、その他にせよ、それはいつまでも身にタスキのようにグルグルと縛られているものだ。解くのは簡単なことではない。

 

「?」

 

いい、気にしなくても。子供はそんなことを気にするべきではない。これも俺個人が思う、タスキの一つだ。

飯だ、飯を食う。とりあえず腹の虫をガツンと黙らせなければならない。とりあえずは、これでいいのだ。

何が食いたい。

 

「ラーメン」

 

だからラーメンは肉が……。

はぁ、そうだな。子供は気にするべきではないとさっき口から出したじゃないか。

とりあえずラーメンを食いに行こう。そうしよう。

 

◾️

 

「らっしゃい」

 

ドアを開けると、豚骨の強烈な匂いと店主の無愛想な言葉が飛んでくる。

中に入れば地面がベタベタとしているのを靴越しに感じる。

客はいないようだった。

早子をカウンターに座らせ、俺も隣に座る。

ラーメンでいいだろうか。

 

「うん」

 

じゃあラーメン一つとちゃんぽんの肉抜き一つ。

 

「……あいよ」

 

ここの店主は相変わらず愛想が悪い。いや、愛想というよりも顔がいかつい。

しかし、結構お茶目な人物ではある。

 

「嬢ちゃん、初めて見る顔だね」

 

厳つい顔して、優しい声音で幼女に語りかける姿は滑稽で面白かった。

この店主、結構雑談が好きだ。顔に合わない。

早子は厳つさに似合わない穏やかな声に驚いてるようだ。

俺の可愛い妹に話しかけんじゃねぇとか言ったらどうなるだろう。

 

「お前に妹がおったんか。はっはっは。じゃあ嬢ちゃんは災難だったな。こんな兄貴がいて」

 

やめろ、貶すんじゃない。早子は?を浮かべてるが、それでも言って良い事悪い事あるだろう。

それにしてもよくもまぁ店主は俺の顔を覚えてたもんだ。もう6年だぞ。

 

「6年か……もうそんだけ経つか。明日は俺もそっち行くから席空けとけよ」

 

終わりの飯でも食う気なのだろうか。がめつい。

ウチの親父と交流なんてないと思ってた。店主をこの店でその格好している以外見たことがない。

 

「俺だって店から出るし他の服だってきらぁ。ただ、ここが一番長いってだけだ」

 

店主は麺を茹で、お椀を用意しながら背伸びをする。身体中から年相応の骨の動く音がした。

それにしてもここで食うのも6年ぶりだ。それもちゃんぽんなんて初めて頼んだ。それも肉抜き。うまいのだろうか。

 

「……なんだよ、随分余裕あるじゃねぇか。チッ」

 

店主は余裕があるというが、これは果たして本当に余裕なのだろうか。

死んだ両親の顔を見ても、何も感情が沸きおこらなかった。

まるで死んだ魚を見るように、そこにあったのはただの『無』。

感情にポッカリと穴が空き、全てはもう滑り落ちてしまって、何もなかった。

 

「ほい、お待ち。熱いからきぃつけろよ嬢ちゃん」

 

早子はコクリと頷いて割り箸を割り、ラーメンを食べようとする。

御手塩一枚くらいつけんかい。そんなんだから嫁さんから尻に敷かれる。

 

「あつっ……うぅ」

「ああ、悪りぃ悪りぃ。ほれ、使いな」

 

御手塩を受け取った早子は、麺を御手塩の上に乗っけて、フーフーと息を吹きかけてから食べた。

 

「どうだ、うまいか」

「……うんっ」

「ハッハッハ、そりゃよかった」

 

早子は頷いでるが、仏頂面が継続中のため腹のなかはわからない。この歳で口だけの忖度を覚えているのか、恐ろしい。

まぁガツガツ食ってるし美味いんだろう。

それでだ。おい店主、俺のちゃんぽんまだか。腹減ったぞ。ネットに『出すのが遅いのような常識知らずな店なので味も当然悪いでしょうから星1です』とか書くぞ。

 

「うるっせぇなぁ。ほらよ」

 

ちゃんぽんが出てきた。できたんならさっさと出しとくれ。

結構強めの匂いが鼻をくすぐる。濃ゆそうだ。

割り箸を割って……あ、途中で切れた。

まぁいい、不恰好な割り箸だが食えなくなるわけじゃない。

いただきます。

……んまい。野菜が多めなのが好印象だ。

 

「まぁ野菜はチャーハンの残りだが」

 

そういうことを言うからダメなのだ。でも結構好きだぞ。

ズルズルと麺を啜り、野菜をガツガツ食う。外国人が見たら顰めること違いなし。

ここのラーメンは昔は美味いと評判だったが、ちゃんぽんも美味い。最強だ。

 

「そりゃどーも。ったく、心配して損した」

 

その後も店主はチャーハンを肉を抜いて作ってくれた。

正直何かしらで豚の脂とか、肉に近しいものを摂取してるような気がするが、固形で食べてないから大丈夫だろう。

 

「……んぅ。おいしかった」

 

早子も大満足のようだ。あまり満足そうな顔してないが、口で言うならそうなんだろう。

それにしても義理の両親が死んでも悲しむそぶりを見せない。いや、血の繋がった両親が死んでも泣かない俺もそうだが。

早子の顔に仏頂面以外のレパートリーがあるのだろうか。

 

「……わからない」

 

いや、俺もその答えの意味がわからない。

まぁ無理して笑う必要もなく必要もないだろう。自分が好きに笑うのが一番だ。不謹慎に笑うとクソほど怒られるが。

両親にちゃんと愛されてきたか?

 

「しらない。3日だけ」

 

え?一緒にすんだのが?

 

「うん」

 

……3日共に過ごした人間が死んだ時、人は泣けるのだろうか。

人によるか。俺は泣かない自信がある。感情が希薄なのかもしれない。いや、薄情なだけだ。

人の他人への気持ちとは個人差がありすぎる。10分話しただけの相手が直後に死んで泣ける人間もいるだろうし。1年間連れ添って相手が死んでも泣かない人間だっている。俺は後者に近いだけ。渦巻く人間関係から逃げてきた、ただの薄情な男なのだから。

 

だから、悲しむ必要は無いはずだ。両親に対しても。俺に対しても。

 

◾️

 

葬式の日。

俺は昨日と全く同じように、全自動頭下げ機に成り下がり、周りとは一段と低い心境で捌いていく。

思ったより人が来た。ここまで連絡を出した覚えはない。大叔父の挨拶のおかげか、両親の人徳か。

 

早子は遺族部屋のところに待機させてる。暇で辛いかと思ったが、ぼーっとしてるだけで辛くないらしい。理解ができなかった。

 

「君も両親のようになれよ」

「彼らはとても清く、眩しかったんだ」

「強く生きろ、二人のように」

 

先程から何度も両親の武勇伝モドキだったり両親への敬意を何度も聞かされている。此方は「はぁそうですか」といった具合に、相手が気分が悪くならない程度に相槌を打つ。

だが、どんな人も最後は絶対、「あの両親のように」で締める。

本人たちから見れば、悪気はない。いや、100%善意どころがそうするのが当たり前といった心境なんだろう。決して俺を陥れようだとか虐めてやろうとか、そういう気持ちはない。

ただ俺が、相手の言葉に勝手に棘を感じ、傷ついているだけで……。

 

心の中に積もっていくドス黒い雪は、溶ける暇もなく、重くのし掛かる。

お経が終わり、火葬場についても、周りから降り注ぐ雪は止まらなかった。

 

「あの子、どうするんでしょうねぇ」

「まぁ施設でしょうね。誰も引き取り手いないし」

「息子さんが引き取るのは?」

「まさか、一人暮らしで家を出てるのよ。そんな面倒事引き受けるとは思えないわ」

「じゃあ施設かしらねぇ。可哀想に、せっかく施設から出たばっかりに」

「どうしようもないわよ、こればっかりは。不幸だったんですから」

 

トイレに逃げ込むと、オバサマ3人組が話し合っていた。

あの子……早子だろうな。

施設に預けられるのか。まぁそうだろう。それ以外ない。

 

火葬が終わり、両親の骨を見た。

職員がここがどこの骨だかを解説している。

両親の骨は、死体と一緒で魚だった。

秋刀魚を食った後の骨と同じ、何も感傷がない。ただの骨。それだけ。

なんだか己に無性に腹が立った。

勝手に死んでいった両親にか、俺に両親の話をする周りにか、近しいものが無くなっても悲しみ一つ生まれない己にか。解らない。……分からない。判らない。

 

葬儀場に帰ってきた。頼んでいた寿司が届いた。

葬式に来た人も殆ど帰り、親戚だけで寿司を食った。途轍も無く不味かった。

そうして親戚たちも帰り、残ったの俺と大叔父と、早子。

 

「なぁ坊主。お前どうするよ」

 

そのフワッとしすぎると質問はどうかと思うが。

 

「機嫌悪りぃな。まぁ……あー、家とか遺産とか仕事とかだよ。そしてその子」

 

家は売っぱらうつもりだ。税金とか掛かるだろうから、知り合いの税理士とかに相談するが。

仕事はそのまんまだろう。何も変わることはない。また明日から日常が再開される。

早子は……施設じゃないのか。

 

「あぁ。そうか。まぁそうだよな。そう、それが一番妥当だ」

 

早子は座布団を3枚重ねた上に座っている。

こいつはどうしたいんだろうか。施設から引き取られたのに、直ぐに出戻りだ。

 

「…………」

 

早子は俯いてだんまりだった。仏頂面は変わらなかったが。

両親が死んで発生した面倒ことはとりあえず片付いている。骨を墓に入れたりとかしないといけないが。もう海に撒いちまおうか。

 

「……ねぇ」

 

早子は俺に話しかけた。

 

「あ……。……ぅ…」

 

なにかを言おうとしてやめた。いや、勇気がでなかったのか。ああ、よく分かるその気持ち。言いたいことが言えないもどかしさ。子供なら尚一層、辛い。

それでも早子はなにかを紡ごうとする。勇気を振り絞って。か細くも言葉の糸を。

気づけば早子の両眼から涙が流れていた。

……子供はそんなことを気にするべきではない。

ああ、そうだ気にするべきではない。昨日と毛先は違うが大体いっしょだ。

自分が思うタスキくらい守らなくては。

 

「ウチ、くるか?」

 

「あ……!うんっ!」

 

なんだ、仏頂面以外にも笑えるじゃんか。いい笑顔だ。

 

◾️

 

最終的に家を売るのは辞めた。

俺は社宅から出て、家に戻ってくることにした。早子との二人暮らし。

ウチ、くるか?とカッコよく啖呵を切ったのはいいが、実際は早子が暮らしている家に俺が行く構図。なにが、くるか?だ。行かせてくださいだろう。

とりあえず朝飯ができたので早子を起こさなければ。

 

「んぅん……。ふぅぁぁ……おはよう」

 

おはようございますお嬢様。ご朝食の準備ができましたよ。顔洗ってこい。

早子はトテトテと顔を洗いに洗面所へと行った。

俺も居間に戻り飯の前に座る。

白飯に目玉焼きに海苔の佃煮。完璧な布陣だ。

早子が顔を洗って戻ってきた。寝ぼけ眼から仏頂面へのシフトアップ。可愛げがな無くなった。

とりあえず挨拶をして飯を食い、食い終われば食器を台所に持ってく。

早子も学校の準備をしに部屋へ戻り、俺も会社へ行くための準備をする。服着て持ち物確認するだけだが。

早子が真っ赤なランドセルを持って戻ってきた。飯前に作っておいた弁当を渡す。今日はタコさんウインナーが入ってるぞ。

 

「んっ」

 

早子は小学2年生らしい。まぁ何年生でもいいけど。

一緒に家を出る。ドアを閉め鍵を閉め、俺は車の方に向かう。

じゃあ早子、行ってきます。

 

「行ってきますっ」

 


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