※コミカライズ、√堀北の後日談となっております
※調子が良かったら、そのまま√櫛田に続くかも・・・?
1学期末試験にまつわる細かい
須藤の裁判周りの扱いについてもそうだが、どうにもCクラスの龍園が仕掛ける手順は分かりやすく悪辣なものが多い。
ある意味で言えばそれは、龍園がそれだけの振る舞いをしても抑える相手がクラス内にいないことを表す。
同様に、クラス外においても振る舞いに大きな変化はみられないということでもあるだろう。
相手をするなら、いくらか情報を集めておく必要が出てくる。
だが現時点においては静観で良い。今のところ、堀北鈴音はスケープゴートとして問題なく振舞えている。
いや、おそらく――――。
先の一件を踏まえたことで、堀北にも変化がみられるようになってきた。
具体的に影響があったのは、兄との和解だろう。
かつて堀北は、成長していないと兄から宣告され突き放された。
それに対して自力で、何をもって成長していないと示されていたのかに肉薄。
肉薄し、その上で自身の対応を示し、結果として兄妹の関係は大きく改善された。
そのあたりの一連の流れを通して、俺と堀北の距離感も以前に比べて近いものになっている。
ただし、友人、というのはこういうものなのかと、これについてはお互い手探りであるところが大きい。
一つ言えるのは、この変化が堀北をより大きく前進させるものであったことだろう。
具体的に言えば、堀北は一人でどうこう強く出ると言うことが減ったように思う。
不満を暴力的な手段で訴えなくなったことは、ひとえに俺にとっては平和の象徴だ。
だからこそ、時折理解できない言動が見られるのが、少々困惑するところでもあった。
このあたり、俺も堀北も、距離感というものを学習する対象がいなかったせいもあるだろう。
「何か言ったかしら? 綾小路くん」
「……言ったな。ただ、どちらかと言えば堀北の方が何を言ってるんだ、という感じでもある」
俺の一言に不服なのか、睨むように半眼になる堀北。
以前より攻撃に出るまでのやり取りにラグが出ているのは、成長した証か、自分でも変だと思っている証拠か。
さすがに期末試験が終了し、成績表の返却を終えたとなれば、わざわざDクラスでも学校に残っている生徒は少ない。
須藤のように運動部の生徒が残るのはやむなしと言ったところだろうが、池や山内のような大半の生徒は学校の外に娯楽を求める。
その中に混ざり切れていない俺という現状に何か思うところもないわけじゃない。
ないわけじゃないが、今日は少々特別だ。
なにせ俺自身のリクエストで、堀北に弁当を作ってきてもらっているのだから。
「唐揚げ弁当だな。……ロシアンルーレット的なものじゃないよな? こう、どれか一つ激辛味が紛れているとか」
「あなた、私を何だと思っているのよ。別に食べなくてもいいのよ?」
からかったのは事実だが、剣呑な雰囲気を前に謝罪の言葉を述べる。
以前リクエストした唐揚げ弁当は、想像以上に普通の唐揚げ弁当だった。
レタス、ミニトマト、ポテトサラダに小ぶりの唐揚げ数個。隣の白米が潔いほどに白米しかないのが、作り手の俺に対する適当さを表しているようでもある。
「じゃあ、いただきます」
「……」
ただ味については全く問題なく、卒のないあたりは流石に堀北だった。
香料が効きすぎていることもなく、しかし小ざっぱりとしているあたりは何か油に秘密があるか。
少なくとも個人ポイントでのやりくりを考えれば、業社の製品ということは考え辛い。
正真正銘、手作りで文句なく美味い。
これを須藤あたりに見られていたら、それこそ大騒ぎする事態になりそうでもあったが、流石に堀北としても警戒したのか、クラスの人数がある程度減るまで接触すらしてこなかった。
それにしてもだ。こちらの感想を伺い、満足そうに微笑む堀北というのは中々お目にかかれるものじゃない。
中間テストの時点で思い浮かんでいた、堀北の笑う顔が見てみたいを、部分的に達成してしまった。
堀北がこれから、どれだけその顔を他の人間に振り撒けるかというのはまた別の話だろう。
でも少なからず、これが堀北にとって良い影響を与えてるものではあるだろう。
兄の影を追うのは止める――――。
少なからず、そう宣言し、その上でなおAクラスを目指す堀北であるならば。
だからこそ、続いた言葉に驚かされた。
ありていに言って、面食らったのも無理はない。
「……ごちそうさま。美味かった」
「ええ、当然でしょう。そして、これで貸し一つ」
「へ?」
「あら。あなたのリクエストに応えてあげたのだから、私にもその権利があるでしょう?」
「……お前相手に貸しというのも、後が怖いんだが」
その結果、意図せず一学期中間テストにおいて協力を確約されてしまったことを思い出す。
堀北相手に、安易に言質をとらせるのは中々に危険、リスキーだった。
ただ、何故か俺はこの後、堀北が続ける言葉がそう大ごとなものではないと予想していた。
「何かしてほしいことでもあるのか?」
「そうね。わたしと…………」
そこで一区切りした堀北は、くすりと微笑んだ。
「ヘアサロンに行ってほしいの」
「何か言ったかしら? 綾小路くん」
「……言ったな。ただ、どちらかと言えば堀北の方が何を言ってるんだ、という感じでもある」
意味が分からない、という俺の一言に、言葉通りよ、と続ける堀北。
断る選択肢もなくはないが、何故わざわざ俺を誘うのかという純粋な興味もある。
それに床屋で散髪することはあれど、ヘアサロン、つまりは美容院というものにも興味がないわけじゃない。
少なからず俺一人で足を運ぶかと言えば、答えは否だ。
第一、単なる床屋に比べて消費するプライベートポイントが高い。
微妙な差であるとはいえ、1ポイントでも節約したいDクラスには自分で散髪している生徒もいる。
堀北とて、どちらかといえば後者の節約している側の生徒であるはずだ。
その上でわざわざヘアサロンを選択すると言うことは、何かしら大きな変化があるということかもしれない。
ちらちらとこちらを見ながら、腰まであるストレートヘアをいじっている堀北。
「まぁ、そうだな。行ったことがない施設ではあるから、純粋に興味はある」
「そう。……ポイントが心もとないなら、私が負担してあげてもいいのだけれど」
「いや、そこまで世話になるほどじゃない。ただ時期が悪いな。ついこの間、切りそろえたばっかりだ」
なので店内で休憩するか、ケヤキモール内の近くの店舗を徘徊するかになるだろう。
そのあたりについて話せば「細かくは任せるわ」と返答する堀北。
いまいち意図が読めないところではあったが、俺は首肯して彼女についていくことにした。
※ ※ ※
「外から見えないわね」
「好都合と言えば好都合なんじゃないか? 少なくとも変な噂は立てられない」
「噂?」
「期末試験の時点でCクラス側からの攻撃があったろ。相手の出方から言って、こういう消耗戦を仕掛けるのに手慣れていると見える。だったら作戦として、一度の攻撃だけで終了させるとは考え辛い」
「そうね。でも……、だからといって、わたしが美容院に来るのがおかしいのかしら?」
「いや、そうじゃなくてだな……」
俺と堀北が一緒にいるという状況を逆手にとって、何かしらの噂を流すこともできなくはないと言うことだ。
相手がDクラスの内情を調べていれば、それで少なくとも須藤の側にダメージを与えることはできる。副次効果で俺や堀北にも被害が及ぶだろう。
そのあたりのことに思い至らないのは、あくまで自分のことだから客観視できていないせいか、須藤がそもそも堀北の眼中にないせいか。
と、これには意外な返答を返された。
「別に、あなたとわたしが一緒にいることに不都合はないんじゃないかしら? 友達、なのだから」
「……まぁ、そうだな」
友達、友達……。
確かに俺と堀北は、須藤の暴力事件以降に「友達になった」。
Aクラスに上がりたいと、堀北から強く、そして素直に助力を求められた。
あの流れで直接的に断る理由が弱かった。そして――――堀北鈴音という「友達」を得ることで、俺もまた、友達という情報を吸収するテキストとして彼女を使うことにした。
まぁ、これについては思惑通りにいっている面といっていない面はあるが。
確かに友達同士なら、そこまでおかしい話ではない、のだろうか。
お互い歯切れが悪いのは、このあたりの関係の距離感、その歪さを自覚しているからだろう。
「ただ、警戒は解かない方が良いとは思う。それに俺もお前も、友達っていうのがどういうものか、いまいちつかめてないところがあるんじゃないか?」
「言ってて悲しくなる話ね……。否定できないのは、私自身の怠慢なのかもしれないけど。わかったわ、その上で外から見え辛いのは好都合ね」
そしてお互い、情けない認識での納得が出来てしまうあたり、確かに俺と堀北は友達になったのだろう。
そして店内に入ると、俺の目に「カップル割引セール実施中」など、妙な広告が張られていた。
「ひょっとして、これ目当てか?」
システムとしては、男女二人連れで店内に入った場合、割引を行ってくれるというセールらしい。
実際にカップルであるかどうかは問わないと言及されているあたりは、中々に商売っ気がある。
片方だけカットの場合は15%オフ、二人そろっての場合は30%オフ。
ただ基礎的な値段が高いため、割り引いたところで床屋の値段にはとうてい追い付かない。
そのせいもあってか、利用客は限られているらしく、カップル連れもいればそうでない女子生徒も多くいた。
「それもあるけど、それだけが理由じゃないのよ」
俺の言葉に要領を得ない返答をすると「しばらく待っていて」と言い残して店の奥に向かう堀北。
さて。ヘアサロン自体はケヤキモールの奥まった位置にあったものの、店の内観はさほど広くはなかった。
これは床屋に比べて利用客の足並みが少ないだろうことと、店内の構成に問題がある。
具体的に言えば、床屋と美容院との関係は普通電車と新幹線くらいの違いがあるといったらいいか。
例えば床屋の場合、人の入り具合がわかるように表向き、奥まった位置までを外から見渡せるよう、全面ガラス張りとなっている
また、すし詰めとまでは言わないが、物理的にイスの数も多くスペースがとられていない。
対して美容院は、カットモデルたる客が店の外側から見えないよう、同じガラス張りでも椅子の配置関係や内装に気を配られている。お客に快適な空間を提供しながら髪を切るというあたりが徹底されていると言うべきか。
このあたりは、男性向けか女性向けかという違いも影響しているのかもしれない。
この構成の利点としては、待合所として設けられているベンチが店の外にないということだろう。
空調の効いた設備に当たれると言う点以外で、もう一つ。店の外から此方の姿が見えないということだ。
だから俺自身も、特に気にせず店内の椅子で雑誌を読ませてもらっている。
まぁ読んでいる雑誌も女性向けのもので、異性のエチケットを覗き見ているようで気が引けるところもあるが、生憎今日は文庫本の用意がなかったので、仕方ないと割り切った。
「結構かかるな……」
堀北の座っている椅子の方を見る。生憎こちらの位置だと棚と椅子複数にとられて、その姿は見えない。
先ほどから声は聞こえるが、どういう風なカットにしているかまでは定かではない。
待っていろとは言われたが、別に俺が店の外に出ることについて拒否をされていた訳でもない。
とりあえず「店の付近をうろついている」という意の一報を入れて、俺は店の外に出た。
もっとも出たところで、この場所自体がかなり奥まったエリアに存在する。必然、ぶらつける店の数は限られていた。
生活雑貨店……、さほど物を持たない俺にとって、購買意欲自体は薄いものの、こういった物の傾向を見るのは、あながち悪いことじゃないかもしれない。
「トランシーバーか……。生活雑貨じゃないな」
店内においてあるものはかなり多岐にわたる。それこそ以前利用した監視カメラのパーツだったり、博士たちが工作に使っているような電子機材なんかも一通り収集可能なようだ。
そんな中、無線機関係が意外と売れているのが気になるところ。
利用者が何をもって、わざわざトランシーバーに頼るかというところだ。
「セットで使用して直径100メートル圏内……、部屋の中で使うのか?」
携帯電話を利用できない状況下での連絡、という線も薄くはない。この学校の試験がどういう形で展開されるか、読めるところと読めないところあがる。
例えば今度、夏休みを利用して企画されている二週間の旅行。単なる旅行で済むとは思えない、それこそ森の中での探索でも強要されるかもしれない。それに備えて準備しているという線もなくはないだろう。
「――――あは、でも意外とカップルとか、女の子同士で使っていたりするかもね。秘密の会話っていうか、あんまり記録に残したくない会話とか」
「…… 一之瀬か」
「やっほー、綾小路くんっ」
そうやって物色していると、不意に背後から声をかけられた。
一之瀬だ。一度帰宅した後なのか私服だ。シャツとホットパンツ姿は動きやすい、スポーティと言うべきか。
ただ体のラインが出ていることに抵抗感がないのか、あるいは警戒が薄いのか。
なんとなく目を反らしながら応じると、一之瀬は不思議そうに聞いてきた。
「あれ? 今日、堀北さんは?」
「別にいつも一緒に居るわけじゃないぞ」
「そうかな。最近はよく話しているのを見かけてる気がしたんだけどなー。ほら、期末試験のときとか」
一之瀬は、例のCクラスからの仕掛けてきた事件に多少なりともかかわっている。
おまけに根本的な問題解決に関して、ある程度協力を要請してしまった。
櫛田以外での情報流通源としてもそうだが、かなり借りが出来てしまったと思っている。
一概に、一之瀬穂波という個人がお人よしだという大前提があったとしても、この貸し借りの度合いはあまり強く出れない具合に傾ていると言っていいだろう。
だから、今の時点で無用に警戒心を抱かれてはいけない――――。
俺に向ける視線が、時折、何かを疑っているような目線であっても。
「この間からそうだが、どうした? 俺の目が何か変だろうか」
「へ? あ、いや、そういうわけじゃないんだけどさ……。いや、でも、そうかもしれない」
こちらに向き直る一之瀬は、わずかに笑顔を潜めた。真顔とまではいかないが、それでも視線はどこか困惑しているようである。
「気を悪くしないでね? 私が見た範囲でなんだけど……。綾小路くんって、自分を前に出して、主体的に相手と関わっていく感じがしないんだよね。佐倉さんの時もそうだったし。だから、堀北さんと仲直りした時の感じが、ちょっと変な気がして……。ごめんね、変なこと言って」
「いや、謝られる話でもないんだが……。別に、何もないぞ?」
「んん、でも、好き、ってことじゃないんだよね」
「男女間の友情、というものが成立するかとか、そういう話をしたいのか?」
「そんな哲学的なことじゃなくってさ。ううん、何て言ったら良いかな……」
どうやら前回、もうちょっと気を使って一之瀬を巻き込む必要があったのかもしれない。
俺個人の根にある闇の部分に、肉薄とは言わないが大きく迫る足掛かりを見つけてしまったらしい。
なお状況が悪いことに、その足掛かりを一之瀬は目ざとく見つけ、そして当然のように警戒をし探りを入れてきていた。
この変なマークを相手にするのもリスクが高い。一度、暫定解を例示して、警戒値を低くするべきだろう。
「…………そうだな。何て言いうか、堀北と佐倉とで俺の対応が違ったことに、違和感があると言いたいんだな」
「あ、うん。そうかも」
「まず大前提として、堀北個人を特別視してるとか、そういうことじゃない。単に、慣れの問題だろ」
「慣れ?」
「一之瀬がさっき言っていた通りになるんだが、席が近いというのも理由だが。俺と堀北とはそもそも物理的に近い。加えて俺は友達が多くない。だから最初に出来た友達らしい友達というのが、居なくなるかもしれないっていうに抵抗感があった。今の生活に慣れているから、それが変わるのは出来れば避けたい」
「だから助けたってことかな」
「いや、それは堀北じゃなくても助けるものだろう。少なくとも平穏無事に卒業までたどり着くのに必要ならな」
「……あは、うん、少し納得したかも。綾小路くんは、今のDクラスが好きなんだね」
なんだか少し妙な勘違いをされたかもしれないが、一之瀬の雰囲気がいくらか楽し気なものにかわった。
とりあえず探りを入れられなくはなるだろうが、これはこれで対応に気を使う必要がある。
と、ちょうどそのタイミングで携帯端末に「出たわ」とメッセージが来る。
「あー、悪い一之瀬。用事が出来た」
「え? ううん、別に大丈夫だよ! じゃあまたねー」
一ノ瀬はまだ雑貨店で物色を続けるらしい。と、去り際の背中に「堀北さんにもよろしくね!」と声をかけられた。
そういう予測が立つくらいに俺と堀北とが一緒にいるということなのか、中々複雑な問題だ。
だが、そういう警戒心などが一気に消し飛ぶイベントが起こる。
何を隠そう、堀北鈴音相手にだ。
「――――な、何か、変かしら?」
こちらをちらちら気にする、制服姿の堀北。だがその姿を見た時点で、妙にしっくりくる部分があった。
純粋な驚きと同時に、腑に落ちた感覚があった。
思えば何故、あの生徒会長が入学早々に堀北が成長していないと見抜けたのかという、その点。
合理的な解ではなく、だが同時に最も整合性の取れた解答。
「どういう心境の変化なんだ? いや……、心境の変化、なんだろうな」
短く揃えられた、堀北の髪型。
何かしら、今までの自分と決別したことを表すような、その様子。
「深くは聞かないのね、あなたは」
その後、雑談を交えながらの帰り道。俺は堀北の髪型の変化について、細かく問いただしはしなかった。
「聞くような話でもなさそうだしな。お前はお前で、何か納得したんだろ」
「納得……。そうね、納得したのだと思う。兄さんに指摘されるよりも前に、自分で気づけたみたいだから」
くすりと力なく笑いながら、毛先をいじる堀北――――なんとなく、今日、髪をいじっていた様子を思い出す。堀北の髪の長さは、昼時のそれと重なる位置のあたりで調整されていた。
いや、調整されていたと言うよりは「手慣れていた」。
「正直、長い髪もそれなりに愛着はあったの。慣れてしまった、ということかもしれない。だけど、今はこれが私なりのけじめ。……これからどうするか、もう一度考えてみるわ」
「それを見たら、大勢が驚くだろうな。須藤あたり、空いた口が塞がらないかもしれない」
「どっちでもいいわ、気にするようなことじゃないもの」
ちらりと、俺の方を見る堀北。
「綾小路くんは、どちらが良いと思うかしら」
俺の回答は決まっていたが……、あえて、その梯子を外してみた。
「どっちも良いと思うぞ。今のお前なら、どちらも受け入れられるだろ」
「……含意が多いわね、あなた」
人のことを言えた義理でもないだろうに、堀北はそう言って、わずかに眉根を寄せた。