本文は原作5巻の要素が若干含まれています。ほんのちょっとでもネタバレが嫌な方は読まないことをお勧めします。
そこは世界の外。未来、過去、そして今。あらゆる時間から隔離された唯一の空間。
驚くほど何もないその場所。決して只人には踏み入ることすら許されない隔絶した世界。
──そこにただ一人、こんな場所にもかかわらず存在するただ一人の男がいた。
「──ほう。我を呼び出すとは酔狂なやつもいるものよな」
その男は、黄金だった。
姿形がではない。その魂、存在を形成する輪郭が目を焼かれそうなほどの金色。
男はこの場に似合わぬ黄金の椅子から立ち上がり、ただその場で何かを感じ取る。
何かに引き寄せられる感触。何度か体験したそれに男は抗おうという気持ちはほとんど無い。
「さて、此度の召喚は我の退屈を晴らせるのか」
もはや男の興味はたった一つ。とても純粋且つ誰もが考えるありふれたもの。
すなわち己が愉しみのため。それ以外に、呼ばれた世界に生きる人なぞに興味はない。
──男の名はギルガメッシュ。人類史最古の英雄にして傲岸不遜の英雄王。
彼が呼ばれる世界が、その場所が彼の目に叶うのは誰にもわかることはない。
ただ一つ、この男が動くということ。それ自体が大きな波乱の前兆であることは誰が見ても明らかなのである。
太陽さんさん、風が気持ちよい。
朝から恵まれた天候である平和な世界そのものな町──多魔市。
そんな穏やかな日の光に包まれながら、今日も河川敷に二つの人影。
「ほらシャミ子。準備運動は大切だよ?」
「わかってます。そんなのはここ最近の桃の押しではっきりしっかり理解できています。けど残念ながらそれはまだ重みがエグすぎてちょっと──」
「大丈夫だよ。ここ最近のシャミ子の成長を鑑みるに少しのジョギングならこれぐらいがベスト。一番効率良く筋肉が──」
「桃の筋肉推しがいつにもまして明らかに強い!」
その勢いに押されるなにやら角の生えている娘とぐいぐいと近づく桃色髪の少女。
片方の性別を変えたら間違いなく青い服の人を呼ばれかねないそんな光景だが、今回は合意なので別に問題にはならない、はず。
まあともかく、この町ではもはや近隣の皆さんにも見慣れた景色になっているので気にすることではない。
「大丈夫だよシャミ子。さあ、走ろうか」
「はい……。なんだか準備運動だけで疲労が貯まりつつありますが行きましょう」
桃色頭の少女──千代田桃が角の少女に手を伸ばす。
それを掴む角の生えた茶髪の少女。シャドウミストレス優子──別名吉田優子。最近活動を始めた魔族一年生である。
端からは過度なトレーニングに誘う絵面だが実際は違う。意外や意外なのだが、これはシャミ子から提案したことなのだ。
桃はシャミ子の病弱さを知ってからあんまり無理はさせたくなかったのだが、いくらなんでもこのままだといっこうに状況が変化しないとふと昨日考えてしまったシャミ子が頼み込んで決行されたイベントなのである。
ちなみに、こういうときセットで付いてくる某柑橘系魔法少女と元ドアストッパーことご先祖は今はいない。魔法少女は最近できた使い魔とお出掛けに、シャミ先は課せられた労働義務を果たすためである。
そんなわけでいざ出発。この果ての無いトレーニングの先にきっと何かが見いだせると希望を持たなきゃやってられないとシャミ子が己に活を入れた──。
その時である。体のすべてが警告を発するように震え上がったのは。
「何かと思えば物珍しい生き物が居るではないか」
声がした。聞いたことのない男の声が。
後ろから声が掛かっているのはわかる。けれど振り向くために体が動こうとしない。
酷く圧のある声。低く、恐ろしく、常人とは全く違うとはっきりとわかる鋭さを感じさせる。
それでもと気合いで振り向いた先にいたのは一人の男であった。
髪は金色、瞳は紅。その先進的な服装の、ただ見られるだけで萎縮してしまう圧倒的何かがびんびんに出ているヤバい人。
(え、えぇ……。誰ですこのあからさまに強そうなオーラましましの人は)
当然シャミ子にはそんないかにもな男に一瞬で反応できるキャパなど存在しないので固まってしまう。
しかし隣にいる桃は違った。いつの間にか変身を終え、シャミ子には見せたことがないぐらいの警戒を露わにしている。
シャミ子に朝から夜まで食のすべてを託しつつある女ではあるが、これでも世界を救ったこともある歴戦の戦士。その本能がこの男の恐ろしさを訴えてきている故の対応である。
(何、この人。恐ろしい何かがある)
桃は久方ぶりの直接的な危機に手に力が入る。
これほどまでの圧はいつ以来か。目の前の人物からは今までで指折りの脅威を感じている桃。
「──ほう。よもや神秘の薄れた時代でこのような存在を見ることになろうとはな」
「……貴方は何者ですか」
「王たる我に名を問うか。不敬であるぞ雑種」
男は桃の言葉などまるで相手にせずにシャミ子に目を向ける。
一方シャミ子はというと、この場の緊張感が己のキャパを超えておりどうすればいいかおろおろしていた。
「とはいえ、今の我は多少寛大である。雑種の愚言の一つくらいは水に流してやろうではないか」
「は、はぁ…………」
「何、ここまで混じり気の薄い魔を見るのは久方ぶりでな。ついつい目を向けてしまった」
シャミ子はどうやら王様らしいその人にどう対応するか悩んでいた。何せ言葉が固い。いつぞやバーベキューをした山の蛇みたいな口調だしなんか凄い人なのだろうというぐらいしか分かることはない。
「つまり、シャミ子が魔族だから見ていただけ?」
「そうだと言っておろう。しかし貴様も妙な造りをしている。人でありながら霊体と言えるその肉体は我らサーヴァントに近い。……星の機構は未だに蔓延るか」
その一言で桃は更に警戒を強める。
サーヴァントというのは知らない言葉だが、目の前の男は一瞬で魔法少女の体の造りを看破した。元から知っているようには感じなかったのだから、たった一度この身を見ただけで見抜いてきたのだ。少なくとも、常人ではないのは明白。
「……ここは人と魔の共存する町。荒事はお引き取りです」
「そう身構えるな。我は戯れにこの時代を観ていただけのこと。言うなれば観光というやつよ。我を喚んだ聖杯も見当たらんのでな」
「聖杯?」
「しかし巫女に魔族か。ふむ、貴様らに多少なりとも興味が湧いた。故に──」
刹那、空気が変わる。
男の背後に何やら波のようなものが浮かぶ。その黄金の波紋から出てきたのは一本の槍。まるで大砲の砲身を合わせるか如く桃に刃を向ける。
「──逃げてシャミ子っ!!」
「喜べ。少しばかり遊んでやろう」
考えてる暇など無かった。このままじゃシャミ子が──大切な人が危ない。もし危機に陥ったら、また私から誰かが離れてしまったらという何よりも耐えがたい思考に襲われる。
躊躇いも猶予もない。金髪の男の首をへし折るために地を蹴ろうとするその直前──。
「おーい桃。何やっとるんだー?」
この場に、余りにも似合わない軽い声がした。
「ご、ご先祖!」
「リリスさん!?」
そこにいたのは金色の髪の褐色肌の少女──実際は少女という歳ではないのだが──が後ろから声を掛けてきていた。
片手にゴミの詰まった袋を持ち、いかにも清掃をしている近所の人感満載でこの場に現れるご先祖。はっきり言って場違いにも程がある。
「何だ喧嘩か? 余が丹精込めて掃除した場を汚くしてほしくはないのだが」
「リリスさん危ない! 早く離れてっ!」
「何だ桃よ心配してくれるのか。だが安心しろ。余は封印されていたとはいえ一般の民衆に遅れなど──」
リリスは余裕そうに拳を前に出しながら相手を見る。というか啖呵を切る相手を今更確認する。
「………………。げぇ金ぴかぁ!? 何で生きてるの!?」
「随分と馴れ馴れしい雑種だ。我は貴様のことなど知らんが」
「まじで!? 余を散々馬鹿にしておいて記憶からゴミのようにポイなぞ揺るさんぞ貴様ぁ!」
相手を見るやいなやいきなり知り合い面をし始めるご先祖にシャミ子と桃は困惑を隠せない。目の前の男がとてもそうではなさそうな顔をしているのも理由ではあるのだが。
やる気を失ったのか男がつまらなさそうな表情を露わにし、背後の黄金の波紋を消す。
「くだらぬことを。興が冷めた、失せろ雑種。貴様の妄言なぞ聞くに堪えぬ」
「な、なんだとぉー!! ……あっ、余はあの時も像にいたんだった。……シャミ子や、今日は像を持っているか?」
「は、はい。桃が丁度良い重さだからって」
「なんという雑さ! だがまあいい。……見よ金ぴかぁ!! いくら貴様でもこれに覚えぐらいはあるであろう!!」
シャミ子に手渡されたそれを掲げるご先祖。そしてそれをなんかこう特徴的な像をどや顔でそれを見せつけられる男。本当にシュールな絵である。
「ん? ──クク、フハっ、フハっハっハっハっハっハっ!!! まさか貴様っ、あのガラクタ像か!」
「やーっと思い出したか金ぴか王! 余はお前が散々辱めたリリスであるぞ!!」
いきなり男はこらえきれないかのように笑い出した。
思い出したのを満足げに眺めるご先祖と違いもうすっかり置いてきぼりの桃とシャミ子。特に今にも戦闘が始まろうとしていた桃はもうどういう風な顔をして良いかすら悩んでいた。
「あのご先祖様。お知り合いですか? 知り合い魔族なんですか?」
「いやシャミ子よ。こやつはギルガメッシュと言ってだなぁ。余がメソポタにいた頃の知り合いなのだ」
「……ギル……ギルガ?」
ご先祖の話を聞いたシャミ子は訳の分からなそうな顔をしている。
まあ当たり前だ。シャミ子は頭の弱いダメダメ魔族。世界史のテストに出た範囲だったとしても、もう抜け落ちているのだからギルガメッシュなどという横文字を聞かされてもそうですかとしか言えない残念な記憶力である。
「まだ残っていたとはな。そのみすぼらしさ故、とっくに砕かれていると思っていたが」
「余はお前と違って世渡り上手だからな! 今の世まで途絶えぬのは当然であろう!」
金ぴか王ことギルガメッシュに自分の生き様をご大層に語っているご先祖。
だが悲しい哉、王が生きていた時代からこの雑な扱いは全くもって変わっていなく、その上ここ最近は眠っていたので驚くほど説得力に欠けてしまっている。
「しかしどうして生きてるのだ? 傷心の旅先で不老不死でも手に入れたか?」
「その辺りは気にするでない。貴様等には語る必要もないことよ」
ご先祖の問いには雑に返すギルガメッシュ。
自分で投げた質問を返さないと怒るのに、相手には結構適当に返すことが案外あるこの王から聖杯戦争のことを聞くことは多分ないだろう。
まあともかく、こんなKY系魔族のおかげで先程までの殺伐とした空気は霧散し尽くした。
それでも武器をしまう気はない桃とは違い、シャミ子はご先祖の知り合いということだけで警戒を緩めつつあった。
「──成る程な。角娘と貴様が酷似しているのはそういうことか。だがどういうことだ? そこの巫女は追われる者を排斥する側であろうに」
ギルガメッシュの疑問も当然である。
何せ桃は魔法少女。光の一族と契約してまで得たその力で、目の前の魔を消し飛ばすのは造作も無いことである。
光と魔。追う者と追われる者。その関係は神の世から変わることはないはずなのだ。
「答えよ巫女。それが魔に魅入られたものであれば我の庭には必要ない。せめてもの慈悲として、我手ずから処断してやろう」
ギルガメッシュは桃に問う。
この男は気に入らなければ迷わず首を落とすだろう。
「……シャミ子は、シャミ子は私の──」
故に桃もちゃんと答える。
普段は素直になれないのに、特に隣にはシャミ子がいて恥ずかしいにもほどがあるのに何故だか今ははっきりと口にできた。
「──そうか」
それを聞いた黄金の王は嗤うこともなく、笑うこともなくただ一言呟くだけであった。
「ならば、精々取りこぼさぬよう精進するがいい。……そこの雑種は我から見ても哀れに思えるぐらい弱そうであるからな」
そう言って私は桃達に背を向けこの場を去っていくギルガメッシュ。
その後ろ姿が完全に視界から消えた後、まるで台風が去ったような開放感が三名の心にはあった。
「……なんか、キャラの強い人でしたね」
「そうであろう? 余が知っている人の中ではダントツで傲慢な男だぞ。まあ、あの時代の王はあれくらい我が強くなければやってられなかったのだがな」
「へー」
シャミ子とご先祖があの金ぴか王について言っているその後ろで桃は一人考える。
(……私の、──)
具体的に言うには綺麗な言葉が思いつかない。かといってそれほどに曖昧でもない今の関係。
けど、桃にとって何よりも失いたくない今。シャミ子の前では言わされるのは少々恥ずかしかったが、それでも言葉にするとより明確に認識できる。
「──桃っ!」
呼ばれるままに目を向けると、そこには目の前にまで顔を近づけていたシャミ子。
「どうしたの?」
「ご先祖も帰っちゃったし早くランニングしちゃいましょう。ちょっとハプニングはあったけど、今日はまだ午前中です。爽やかな朝に汗を流しましょう」
シャミ子の速さに合わせながらゆっくりと走り出す。
「……シャミ子」
「?? どうした魔法少女? 何か悩みか?」
のほほんとした緩い顔でこっちを心配してくるシャミ子。
それはあまりにいつも通りで──。
「何でもないよ。……ちょっとペース上げよっか」
「え!? ってちょっと速くないですか桃ー!」
だから、今のこの顔を見られたくはない。
守っていこう。徐々に強くなっていくこの娘の道が悪しき方向に伸びていかないように。
こんな風に思える、穏やかな一日の始まりだった。
これは完全に余談だが、この日からおおよそ三日後。
「何故か受肉しているでな。ついつい建ててしまったのだ。何、英雄王パワーというやつよウハハハハハっ!!」
町に何か派手な建築物ができたのを嫌でも目にするのだがそれは別の話。
頑張れ桃! その王様は割とノリがいいから何か色々大変だぞ!
こんな駄文に一ヶ月かかる作者の能力のなさが悲しい。安易なクロスオーバーは作者的には楽しいけど難しい且つ見る目が厳しいので当分遠慮したい。……まあそのうちまたやりたいですが。
話変わるけどアニメの最終回はとっても良かったですね! 個人的には三巻の最後の話が見たいので二期があればなと切に願っております。