灰と焔の御伽噺   作:カヤヒコ

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閃の軌跡を久し振りにプレイして軌跡熱が再燃した結果始めた見切り発車な二次創作です。エマヒロイン物が意外と少なかったので書いてみました。


prologue/入学式

 

 

 いつの間にか、大粒の雨が降り始めていた。

 

 

「はあ、はあ、はぁ…………」

 

 荒い息を吐きながら、黒髪の少年は傍らの大木に身体を預けて座り込む。

 

 冬が過ぎ去った春先。温暖な森の中で、少年の吐く息は遠目にもわかるほど白い。顎から滴り落ちる雫も雨のせいだけではない。

 

「はは……収まる気配もない、か」

 

 胸の内で荒れ狂う熱に苦笑し、今更ながら煩わしくなった上着を脱ぎ捨てる。これもこの場所には似つかわしくない厚手のもの。他に荷物らしい荷物はなく、まるで雪の残る高山地帯から着の身着のままで歩いてきたかのような格好であった。

 

 数分かけて呼吸を落ち着かせた少年は立ち上がろうとして――不意に膝が折れた。ぬかるんだ地面に倒れこみ、泥が全身を汚していく。

 

 ここまで丸三日、少年は不眠不休で宛てもなく彷徨っていた。極力人里を避けていたため何も食べておらす、天然の水場で喉を潤した程度。彼の身体はもう限界を迎えていたのだ。

 

「……もう、いいか」

 

 力を入れ直せば立ち上がれるが、気力が湧いてこない。この森を抜けたところで行く場所も無いのだから、ここで獣のように朽ち果てるのが似合いだろうと、少年は生を放棄する。

 

 脳裏に焼き付いた忌むべき光景。

 

 赤く染まった視界と、人知を超えた破壊の跡。傷付いた家族の姿。

 

 あの温かな居場所には、もう戻れないのだから。

 

「父さん、母さん、エリゼ……ごめん」

 

 愛しき家族に謝りながら、少年の意識は沈んでいく。

 

「…………丈夫……!!しっかりして…………」

 

「ちょっとエ……! 何なのよこいつ……?」

 

 

 意識を失う直前、そんな声を聞いた気がした。

 

 

 

 

「…………ん」

 

 身体を固いものにぶつけた衝撃で、リィン・シュバルツァーは目を覚ました。

 

 今やエレボニア帝国の主要な交通手段となった鉄道の一席。窓の先には故郷で見られない田園風景が続いており、一定のリズムで車両を揺らす振動は、期待と不安で高鳴る心臓の鼓動と重なっている。

 

 どうやら少しだけ眠ってしまったらしい。その上夢の内容が人生の中でも指折りの酷い思い出だったのもあり、リィンは憂鬱になってしまう。

 

「これから入学式だっていうのに情けない」

 

 危うく乗り過ごしてしまいそうになった自分に気合いを入れ直していると、目的地ーー帝都近郊の町トリスタの到着を告げるアナウンスが流れてきた。

 

 心持ち急ぎ足で改札を通り駅のホームを出ると、頭上には自分達を歓迎会するかのように咲き誇るライノの花。思わず目を奪われそうになるがリィンの足は止まらない。

 

 

「さて、時間は伝えてあるけど……」

 

 同じ列車から降りてきた新入生たちにぶつからないように気を配りつつ、歩きながら周囲を見渡す。駅正面で待ち合わせているが、この人混みでは失敗だっただろうか。

 

 焦り出すリィン。ひょっとして先に学院に向かったのだろうかと、足が先に向かおうとしたところで、

 

「――――リィンさん」

 

 聞く人を落ち着かせる穏やかな声音が、背後からリィンを呼び止めた。

 

 振り返ると、眼鏡と三つ編みが特徴的な、自分と同じ赤い制服に身を包んだ少女が立っていた。

 

 

 沈んでいた気分が上を向く。

 

 

 あの思い出は最低のものだったけれど。この少女に出会えたことを思えば、最高の思い出とも言えるのだから。

 

 

「久しぶり、エマ」

 

 

 そうして柔らかな笑みを浮かべたリィンは、エマ・ミルスティンーー友人の魔女と、三ヶ月ぶりの再会を果たした。

 

 

 

 「里の人達は変わりないか?」

 

 「はい。特にニーナはリィンさんに会いたがってましたよ。また手紙でも書いてあげてください」

 

 「はは、了解だ。それにしても、同じ赤色の制服なんだな」

 

 「ええ。ひょっとしたら同じクラスかもしれません」

 

 「それにしては人数が少ない気もするけど」

 

 学院に向かう道すがら、二人は制服について話していた。

 

 帝国屈指の名門であるトールズ士官学院は、一学年百人前後の五クラスで編成されている。このクラスは貴族と平民の身分の差で分けられており、制服の色も異なるため遠目にも判別しやすい。リィン達の赤い制服はそのどちらでもなく、ここに来るまでに奇特な視線を向けられて居心地の悪い思いをしていたのだった。

 

 ここまでで見かけた赤い制服の生徒は、リィンが駅ですれ違った金髪をツーサイドアップにした女子生徒、公園のベンチで眠っていた小柄な銀髪の女子生徒、今しがた校門を潜った青髪ポニーテールの女子生徒の三人である。既に学院にいるのかもしれないが、それにしても人数が一クラス分もない気がした。

 

「……女子の方ばかり見ていたみたいですね」

 

「い、いや他意はないぞ。ほんとにその子たちしか見なかったんだ」

 

「ふふ、冗談です。でも入学案内にも何も書かれていませんでしたよね」

 

「まあ行ってみれば分かるだろうさ。そういえばセリーヌはどうしたんだ? 一緒に来ているんだろう?」

 

「今は寝床を探しに行ってます。流石に寮内で飼うのは難しいでしょうから」

 

 途中導力車にクラクションを鳴らされ慌てて道端に避けるアクシデントはあったものの(車から出てきた男子生徒も赤い制服だった)、一本道を迷うこともなく学院に辿り着いた。

 

 

 校門の先に見える校舎の威容に、二人はしばし目を奪われる。

 

「ここがトールズ士官学院……かのドライケルス大帝が設立したとされる場所か」

 

「凄いですね。こんなにも大きいのに、威圧感がない……学院の空気まで、私達を迎えてくれているみたいです」

 

 感嘆のため息を漏らすエマにリィンも同意する。

 

 エマの祖母曰く、古い或いは濃い歴史を持つ品々や場所には独特の匂いが宿るのだという。《里》でそういったものに触れてきたリィンだが、ここの空気もそれらと似たものを感じていた。学院が設立されてから220年、古代遺物と比べれば浅い歴史だが、密度が違う。《鉄血宰相》に代表される数多くの著名人が心身を育んだ場所だと考えれば、それも納得だ。

 

「こうしてても始まらないか。行こう、エマ」

 

「はい。使命もありますが、それはそれとして学院生活も頑張りましょうね」

 

 

 気合新たに踏み出した、二人の一歩は重なって。

 

 春風に背を押され、少年と少女は学び舎の門を潜った。

 

 

「『若者よ――世の礎たれ』……。“世”という言葉をどう捉えるのか。何を以て“礎”たる資格を持つのか。これからの二年間で自分なりに考え、切磋琢磨する手掛かりにしてほしい」

 

 

元エレボニア帝国軍元帥にして学院長のヴァンダイクは、そう締めくくって壇上を降りる。

 

「世の礎……ですか」

 

 ドライケルス大帝――獅子心皇帝とも称された偉人の言葉に、新入生達の意識が変わったのをエマは感じていた。彼女にとっては少し縁のある人物でもある。正確には彼女の祖母がであり、本人曰く、後世に伝わっているような出来た男ではないとのことだが。時折祖母に酒が入った際には愚痴に付き合っているので色々と聞いていた。

 

 

「なんていうか、考えさせられる言葉よね……」

 

 左隣の呟きに視線を向けると、美しいブロンドの髪が目に入る。同じ赤い制服を着た女子生徒が、おとがいに指をあてながら先の言葉を思い返していた。

 

 名をアリサというらしい。ファミリーネームは何故か教えてもらえなかったが、席が隣であったのと赤い制服同士ということで、入学式前に名前は教えあっていた。

 

「そうですね。流石は帝国中興の祖のお言葉です」

 

「でも中々のプレッシャーよね。これから色々あるのに気が重いというか」

 

「色々?」

 

「あ、こっちの話よ。気にしないで」

 

 それ以降は入学式の閉会の挨拶によって遮られ、新入生達は講堂を出ていった。貴族風の初老の男性教官が言っていた、指定されたクラスの意味が分からない赤い制服の面々以外は。戸惑う一行に、ワインレッドの女性教官が特別なオリエンテーリングに参加してもらう旨を告げさっさと講堂を出て行ってしまう。

 

「えっと、どうしましょう?」

 

「良く分からないけど、付いて行くしかないんじゃない?」

 

 そうこうしているうちに幾人かは足を外に向け始め、エマとアリサもそれに倣うことにした。リィンも赤毛の男子と話しながら付いてきている。

 

 

 やがて辿り着いたのは、敷地の端――校舎から離れた場所に位置する建物だった。一見すると廃墟のようだが窓ガラスが割れているなど荒れている様子はなく、きちんと管理はされているらしい。とはいえ不気味なことには変わりなく、ここを夜に訪れるのはそれなりに勇気が必要だろう。

 

「……ねえエマ。私不安なんだけど」

 

「あはは……雰囲気はありますよね。多分、旧校舎か何かではないでしょうか」

 

「あー納得。でも、そうだとしたらなんで残してるかしら?」

 

「さ、さあ?」

 

その辺りの事情を把握しているエマは言葉を濁す。祖母は名言しなかったが、その口ぶりからほぼ間違いなくここにあるのだろう。

 

鼻歌交じりに鍵を開けて中に入っていく女性教官を追って、建物に足を踏み入れる赤い集団。ひんやりとした空気に混じって、エマにとっては馴染み深い『匂い』が漂ってきた。

 

 

(……薄いですけど、地下から霊力の気配。となると)

 

 最後に入ってきたリィンを見ると、彼は誰にも気づかれないように胸を押さえていた。さりげなく歩調をずらして彼の隣に並ぶと、エマは小声で問いかける。

 

「(……リィンさん)」

 

「(……ああ。上手く言えないけど、何となく呼ばれている気がする)」

 

「(となると、やはり……)」

 

 自覚があるならば、今の段階でも繋がりを感じるはずだと使い魔に言われた通りだった。

 

「(大丈夫だ。別に身体に異常がある訳じゃないから)」

 

 難しい顔をしていたリィンは、安心させるようにエマに笑いかける。その笑顔に心を痛めながらも、二人は前を行く彼らの間に入った。

 

「サラ・バレスタイン。今日から君達《Ⅶ組》の担任を務めさせてもらうわ」

 

 やや広い玄関ホールの中央で足を止めた女性教官はサラ・バレスタインと名乗り、ようやくの説明を始めた。自分達は今年度より設立された特務クラスⅦ組ーー身分に関係なく集められた九名なのだと。

 

途中平民と思われる眼鏡の男子がサラに食って掛かり、それに反応した公爵家の子息と険悪な空気になったがサラが上手く流した。

 

 

「それじゃ、早速始めましょうか」

 

 サラの浮かべたいい笑顔に寒気が走る。エマが何か言おうとする前にサラ手によって柱の一部が押され、視界ーー否、床が傾いた。

 

 

 落とし穴の罠即座に察したエマは、咄嗟に掌をリィン達に向けた。同時に全身から仄かな光ーー闘気とも導力とも違う力を放ち、

 

 

「……あ」

 

 

 人前で躊躇なく魔術を行使しようとした自身に驚き、固まったまま地下に落ちていった。

 

 

 

 

 何とか受け身を取ったエマは、痛みに顔をしかめながら身を起こした。

 

 

 魔術ーー導力魔法とは違う異能の力。突き詰めれば類似する部分はあるものの、危うく初日から魔女の使命を果たすことが困難になってしまうところだった。

巡回魔女になるための試練としてリィンと《里》の外に出向いていた頃は積極的に魔術を用いていたので、その時の意識が抜けきっていなかったのである。

 

 

(駄目ですね……切り替えていかないと)

 

 周囲を見れば、他の面々も突然のことに困惑しながらも立ち上がる。

 

 

 ただ一人、いや二人。

 

 

 恐らくアリサを助けようとして下敷きになったリィンは、うつ伏せの彼女の胸に顔を埋める形で倒れていた。

 

「……………………………………」

 

 強烈な既視感を覚えて、頭を抱える。

 

 やがて起き上がり、恥辱で顔を真っ赤にして震えるアリサ。対してリィンは申し訳なさそうに頭を掻きながらも平然としており、

 

 

「…………その…………なんと言ったらいいのか。えっと、とりあえず申し訳なかった。でも良かった。無事で」

 

「リィンさん」

 

 呼びかけて、エマは綺麗な笑顔をリィンに向けた。先に言うことがあるだろうという無言の威圧に、リィンの表情が引き攣る。

 

 やがてリィンはアリサに向き直り、頭を下げてからもう一度顔を合わせて、

 

「…………恥をかかせて済まない。一発張り飛ばしてくれ」

 

「フフ……殊勝な心掛けね。ならお望み通りやってあげるわ!!」

 

 

乾いた音が、静かな地下室に鳴り響いた。

 

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