灰と焔の御伽噺   作:カヤヒコ

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魔女と騎士

 

 リィンがエリンの里に連れて来られて三日が過ぎた。消耗していた体力は完全に回復し、身体の内に眠る焔も落ち着きを見せている。

 

 ローゼリアの客人として迎え入れられたリィンだが、本人は封印術を完成させる為にずっと自室に籠っている。邪魔する訳にも行かないが、部屋には机とベッド以外に何もない。

 

 快調なのにずっと屋内にいるのも退屈が過ぎるので、リィンは里を見て回ることにした。滞在中、里の中であれば自由にして良いと許可も貰っている。早起きの習慣が染みついているリィンが外に出たのは太陽が顔を出したばかりの頃合いだった。

 

 エリンの里は、大雑把に言えば底の浅いすり鉢のような形をしていた。里の中央には特徴的なモニュメントが置かれた広場がある。その広場を囲むように建物が並び、広場から遠いほど高い位置に座していた。

 

 息を吸えば、口の中の水気が増す。里全体が朝靄に包まれており、広場を挟んだ向かいの景色は薄紙を一枚通したように不鮮明だ。所々に咲いている青い花──エリンの花と言うらしい──の淡い輝きが朝靄に溶け、水色のパステルカラーとなって滲んでいる。

 

(隠れ里か……本当、御伽噺の舞台みたいに幻想的だな)

 

 里の人間は早起きが多いようで、人の気配がちらほらとある。リィンはとりあえず里の外周をぐるりと歩きながら、朝の挨拶をして回ることにした。

 

 

 ────で。

 

「ガンドルフさん、ライザさんから故障したランプを引き取っていました。あとこれ、魔法料理の差し入れだそうです」

「おう済まねえな。今手が離せないから助かるぜ」

 

「お待たせしましたアウラさん。言われてた薬の材料はこれで大丈夫ですか?」

「……うん、バッチリ。物覚えがいいじゃないリィン君。助手に欲しいくらいね」

「このくらいなら、俺でよければいくらでも呼んでください」

 

「おおー! 力持ちだな兄ちゃん!」

「ちょっとアルビレオ、これ以上はお客様に迷惑でしょう。……弟がすみません」

「大丈夫だよ。朝の掃除の大変さは俺も知ってるし、是非手伝わせてくれ」

 

 

 

「あの……何してるんですか?」

 

「あ、おはようエマ」

 

 早朝の修業を終えて午前八時頃、エマは姿の見えないリィンを探しに外に出て、子供達に付き合っている彼の姿を見つけた。落ち葉を詰め込んだ袋を抱え、空いた右腕は少年アルビレオが歓声を上げてぶら下がっている。

 

「ひょっとして、もう朝食の時間?」

 

「は、はい」

 

「そっか。ごめん、また今度な」

 

「えー、まだ遊び始めたばっかじゃんか!」

 

「いい加減にしなさいアルビレオ!! 私達も帰ってお母さんを手伝うわよ!」

 

 少年は姉のニーナに引きずられて家に帰っていく。

 

「はは、元気な子だよな」

 

(ここ)では一番小さい子なんですけど、遊んでくれる相手が少ないんです。里の外にも興味があるみたいですから、リィンさんがいてくれて本当に喜んでいると思いますよ」

 

「そうだといいけど……っと、悪い。ローゼリアさんが待ってるよな」

 

「ああいえ、多分まだベッドから這い出てないと思うので急がなくても大丈夫です」

 

「……何というか、苦労してるんだな」

 

「あれでいざという時は頼りになるんですけど、普段は……はあ」

 

 肩を落としてのため息が生々しい。両親は勿論、妹も規則正しい生活を送っていたシュバルツァー家にはイマイチ共感しづらい話である。

 

 ──二日前にやや気まずい自己紹介を経て、リィンの世話をすることになったエマ。魔女の修行の時間を除けば、里を案内するなどして共に過ごしていた。始めは貴族の子息ということで身構えていたエマも、気さくな雰囲気のリィンに緊張は解けている。

 

 二人でアトリエに戻ると、エマはローゼリアを起こしに彼女の寝室へ。リビングで待っていたリィンだったが、落ち着かずに皿の用意を始めていた。その後寝ぼけ眼のローゼリアを引っ張りながらエマが戻ると、テーブルと戸棚を往復するリィンに眉を顰める。

 

「あの、リィンさん。昨日も言いましたけど、貴方は私達の客人なんですからこんな手伝いをしていただかなくてもいいんですよ?」

 

「衣食住を提供してもらってるのに何もしない訳には行かないよ」

 

「うむうむ、感心じゃのう。実際霊薬の準備とかあるし大変なんじゃぞ」

 

「お祖母ちゃんは黙ってて。……里の皆さんのお手伝いもしているようですが、今のリィンさんは容体が一時的に安定しているだけの病人と同じなんです。せめて今日行う封印の施術が終わるまでは身体を休めてもらわないと」

 

「う、分かった。この後は大人しくしてる」

 

 準備が終わってやや遅めの朝食が始まる。細長い卓では寂しく感じるが、三人いれば会話もそれなりに回る。話は主にエマがリィンの生活について色々と質問を繰り返した。曰く、巡回魔女になる前に出来るだけ外の人間の生の声を聞いておきたいのだとか。

 

「巡回魔女というのは?」

 

「簡単に言えば、裏の世界の警察じゃの。お主らが日々を過ごす《表》と、魔に属する存在が隠れ住む《裏》が干渉し合わぬよう目を光らせ、時には力尽くでバランスを戻すのが役目じゃ」

 

「……正直よく分かりませんけど、エマは大事な役目を果たそうとしてるんですね」

 

「一人前には程遠いがの。正直妾は今でもこやつが巡回魔女になることは反対なんじゃが」

 

「ちょっとお祖母ちゃん。まさか今更約束を反故にする気なの?」

 

「そうは言っておらぬじゃろう。ただヴィータを追うにしても、もう少し慎重に考えろと言っておる」

 

「私が巡回魔女として認められるまであと数年かかるんでしょう!? その間、姉さんの痕跡はどんどん消えていくんだから急ぐに決まっているわ!」

 

「エマ」

 

「っ……!」

 

 鋭く名前を呼んだローゼリアがリィンを指差すと、エマは口をつぐむ。残り僅かだった朝食を手早く口に入れると、流しに入れてから足早にリビングを出ていった。

 

「お皿は後で洗うので、流しの中に入れておいてください」

 

「あ、ちょっとエマ!」

 

「放っておけ」

 

 頭を掻きながら、ローゼリアはため息をつく。

 

「つまらぬものを見せたの」

 

「いえ、きっかけは俺の発言ですし……すみません」

 

「身内の問題じゃ。お主は気にするでない」

 

「……姉さんと言ってましたけど、もしかして」

 

「あ奴には姉がおるんじゃよ。……一年前に失踪した、の」

 

 

 五月二十六日。晴れ渡る空の下、第二回の実技テストが執り行われていた。

 

 特別実習と同様Ⅶ組独自のカリキュラムであり、メンバーは二~三班に分かれて戦闘を行うことになる。評価項目として重要視されるのは個々の実力ではなく連携──つまりいかにARCUSの戦術リンクを上手く使いこなせているか、という点だ。ARCUSのテスターとして集められたⅦ組を使った、開発元であるラインフォルト社への報告会としての側面もある。

 

 

 その舞台であるグラウンドにたった今、重い音が二つ響いた。

 

「ぐ……」

 

「く、そ……」

 

 整地された砂の上で、二名の男子が膝から崩れ落ちる。これまで懲りることなく対立を繰り返し、もう一周回って仲良いんじゃないか疑惑すら囁かれているマキアスとユーシスであった。武器を支えに辛うじて地に伏すことだけは避けているが、一歩も動けないのは見て明らかだ。

 

「……やれやれ。いくら何でも棒立ちはいただけないわねえ」

 

 二人を倒した張本人であるⅦ組担任教官のサラ・バレスタインは、拍子抜けだと言わんばかりに肩を竦めていた。プライドを逆撫でされた敗者達は言い返す元気も残っていないようだ。

 

 ギャラリーの反応は様々で、何が起こったか分からず呆然としている者、自堕落な部分しか見せていない教官の認識を改めた者、予想通り結末に嘆息している者がいる。リィンは最後の組だ。

 

(まあこれでは無理もないんだけどな……)

 

 リィンは手元の用紙をもう一度見る。それは前回に続き実技テストで戦術核と呼ばれる見覚えのある(・・・・・・)自律兵器と戦った後に渡された、次回の特別実習の詳細だった。

 

『【五月特別実習】

 A班:リィン、エマ、マキアス、ユーシス、フィー(実習地:公都バリアハート)

 B班:アリサ、ラウラ、エリオット、ガイウス(実習地:旧都セントアーク)』

 

 目にした瞬間苦い顔をしてしまったのは責められることではないだろう。

 

 前回の班編成からリィンとガイウスを入れ替えただけだが、班員の安定度に天と地ほどの差がある。その上バリアハートはユーシスの実家であるアルバレア公爵家を中心とした貴族の街だ。そこにマキアスを行かせるというのは、剥き出しの地雷を抱えて戦地に赴くようなものである。サラは相当な荒療治をお望みらしい。

 

 当然ながら猛反発するマキアスを、今回ばかりは利害が一致するユーシスが後押し。ならば力尽くで言うことを聞かせてみろと挑発するサラに戦いを挑んだ二人だが、結果は十秒経たずの瞬殺。戦術核との戦闘でもまともにリンク出来ず足を引っ張っていたので妥当と言えば妥当だろうか。

 

「それじゃあ実技テストはこれで終了……でもいいんだけど」

 

 得物を手にしたまま、こちらを向いたサラと目が合った。嫌な予感がリィンの全身を駆け巡る。

 

「折角だからお手本を見せてもらいましょうか。リィンとエマ、前に出なさい!」

 

「……ええ!?」

 

「いや、何でですか……」

 

「だってそこの二人があんまりにもアレだったから物足りないんだもの。それに前々からアンタたちの実力は見てみたかったのよねえ」

 

「実力テストや特別実習で結果は見せていますよね?」

 

「全力出してない癖に良く言うわ」

 

「……ふーん。サラがそこまで言うんだ」

 

 サラの前身を知る身として、フィーが意外そうに呟いた。まあね、とサラは返して続ける。

 

「前衛と後衛で分けた場合、この二人の実力は二年生含めた学院全体でも相当な上位に食い込むでしょうね。特にアンタたちカップルのペアならトップを狙えると思ってるわよ?」

 

「サラ教官。誤解を招くような物言いはよしてください。エマとはそういった関係ではありません」

 

「まあまあ。難しく考えないで付き合いなさいよ。ここで健闘できれば、特別実習でもメリットがあると思うけどねー」

 

「……ああ、なるほど」

 

 サラの言うメリットに思い当たった二人は顔を見合わせる。どちらかと言うと気は進まないが、クラスメイトの注目が集まって断り辛い。特に腕に覚えのあるラウラとフィー、あと何故かアリサは強く興味を示しているようだ。

 

 やがてリィンとエマは頷き合って前に出る。

 

「分かりました。よろしくお願いします、教官」

 

「少し時間をいただいても良いですか?」

 

「お、作戦会議? 良いわよーそういうの」

 

 二人の話し合いは一分ほどで済み、エマはアリサとエリオットに近づいて何かを話し始めた。エマを待っているリィンにサラがニヤニヤ笑いながら話しかけてくる。

 

「……で、エマとは実際どうなのよ」

 

「いや、本当に想像しているようなことはないんですが」

 

「うっそだあ。あんな大きいのぶら下げてる子と四六時中一緒にいて辛抱たまんないんじゃないのぉ? 眼鏡で隠れてるけどすんごい美人だし」

 

「………………教官、そんなオヤジ臭い性格だから独り身なんじゃないんですか」

 

「いきなり何てこと言い出すのよ!! アタシは好みの素敵なオジサマを選んでるだけで、これでも結構モテるんだからね!」

 

「その素敵なオジサマに、いつも足の踏み場もない程部屋を散らかすような女性はお眼鏡に叶うんですかね? エマが時々掃除しているみたいですけど、その件についてはどうお考えですか?」

 

「ぐぅ……トヴァルみたいに痛いとこ突いてくるんじゃないわよう」

 

「……教官はもしかして……」

 

 そうこうしている内にエマが戻り、両者は戦闘態勢に入る。サラとリィンの距離は十アージュ。そのリィンの後方五アージュの位置にエマが立つ。二人の間で戦術リンクが起動し、光のラインが結ばれた。

 

 

 先のだらしない雰囲気は消え去り、歴戦の強者の面構えとなったサラ。不敵な笑みから発せられる威圧感が、対峙するリィンの肌をビリビリと刺激する。否応なしに高揚する心に今だけは素直に。

 

 

 自らの髪色と同じワインレッドに塗装された導力銃とブレードを手に、彼女は高らかに告げた。

 

「それじゃあ始めましょうか。ラウラ、開始の合図をお願い!!」

 

「は、はい! それでは……始め!!」

 

 

「疾風!!」

 

 先手はリィン。弐の型で瞬時に距離を詰めて斬りかかる。袈裟斬りはサラのブレードに弾かれ、すぐさま左の導力銃が向けられた。驚異的な速さで照準が合わせられ、紫電の弾丸が吐き出される。リィンは屈んで射線から逃れると、そこから斬り上げ。導力銃を刀身で叩いて逸らし、更に一歩踏み込む。サラは弾かれた勢いを利用して一回転し、水平にブレードを薙いで来た。十字に交わる剣閃は赤が押し勝ち、両者の距離が空く。

 

「クロノドライブ!」

 

 駆動を終えた時属性の導力魔法がリィンの動きを加速させる。銃の掃射を掻い潜ると再び肉薄してサラと打ち合う。続いて筋力強化(フォルテ)耐久強化(クレスト)が発動し、リィンが更に強化された。繰り出される斬撃から太刀筋の乱れたものを見極めて『残月』を放ち、そこから螺旋撃に繋げて押し退ける。

 

「アレ? エマあんな導力魔法(クオーツ)セットしてたっけ?」

 

「さっき僕のを貸したんだよ」

 

「私からもね」

 

 実技テストの時には使用しなかった導力魔法にフィーが首を傾げていると、エリオットとアリサがその疑問に答える。

 

 戦術オーブメント最大の利点はその汎用性にあり、特に最新型のARCUSは結晶回路(クオーツ)一つセットするだけで導力魔法を扱うことが出来る。エマは事前にオーブメントの盤面をリィンの支援に特化した構成にしていたのだ。

 

 しかしそれだけで状況が好転する訳ではない。徐々にギアを上げていくサラは赤い残像が見える速さブレードを振るい、捌ききれないリィンの身体に傷が付いていく。

 

「(すみません、あと五秒……!)」

 

「(了解……っ!)」

 

 鍔迫り合いの最中、サラが足を引っ掛けリィンがバランスを崩した。横転は免れたが生まれた明確な隙を逃す筈もなく、上から体重をかけて押さえ込まれる。空いた導力銃を向けた相手はリィンではなくエマであった。

 

 今まで敢えて手は出さなかったが、戦いに於いて後方支援役から狙うのは鉄則。戦術オーブメントで援護や立て直しが容易になった近年では如何に優れたアーツ使いを早く落とせるかが鍵になる。

 

 銃声と同時に殺到する紫電。だがエマは臆することなく、駆動を完了させる。

 

「アースランス」

 

 地面が隆起し、高さ二アージュはある土の槍が複数本、エマの眼前に現れた。乱立するそれらを飛来した雷弾が穿つが、奥にいるエマまでは届かない。

 

「質より数重視の防壁代わりか。思ったより時間稼がれちゃったわねー」

 

 仕切り直す為に一旦後ろに跳んだサラは、口笛を吹いて二人を称賛する。リィンも立ち上がると、エマと会話できる距離まで近づいた。

 

「取り敢えず、戦える形は出来上がったか……」

 

 持ち前のスピードで敵を撹乱しつつ導力銃で動きを止め、本命のブレードを叩き込むのがサラの戦闘スタイルだ。対抗するには彼女の速さに並ぶか、動きを制限する必要がある。前者をリィンが、後者をエマが担当し、エマはアーツを導力銃に妨害されないよう壁を作る。即興で立てた作戦だが、どうにか実現出来た。

 

 ここから勝つためには補助魔法の効果が切れる、或いはエマの防壁が削り取られるまでに決着を付ける必要がある。リィンのスタミナにも余裕はなく、ここは短期決戦しかない。

 

「援護頼んだ」

 

「お任せを」

 

 魔女の短い返事は、四年の月日と数々の困難を乗り越えた信頼の証。思わず笑みを浮かべたリィンの精神的な枷がひとつ外れる。

 

「蒼き焔よ──」

 

 蒼炎に染まる刀身を構え、疾駆する。紫電の雨が二人に降り注ぐが構わず突破。真一文字に振り抜かれた太刀に合わせて広がった炎が、回避したサラのコートの端を焦がす。

 

「あら、ナイトのお役目は良いの?」

 

「エマはそこまでヤワではないです、よっ!!」

 

エマが杖を掲げると、彼女の周囲に光の剣が出現した。エプスタイン財団が開発し、ラインフォルトが改良した魔導杖は、データを入力することで既存の戦術オーブメントとは違う独自のアーツを可能にする。

 

 五本の魔剣は真っ直ぐに進み、途中で散開。縦横無尽に宙を舞い、サラに全方位から襲い掛かる。魔剣はただの攻撃ではなくサラの隙を突く、或いはリィンの隙を埋める形で割って入り、この上なく効果的な援護として機能していた。

 

 これはリィンとエマがお互いを熟知しているのもあるが、何より戦術リンクの恩恵が大きい。躍動するサラの動きをエマが捉えることは出来ないが、何度も打ち合っているリィンなら見極められる。戦術リンクを介して情報を共有することで、エマはその明晰な頭脳でサラの手を分析。先読みでの援護を可能にしていた。

 

「あれがリィンの……いや、二人の本気なのか」

 

「ああ。委員長がリィンの強みを際限なく高めている。追い風を上手く生かして飛ぶ鷹のようだ」

 

 青に紫、そして白。三色の光が乱舞する中、傍から見ても分かるほど急速にサラとの差を縮めていく二人にラウラとガイウスは戦慄する。先月の実習で幾度となくサポートしてもらったからこそ、その精度の差がはっきりと感じ取れていた。

 

「ひょっとしてこれ、勝てるんじゃないかしら?」

 

「う、うん。良く見えないけど、リィンと委員長が押し始めてる気がするよ」

 

「……」

 

「……」

 

 アリサとエリオットは大金星の可能性に目を輝かせている。膝をついたままのマキアスとユーシスは、唇を噛み締めて戦いを見つめていた。

 

 

「それでも甘いっ!!」

 

 だが、彼女も二十代半ばで帝国最高峰の士官学校で武術教官を務める身。闘気を十全に込めた一振りが、蒼い炎を吹き散らす。同時に補助アーツの効力が切れ、派手に飛ばされたリィンが地面を転がった。

 

 直後に飛来した五本の魔剣を撃ち落とし、斬り裂き、蹴り飛ばして全て破壊する。稼げた時間は五秒程度。その間にリィンは起き上がり、太刀を鞘に納めていた。後の先を取る居合い、残月の構え。逃げ場もなく、力も速さも劣るサラ相手には分が悪かろうとこれしかない。

 

 突撃してくるサラを目前に、柄に手を添えたリィンは一段深く腰を落とし──その背後から、光輝く刃が頭上数リジュのところを掠めて通過した。

 

(六本目の魔剣……アースランスの壁に隠してたって訳!?)

 

 驚愕の中、鍛え上げた身体は反射的に動く。ブレードで魔剣を弾き、片足を地面に刺すように突き出して急停止をかけた。ブレードを防御に使わされた今、リィンの間合いに踏み入るのは不味いと判断してのことだった。

 

 リィンは構わず身体を捻り、太刀を抜き放つ。響く風切り音は、残月にはないもので。

 

 

「弧月一閃!!」

 

 

 それは伍の型に陸の型を組み合わせ、間合いを伸ばした居合斬り。先に残月を見せていたからこそ、この一刀は彼女の想定を覆す。

 

 

 サラの顔に初めて表れる明確な焦り。手応えを感じ取ったリィンは無心で剣を振り、

 

 

 ──三日月模様を描くはずだった太刀筋は、宙を舞う導力銃が割って入ったことで乱された。

 

 

(手首だけで、銃を投げた……!?)

 

 導力銃は彼方に飛んでいくが、衝撃を受けた太刀は大きく逸れてしまう。全身に雷光を滾らせたサラはリィンの間合いの内に飛び込み、膝蹴りを胸元に叩き込んだ。

 

「がっ……!」

 

 一瞬呼吸が止まり、仰向けに倒れる。目を開ければ、馬乗りになったサラがイイ笑顔でブレードを突きつけていた。

 

「いやーまさか雷神功(奥の手)切らされるとはね。ま、評価はほぼ満点ってところだけど、勝ちまではまだあげられないわね」

 

「……参りました」

 

 素直に降参し、解放された手足の具合を確かめる。細かい傷はあるが問題なく動かせた。後で保健室に行って傷薬を貰えば、この後の授業にも支障は無いだろう。かつてトヴァルから聞いたことのある二つ名の凄さを身に染みて理解できたリィンだった。

 

 小走りで駆け寄って来たエマが、小さく頭を下げる。

 

「お疲れ様ですリィンさん。最後は上手くフォロー出来なくてすみません」

 

「エマの援護は完璧だったさ。教官が上手だっただけだ」

 

 これまで研鑽と今日の健闘を称え、魔女と騎士はハイタッチを交わした。

 

「それじゃあ、この後は教室に戻って反省会やるわよ。各自何が足りないか、そこの二人も含めて考えてみなさい」

 

 最後にサラがそう締め括り、実技テストは終了する。ギャラリーだった七人はそれぞれ、大健闘を果たした彼らとの差を目の当たりにしたのだった。

 




話の都合で入れられなかった例の薔薇のお話


エマ「それでその双子からグランローズを貰ったと」

リィン「ヴィヴィとリンデが入れ替わってるのを見抜いたらご褒美って渡されたんだ。でも正直扱いに困るというか……。ほら、前に教えてくれたグランローズの花言葉的にさ」

エマ「……でしたらその花をいただけませんか? 上手く出来るかは分かりませんが、生け花にしてロビーに飾ってみます」

リィン「お願いするよ。その方がこのグランローズも喜ぶだろう」

エマ「(リィンさんが持ってるとその内爆弾になりそうなんですよね……。)」
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