灰と焔の御伽噺   作:カヤヒコ

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創の軌跡、ひとまずシナリオクリアしました。感想は色々とありますが、今後の合間にちょこちょこ語れたら良いかなーと。PV見た時点で危惧していたネタ被りも軽微で済んでよかったです。発売前に構想していたすーちゃんとなーちゃんの閃の軌跡参戦プランもなんとか形に出来そう(とはいえ大分先の話ですが)。





赤の記憶、翡翠の歓待

 

 日が沈み夜になると、元々閑静なエリンの里は尚更静まり返る。住人は各々の住まいに戻り、息を潜めるようにして過ごしていた。

 

 夕暮れ──昼から夜へと移り変わるその時間は逢魔時、或いは大禍時とも称される。その名の通り、人に災いをもたらす魔性が現れ出す境目だ。そこを越えた夜は、不用意に出歩くと魔性の存在に出会う時間帯として知られていた。《表》では人を戒める伝承として。《裏》では実際に人の命を脅かす存在として。特に魔は魔を引き付けるとされ、魔女の眷属の歴史はそういった魑魅魍魎との闘いの歴史と言っても過言ではない。

 

 里にはそれらの魔性を退ける結界が貼っており、外に出ない限り危険は殆どない。だが魔性の脅威が骨の髄まで染み込んでいる魔女達は、自然と夜は外に出ないという習慣が身についている。

 

 リィンもまた、与えられた部屋のベッドに座っていた。明かりは点けていない。雲の切れ間から差し込む月明かりが、彼の持つシワだらけになった紙を照らしている。

 

 ユークレスが手に入れた、自分の顔写真の入った遊撃士協会の捜索依頼書だ。四大名門のハイアームズ家が治めるセントアークの支部に貼ってあったものらしい。リィンが家族の前から姿を消して一週間。捜索範囲が広がり、ユミルから遠く離れたサザーランド州にまで情報が行き渡ったのだろう。

 

 写真の中の自分は楽しそうに笑っていた。確か半年前の鷹狩りの時に撮ったものだ。ユン老師の課す厳しい修業にもようやく慣れてきて、剣の道が生活に馴染んできた頃合いだったはずだ。

 

「……はあ」

 

 何度目かも分からないため息が紙面を撫でる。

 

「リィンさん、今よろしいですか?」

 

 控えめなノックと同時にエマの声がした。ドアを開けて迎え入れると、彼女は険しい面持ちをしている。

 

「えっと、魔術の修業は終わったのか?」

「ええ、まあ。それよりリィンさん、さっきお祖母ちゃんから聞きましたけど、どういうつもりなんですか?」

「どう、とは?」

「とぼけないでください。ご家族の下に帰らず、それどころか顔を見せるつもりもないと聞きましたが」

「……ああ。そのつもりだ」

 

 夕食前にローゼリアに告げたことを、リィンは今一度肯定する。

 

 ローゼリアとしては異能の封印を完全に終わらせてからリィンを外に返す予定だったが、今日の施術を終えたことで若干の余裕が生まれたという。一度外に出て家族に顔を見せる程度の余裕はあるとのことだった。万一の暴走の危険に備えローゼリアも同伴してくれるそうだ。

 

 しかしリィンはその提案を断り、逆に封印が完了した後もエリンに置いてもらえないかと願い出た。それは、このままシュバルツァー家の下に二度と戻らないという宣言に等しい。流石にローゼリアも即答出来ずその場は流れたのだが……

 

「っ、どうしてです? さっきは妹さんのこと、あんなに誇らしそうに語ってくれてたじゃないですか」

「だからだよ。あの人達を二度と傷つける訳にはいかない。可能性は少なくても、この力が暴走する危険はゼロじゃないんだ」

「ならせめて文で無事を知らせるだけでも……」

「駄目だ。これを機にシュバルツァー家とは縁を切る。もう俺にあの家名を名乗る資格はない」

 

 頭を振るリィンの決意は固い。

 

「どうしてそこまで……」

「……そういえば、その辺は詳しく話していなかったか」

 

 ローゼリア相手に出自と異能のことは軽く説明したが、そもそもリィンがエマとセリーヌに出会うまでの経緯は話していないことを思い出す。助てくれた恩人にはきちんと説明しておくべきだろうと考えたリィンは、その出来事を話すことにした。

 

 

 俯いて重い口を開く姿は、懺悔をするようだった。

 

 

 

 ユミルはアイゼンガルド連峰の中腹に位置し、麓まで下りるのにケーブルカーを利用するような標高の高い場所である。夏は涼しいが冬は寒さが厳しく、降り積もる雪の処理は毎年の重労働だ。

 

 『その日』の前日はいつになく気温が低く、春先ながら季節外れの吹雪が郷を襲った。雪は午後から一晩続き、翌朝には一面の銀世界に覆われていたほどだ。

 

 リィンは午前中は郷の雪かきを行い、午後は渓谷道の状況を確かめる為に父のテオとエリゼと一緒に郷の外に出た。道は完全に雪で埋まってしまっていたが倒木や魔獣の影もなく、一先ず危険はないと判断して戻ろうとした矢先に、唐突な地震が三人を襲ったのだ。

 

 幸いにしてそこまでの揺れでは無く、すぐに収まった。だが昨日との気温差で溶けかけ、崩れかけた雪庇には致命的な振動であり──結果、一部が崩落した。

 

 頭上に降る純白の凶器。例年ではありえない場所での危機をエリゼは呆然と見上げ、テオは咄嗟に娘に覆いかぶさった。

 

 

 そしてリィンは──家族を守るため、忌み嫌っていた異能を解放した。

 

 

 黒い太陽のようであったと、後にテオは語る。全身から噴き出す黒い闘気は炎に変じ、太刀を振るう度に黒炎が迫り来る雪を飲み込むように蒸発させる。直接蒸発させたのはエリゼ達に降り注ぐ分だけではあるが、黒炎の余波は三人の周囲にあった雪も融かし、地面を露出させていた。

 

「リ、リィン……」

 

 娘から聞いた、獣染みた異能の力を実際に目の当たりにして言葉を失うテオ。崩落が収まると、リィンはテオの方へ振り返る。

 

 優しい瞳には程遠い、殺意を滾らせた灼眼。そこに映るのは愛しい義妹と、彼女を抱き寄せる()の姿。リィンにとって庇護の対象であったかが認識を分けた境界であった。父のことをいつかと同じ妹を襲う魔獣と誤認したリィンは太刀を掲げ──

 

 

 

 ──正気に戻った時、目の前にいたのは蹲る父と、寄り添う妹の姿だった。無事だったと安心したのもつかの間、父の腕から少なくない血が流れているのを見つけた。

 

「…………………ぁ…………」

 

 地面に落ちた赤い雫の軌跡は自身の足下まで繋がっており、手にした太刀の刀身には同色の染みが付着している。周囲に魔獣の気配は無い。

 

 誰が父を傷つけたのか、言うまでもなく。

 

「あ、ああ……」

 

 リィンの世界から音と色彩が消え失せる。灰色の視界の中で、滴り落ちる赤色だけが鮮明に色づいている。

 

「──?」

「──?」

 

 父と妹の口が無音で動き、リィンを見上げ。

 

 その視線が合う前に、リィンは二人に背を向けて駆け出していた。

 

 

 雪に埋もれた渓谷道を、獣のように駆け下りる。白熱する心臓からもたらされる『何か』が足に活力を与え、どこまでも駆けて行けそうな気がした。

 

 行ける場所など、どこにもないというのに。

 

(俺は……俺は、何てことを……!!)

 

 死ぬはずだった自分を拾い、育ててくれた父を自ら手にかけようとした。家族の愛情を、老師の信頼を、全て裏切った。裏切った。裏切った──!!

 

 絶望の慟哭が、雪山に木霊する。

 

 少年が魔女と出会う、三日前のことであった。

 

◇ 

 

「……それから山を下りて、ひたすらユミルから離れようと歩いてた。幸い俺の顔は郷以外では殆ど知られていないから、もし自分の身に何かあってもシュバルツァー家に被害が及ばないようにすることだけを考えて……結局力尽きて倒れたところを君とセリーヌが見つけたんだよ」

 

 語り終えたリィンはベッドへ腰を下ろし、深々と息を吐く。言葉にして話すのには想像以上の体力を必要とした。

 

「これで分かっただろ? 俺の力は周りの人を傷つける……いや、実際に傷つけた。魔獣と同じさ。いつ人を襲うかも分からないようなヤツが彼らと同じ場所に居ていい訳がない」

 

 異能の存在を自覚した日から、リィンはずっとその可能性に怯えていた。元々浮浪児の自分を拾ったことから父は貴族の世界から遠ざかるようになったことで、家族には内心引け目を感じていた身である。これ以上の迷惑を掛けまいと、八葉一刀流の修業には必死の思いで励んだ。

 

 その努力は最悪の形で牙を剥き、リィンに諦観をもたらすには充分過ぎた。

 

 

 

 ──でも。

 

「……リィンさん」

「……っ」

 

 しばし扉の前で立ち尽くしていたエマが、一歩ずつ近づいてくる。顔を見るのが怖くて俯いたままでいると、エマは静かに問うてきた。

 

「妹さんやご家族……ユミルの方々は好きですか?」

「? 勿論好きだよ。家族だけじゃなくて郷の皆も本当にお世話になったさ」

「だったらリィンさんは会わなきゃ駄目だと思います。大切な人を傷つける恐怖があっても、それでもです」

「……え?」

 

 顔を上げれば、エマは真っすぐにリィンを見つめている。眼鏡越しの瞳がどうしてか泣きそうで、それを見ていると自分まで似た衝動が込み上げてくる。リィンは振り払うように視線を逸らした。

 

「なんでさ。向こうだって会いたくないに決まってるのに」

「それ、直接言われたことがあるんですか? 貴方の耳で聞きましたか?」

「……無い、けど。普通に考えれば顔を見るのも嫌だろ」

「そんな風に思っている相手を、こうして探したりなんかしませんよ」

 

 持っていた捜索依頼の紙を奪われ、眼前に突きつけられた。写真に写る今の自分と対照的な表情が、エマの言葉が、欺瞞のベールで覆われた本音を少しずつ剥き出しにしていく。

 

「こうしている今も、皆さんはリィンさんを心配している筈です。そしてその心配は貴方の一存で否定していいものではありません」

「っ……でも、あの人達の為にはこうするしか!」

「ご家族を言い訳にしないでください。それは──ただ貴方が逃げているだけでしょう!」

 

 

 そして、そこ(・・)を暴かれた瞬間、思考が一瞬で沸点を超えた。

  

 

「うる、さいっ!! 君に何が分かるんだよ!」

「きゃ……!!」

「魔術だかなんだか知らないけど、君は自分の力をちゃんと制御出来てるんだろ!? 成長出来てるんだろう!?」

 

 立ち上がり、エマを勢いよく突き飛ばす。軽い彼女の身体はあっけなくバランスを崩し、背中を壁に強かに打ちつけた。

 

「意識が落ちたら自分が消えてしまいそうで眠れなかった日が、小さい子の手を握り潰さないように気をつけたことが、今までの苦しみが全部無駄になって虚しくなったことが、君にはあるのかよ!! 大事なものを自分の手で壊してしまう可能性を少しでも考えたことあるのかよ!!」

 

 止まらない。止まってくれない。ずっと奥底に押し込んできた鬱屈とした思いは、地中に埋められた大量の不発弾のようなもの。どれか一つに火が点いてしまえばリィン自身も制御が効かず、連鎖的に爆発する。

 

「初めてあの力を解放した時もそうだった! ずっと今まで騙し騙しやって来たのに最後にはこうなる! 結局お前は人間じゃないって、皆と一緒にいていい存在なんかじゃないって言われてるみたいに!」

 

 一言吐き出すたびにエマの身体が跳ねる。リィンの豹変に怯えるだけで無抵抗な少女の態度を良いことにどす黒い感情は煮詰まっていき、

 

「俺のことなんて、見捨ててくれれば良かったんだ……!!」

 

 エマの優しさを否定する禁句をぶつけ、リィンは部屋を飛び出した。

 

 

「私……なんてこと」

 

 数十秒の放心から立ち直ったエマの胸に自己嫌悪が去来する。知り合って四日しかない相手に対して明らかに踏み込み過ぎた。本当はもっと時間をかけて彼を説得するつもりだったのが、気づけば思うままを口に出していた。

 

(とにかく、追いかけないと)

 

 背中の痛みに顔をしかめながらも、エマは立ち上がった。去り際に一瞬だけ見せたリィンの表情を思えば、とても放ってはおけない。まだ彼には伝えてないことが残っている。

 

 彼の言う通り、異能を抱える苦しさも彼の家族の想いも、想像することしかできない。

 

 それでも一つだけ──彼が知らないことを、エマは確かに知っている。

 

 

 

 アトリエを出たリィンは闇夜を駆ける。少しでもエマから離れようと、気づけば昼に剣の素振りをした広場に辿り着いていた。

 

「…………分かってるさ。それくらい」

 

 落ち着きを取り戻したリィンは、絞り出すように独り言を漏らす。封印のことや家族を危険に晒したくないなんて理由は、全部自分を守るための言い訳だ。

 

 

 ただ怖いのだ。シュバルツァー家の人達ともう一度向き合った時、今度こそ本当に拒絶されるのが。

 

「なんで、俺はこんなに弱いんだろうなあ……」

 

 自覚してしまえば止まらなかった。視界は滲み、嗚咽が漏れる。本音はこんなにも情けなくて、恩人にすら八つ当たりしてしまった自分に耐えられない。

 

 ──もう、消えてしまいたい────

 

 想いに呼応した心臓から昏いモノが湧き出す。ローゼリアの封印をすり抜けるようにして広がり、全身を蝕んでいく。黒髪の毛先は燃え尽きた灰のように白く、視界は赤く。このまま獣と化して楽になりたいという欲求に抗えない。そうして全てを放り捨ててしまおうとしたリィンだったが、

 

 

『……兄……。兄、様……』

 

 鈴を転がすような少女の声が、闇に飲まれつつあったリィンの意識を引き上げる。

 

「……呼ンデ……る?」

 

遠くに見える木々の隙間。虚ろなリィンの瞳が捉えたのは、どこか見覚えのある黒髪の少女の姿だった。

 

 

 列車の時間が近づくにつれて三人も集まり、早朝のティータイムを楽しんだ後──予想通りマキアスは拒否したが、懲りずに勧めたエマに押されて渋々口にしていた──B班はバリアハート行きの列車に乗りこんだ。

 

 対面する二席に座る彼らの雰囲気は控えめに言っても良くはない。対抗意識なのか、わざわざお互いの正面に座るユーシスとマキアスの拒絶がリィン達の方にもひしひしと伝わってくるからだ。バリアハートに到着するまで五時間、この乾いた空気の中でいるのは流石に辛い。エマはユーシスにバリアハートについて軽い説明をお願いする。

 

「フン、別に構わないが──そこの優秀な男に解説してもらった方がいいんじゃないか? 貴族の目線で語るより、さぞ批判的で気の利いた説明をしてくれるだろうさ」

「僕がイデオロギーに歪んだ物の見方をしてると言うのか?」

「いや、何しろ入学試験で次席を取っている優等生殿だ。加えて日頃の脇目も振らぬほどの余裕のない勉学ぶり……疲れからかあれほど間抜けな欠伸面を晒すくらいだ。さぞ教科書的な知識だけは蓄えているだろうと思ってな」

「貴様言わせておけば……!」

「……お二人とも、そこまでにしてください」

 

 一段低くなったエマの声に、ユーシスとマキアスが固まった。

 

「ユーシスさん? 私は実習地が貴方の故郷だから説明をお願いしたんです。教科書やガイドブックでは分からない現地の雰囲気を知るために。到着してからも色々と訊くこともあるでしょうし、逐一そんな挑発的な態度を取られては困ります」

「あ、ああ……すまん」

「マキアスさんも、これから行くバリアハートは貴族の街なんです。公衆の面前で貴族を非難するような発言は控えてください。ましてユーシスさん相手に普段のような物言いは最悪不敬罪で拘束される可能性だってあるんですよ」

「貴族の権力を恐れて口をつぐんでいろというのかい?」

「何かあった場合、帝都知事のお父様にも迷惑がかかると思いますが」

「……」

「不満を溜め込む必要はありませんが、吐き出す場所は考えてくださいね」

「わ、分かった」

 

 口調こそ穏やかだが、それが逆に怖い。マキアスは逃げるように窓の景色に視線を移し、ユーシスは席の外側に身体を寄せてエマと距離を作った。若干落ち込む委員長にリィンとフィーが小声で話しかける。

 

「(気を落とすなよエマ。二人ともわかってくれてるはずだから)」

「(そもそも悪いのはあの二人。前回のこともあるから最初に釘を刺しておくのは良い判断)」

 

「俺からもいいかな? 今回の実習の目標を決めておきたいんだ」

「目標?」

 

 全員の注目が集まると、リィンは再度口を開いた。

 

「前回B班の……俺以外(・・・)の評価はD。はっきり言ってテストなら赤点一歩手前だ。これで今回も同じような結果を出せば成績優秀者になるのは厳しいだろう。俺は(・・)A評価だったし、足を引っ張られるのは御免だな」

「っ、自慢のつもりか!?」

「……何が言いたい」

 

 分かりやすい挑発に、ユーシスとマキアスからの視線が鋭くなる。それを正面から受け止めて続けた。

 

「二人には今回の実習でリンクブレイクを克服してもらおうと思ってる」

 

 実技テストで戦術殻と闘った際、同じチームだったユーシスとマキアスは途中で戦術リンクが切れてしまうリンクブレイクという現象を起こした。

 

 そもそも戦術リンクとはARCUSを介した高精度な意思疎通であり、その強度はリンクを結んだ二人の関係によって左右される。当然、互いに拒絶し合えばまともな意思疎通が出来るはずもない。ARCUSに問題がないのに戦術リンクを扱えないというのは、ペーパーテストに筆記用具を用意しないレベルで論外である。

 

「リンクブレイクしないよう、お互いわだかまりを捨てて合わせろと? 冗談じゃない! 誰がこんな奴と──」

「蟠りを捨てろとは言わない。立場も違えば意見も違うんだ。譲れない部分もあるだろう。だけど今からの数日間、俺達は紛れもなく仲間だ。……友人じゃなくてな。更に露骨に言ってしまえば、B班に負けないためと……サラ教官を見返す為の仲間だ」

 

 出来るなら友人でありたい、という本音はこの場では飲み込んだ。今必要なのは二人に共通のモチベーションを与えること。古来より人が手を取り合うのは、利害が一致する時なのだ。

 

「サラ教官が二人を倒した後に俺とエマを指名した理由、分からない訳じゃないだろう」

「あれってサラが暴れ足りないから付き合わされたんじゃないの?」

「……まあ、そういうトコもあるかもしれないけどさ」

 

 実際リィンの目から見てもそちらの理由が多分に含まれていた気がするが、本来の目的はお手本を見せることで発破を掛けたかったのだろうと予想している。

 

「……いいだろう。今回は一時休戦だ。君もそれで構わないな?」

「言われるまでもない。その程度の茶番に付き合う程度の忍耐は発揮して見せよう」

 

 そっぽを向いてしまったが、譲歩を引き出せたのは大きな進歩だ。どちらも、自分の言葉をそう易々と曲げる人物ではない。

 

「(……ちょっと意外かも。ああいうことも言えるんだ)」

「(この人の好きな言い方ではありませんけどね……ほんと、嫌なことほど妙に器用に熟すんですから)」

「どうしたんだエマ? なんでいきなり不機嫌に?」

「なんでもありませんっ」

「?」

「リィン、そういうとこだよ」

「??」

 

 その後はユーシスからバリアハートの説明を受けて、各々暇を潰している内に目的地に到着した。通路側に座るフィーとエマが先に席を立ち、男子はその後を追う。

 

「……ああそうだ。一応言っておくけど」

 

 エマとフィーに聞こえないよう、リィンが振り返る。

 

 

「あまりにエマを困らせるようなら、俺からも少し(・・)言わせてもらうからな?」

 

 底冷えするほど綺麗な笑顔に、こくこくと頷く男子二名。

 

 これに近い笑顔をリィンの妹絡みで見ることになるのだが、それはまた後の話である。

 

 

 

 

 駅のホームに降り立った五人を迎えたのは、アルバレア公爵家の嫡子でユーシスの兄でもあるルーファス・アルバレアだった。当主のヘルムートに代わり、領地経営や社交界で華々しい活躍を見せている貴族派屈指の切れ者。送迎の導力車の中でも対立する革新派重鎮の息子であるマキアスにも柔和な態度を崩さず、父親を立てて話す姿は正に貴公子といった風だ。

 

 そしてリィンも話を振られ、意外な関係を知ることとなる。

 

「父をご存じなんですか?」

「十年前だったか。シュバルツァー卿には鷹狩りの作法を教わったことがあってね。……機会があればまたご一緒したいものだ」

「ルーファス卿にそう言っていただけるとは父も光栄でしょう。父には必ず伝えておきます」

 

 失礼のないよう笑顔で返す。典型的な社交辞令に聞こえるが、こうして縁を保つのも貴族の仕事だ。

 

 ルーファスから二つの封筒を渡される。片方は先月も見たトールズの校章が描かれたもの。実習内容はこの中に入っているはずだ。そしてもう一方はサイズの同じ無地の茶封筒。

 

「兄上、こちらは?」

「アルバレア家──というより、私からの依頼かな。課題とするのが少々難しかったのでこういった形にさせてもらったよ。無論学院の許可は得ているし、優先すべきは実習だがね」

「……分かりました。後で確認させてもらいます」

 

 やがて車は宿泊先のホテルに到着し、ルーファスは激励の言葉を掛けて実家のアルバレア城館に向かう。父でもある当主の名代として数多くの仕事を手掛けている彼は多忙を極めているらしく、少しは自愛してもらいたいと溢すユーシス。逆に言えばその合間を縫ってまで弟の迎えに来たのは、確かな情があるからだろう。

 

「……フン、トールズの常任理事として顔を見せただけだろう。俺達Ⅶ組はそれなりに大きなプロジェクトのはずだからな」

 

 そっぽを向いて話すユーシスに普段の尊大な雰囲気は無く、家族に対して素直になれない年相応の少年のそれだった。

 

 

「う、うわあ……」

 

 割り当てられた部屋を見渡し、エマは歓声ではなく引いた声が出てしまう。流石は貴族御用達の高級ホテルと言うべきか、豪奢ながらも過度な派手さはなく落ち着いた雰囲気に仕上がっている。生まれも育ちも庶民のエマには一切馴染みの無かった世界であり、本来の宿泊料が気になるところだった。備えられたアメニティーグッズが怖くて触れない。

 

「ん、流石ベッドもフカフカ。これなら一日中寝ていられそう……ん……」

「駄目ですよフィーちゃん。荷物置いたらすぐにロビーに集合なんですから」

 

 夢の世界へ身投げを図る銀髪少女を救出しつつ、エマはベッドの側に寄せたキャリーケースを開けた。中には着替えと魔導杖、その他道具に里直伝の秘薬。その中から必要最低限の物を取り出してポーチに詰めていく。

 

「……前も思ったけど、エマって結構旅慣れしてる?」

 

 手際よく準備するエマを見て、先に整理を済ませたフィーが訊いてくる。

 

巡回魔女()修業(都合)で帝国の各地を巡っていたことがあるんです。歩くことも多かったですから、その時の経験が生きてますね」

「……それだけじゃない筈。この前の指揮も的確だったし、明らかに戦い慣れしてる」

 

 ほんの少し鋭さを帯びる空気。こちらを探るフィーの眼差しに、エマは手を止めて彼女に向き直った。

 

「そこはフィーちゃんも同じでしょう? 心配しなくても私は貴女と同じ境遇(・・)ではありませんから」

「……気づいてたの?」

「『所属』までは分かりませんけど、なんとなくは」

 

 隠す気あまりないですよね、と苦笑する。双銃剣という見慣れない得物に、戦闘方面に偏った知識と経験。加えて類稀なる身体能力とくれば、彼女の経歴は推測がつく。過去に似たような境遇の子を見たこともあった。その職業柄、得体の知れない部分のある自分は薄く警戒されていたのかもしれない。

 

 ベッドの上に座るフィーに近づき、手を伸ばす。ピクンと跳ねる小柄な体躯を抑えるように、エマは頭に手を置いた。滑らかな銀糸のような髪を撫でながら、穏やかに微笑む。

 

「大丈夫。過去のことがどうあれ、フィーちゃんはフィーちゃんですよ。今は頼りになる私達の仲間です」

「私が怖くないの?」

「何度も朝起こしてあげれば怖くもなくなっちゃいますね」

 

 撫でられてどこか居心地が悪そうに、しかし気持ちよさそうに目を細めるフィーは見た目よりも幼く見えた。それが場違いで一方的な憐憫だと知っていても、以前のフィーを想像すると悲しくなる。いつか彼女の口から話してくれることを願いながら、エマは準備を終えてフィーを連れて部屋を出る。ロビーには既に男子が揃っており、三人が別々の方向を向いて待っていた。あの空気で寝ることになるリィンには流石に同情してしまう。マキアスとユーシスは言うまでもなく、彼にもいつも通りフォローは必要そうだ。

 

 

 環境は人を作り、出会いは人を変える。どうかこの実習で皆に善き巡り合わせがありますように。そして自分が少しでもその助けになれますように。

 

「頑張らないと、ですね」

 

 魔女の眷属としてではなく、リィン・シュバルツァーの導き手として彼女が自身に課した使命を胸に、エマは階段を下りていった。




マクバーンがプレイアブル化とかマジかよ……
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