それとこの小説を書き始めて一年が経ちました。一月一話ペースというびっくりするくらいに遅筆なのに、何故ただでさえ話の長い閃の軌跡の二次創作を始めてしまったのか。一応エタる気はありませんので、どうか気長にお付き合いいただければ。
※2020/12/21 感想欄で今話にピッタリなフレーズを見つけた為、許可をいただいてサブタイトルを変更しました。
*
「なるほど。そのようなことが……」
豪奢ながらどこか物々しさも感じられる部屋。クロイツェン州の領邦軍所属であることを示す青と白の隊服に身を包んだ男──この執務室の主であり、クロイツェン州領邦軍の一大拠点であるオーロックス砦を預かる彼は正面のユーシスに礼を述べた。
「情報提供感謝いたします、ユーシス様。すぐに隊を編成して捜索に当たらせましょう」
「手配魔獣の亡骸は先程話した場所に残してある。余裕があるなら回収して調べておいてくれ……どれだけの被害が出るかも想像がつかん。迅速に事を運べ」
「畏まりました。ユーシス様はこの後、どうされるおつもりで?」
「このまま実習を続ける。あいつが目を覚ますまでここに預けておくが、何かあれば連絡を」
「御意」
──フェイトスピナーを倒してから、二時間が過ぎていた。
突如として現れた正体不明の怪物は、こちらに襲い掛かることなくどこかに飛び去って行ってしまった。ユーシス達は重体のリィンを治療するために彼をオーロックス砦まで運ぶことにした。軍事施設だけあって医療設備は充実しており、手配魔獣を討伐を報告する為にも寄らねばならなかっところでもある。
自分の存在に驚く守衛に命じて有無を言わせずリィンを医務室に放り込み、ユーシスはそのまま司令官の下へ直行。影絵のような怪物について報告を行った。司令官も軍の高官だけあってこれまでの魔獣の変死体については把握しており、報告はスムーズに進んだ。
執務室から出たユーシスは階段を下り、医務室へと向かう。途中の窓からは、アルバレアの家紋を添えた戦車──ラインフォルト社の最新型≪アハツェン≫が並んでいるのが見えた。
(……随分と数を揃えたな)
常に脅威に備えておくべき軍として、高性能の装備・兵器を用意しておくことは正しい。だが軍事においては素人同然のユーシスからしても、今この砦にある戦車の数は自衛としては過剰と言わざるを得なかった。ならばこれらの使い道は何なのか? 思い当たるものは一つしかない。
(革新派との抗争……分かっていたつもりだったが)
かの鉄血宰相の下、正規軍が勢力を増しているのは周知の事実。だからこそ領邦軍も正規軍、ひいては革新派に頼る必要などないということを示す為に急速な軍拡を進めているのだろう。それが単なるパフォーマンスで終わるのか、それとも本当に刃を抜くことになるのかは誰にも分からないが。ただいずれにせよ、その煽りを受けるのは民衆である。先月A班が経験したケルディックの増税問題も、原因を辿ればここに行き着くのだ。
陰鬱とした思いを抱きながら医務室の前に着くとちょうど扉が開き、砦に常駐している医師が姿を見せた。彼はユーシスの姿を認めると慌てて頭を下げてくる。
「こ、これはユーシス様!! とんだ失礼を致しました!!」
「いや構わん。それよりリィンの具合はどうだ?」
「は、はい。先ほど処置が一通り終わりました。傷は塞がって容体は安定していますし、一晩もすれば目を覚ますかと」
「そうか……いや、待て。あいつの傷はそんなに浅くは無かったはずだぞ」
委員長が回復魔法を施していたが、もう少し深ければ内蔵が零れていたレベルの裂傷である。傷口を完全に塞ぐことは出来ず、オーロックス砦まで運んでいる間にも出血は続いていた。如何に優秀な医師と優れた設備があったからと言って、一時間と少しで何とかなるものだろうか。
そのことを訊ねてみると、医師もどこか納得し難いように眉を顰めていた。
「俄かには信じがたいのですが……どうやらあの少年は、自然治癒力が極めて高いようでして。適切な処置さえ行えば、常人よりも遥かに短い時間で回復するようです」
「……」
「加えて、眼鏡の女の子の応急処置がこれまた的確でしてな。知識も随分と豊富で手際も良く、助手に欲しいくらいで……と、これは失礼。中も落ち着いておりますので、今ならお入りになられても大丈夫かと」
そう言うと医師はその場を離れる。ユーシスは半開きの扉を押して医務室に足を踏み入れた。
──薬の臭いの中に混じる、鉄錆の異臭が鼻を突いた。
軍事演習も行われる拠点の為か、数多くのベッドが並ぶ広い空間。書類と薬品棚が置かれている医師のデスクから一番近いベッドで、リィンは穏やかな寝顔を見せていた。血に塗れた制服は脇に置かれ、簡素な病衣を着ている。
先の話が聞こえていたのか、ベッドの傍らで椅子に座るエマはこちらに顔を向けていた。
「お疲れ様ですユーシスさん。報告は終わったんですか?」
「ああ……フィーとレーグニッツはどうした?」
「ここで出来ることが無いからって、バスソルトの採取に向かいました」
「二人でか? せめて俺を待って……いや、妥当だな」
そもそもの発端は、性懲りもなくリンクブレイクを引き起こした挙句外で取っ組み合いを始めた自分達に否がある。連携が出来ずにお荷物になるのであれば、最初から連れて行かない方が賢明だ。
「もう大丈夫なのか?」
「はい。持ち込んだ薬も処方しましたから、傷が残ることもありません」
安堵から小さく息を吐いたユーシスは、エマに向き直り頭を下げる。
「済まなかった委員長。あれだけ大口を叩いた癖に、俺は最後まで足を引っ張っただけだった」
冷静になって実感する自らの不甲斐無さに、ユーシスは強く拳を握る。手配魔獣を倒したとはいえ、他の魔獣の脅威が残るあの場で感情を荒げ警戒を怠ったことを思い出すと、腹の底が煮えたぎる思いだった。周囲の環境に応じて自身を律することなど、貴族として当たり前の事だというのに。
ユーシスの謝罪に、エマはポカンと口を開け──小さく噴き出してクスクスと笑う。
「……フン、存分に笑うと良い。さぞ滑稽な姿だろう」
「ああいえ、違うんです。マキアスさんが出ていく前に、今のと同じように謝られちゃいまして」
「あいつが?」
「ええ。下げた頭の角度までそっくりでしたよ」
「………………」
よりによってあのいけ好かない男の二番煎じだと言われてるようで、つい渋面になってしまうユーシスだった。
「でも、その謝罪を私が受け取る訳にはいきません。するなら目を覚ましたリィンさんにしてください。勿論マキアスさんと一緒に、ですよ」
「……中々に難しいことを言ってくれる」
「それくらいじゃないとお二人とも懲りないんじゃないですか?」
冗談めかして笑うエマの頭の中では、リィンの前に並んで頭を下げるタイミングをお互いに計り合っている二人の光景が想像できているのだろう。ユーシスにはそこから先の、いつまで経っても進まずにエマの雷が落ちる予想すらしてしまった。
いたたまれなくなったユーシスは話題を変える。
「そういえば医者が手当の手際を褒めてたぞ。流石は主席と言ったところか」
「知識というより経験ですけどね。何度もやってると慣れちゃいますし」
「……リィンは何度もこんな怪我を?」
「ここまでのは久しぶりですけど、跡が残らないだけでよく怪我をするんですよ」
「──どうも、こいつには危ういところがあるようだな」
旧校舎で最初にアリサを助けた時も、今回自分達を庇った時もそうだった。リィン・シュバルツァーは他人を守ろうとして、躊躇なく自分の身を危険に晒すことがある。それは美徳と呼ばれるものかもしれないが、ユーシスの目にはそれが歪に見えてならない。
それを伝えると、エマも静かに頷いた。手を伸ばしてリィンの頭を撫でながら、
「ずっとそうなんです。いつも誰かの為に走り回って、傷ついても平気な顔してて。……この人の境遇からして、理解できる部分もあるんですけど」
エマは今でも覚えている。ユミルに二度と戻らないと言って、初めて彼が声を荒げたあの日を。魔の森で彼の抱える孤独に触れたあの夜を。
ユーシスには、思い当たるところがあった。
「……シュバルツァー家の浮浪児」
「……ご存知なんですね」
「大したことは知らん。根も葉もない噂とばかり思っていたが……」
リィンと近しいエマが肯定したのであれば、それは概ね事実なのだろう。捨て子の自分を拾って育ててくれた家族が、自分のせいで誹謗中傷を受けてしまったことを知った子供がいたとして。その子供は自身の存在を負い目に思うのではないだろうか。それが全うに愛情を注がれて育てられたのなら尚更。
しばらく頭を撫でていたエマは、やがて手を放して立ち上がる。
「二人が戻ってきたらホテルに帰りましょう。レポートも纏めないといけませんしね」
「いいのか? せめて目を覚ますまでここにいてもらっても構わんが……」
「リィンさんが目覚めてから余計な負担掛けたの知ったら、多分落ち込んじゃいますから。寧ろリィンさん抜きでも実習をやり遂げたって報告するのが一番喜ぶと思いますよ」
本当はずっと付いていたいのを堪えて、少女は気丈に笑う。そんな表情を見てしまえば、ユーシスに返せるものは一つだけだ。腰に下げた騎士剣に手を添えて、真っすぐにエマを見据えて言う。
「役者不足なのは承知だが……この実習中、リィンの代わりを務めて見せよう」
「はい。前衛として頼りにしてますね」
医務室を出ると、丁度戻ったのか目の前にはマキアスとフィーがいた。こちらの姿を認めたマキアスが、気まずそうに一歩後ずさる。
「え、エマ君……」
「リィンの様子は?」
「もう落ち着いて、今は眠っていますよ。今晩はこちらでお世話になってもらうことにしました。……バスソルトの採取は?」
「これだけあれば大丈夫と思う。後、頼まれてたこれも取ってきた」
フィーはバスソルトの入ったポーチの他に、十リジュ四方の木箱をエマに差し出す。
「その箱は……確かあのユキノという女性から渡された」
「はい。例の変死体が見つかれば、一部をこの中に入れてくれと頼まれてます」
その後戻ってきた医師にリィンを託し、エマ達はオーロックス砦を出る。道中、空を飛ぶ銀色の物体を見た以外は特に何も起こらず、夕方にはバリアハートに到着した。
夕食を終えてホテルの部屋でレポートを纏めることとなったが、緩衝材のリィンがいない男子二人の雰囲気が良いはずもなく、途中でユーシスが席を立った。
「どこに行く気だ」
「その辺でレポートを仕上げてくるだけだ」
「……分かった」
いつもなら皮肉のひとつでもぶつけてくるはずが、返す声は弱々しい。敢えて誰も指摘しなかったが、砦からここまでマキアスの態度はすっかり大人しくなっていた。
理由は、大方想像がつく。
「盗み聞きとは感心せんな」
「……!」
背後で驚愕の気配を感じながらユーシスは部屋を出る。実家の自室を除けばバリアハートで落ち着ける場所は限られてくる。夕食後すぐになるがまた叔父のレストランにでも行こうかと考えていた。
何とはなしに吹き抜けから階下のロビーを眺めていると、
「……委員長?」
続々と帰ってくる宿泊客の流れに逆らうようにして、外に出るエマの後ろ姿を発見した。
*
夜の居住区は静まり返っており、アパートも外から見れば各部屋の明かりがまばらに点いているだけで物音はしない。その中で明かりの点いていない筈の部屋のドアを開けると、そのには昼間と然程変わらない浮世離れした雰囲気の店内があった。
「災難だったわね。流石に一発でアタリを引くとは思わなかったわ」
夜半にアンティークショップ≪ルクルト≫を訪れたエマを迎えたのは、女店主の悪びれたようでもないそんな一言だった。
何が、とかどうして、などとは聞かない。こと情報収集においては人外じみた手腕を発揮するのがユキノという魔女であり、そういうものだと受け止めないと付き合ってられない。
カウンターに座るユキノに近づき、渡されていた木箱を差し出す。この箱には魔術が施されており、中身の腐敗を止める効果があった。木箱を開けた瞬間漂う血の臭いと表れた中身──フェイトスピナーの脳髄の一部にエマは思わず顔をしかめる。ユキノはさして気にした風もなく、ピンセットで取り出した脳髄を傍らに用意していた水槽に放り込んだ。中身は霊力の流れを可視化させる特殊な液体。肉体に異常が無いのなら、精神的な部分に干渉されたという予想はエマの考えとも一致する。
「あとは結果待ちね。貴方の話も聞かせてもらえる?」
ユキノが持ってきた椅子に座ったエマは、あの≪獣≫と遭遇した時の状況を詳しく語る。
「ユキノさんの見立ては?」
「普通に考えれば、その魔獣に霊体が憑依していたと考えるのが自然でしょう。……昼間に上位属性が働いていない空間で実体を保ち、その上単独で逃亡というのは普通なら考えにくいけれど」
怨霊、悪魔、或いは中世の魔導人形。魔獣の他にも人類の天敵は、御伽噺の中ではなく現実に存在する。しかしそれらは基本的に、霊力の濃い特殊な空間の中でしか肉体を保つことが出来ず、出来たとしても大幅に弱体化する。その常識を覆すあの≪獣≫の存在は、≪表≫と≪裏≫の境界を守る魔女にとっては一大事だ。
ともかく情報が足りない。ユキノの調査結果を待つ間にも出来ることがあるはずだと、エマは席を立った。
「どこに行く気?」
「渓谷道に行って、もう少し痕跡を探ってみようと思います」
「お勧めしないわね。セリーヌもいない今、貴女一人では危険よ」
「でも……!」
「少年のことを気に止むのは分かるけど、そんな余裕の無い顔で明日の実習をするつもり?」
「………………」
「貴女が今すべきことは、無事に実習を終わらせて彼らを≪表≫に留めることと、少年を安心させること。≪裏≫はひとまず私達に任せなさい」
俯き、ぐっと拳を握り締めるエマ。
リィンがユーシスとマキアスを庇った瞬間、エマは強大な霊力の気配を感じ取っていた。最初からフェイトスピナーに注意を向けていれば……そうでなくとも周囲の警戒をしていれば、リィンがあのような怪我をすることはなかったのだ。
クラスメイトは勿論、パートナーとしてこれまで幾つかの≪裏≫の事件を共に解決してきたリィンも、本来は魔女が守るべき≪表≫の世界の住人だ。
(お祖母ちゃんは認めてくれたけど……やっぱり私にはまだ早かったのかな)
「少し落ち着いてから帰りなさい。お茶くらいならご馳走してあげる」
顔を上げれば、慣れ親しんだ香りが鼻をくすぐった。差し出されたティーカップを受け取り口に含めば、不思議と気分が落ち着く。アウラと同じく、エマにとって霊薬の師の一人でもあるユキノの淹れるハーブティーは相変わらず絶品だ。
学生としての自分と、魔女としての自分。その立ち位置に悩みながらも、エマは明日の実習に向けて思考を重ね始めた。
*
レポートを仕上げたユーシスが部屋に戻った後、特に話すこともない二人はそのままベッドに入る。流石公都の有名ホテルだけあって、寝具の柔らかさは寮のそれとは段違いだった。ユーシスにとっては慣れ親しんだ感触を覚えながら目を閉じて眠りに落ちるのを待つ。
しかし中々寝付けない。静かな室内では、普段気にも留めないような身動ぎや吐息の音も目立つ。仕方なくユーシスはその音源──空のベッドを挟んだ向こう側に、天上を見つめたまま言葉を投げた。
「言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうだ」
布団が跳ねた。
「……まだ起きてたのか」
「誰かのせいでな。ベッドの柔らかさに興奮していたというのであれば、まあ許してやろう。せいぜい堪能することだ」
「僕は旅行に来た子供か!!」
「うるさい」
がばっと起き上がり叫ぶマキアスと鬱陶しそうに顔を顰めるユーシスの間に、昼間のような棘はない。
しばらくの間を置いて、マキアスは口を開いた。
「君に訊くのは筋違いだとは理解しているが……シュバルツァー家の浮浪児、とはどういう意味なんだ?」
「俺も詳しくは知らん。ただシュバルツァー家は、出自の知れないリィンを養子として迎え入れたことは事実だろう」
それが血統を至上とする帝国貴族としては異例のことだとマキアスにも理解できた。何せ彼が貴族への憎悪を募らせた発端となる悲劇も、原因は従姉の元婚約者に大貴族との縁談が持ち上がったからなのだから。
リィンに庇われた後、マキアスは何も出来なかった。
重傷のリィンを治療したのはエマの手腕によるもの。ユーシスは制服の汚れを顧みずオーロックス砦までリィンを背負い、着いてからは医務室の手配と説明を迅速に行った。フィーはいち早く先頭を切って道中の魔獣を排除し安全を確保していた。一応フィーのサポートに回りはしたが、いなくても大して変わらなかっただろう。
貴族に負けないようにと詰め込んだ知識は、ただの張りぼてで。剥き出しになった自分はこんなにも矮小なのかと思うとひたすらに惨めだった。繕うものの無くなった心から、ポロリと本音が零れる。
「今まで済まなかった」
「……は?」
聞き違いかと顔を傾けるユーシスだったが、マキアスは俯いたまま動かない。
「分かってたんだ本当は。君の言動は勘に障るが、その行い自体は概ね理に叶ったものだ。ただ……君やシュバルツァーを認めてしまえば、僕は自分を保てなくなりそうだったんだ」
図書会館でのエマとの会話を思い出す。貴族という大枠を個人にも当て嵌めて接するのは視野狭窄だという指摘は、マキアスの抱える欺瞞を正しく浮き彫りにしていた。
従姉を自殺に追い込み、幸福な未来を理不尽に奪った貴族共。彼らが全ての元凶で自分達は被害者だと、いずれ諸悪の根源のあいつらに正義の鉄槌を下すのだと、そう自身を正当化しなければ、幼い頃のマキアスの精神は砕けてしまっていた。あの時の怒りは今もまだ焔となってマキアスの中で燃えている。その焔は、活力を与える一方で、陽炎のように彼の見る景色を歪めてしまっていた。
リィンとエマに対して冷たく当たっていたのも、仲の良い貴族の少年と平民の少女の関係性がマキアスに否応なく従姉とその婚約者を想起させたから。リィンは腹に一物抱えているのだと疑い、それに気づかないエマを心の何処かで見下していた。……偏見だと分かっていながら、八つ当たりを止めることが出来なった。間違いだと認めてしまえば、良心の呵責に耐えられるか分からなかったのだ。
弱々しい声のまま、懺悔するかのように語り終えたマキアスは布団を頭から被る。よりにもよっていけ好かない男にこんな話をするなど夢にも思わなかったが、不思議と晴れやかな心地だった。下手な慰めの言葉は掛けてこないだろうし、いっそ糾弾してもらえればスッキリする。
「勝手に吐き出して勝手に寝る気か、お前は」
「足りないというなら、君の気が済むまで謝るが」
「一ミラにもならん謝罪は結構だ」
「……君な」
「……お前のように無駄に懇切丁寧に話してやる気はないが……俺は兄と違って、高貴な血とやらは半分しか流れていない」
「……え?」
絶句するマキアスに対して、ユーシスも身の上を淡々と語り出す。マキアスの話に同情したのか、それとも失態を晒した者同士、一方的に打ち明けられるのは不公平と思ったのか。恐らく、後から思い返しても問いの答えを出すことは出来ないだろう。
「何故、その話を今僕に?」
「……さあな。お前と同じ部屋になって気でも触れたんだろう」
「殊勝になったと思ったが、減らず口は相変わらずだな」
いつも通りの──少しだけ丸くなった──やり取りに、活力が少し戻る。色々な人がいて、色々な事情を抱えていて、でもどうしたって気に食わない人間もいる。これまで目を逸らしてきた当たり前の事実を、マキアスはこの時実感として受け入れられた。
そしてこのままでは終われない。明日を乗り越えて二人で共にきちんとリィンに謝るのだ。それでようやく、Ⅶ組として最初の一歩を踏み出せる。
「ユーシス・アルバレア」
「なんだ、マキアス・レーグニッツ」
「明日の実習と戦術リンク、必ず成功させるぞ」
「……フン、お前に言われるまでもない」
*
──同時刻、オーロックス砦にて。
深夜であっても軍事拠点に完全な眠りは訪れない。導力灯が砦を照らし、周囲には哨戒兵が展開している。昼間正体不明の飛行物体に侵入されたこともあり、警戒は密に行われていた。
とは言え、オーロックス砦は公都を守る最後の砦だ。駐留している部隊は領邦軍の中でも精鋭揃い。加えて渓谷という立地もあり、万が一戦争になれば他の拠点を落とさずしてここに侵攻されることなどありえない。誰も言葉にしないものの、ある意味公都よりも安全な場所だという認識を抱いていた。
そんな安全神話を、突如として咲いた紅蓮の華が粉砕する。
爆音の後、鳴り響く警報が砦を揺らした。
『何が起きた!?』
『襲撃だ!! 南の崖から攻撃を受けている!! 至急応援を!!』
『なんだこいつ……機械仕掛けの、魔獣?……がっ!!』
通信機で、肉声で、怒号と悲鳴が飛び交う。詰めていた部隊が態勢を整えて現場に急行すれば、そこにいたのは異形の影。鋼鉄で体躯を覆ったそれらは、銃撃や砲撃あるいはアーツによって装甲車を穿ち、兵士の命を刈り取っていく。ここに情報通やこれらと交戦経験がある者がいれば、とある犯罪組織で運用される人形兵器と呼ばれる代物だと気づいただろう。
「……上だ! 誰かいるぞ!!」
交戦の最中、兵士の一人が声を張り上げる。人形兵器が降りてきた崖の上に人影を認め、幾筋ものライトの光が向けられた。
照らし出されたのは、赤い制服のような衣装を着て眼鏡をかけた、
次第に遠ざかる戦闘音を背に、少年は仮面を外すように手を翳し──次の瞬間、影の色は赤から白へと変じていた。服装は愚か、背格好から人相に至るまで全くの別人と言っていい。
「さて、これで舞台は整えた。後はアレがどう動くか次第だが……」
芝居がかった口調が、闇の中に木霊する。ブルブラン男爵──否、怪盗Bとしてその名を帝国に轟かせる男の口元に浮かぶのは、笑み。
「フフフ……鬼の力と『深淵』の義妹殿の実力、しかと堪能させてもらうとしよう」