灰と焔の御伽噺   作:カヤヒコ

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ここから、また

 

 目が覚めると、綺麗な木目の天井が目に入った。

 

「ここは……ローゼリアさんのアトリエか」

 

 緩慢な動きで視線を左右に振ったリィンは、周囲を見渡してそう口にする。数日前、エリンで初めて目覚めた時と同じ部屋だった。

 

 今が何時なのか、眠るまで何をしていたのか。寝起き特有の覚束ない頭で考えていると、扉が開き少女が現れた。

 

「リィンさん……?」

 

 この三日ですっかり聞き慣れた声に、呆けた思考はクリアになる。

 

 義妹の姿に釣られて魔の森に踏み入ったこと。襲ってきた悪霊を逆に喰らい、異能を暴走させたこと。綺麗な白い焔と泣きそうな顔で自分に呼びかけてくれたエマのこと。全てを思い出し、心臓が凍りつくような感覚に襲われた。

 

「無事かエマ!? どこか怪我したところは──」

「大丈夫ですかリィンさん!? 身体に異常はありま──」

 

 布団を跳ね飛ばして身体を起こすリィンと、そんなリィンに駆け寄ろうとするエマ。タイミングは全くの同時で、

 

「────ぁ」

「え────」

 

 気付けば、互いの吐息が触れ合う距離だった。

 

 視線が一本に結ばれる。海の底にも夜明け前の空にも見える、深い青色の瞳に吸い込まれそう。その奥をもっと覗いてみたくなって、見つめ合う二人の距離が更に近づいて──

 

 

「……最近の若いのは早いのう」

 

 首から顔だけを出した金髪幼女が視界の端に映った。

 

「!!」

「お、お祖母ちゃん!? いつからそこに!?」

「そろそろ目を覚ますかと思って様子を見に来たんじゃが……その、済まんかったの。後は若い二人でゆっくり……いや駄目じゃ! お主にエマをくれてやるなど百年早いわ!」

「ち、違うから! ちょうどリィンさんが起きたところだから、様子を確かめようとしただけで!」

「それにしたってあの距離はおかしいじゃろう……ええいそこに直れシュバルツァー!! セリーヌから聞いた話じゃと何やら抱き合っとったらしいし、さてはあの盟友(朴念仁)と同類か!? ヴァリマールに選ばれる条件がそれなど断じて認めはせんからな!」

「お祖母ちゃああああああん!! その話は蒸し返さないでって言ったでしょおおおおおおお!」

 

 

 

 閑話休題。

 

「と、とりあえず、今はあれから大体半日後です」

 

 ローゼリアを追い出した後、まだ頬に赤みを残すエマは説明する。揃って気絶した二人をセリーヌが転移で里まで運び、魔女達が総出で看護をしてくれたとの事。寝てる間にローゼリアが再封印の処置もしてくれたらしく、胸の焔は静まっている。回復したらお礼を言って回ろうと思うリィンだった。

 

「ごめんなさい、リィンさん」

 

 表情を真剣なものに切り替えたエマが頭を下げた。

 

「貴方の力のこと、良く知りもしないで勝手なことを言ってしまいました。あんなモノを抱えて怖くない筈がないのに」

「謝るのは俺の方だよ。君に言われるまで、自分がどれだけ甘ったれだったのか分からなかったんだから」

 

 思い返してみれば、何も見えていなかった。

 貴族社会で居場所を失うきっかけとなった浮浪児で、当時七歳で身の丈を優に超える魔獣を屠殺した異能持ち。 シュバルツァー家にとって害でしかない自分を、テオ・シュバルツァーとルシア・シュバルツァーは実娘のエリゼと同等に扱った。召使いではなく、シュバルツァー家の長男として。エリゼにしても、初めて力を解放した日の後も変わることなく兄として接してくれた。そこには確かな愛情があったはずだ。

 

 自分が逆の立場だったらと考える。もしも家族の誰かが何らかの理由で自分達の前から姿を消して、そのまま帰って来なかったとしたら、間違いなく一生後悔するだろう。どうして気づいてやれなかったのだろうか。何か力になってやれなかったのか。晴れることのない懊悩は、その後の人生にも暗い影を落とすに違いない。

 

 自分の身勝手さに笑ってしまう。家族の為と言いながら、彼らが最も傷つく選択肢を選ぼうとしていたのだ。

 

「ありがとう、エマ。君のおかげで、俺は道を踏み外さずに済んだ」

 

 きちんと目を合わせ、リィンは感謝を告げる。エマはしばらく呆気に取られていたが、やがて耐え切れなくなったように視線を外してそっぽを向いた。

 

「悪い、何か変なこと言ったか?」

「あ、いえ……そんな風に畏まってお礼を言われたこと無かったので、ちょっと」

 

 こほん、と可愛らしい咳払いで仕切り直し。

 

「じきお昼ですから、動けるようならキッチンに来てください」

「分かった。体調は多分問題ないし、その後は遠出の準備をしないとな」

「……それって……」

「うん。ユミルに帰る。帰って、父さん達や老師にちゃんと謝るよ」

 

 先のことは分からないけれど、ひとまずはそこから始めようと決めた。もし拒絶されて居場所を無くしたとしても、これまで与えてくれた愛情に感謝の言葉を告げて終わりたい。

 

「それで、君に頼みがあるんだ。……俺と一緒に、ユミルに付いて来てくれないか?」

「里からならお祖母ちゃんやユークレスさんが同行しますし、上手く説明してくれると思いますよ?」

「そこは心配してないけど……正直に言うと、会うのはまだ少し怖くてさ。君がいてくれれば、きっと勇気を出せると思うから」

 

 闇の中に消えかけた自分を包んだ白い焔の暖かさは、今もリィンの胸に残っている。何か間違えば身体を引きちぎられていても不思議ではないあの状況で、エマは懸命に言葉を届けてくれた。

 

 出会って数日の自分と顔も知らない誰か(シュバルツァー家)の為に勇気を出せる、底抜けに優しい女の子。そんな彼女に、新しい一歩を見届けて欲しいと願うのだ。

 

 

「私で良ければ、喜んで」

「……ありがとう」

 

 二人は頬笑みと握手を交わす。

 

 この先多くの約束を結ぶことになる彼らの、最初の一歩だった。

 

 

 

 戦いの後は、あっという間に時間が過ぎた。

 

 ≪獣≫を倒した五人の下に現れたのは、領邦軍の兵士を引き連れたルーファスとサラであった。

 

 ユーシスがその場でマキアスの無罪を証言し、それを聞き入れたルーファスがマキアスの罪状を撤回させて謝罪した。オーロックス砦で緑髪の少年を見たという目撃情報は、とある筋(・・・・)からの情報提供で否定されたとのこと。各々腑に落ちない点はあったものの、この時全員が満身創痍かつ疲労困憊の身。もう無事に帰れさえすれば何でも良いという心境であった。

 

 そうして予定よりも三時間ほど遅れ、A班一同は教官と共に帰りの列車に乗っていた。

 

「だらしないわねぇ……と言いたいところだけど、今回は相当だったみたいね」

「疲れた。眠い」

「ユーシスさん、身体の具合は如何ですか?」

「一週間ほど安静にしていれば身体も普段通りに動かせるようになるはずだ。よもやこの男の狙いの悪さに救われることになろうはな」

「君喧嘩売ってるのか?」

「セール中だが」

「上等だ。帰ったらまとめ買いしてやるから覚悟したまえ」

 

 火花を散らし合う二人に行きの列車のような険吞さはない。根本的な部分で、お互い歩み寄ろうとするような変化があったのだろう。相変わらず口喧嘩は絶えなさそうなので、ヒートアップした時は最終兵器委員長に落ち着けてもらうことになりそうだ。

 

「なんにせよお疲れ様。詳しい精査は帰ってからだけど、依頼はしっかり達成できていたしB評価以上は確実と思ってくれていいわ」

「首の皮一枚繋がったといったところか」

「先月と同じ評価なら赤点が見えてましたからね……正直気が気じゃなかったです」

「主席と次席がそれは流石に笑えないな……」

 

 下手するとトールズ全体のブランドに傷がつく危機だった、という事実に身震いするA班。とはいえ担任教官のお墨付きが出た以上は回避されたものと見て良い。比較的和やかな雰囲気で、リィン達は実習を振り返って話し合う。特に今回で垣間見た、激化する革新派と貴族派の抗争については思うところが多い。

 

 やがて途中で人が降り、同じ車両の人影がまばらになった頃。マキアスは固いトーンで切り出した。

 

「……皆、少し僕の話を聞いてくれないか?」

 

 昨夜ユーシスに語ったものと同じ内容を、マキアスはぽつぽつと口にする。夕暮れ特有の濃い茜色の日差しが染め上げた横顔は穏やかだった。

 

「私達が聞いてもよかったんですか?」

「君達には特に迷惑をかけたからな。今まで隔意を抱いていた理由くらいはきちんと話しておくべきだと思ったんだ」

 

 苦笑していたマキアスは表情を引き締める。伸ばした背筋をキッチリ九十度折り曲げて、

 

「改めて、今まで済まなかった。そしてありがとう。助けに来てくれた君達には本当に感謝している」

「マキアスさん……」

「勘違いするな。俺はアルバレアの名誉を守っただけでお前のことはついでに過ぎん」

「はっ、誰も君に感謝なんてしていない」

「……これがツンデレってやつ?」

「「違う」」

 

 

 サラがトイレの為に席を立ったタイミングを見計らい、ユーシスはエマに向けて口を開いた。

 

「委員長、ひとつ訊いておきたい」

「……何ですか?」

「地下で見せたあの力は何だ? アーツの一種などとは言わせんぞ」

 

 一瞬、エマの息が詰まる。

 

 分かっていたことだ。非常時とはいえ、人前で堂々と魔術を行使したのだから。訊くタイミングが無かっただけで気にはなっていたのだろう。マキアスとフィーからの視線も刺さる。

 リィンに目をやれば、彼は無言で肩を竦めた。任せる、ということだろう。

 

 どこまで話せば納得してもらえるのか。皆は信用できるのか。思案すること数秒、魔女は決断する。

 

「すみませんが、詳しいことは言えません。ただ……この世界には、貴方達の知らない≪裏≫側が存在します。常識では計れない、御伽噺のような出来事が現実として起こる世界が」

 

 ≪表≫と≪裏≫は繋がっているが、同時に分けられるべきものだ。Ⅶ組の面々とは良き友人になれる確信があるが、それとこれとは話が別。曲がりなりにも一人前の巡回魔女として、境界を情で揺らがせてはならない。

 

 身体にグッと力を込めて、毅然とした表情でエマはユーシスを見返す。涼やかな顔に感情を出さず、翡翠色の瞳はエマをじっと見定めてきて、

 

「……分かった。それ以上答えられないなら構わん」

 

 そう言って視線をエマから外したユーシスは、これで話は終わりだと言うように背もたれへと身体を預けた。

 

「……いいんですか?」

「俺達に気を遣ってのことなのだろう? リィンも事情を把握しているのなら問題ない」

「正直気にはなるが、エマ君があの力を使わなければ今頃生きていなかったかもしれないんだ。明るみにでるのが不都合なら僕は黙っておくさ」

「手の内は出来るだけ隠しておくものだし私も別に」

「…………」

 

 追及はされなくても、不信感を抱かれるのは避けられないと思っていたので困惑するエマ。ふと対面のリィンを見れば、彼は自分のこめかみを指で叩いている。二人で取り決めたサインを思い出し、念話──言葉を発さず意思疎通を行う魔術をこっそりと発動する。

 

『驚いた?』

『ええ……。こんなにアッサリ受け入れてもらえるなんて思ってなくて』

『俺は特に心配してなかったよ』

『どうしてですか?』

『君が委員長として今まで頑張ってきたから』

 

 トールズに入学してからというもの、エマは授業と睡眠を除いた多くのⅦ組の為に割いてきた。本人は委員長の仕事の内と考えていたが、一生徒のやることとしては明らかに度を越している。日々ハイレベルな授業で心身共に疲弊する中では尚のことだ。

 

『フィーを朝起こしに行って、マキアスとユーシスの仲介もして、寮生活のルールも君が主導でまとめた。他にも俺達が学院生活を過ごしやすいように工夫を凝らしてきたことは全員知ってる。君が二ヶ月で勝ち取った信頼が今の結果なんだ』

『私が好きでやっていたことですけど……そう言われると、なんだか騙しているみたいで申し訳ない気分になってきますね』

『そこは素直に受け取ればいい。情けは人の為ならずって言うだろ?』

 

 もし今後≪裏≫の事情にⅦ組を巻き込んで、彼女が超常的な力を振るっても、皆からエマ・ミルスティンへの信頼が失われることはきっとない。それくらいに優しい女の子で、そんな彼女が部分的にでも受け入れられたことがリィンには我が事のように嬉しかった。

 

 出会った時を思い出して、リィンは笑みを深める。恐らく一生忘れない、今も心を照らす温かな記憶。

 

 

 戻ってきたサラは、思い出したようにリィンに言った。

 

「そういえばリィン、アンタってトヴァルと知り合いだったんですって?」

「はい、何度かお世話になって。……やっぱり教官が紫電(エクレール)だったんですか」

「それも聞いちゃってたのね。あーあ、折角ミステリアスなお姉さんでいたかったのに」

「「「ミステリアス……?」」」

「そこ仲良くハモってんじゃないわよ」

 

 プライベートの大半を酒を飲んで過ごす女性にそれを求めるのは無理がある。

 

 やや恥ずかしそうな本人の許可を得て説明する。担任教官が当時史上最年少のAランク遊撃士であったことを知り、ユーシスとマキアスは絶句していた。

 

「詳しいねリィン。ひょっとしてギルドに所属してるの?」

「そうじゃない。ただ二年前、俺とエマは遊撃士にとって大きな事件に少しだけ関わったんだ」

 

 一度言葉を切って、横で聞いていたサラを見る。苦々しく顔を歪めながらも、彼女は顎で話の先を促した。

 

「『帝国ギルド連続襲撃事件』……帝国で遊撃士が活動を制限されるきっかけになった事件だよ」

 

 

 

 

 

 

 Ⅶ組が≪獣≫と激闘を繰り広げた地下水路の一角。領邦軍によって封鎖されたはずの場所に佇む影が一つある。

 

 在野の魔女、ユキノだった。

 

「……やっぱり予想通りね」

 

 古めかしいカンテラで周囲を照らし、痕跡を検分していたユキノは呟く。指を鳴らせば、暗闇の中から羽ばたきの音が近づいてきた。姿を見せたのは手乗りサイズの蝙蝠で、ユキノの肩にちょこんと止まる。……もっとも、肉体は植物の蔦を編んで形造られたものであり、目の位置に水晶を二つ代わりに収めているものを蝙蝠と呼んで良いのかは意見が分かれるところだろう。

 

 当然ながら自然生物ではなく、ユキノが造った『使い魔』である。エマが店を訪ねてきたときにこっそり忍ばせており、≪獣≫との戦いの一部始終を観察していた。そして今その光景をユキノが読み取り、仮説──≪獣≫の正体に確信を抱く。

 

 これまでバリアハートの周囲で発見された魔獣の変死体にはある共通点があった。肉体には致死に至る損壊がないが、霊力の流れを見ればいずれも『魂』を強引に摘出された形跡があった。

 

 魂とは、あらゆる生命に宿る存在の核である。肉眼で見ることは出来ず、現代の技術では観測も不可能だが、七耀教会の教えにより概念は人々の間に広く根付いている。そしてかつて存在した焔の至宝≪紅い聖櫃(アークルージュ)≫が司っていたのは生命の魂魄と精神とされ、その眷属の末裔たる魔女もまた魂を自分達なりに定義し、エネルギーとすることで魔術を行使している。

 

 そして他者の魂を奪うと言えば魂喰らい(ソウルイーター)に近いが、その性質は似て非なるものだ。奴らはあくまで捕食した魂を活動エネルギーとして消化するが、この≪獣≫は取り込んだ魂を自らに転写し、コピーする。魔女の思想において、魂の形は千差万別、この世でただ一つの生命たらしめるもの。それを模倣する機能と万物に変異できる肉体があれば、理論上あらゆる生物へと成り代わることが可能である。つい先日壊滅したとされる『教団』と同じ、空の女神の奇跡を否定する存在だ。教会の連中が知ればあらゆる手段を用いて滅しにかかるだろう。

 

「……それで、これも貴方達の戯れの一つなの?」

 

 魔女が闇に向かって問いを投げれば、返答は色で示された。黒のカーテンを開くようにして、対の色である白が現れる。

 

「いやいや、此度の怪物(ヒール)を用意したのは私ではないさ。脚本には盛り上がるように多少手を加えさせて貰ったがね」

 

 艶のある声を発する男の顔には仮面。塗り固めたという印象がしっくりくる純白の衣装が、芝居がかった言動を助長させる。

 

 怪盗B。或いは怪盗紳士ブルブラン。美の探求者を自称する、蛇の牙が一つ。

 

「お目当ては少年の『鬼の力』ね。即興にしては手が込んでいること」

 

 起動者候補であることと並び、リィンが今日まで魔女と交流することになった要因の異能。本人の数奇な境遇と合わせてこの男の興味を惹くには充分だ。

 

 アルバレア公爵から見て最も利用価値のあるマキアスに扮してオーロックス砦を襲撃し、その容疑で領邦軍に彼をバリアハートの地下へ幽閉させる。あとはそれてなくリィンを唆して砦から逃がし、道中に人形兵器という障害を用意すれば完了だ。仲間の命が危険に晒された中で焦るリィンは、窮地を打破する為に『力』を解放するだろう。結局その目論見は『零駆動』の介入によってご破算となったが、ブルブランの声音に落胆の色はない。寧ろ自身の想定を超えて戦い、≪獣≫を討ち果たしたリィン達を称賛している。

 

「フフ、彼の『力』が見れなかったのは残念だが、深淵の義妹殿の実力は見れたことだし良しとしておこう。他の雛鳥達も含めて、彼らは予想以上の名演を見せてくれた」

「……」

 

 それなりに長い付き合いだから分かる。彼らは今回の件で本格的にこの傍迷惑男に気に入られただろう。ユキノはもう眠りに就いているであろう彼らに心の中でご愁傷様と呟いた。

 

「話を戻すけど、≪獣≫(コレ)結社(貴方達)の作品ではないの?」

「ほう? 悪魔の類だと思っていたが、人工的に生み出されたものなのかね?」

「白々しい。どうせ察しがついているでしょうに」

 

 当然ながら、≪獣≫はまともな方法で生まれた存在ではない。現状ユキノの持ち得る情報では実体か霊体か、魔獣か悪魔か、そもそも生命と定義して良いのかすらハッキリとしない。

 

(でも問題はそこじゃない。逆に私がここまで掴めていることこそが厄介ね)

 

 ユキノ自身、生態学について専門としている訳ではない。にも拘わらず≪獣≫の詳細をある程度見当がついたのは、魔獣の変死体や≪獣≫の霊力の流れがユキノにとって馴染み深いものだったからだ。

 

 即ち魔女の魔術、それも禁呪を扱えるレベルの使い手が創造に関わっている。ユキノの知る限り、エリンの面々を除いてこんな芸当が出来る可能性があるのは一人だけ。

 

(でもヴィーちゃんの趣味じゃないし……誰の仕業なのやら)

 

 思い浮かべた幼馴染の魔女を候補から外すと、ユキノは小さくため息をついた。在野とはいえ彼女も魔女。今後第二第三の≪獣≫が現れる可能性があるなら放置できない。あまり褒められたことではないが、知的好奇心が大いに刺激されているのも確かである。

 

 

「ふふ、何やら楽しそうな話をしているようだ」

「……!」

 第三者の声がした方へ、ユキノとブルブランは弾かれたように顔を向ける。

 

 この陰気な地下に似合わない優雅な笑みを浮かべながら、ルーファス・アルバレアが導力灯を片手に立っていた。

 

「……貴方ほどの御方が護衛も付けずにこんな薄汚い場所へ何の用ですか?」

「なに、明朝にはここを発たなくてはいけなくてね。今の内に礼を言いに来たのだよ。……実習への協力、改めて感謝する。お陰で生徒たちには良い経験をさせられた」

「根無し草の私は勿体無いお言葉です、ルーファス卿。……まあ私としては報酬をいただければ何でも良いのですが」

 

 無論、単なる建前だろう。スラスラと口を回しながら、彼がここに来た理由に考えを巡らせる。ルーファスはその整った顔をブルブランの方に向けて言った。 

 

「君達のやる事に口出しする気はないが、流石に今回のような真似は控えて貰おうか。ただでさえ敏感な時期の上、生徒を政争の駒にされるのは理事として承服しかねるのでね」

「承知した。以後気をつけるとしよう」

「…………」

 

 今の短いやり取りに多くの意味を見出したユキノは、脳内の勢力図を描き直す。恐らくこの会話を自分に聞かせることこそがルーファスの本当の狙い。

 

「それでは、私はこれで失礼します。……今後ともよろしく(・・・・・・・・)、ルーファス卿」

 

 踵を返し、魔女は闇に消えていく。足音も聞こえなくなったところで、ルーファスはブルブランへと尋ねた。

 

「一応訊くが、彼女に聞かせても構わなかったのかな? 」

「その心配は杞憂と断言させていただこう貴公子殿。彼女のスタンスは徹底して中立でね。取引なくしては、魔女(同族)にも易々と手を貸すことはない」

「魔女も一枚岩ではないということか」

 

 この時ルーファスが浮かべた笑顔は、他の貴族やユーシスが知る完璧を体現するような優雅な微笑みではなかった。新しい玩具を見つけたような、或いは強敵を倒す糸口を掴んだような、どこか獰猛さすら感じるものだった。

 その変化を察したブルブランもまた、興味深そうにルーファスの横顔を眺める。

 

 

 ──こうして闇の中、限られた者達の会合は終わった。盤面に現れずとも、事態は深く静かに進行していくことになる。

 

 

 

 

 

 斯くして始まりの春は過ぎ、訪れる夏の熱気は暗闇で燻っていた焔を喚び起こす。

 

 

 待ち受ける激動の時代と暗黒の地の宿命を、若獅子達はまだ知らない。




※今回の背景について補足

・ルーファス視点:実習中アクシデントへの対応力を見る為、ユキノに協力を依頼する。≪獣≫のことは本当に知らず、こちらもユキノに調査を依頼していた。

・ブルブラン視点:遠巻きにⅦ組を眺めるだけのつもりだったが≪獣≫の存在を確認して方針を転換。リィンの鬼の力を見る為にオーロックス砦を襲撃しマキアスに濡れ衣を着せる。トヴァルによって目論見は崩れたがⅦ組総出で≪獣≫を撃破する場面を実は近くで観戦しており結構満足している。

・ユキノ視点:ルーファスの依頼で半貴石を先に入手し、後から来たⅦ組と偶然を装って鉢合わせる。今回この半貴石の採取イベントはルーファスが最初から仕込んだものであり、目的の品物が競合相手と被った場合の対処法を考えさせる狙い(でないと確実に採れるかも分からない半貴石を必須依頼とあうるのは無理がある気がするので)。実際は知り合いのリィンとエマがいたので割とアッサリ解決された。

・帝国ギルド連続襲撃事件:一部始終を見届けた道化師によってリィンの存在が結社の一部に知れることとなる。特に使徒二名にとっては晴天の霹靂。
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