灰と焔の御伽噺   作:カヤヒコ

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特別オリエンテーション

 

 

 ぎし、と木製の椅子が僅かに軋む。赤紫色の長髪を三つ編みにした少女が、疲れた身体を背もたれに預けた音だった。

 

 

 時刻は黄昏時。山から半分だけ顔を残した夕陽が、外の景色を暗い赤に染め上げている。外に出たのは昼近くだったので、帰ってくるまで凡そ六時間といったところか。少女の体感では丸一日過ぎた気がするほど濃い時間だった。

 

「……それでどうなのよ、エマ」

 

「わからない。おばあちゃんも色々試してたけど、原因が掴めないみたいだったから」

 

 女性らしい声は前から。青いリボンを結んだ尻尾が特徴的な、美しい毛並みの黒猫が、テーブルに載って少女の方を向いていた。喋る猫に対して、エマと呼ばれた少女も当たり前のように返していた。

 

「まったく、厄介な奴を拾ったわ。あんたもついてないわね」

 

「セリーヌ、いくらなんでもそんな言い方……!」

 

「助けたところで結局は一時しのぎよ。あの人間だって、どうせ暗示で記憶抜いて外に放り出すしかないのに」

 

「…………」

 

「アンタだって解ってるでしょう。あたしたちは、歴史の表舞台に出ちゃいけないのよ」

 

 

 魔女の眷属(ヘクセンブリード)と呼ばれる者達が存在する。

 

 太古の時代に女神より与えられた、七つの至宝の一つと共にあった一族の末裔。その力を受け継ぐ一人がエマだった。その存在は世間に秘匿されており、今や伝承として魔女の名を残すのみ。ここエマの故郷エリンも特殊な方法でなければ立ち入ることすら叶わない隠れ里だ。

 

 当然、その存在を理由なく外に知られることは許されない。魔女の秘術を求めて近づいた者は容赦なく排除し、ごく稀に出てくる意図せずに迷い込んだ人間に対しては暗示の魔術で記憶を封じる措置を取る。今回の場合、恐らく後者だろう。どうせ助けたところで忘れてしまうのだから無駄なことだとセリーヌは言っているのだ。

 

「でも、放っておけなかったんだもの」

 

「…………」

 

 今日は巡回魔女になるための最初の試練として、里の外で霊薬の素材となる薬草を採取することになっていた。セリーヌ同伴の下で無事に目的のものを手に入れて帰ろうとした矢先、エマは一人倒れていた少年を見つけた。血の気が引いた顔と、対照的に異常なほどの熱を持った身体。自分の手に負えないと判断したエマはセリーヌに頼み込み、里まで連れてきて祖母に治療をお願いしたのだった。

 

 

「それが、そうはいかんかも知れぬのう」

 

 

 奥の部屋の扉が開く。出てきたのは豊かな金髪を腰まで伸ばした、日曜学校に通うような見た目の幼い少女。見た目に似合わぬ古めかしい言葉と共に、疲労の色が濃い溜息をついていた。

 

 彼女こそがエマの祖母にして魔女達の長、緋のローゼリア。八百年の時を生きる伝説とでもいうべき存在だ。

 

 椅子から立ち上がったエマはローゼリアに詰め寄る。

 

「おばあちゃん、あの人は……!?」

 

「どうにか落ち着いた。程なく目を覚ますじゃろうから安心せい」

 

「……そう。良かった……」

 

 胸に手を当ててエマは深く安堵する。

 

「あの人間の異常、何か解ったの?」

 

「心臓を起点に『何か』が漏れ出し、全身を犯しておった。とてもではないが人の身に由来するものではあるまいよ。夜の眷属(ノクト・ファミリア)用の術式を少し弄って蓋をしたが、応急処置に過ぎんのう」

 

「アンタがそう言うってことは、余程のキワモノね……」

 

「ま、そちらについては気になるが後回しじゃ。問題はこっちでの」

 

 言いながらローゼリアが取り出したのは小さな水晶玉のようなもの。その内側では、灰色の灯が揺れていた。

 

「う、嘘でしょロゼ!? これって確か……」

 

「うむ。流石に妾も予想外じゃ」

 

 驚愕するセリーヌと訳が分からず困惑するエマに対して、ローゼリアは告げる。

 

 それは数年後に孫娘に訪れるはずだった、運命の出会いで。

 

 

 

「あやつ、≪灰≫の候補者じゃぞ」

 

 

 

 

「その……すみませんアリサさん。リィンさんも決して悪気があった訳ではないので、どうか許してもらえないでしょうか?」

 

 

 落下と不運な事故があったものの、Ⅶ組一同はサラからオリエンテーションの説明を受ける。ダンジョンとなっている旧校舎地下を進み、地上まで戻るというものだ。集団行動を嫌ったユーシスと、彼への対抗心で同じく飛び出したメガネ男子のマキアス。何を言うでもなく一人で進んでいった銀髪の小柄な少女の三名を除き、残る六名は男女に分かれて探索を開始した。

 道中はサラの言う通り魔獣が徘徊していたが、大体はラウラが身の丈ほどもある大剣を振るって蹴散らしていく。討ち漏らしもエマとアリサが問題なく対処し、無傷で三分の二ほどまで踏破。今は開けた場所で小休止を取っていた。エマは目下途中でリィンと再会して怒りが再燃しているアリサを宥めている最中である。

 

 

「そういえば貴女、駅前であの男と一緒にいたわよね。……ひょっとして、そういう関係なの?」

 

「そういう……? ええと、リィンさんは友人なんです。知り合ったのは四年ほど前ですけど」

 

「……まあいいわ。あんな不埒な男」

 

「リィンさん本人は誠実な人ですよ。……ただその、ちょっと間が悪いというか、意図しない接触が多いといいますか」

 

 何度かその手のハプニングを経験した身として、アリサの気持ちが痛いほど理解できてしまうエマだった。多感な時期の少女が同年代の、それも初対面の異性に女性の象徴的な部分を触れられてしまうことのショックと恥辱の念は、想像するに余りある。性格上エマが手を上げることはなかったが。

 

 ちなみにその場面を目撃した祖母は、何やら遠い目をしていた。「あやつの後継候補とはいえ、こう言った部分も似てくるのかのぅ」とかなんとか。

 

「まさか、貴女も?」

 

「……」

 

 無言で顔をそらすエマ。その耳が赤く染まっているのを見て、アリサは視線を十五リジュ真下へ落とす。スタイルにはそれなりに自信がある彼女をして圧倒されざるを得ない、発育の暴力がそこにはあった。

 

 とりあえず、地下を出たらもう片方の頬も張ってやろうと心に誓うアリサだった。

 

 

「私からも一つ聞かせてもらって良いだろうか?」

 

 ここで、それまで身体を休めていたラウラが口を開いた。琥珀色の瞳から放たれる視線は真っすぐな矢のようで、思わず背筋が伸びる。

 

「何でしょう?」

 

「リィンの得物だが、あれは太刀だな。帝国では珍しいが」

 

「はい。リィンさんのお師匠様は東方の方なんです」

 

「太刀……東方剣術……まさか」

 

「ええ。リィンさんの流派は八葉一刀流。開祖ユン・カーファイの直弟子です」

 

「!……そうか」

 

 凛とした表情を綻ばせるラウラ。それは好敵手を見つけた者が浮かべる武人の笑みだ。

 

「その筋では有名だそうですね」

 

「うむ。父が言っていたのだ。剣の道を志すならば、いずれ八葉の者と出会うと。このような形で出会えるとは、僥倖という他ない。本人もかなりの腕前であろうし、是非剣を交えたいものだ」

 

「…………それは」

 

 高揚を隠し切れないラウラを前に、言い淀む。

 

 帝国に名高きアルゼイド流を収めているラウラの実力は新入生の中でも頭抜けているが、リィンも決して負けていない。性格も実直そのもので、きっと息も合うだろう。お互いに高めあえる良い関係になれるはずだ。

 

 だからこそエマは不安になる。二人の剣の道は似ていれど、その根本は恐らく真逆。

 

 

 だって、彼の剣は強くなる為のものではなく―――。

 

「エマ?」

 

「どうしたの?」

 

 不自然に口を閉じたエマに二人が首を傾げる。

 

 

 

 その直後。

 

 

 

 轟音が、地下全体を揺るがした。

 

「な、なに!?」

 

「これは……奥の方か」

 

 明らかな異常に三人はすぐさま駆け出した。エマが道中の男子チームが残した痕跡を発見し、迷うことなく進んでいく。その間にも轟音は続き、やがてそこに悲鳴が混じるようになった。

 

「お二人とも、すぐに戦闘に入れるように準備してください」

 

「承知」

 

「え、ええ」

 

 音源に辿り着いたエマはARCUS片手にそう言って、最奥と思しき扉を開ける。

 

 

 その先で、見た。

 

 地上へと続く階段がある大部屋の奥。途中合流したのかマキアスを含めたリィン達四人が、首のない巨人に薙ぎ払われようとしている光景を。

 

「リィンさん!!」

 

 既に駆動状態に入っていた導力魔法を発動させる。幻属性アーツ《ルミナスレイ》。銀の閃光が巨人の無防備な背中に刺さり、動きを止めた。続けてラウラが斬り込み、アリサが矢を射る。背後からの明確な脅威に巨人は攻撃を中断し、エマ達の方へ振り返った。

 

「……大きいな」

 

 ラウラが呟くように、巨人の全長は五アージュほど。大部屋とはいえ、室内では数字以上の存在感を放っている。その正体をエマは知っていた。

 

 帝国に伝わる大いなる騎士。過去幾度となく天災の如き力を振るったそれらの対抗策として、暗黒時代の魔術師に生み出された魔導人形、その原型(プロトタイプ)

 

 

 

「オル=ガディア…………」

 

 

 呆然としたエマの呟き。それに応えるかのように、首なしの騎士は岩盤のような大剣を振り下ろした。

 

 

 

「さて、エマ達は元気でやっておるかのう」

 

 

 トールズの入学式と同日、エリンの里でローゼリアは自らのアトリエにいた。

 

 思いを馳せるのはリィンのこと。四年前突然エマが連れてきた少年が灰の起動者候補だったと知った時の驚愕は、今でも昨日のことのように思い出せる。

 

 帝国の歴史の裏に存在した巨いなる騎士――騎神(デウス=エクセリオン)。過去その力に選ばれた者達は、時に平和の為に、時に自身の欲望を満たす為にその歴史を変えうる力を振るって来た。そうした経緯から、魔女達は騎神を正しく使ってくれるであろう起動者候補を見定め、その行く末を見届ける《導き手》を担うようになる。《蒼》を目覚めさせた放蕩娘に代わりいずれはエマに《灰》の導き手を任せるつもりだったが、ここまで早い出会いは予想外だった。

 

 折角の起動者候補とはいえまだ幼い上に部外者を囲って起動者に仕立て上げるかは判断に迷ったが、後にリィンの内に眠る異能の力のこともあり、記憶を消さずに今日まで交流が続いている。

 

 とはいえローゼリアはリィンに騎神の知識をある程度伝えたものの、起動者となることを強制していない。望まぬ力を手にしたことで、彼がどれ程苦悩してきたかを知っているからだ。『試し』を前にして今代の起動者と導き手が如何なる道を選ぶのか。その選択を、人の理の外に在る者が奪ってはならない。

 

 過去導いた二人の盟友もそうだった。帝国全土を巻き込んだ争乱の最中、彼らは悩み、迷い、それでも最後には騎神を駆って争いを収めたのだから。

 

 騎神と起動者候補は特別な縁で結ばれている。例え起動者側が騎神の存在を知らずとも、いずれ巡り合うよう因果が働くのだ。そして同時に、それは大きな戦いに彼が巻き込まれることも示唆していた。

 

「内戦、か」

 

 外から仕入れた帝国時報に目を走らせながら、好物であるポテトチップスの袋を開けた。因みに今日三袋目である。小言の多い孫娘から解放された反動で好き勝手やっている八百歳がそこにいた。

 

 火種は着々と積み重なっている。二百五十年前と同じ帝国内の争いが現実のものになりつつあることを、政に疎いながらもローゼリアは察していた。起動者となれば、その渦中にリィン達は飛び込んでいくことになるだろう。

 

 世話をした身として、まだ若い彼らを巻き込むことに抵抗はある。それでも叶うならばローゼリアはリィンに――――盟友と似た雰囲気を持つ少年に《灰》を担って欲しいと思っていた。

 

「……ままならぬのう」

 

 迷いを抱く自分に苦笑しながら、ポテチの欠片が付着した指を舐めた魔女は席を立った。

 

 そう時間は残されていないとはいえ、リィンが起動者となるかは《灰》が眠る試しの地を踏破してからの話だ。最初の門番にはガーゴイルがいるが、今のリィンとエマの実力なら二人で撃破することも十分可能だと思っている。しばらく心配することは――――

 

「……いや、待て」

 

 

 試練は幾つかの段階を踏んで行われるが、その途中に『魔女が認めた者』でなければ試練が開放されないシステムを組み込んでいる。エマとリィンの実力と現状を鑑みて試しの場が判断した場合、何らかのイレギュラー、或いは試しのショートカットが発生する可能性があるのではないだろうか?

 

「…………ま、まあ何とかなるじゃろ」

 

 降って湧いた可能性を振り払うように、ローゼリアは里長の勤めに取り掛かる。

 

 

 次に孫娘が帰省した時、雷を落とされるのが確定した。

 

 

 

「二之型、疾風!」

 

 赤いシルエットがぼやける。繰り出されるのは特殊な歩法を駆使した八葉一刀流最速の剣技。その名の通り風になったような速度で、リィンは振り下ろされた岩剣を掻い潜った。岩剣が床を抉り、背を叩く衝撃と風圧が否応なく恐怖心を掻き立てる。

 

 そのまま巨人の股下を抜けながら斬りつけるが、傷は浅い。次いでガイウスが槍を突き出すが、これも怯ませるには至らず、二人は鬱陶しそうに暴れるオル=ガディアから距離を取った。

 

 

「くっ、コイツは一体……」

 

 途中遭遇したユーシスとマキアスの間でひと悶着あったものの、マキアスを連れて先んじて最奥と思しきこの大部屋に到着したリィン達。安堵したのもつかの間、空間の歪みからこの首無し騎士が襲い掛かってきたのだった。

 

 シルエットは、エリンの里で教えられたものと似ている気がする。エマの様子を伺えば、どうやら心当たりがあるようだ。《試し》の門番と思われるが、ローゼリアから聞いていた話とは明らかに強さが違う。

 

 

 空間の歪みが現れる直前、何者かの声が聞こえた気がしたが…………?

 

「今です!!」

 

 エマの声に合わせて、アリサとマキアスが上半身に攻撃を加えたがこちらも目立ったダメージがなく、むしろ首無し騎士はより激高したように暴れ回った。

 

「く……効いているのかこれは」

 

「これじゃあ僕たち、ここで……」

 

 マキアスとエリオットの弱気な呟きも無理もない。先のない消耗戦、勝ち目の見えない戦いというのは士気を大きく下げる。それが戦い慣れしていない者なら尚のことだ。

 

 持久戦に勝機はない。求められるのは、あの鎧を貫けるだけの火力による短期決戦だ。

 

「ラウラさん、あの鎧ごと斬れますか」

 

「私だけでは少し厳しいな。もう一人、私と同等かそれ以上の一発が欲しい」

 

「そちらはリィンさんがなんとか出来ると思います。ですが……」

 

「今僅かでも私たちが抜ければ前線が持たないぞ」

 

 現状、出口に繋がる階段と入口の扉付近の二パーティでオル=ガディアを挟み撃ちにしつつ、前衛組が足下に取りついて釘付けにすることでどうにか均衡を保っている。

 

 リィンもラウラも、オル=ガディアに効果的なダメージを与えられるだけのSクラフト(奥の手)を繰り出すには闘気を練り上げる時間が必要だ。そうなるとその間岩剣を受ける役目はガイウス一人では荷が重い。妨害のなくなった巨人に暴れられると、残る後衛組に為す術はない。

 

『――――――ォ!!』

 

 声なき咆哮(こえ)を上げる首無し騎士が、その威圧感を増した。一同の顔に恐怖と焦りが滲む。

 

 

(――――使うか(・・・)?)

 

 リィンが胸に手を当て意識を内に向けると、鼓動に合わせて脈動する『焔』の存在を感じ取れた。強敵を前にして壊させろ、暴れさせろとざわついている。リィンの人生を決定づけた、正体不明の忌むべき力。

 

 枷を外してやれば、一刻一刻と悪化する戦況を打破できるだろう。……代償に、自らの理性とエマ以外の信頼を失うだろうが。

 

「っ!! 駄目ですリィンさん!!」

 

 禍々しい気を感じ取ったエマが静止するのも聞かず、リィンは更に意識を沈める。『焔』の熱がリィン(自分)の輪郭を溶かしていくようなイメージ。湧き上がる恐怖を抑え込む。

 

 だってあの時から、この命は――――

 

 

 

「全く、とんだオリエンテーションだ」

 

 尊大な声と共に、圧縮された空気塊が巨人を打ち付ける。入口に姿を見せたユーシスが、発動させた導力魔法で攻撃し、

 

「サラ、絶対やりすぎ」

 

 可憐な声と共に、火薬の匂いが風に乗る。地面を滑りながら、銀髪の少女が手にした双銃剣を天井へ。オル=ガディア真下から幾つもの火花が散った。そのままのスピードでリィン達の前まで滑って来る。

 

「む。やっぱり硬い」

 

「ユーシス、と君は……」

 

「フィー。ちょっと奥にいて、来るの遅れた」

 

 巨人を前に平然と少女――フィーは答えた。奥に視線を向けると、ユーシスが女性陣と何かを話している。単独行動をしていた者同士、偶然合流したといったところか。

 

 何にせよ頭数は増えたが、初対面同士のため連携の難易度は上がる。どう動くべきか改めて考えようとしたところで、懐のARCUSが輝き。

 

 

カチリ、と嵌った。

 

そんな感覚があった。

 

 

「これは……」

 

 それは如何なる魔法なのか。

 

 盤面が視える。皆の考えが読める。九つの意思が一つの『意志』になる。

 

 気付けば、『焔』は大人しくなっていて、別の心地よい『熱』がリィンの身体中に行き渡った。曇天から覗く、一筋の光明を全員が幻視する。

 

 それが勝機だと悟った瞬間、二人は叫んでいた。

 

「陣形を整えます! リィンさん!」

 

「了解だ! 俺とフィーで時間を稼ぐ。アリサとマキアスはフォローを頼む!」

 

 リィンとフィーが飛び出して、オル=ガディアに一撃見舞う。返しに振るわれた横薙ぎをバックステップで躱し、二人は壁際へ。オル=ガディアは二人の方に歩き出す。逃げ場を自分から無くすような愚行だが、これは陽動。反対側のスペースを開け、部屋の手前と奥を安全に交代させるのが目的だ。

 

 後衛の援護を頼りにしばし岩剣をやり過ごし、その間にガイウスが入口側、ラウラが奥側と移動する。パーティのバランスを整え終え、エマが次を示した。

 

「魔導杖の解析結果出ました! 核は鎧の中心にありますが、今のままだと届きません」

 

「転倒させろということか。ラウラ、奴の剣は任せる! ユーシスとガイウスは協力して攻め続けてくれ!」

 

 ユーシスが洗練された連続突きを放ち、風を纏うガイウスの槍術が隙を埋める。無理はせずとにかく剣を振らせないことを意識した連携だ。それでも抑えきれないときはラウラが剣を受け止める。狙いがどちらかのパーティに集中しそうになれば、遊撃のリィンとフィーが気を散らす。

 

 どうやらこの巨人、戦況を把握・対処する知能はなく、ただ目先の脅威を最優先で標的にする単純なシステムで動いているようだ。途中それを理解したエマが攻めのバランスを適宜調整することで、次第に九人の動きが安定していく。

 

 エマが先を示し、リィンが斬り開く。道に迷う二人が決めた、彼らなりの魔女と騎士の在り方。

 二人の指示と行動は波のように広がって、連鎖的に次の一手が生まれる。軍隊の一糸乱れぬ動きとはまた違う、互いの長所を最大限に生かした、幾多の死線を共にした者たちのみが体現できる連携の極致がそこにはあった。

 

「背中借りるよ」

 

「任せた」

 

 絶え間ない攻撃に動きが鈍り始めたオル=ガディアを見て、フィーが一陣の風と化す。速度を上げたままガイウスの背後に肉薄し、その大きな背中を蹴って飛翔した。軽やかな身のこなしで首のない頭部に飛び乗ると、銃弾をありったけ叩き込む。おまけとばかりに取り付けた導力爆弾が炸裂し、大きくのけぞるオル=ガディア。

 

 チャンスだと全員が悟った。

 

「ブレイクショット!!」

 

「ロゼッタアロー!!」

 

 追撃の火矢と散弾がオル=ガディアの上半身を捉え、ついにバランスを保てなくなった巨体は仰向けに倒れる。

 

「アクアブリード!」

 

「プレシャスソード!」

 

 エリオットが放った水塊で濡れたオル=ガディアに、ユーシスが冷気を宿した剣を突き立てる。肥大した氷柱が敵を飲み込み動きを封じた。

 

 

「アルゼイドが奥義、受けるがよい!」

 

「炎よ、我が剣に集え……!」

 

 ラウラの大剣が光を、リィンの太刀が炎を纏う。目を合わせた二人の剣士は巨人に向けて駆け出した。拘束を解いたオル=ガディアが起き上がろうとするが、もう遅い。

 

 速度で勝るリィンが肉薄し、袈裟斬りを見舞う。一拍遅れて振り下ろされた光刃が、岩剣を握る右腕を斬り飛ばした。再度崩れ落ちる巨人から二人は一度飛び退いて構え直し、

 

「奥義、光刃乱舞……!!」

 

「斬――――!!」

 

 十字を描く、二条の剣閃。その交差点にいたオル=ガディアの胸には深い裂傷が刻まれ、中に隠された核にまで届いていた。

 

 

「―――――――!!」

 

 断末魔を上げて、巨人は悶え苦しむように身を捩り。

 

 やがてその巨体は、昏い光となって霧散した。

 

 

 

「疲れた……」

 

 掠れた声でそう言って、リィンは重い身体をベッドに投げ出した。

 

 住み慣れた家の自室とそう変わらない広さの部屋には、学習机と最低限の家具、未開封の段ボールがいくつか転がっている。

 

 

 あの後、現れたサラ教官からⅦ組への参加意思を問われ、全員が参加を表明。満足そうに頷いた彼女に連れられてやって来たのが、ここ第三学生寮だった。Ⅶ組の為にわざわざ改修工事までしてまで用意したらしい。割り当てられた部屋には故郷からトリスタに送った荷物が置いてあり、先ほどまで荷解きをしていたところだった。

 

「それにしても、Ⅶ組か……」

 

 起き上がると、机に置かれたARCUSを手に取った。中央に赤いマスタークオーツだけがはめ込まれたスロットをぼんやりと眺めながら、今日の出来事を思い返す。

 

 この特殊な戦術オーブメントにしろ、九人の生徒の為だけに用意された学生寮にしろ、この特科クラスの設立には相当なミラと労力が動いているのは確かである。にも拘らずクラス入りは強制ではなく、メンバーも自分たちを含め一癖ありそうな面々ばかり。

 

(本当に、ARCUSの適性で集められただけなのか……?)

 

考えを巡らせるリィンであったが、それは窓を叩く音で遮られた。

 

「?」

 

二階に位置するこの部屋から聞こえるには妙な音に、リィンは窓に近づく。備え付けられた小さなバルコニーの欄干に、一匹の黒猫が身を預けていた。整った黒毛と尻尾で結ばれた青いリボン。エマと同じくリィンにとっては恩人の一人(?)だ。

 

「セリーヌ」

 

「久しぶりね。元気そうでなによりよ」

 

「ああ、お陰様で。そっちも変わらないみたいだな」

 

 窓を開けるとセリーヌは軽やかに部屋に入ってきた。そのまま学習机の上に載った彼女に合わせてリィンも椅子に腰かける。

 

「トリスタでは上手くやっていけそうか? この寮で飼うのは難しいみたいだけど」

 

「余計なお世話よ。ま、ざっと見て回った感じ悪くなさそうだし、野良猫(手下)も何匹かできたしね」

 

「そ、そうか」

 

 リィンの脳内に、トリスタ中の野良猫から餌を献上させている女王猫の図が浮かぶ。思い出せばセリーヌと旅先にいた時、やけに野良猫を見た気がしないでもない。

 

「そんなことより、アタシが訊きたいのは旧校舎とやらの異常よ」

 

「……やっぱりその話か」

 

「大体はエマから聞いたわ。試しの最初の番人がガーゴイルじゃなくて、魔煌兵になってたとはね」

 

「ああ。確か暗黒時代の魔導ゴーレムだったよな」

 

「そ。アンタ達が戦ったのはオル=ガディアっていう名前でね。本来ならもう少し後で行われる『第一の試し』の番人として用意された存在だったの」

 

 

 《灰》の試しの仕組みについてはローゼリアから大まかに聞いている。

 

 里の外れにある魔の森。その一角にある『サングラール迷宮』のシステムを騎神の試しの場に組み込んだのが、あの地下遺跡らしい。試しとは別に試練を段階的に用意することで、自然と試しを突破できる実力を身に付けさせるというものだそうだ。

 

「なんらかのイレギュラーが起きた、ということか?」

 

「推測だけど、アンタとエマの状態を鑑みて、あの遺跡のシステムが試しをショートカットさせた。或いは、誤作動を起こした可能性がある。ロゼにもまた確認してみるけど、詳細な理由は分からないかもしれないわ」

 

「? ローゼリアさん……というか、魔女が造った遺跡じゃないのか?」

 

「あそこの建造には魔女だけじゃなく地精も関わってるからね。システムについてはブラックボックスの部分も少なくないのよ」

 

「……そうか」

 

 その後、旧校舎地下については、お互い調べてみるということで終わった。

 

「そういえば、アンタ達と一緒に過ごすっていう人間ってどんな奴らなのよ?」

 

「……珍しいな。セリーヌがそんなこと訊いてくるなんて」

 

「べ、別にいいでしょ。アタシだってこれから四六時中一緒にいられる訳じゃないんだし、エマは里の外での生活は初めてなんだし」

 

 そっぽを向いて話す黒猫に微笑ましい気持ちになる。人間全体への興味も理解も薄いが、それでも身内と判断した人間については、相応の気遣いを見せくれるのだ。

 

 初対面ということを前置きした上で各々の印象について話すと、セリーヌは呆れていた。

 

「また面倒くさそうな連中ばっかりね。まあ精々頑張りなさい」

 

「なんとかやってみるさ。セリーヌも風邪とか引かないようにな。この時期まだ夜は肌寒いんだし、寝るときは温かくして――」

 

「ああもうそれも余計なお世話よ! 相変わらず鬱陶しいわね!」

 

ふしゃーと毛を逆立てたセリーヌは溜息をつくと、今度は自分で窓を開けた。そのまま飛び降りるかに思えたセリーヌは、リィンへ振り返る。

 

「セリーヌ?」

 

「起動者になる覚悟は出来たの?」

 

「……それ、は」

 

「アンタ自身の問題もあるし、ロゼが強制しない以上はアタシも強く言わないわ。……でも、覚えておきなさい。いつか必ず、『その日』は来るわよ」

 

 最後にそう言い残して、セリーヌはバルコニーから飛び降りた。夜の帳が下りた外で、黒い毛並みはあっという間に溶けていく。それを見送った後も、リィンは外の闇をじっと見つめ続けた。

 

 

 多くの謎と、波乱の予感。

 

 先の未来に期待と不安を抱えながら、リィン・シュバルツァーの士官学院初日の夜は更けていった。




Q,リィンがこのタイミングで『炎ノ太刀』(Sクラ)使ってるけど?
A,リィンとエマは本編開始前に帝国各地を回っていた時期があり、その影響で原作より少し強化されています。

Q,いきなりオル=ガディアだったのはなんで?
A,リィンが騎神について知っていること。(実際に騎神を手にするかは別として)導き手のエマに認められていること。とある理由により試しのシステムがリィンの力量を実際より上に見積もっていたこと。この辺が重なった結果です。

Q,旧校舎地下の試しについて
A,Ⅳで騎神の試しは結構自由が効くみたいなのと、ルーファスが短時間で試しを終えたことを踏まえて、灰の試しの場を固定化&安全策としてレベリングの場を用意したんだろうなと予想しました。

ひとまず序章終了ですが、いかがだったでしょうか。
本サイトでまともに戦闘描写を書いたのが初めてなので、その部分についてご意見感想いただけると嬉しいです。
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