◇
その日はリィン・シュバルツァーにとって、生涯忘れられない一日となった。
家に帰ってリビングで家族と向かい合ったリィンは、自分の気持ちを正直に吐き出した。
異能の恐怖。八葉一刀流の修業の厳しさ。自分を拾ったことで社交界で疎まれるようになった両親への後ろめたさ。捨てられた自分には勿体ないほどの愛情と平穏を与えられていたからこそ、抱えた弱音や迷いを表に出すことも出来ず、居心地の悪さは膨れ上がっていた。
異能の暴走は、あくまできっかけ。自立できる歳になれば、自分は逃れるようにユミルを離れ、家族と距離を取っていただろうとリィンは思う。
決して聞き心地の良いものではないはずのそれを両親は何も言わず、エリゼは身体を震わせながらも気丈に耐えながら聞いてくれた。
リィン自身が覚えている限り最も長い一人語りを終えて顔を上げれば、父テオが深く頭を下げて言った。
『済まなかったリィン。お前の気持ちに気づいてやれなかった私達の落ち度だ』
同じようにテオは語った。実娘のエリゼをいつも気にかけてくれたことへの感謝。厳しい修業にも耐え、剣士としても人間としても健やかに育っていく姿が本当に嬉しかったこと。……だからこそ異能も出自のことも、もう折り合いを付けられたのだと高を括ってしまったこと。
想っていたのはどちらも同じはずなのに、いつしかすれ違っていた。
だから時間をかけて、言葉で溝を埋めていくことにした。お互いに泣いて、謝って、許し合って──最後には笑顔で夕食の卓を囲むことが出来た。
ひょっとしたら、シュバルツァー家が本当の意味で家族になれたのはこの日なのかもしれない。
そうして夜。リィンは一人、郷の中央にある足湯に浸かっていた。肌寒い空気と足に伝わる熱の寒暖差が心地よく、ほうと息を吐く。
「今まで、何を見てきたんだろうな……」
無事を喜んでくれたのは家族だけではない。シュバルツァー邸にはリィンが戻ってきたのを聞きつけた郷の人達が詰めかけた。そこに老若男女の差はなく、特に幼馴染のラックが涙で顔をくしゃくしゃにしていたのは強く印象に残っている。
成長して少しは周りのことを考えられる歳になった筈が、その実どこまでも自分本位でしか物事を見れていなかったのを改めて痛感させられた。
(明日、郷の皆には改めてお礼を言って回らないとな……何を持っていくのが良いだろう)
そんな風に考えていると、背後から足音が聞こえた。
「エマ……」
「こんばんは。お一人ですか?」
少女の静かな声は、夜の空気に溶けていくようだ。
エリンの里ご一行はテオの計らいで旅館≪鳳翼館≫に迎えられている。今の彼女は行きの旅装から浴衣に着替えており、長い髪は下ろされていた。
「ユミルの温泉はどうだった?」
「十分堪能させてもらいましたよ。同じ露天風呂でも、妖精の湯とは全然違いますね」
「良かったらこの足湯も試してみないか? これはこれでまた違った気持ち良さがあるぞ」
「……そうですね。それでは失礼して」
興味が勝ったエマは靴を脱ぐと、リィンの隣に腰を下ろした。湯面に触れた足指の先が一度跳ね、そしてゆっくりと沈んでいく。初めはむずがゆそうに足をバタバタとさせていたが、温度に慣れてくると目一杯足を伸ばして堪能していた。
「……いい場所ですね、ここは」
「何もない辺境さ。ルーレみたいな都会でもなければ、君の所のような雰囲気ある場所でもないし」
「そんなことないですよ。空気が澄んでいて、
エリンでは基本的に夜は出歩かない。夜は魔性の存在が闊歩する時間だからだ。里には結界を張って、家に閉じ籠り遠ざける。実際は結界で事足りるものの、閉ざされた場所の慣習というのはそう簡単に変わらない。エマがそこに不満を覚えたことはなかったが、それでも閉塞感を抱いていた。
しばらく無言が続くも、二人の間に気まずさはなかった。背後の影が背を伸ばし始めた時、リィンはエマに向き合った。
「改めてになるけど、本当にありがとう。君には一生かけても返しきれない恩が出来た」
「気にしないでください。あの時は私も何が何やらで……次同じことをやれと言われても無理ですから」
「それでも俺を救ってくれたことに変わりないさ。もし何か困ったことがあったら言って欲しい。ほんの僅かかもしれないけど、絶対君達の力になるから」
力強く誓う。
だけど。
「必要ありません」
「……え?」
穏やかな声で拒絶した魔女は、困ったように笑っていた。
「私達魔女がリィンさんにここまで付き合ったのは、異能を持っていたからです。貴方がただの人間であれば、手当てした後に記憶を消して、適当な場所に返していたでしょう。今となってはもう難しいですけど」
ちゃぷんと水面が波打ち、エマの白い素足が顔を出す。濡れた素足は月の光に照らされて、幻想的な輝きを帯びていた。
「普段はちょっとあれですが、お祖母ちゃんは本当に優秀な魔女です。リィンさんの異能もそう遠くない内に対処できるでしょう。……そうなったら、お別れです。貴方のような人は
「ま、待ってくれ! そんなのいきなり言われても、まだ君に何も返せてないのに」
「気にしないでください。それが自然な形なんです」
いつの間にか、二人の間に氷の壁のような隔たりがあるのをリィンは感じた。手を伸ばせば触れられる筈の距離なのに、エマの笑みがぼやけて見える。
「恩を返したいのなら、いつか貴方と同じような境遇の人と出会った時に助けてあげてください。それなら私も、貴方を助けた意味が生まれます」
「……」
リィンはそこで、自分の勘違いを知った。
エリゼに語って聞かせた御伽噺にもよく登場する、ハッピーエンドを導く善き魔女の逸話を思い出す。あれらがもし実話なら、自分が知らなかっただけで常識で測れない存在に苦しんでいる人間はきっと大勢いるのだろう。こうしている今も、助けを求める声が世界のどこかにあるのだろう。多くを救う使命を背負った善き魔女は、一か所に留まってなどいられない。
個人的に、自分の境遇に共感を抱いてくれる部分はあったと思う。
だけど、それだけ。エマ・ミルスティンにとって、リィン・シュバルツァーは魔女に守られるべき存在なのだ。
その事実は、リィンの胸に裂くような痛みをもたらした。
(……辛い、のか? 何で?)
痛みの理由は理解できず。エマがくれた焔の温かさに縋るように、リィンは自分の胸に手を置く。言葉に詰まる喉をどうにかして動かそうとしても、声は喉に貼りついたように出てくれない。
「おお、ここにおったのか」
悪戦苦闘するリィンの下に幼い声が届く。
「ローゼリアさん……今
「お主の両親に訊きたいことがあっての。それも済んだから帰ろうとしてたんじゃが……うむ、丁度良い。主に一つ頼みがある」
「頼み?」
頷いたローゼリアは、リィンの横で同じように首を傾げている孫娘を指差して言った。
「こやつの修業に、少し付き合ってくれんか?」
*
中三日かけて行われた中間試験を乗り切り、クラス間の順位で一位という好成績を収めたⅦ組に、最早恒例となった実技テストの時間が訪れる。これまで通り設定を弄った戦術殻と闘うはずだった予定は、突如現れたパトリック・ハイアームズ率いるⅠ組の生徒によって崩された。
パトリック達は『帝国貴族の気風を知らしめる』と謳いリィン、ガイウス、マキアス、エリオットの四人──要は派手に打ち負かしても問題の少ない相手を事実上指名したが、そこに待ったを掛けたのがユーシスだった。
「身分関係なく集められた
「なっ! どういうつもりだユーシス・アルバレア!!」
「そちらがⅠ組の流儀に則るなら、こちらも同様に応えるというだけだ。心配せずとも、アルバレアの名に於いて勝負の結果はこの場限りのものとすることを約束しよう」
「……いいだろう」
そうして始まった四対四の戦い。英才教育で培われたⅠ組の剣捌きは決して油断できなかったものの、修羅場を潜ったⅦ組男子が粘りを見せ、相手が焦れて隙を晒したところを的確に突いて勝利を収めた。特に目覚ましい活躍をしたのはユーシスとマキアスのコンビで、先月の失態が噓のような連携を見せている。
「良い勝負だった。同級生として、これからもお互い研鑽に励むとしよう」
「……っ」
寄せ集めに負けた屈辱に歯を砕けんばかりに食いしばりながらも、パトリック達はどうにか体裁を整える。勝負の結果を後に持ち越さないというユーシスの宣言に乗った手前、ここでみっともなく声を荒げてしまえば明確な格の差が生じてしまう。四大名門の子息としての高いプライドが、皮肉にも彼に一線を守らせていた。
そんな彼らがグラウンドから去る姿を見送るサラは、試合内容に満足そうに頷いている。
「アンタ達もやるじゃない。うんうん、やっぱり男の子はぶつかり合って仲良くなるものよね」
「誹謗中傷は止めてもらおうか教官。そこの男と仲良くなったなどと言う事実がどこにある」
「全くです。名誉棄損で訴える覚悟も辞しませんよ、教官」
「戦術リンクをそこまで安定させておいてその言い訳は苦しいんじゃなーい?」
「単なる利害の一致に過ぎませんよ」
そこでマキアスは言葉を切って、一瞬リィンの方に目をやる。
「ただ……負けてられない相手がいるだけです」
「……フン」
「……そ。やっぱり男の子ね」
「なあエマ、俺あの二人に何かしたのかな?」
「ふふっ、そうかもしれませんね。まあ悪いようにはなりませんよ」
唯一察していないリィンは、隣のエマに耳打ちしていた。
「それじゃ、今月の実習先を発表するわよ」
サラが取り出した書類が、エマとマキアスに手渡された。
『【六月特別実習】
A班:リィン、アリサ、ガイウス、ユーシス、フィー(実習地:ノルド高原)
B班:エマ、マキアス、ラウラ、エリオット(実習地:ブリオニア島)』
「ノルド高原……ガイウスの故郷だったわよね?」
「ああ。実は教官から事前に話を受けていてな。今回は皆の案内役も兼ねている」
「ブリオニア島って、どこにあるんだっけ?」
「帝国の西部……海都オルディス近くの無人島だったはずだ。観光地としては結構有名だな」
「……………………」
「どうしたのだエマ。何やら顔つきが険しいが」
「い、いえ。大丈夫です」
実習地の特徴としては、これまでのような街中ではないことだろう。悪く言ってしまえば僻地である。ユーシスとマキアス、ラウラとフィーは班が別れており、ようやくメンバー全員で協力し合えると密かに安堵する委員長エマであった。
ただ、懸念事項がひとつ。
「今回の班、バランス悪くない?」
全員の気持ちをフィーが代弁した。
戦闘を想定したメンバーを組む場合は前衛と後衛をバランスよく割り振るものだが、今回は構成に明らかな偏りが見られる。特にB班には魔導杖持ち二人に加え前衛がラウラのみ。残るマキアスの得物もショットガンなので前衛一人後衛三人だ。
質問は想定済みだったのだろう。サラはアッサリと認めた。
「ま、そこも含めての実習よ。いつも万全の態勢で臨めるなんて限らないし、普段と違う立ち回りを考えることね。……正直に言うとちょっと大人の事情も絡んでるんだけど」
「と言いいますと?」
「名門校とはいえ組織なのに変わりない。運営者の意向には逆らえないってことよ」
やや要領を得ない説明だったが、それ以上話す気はないらしい。これまで通り三日間の日程が発表され、実技テストはお開きとなった。
*
その日の夜。いつもの魔術の修業を終えた後、エマとセリーヌは休憩がてら実習地について話していた。
「ブリオニア島とノルドねえ……どっちも『アレ』がある場所ってのは因果なのかしら」
「流石にそこは偶然だと思うけど……」
無人島のブリオニア島には、魔女の眷属にとっては縁深いものがある。
先祖が犯した大罪の象徴。猛き力を振るい、焔の眷属の守護神となるはずだったもの。
「『
「ええ。あそこはお祖母ちゃんに任せてたから」
「一応ロゼには一報入れておきなさい。何もないとは思うけど」
「分かってる。余裕があったら『霊窟』の様子もみておきたいし」
会話を終えて立ち上がる。夜も更けてきたので、今日はもう帰るだけだ。整備された街道から離れた小道を、少女と黒猫が並んで歩く。
途中小さく欠伸をしたエマに、セリーヌは咎めるような視線を送った。
「アンタ最近寝不足続きでしょ。今日の鍛錬も集中出来てなかったじゃない」
「それは、ごめんなさい。三日後の実習で準備するものとか調べてて……」
「……前から思ってたけど」
一度言葉を切ったセリーヌは、エマの前に立ち塞がる。
「アンタ、ちょっとⅦ組に入れ込み過ぎじゃない?」
「どういうこと?」
「委員長とやらになって他の奴にも気を回さないといけないのは理解してる。でも今やってること全部アンタがやらなくちゃいけないことなの?」
「それは……」
「最優先はリィンと騎神よ。他の問題にまで首突っ込んで、そこを疎かにされたら本末転倒なの」
セリーヌの言う事は理解できる。
導き手の使命を果たすことのみを目的とするなら、リィンと共に旧校舎の探索に力を注ぐべきだ。学院生活は当たり障りなく、人間関係は周りから孤立しない程度の距離感を維持する。面倒事の多いクラスのまとめ役など、辞退すればよかったのだ。
導く相手が、リィン・シュバルツァーでなければ。
「でもリィンさんが周りを放っておけない人なのはセリーヌも良く知ってるでしょう。あの人のフォローが出来るように、私もある程度周囲と関係を築く努力は欠かせないわ」
「いや、ある程度っていうか……」
セリーヌがトリスタの町を歩いていると耳にする、住民や学院生のお悩み解決に奔走するカップルの噂話を本人は気づいていないのだろうか。変に他人から詮索されないのは都合が良いのでセリーヌとしては特に言う事もないのだが。
「心配しなくても、自分の使命はちゃんと果たすわ。魔術の修練についてはスケジュール見直してきちんと時間を確保するから」
「他を削るとは言わないのね」
「ええ」
じっと見つめ合う一人と一匹。白旗を上げたのは後者の方だった。
「アンタもすっかり頑固になったわね……」
「セリーヌには負けるけどねー」
「減らず口も達者になったわねえ!!」
ご機嫌斜めになって駆け出したセリーヌに、後を追いながらエマが謝る。本気で怒ってないのはどっちも承知の上。エマはセリーヌの小言が自分を気遣ってのものだと理解していて、セリーヌも前向きに取り組むエマを心底からは否定していない。月日の殆どを共に過ごした二人の、掛け替えのない絆がそこにある。
「決めたわ」
寮の前で別れる直前、揺らしていた尻尾をピンと逆立てた使い魔は言った。
「その特別実習とやら、今回はアタシも付いて行ってあげる」
*
──これは、夢だ。
黒い『無』に取り残された冬の山道を登る、少年と少女。二人は懸命に足を動かして、いつもの山頂に辿り着いた。
やっと着いたと嬉しそうに言う少年の背後に立つ少女は、いつの間にか抜き身の太刀を手にしていて。少年が振り返る前に、少女は少年の背中に刃を突き立てた。うつ伏せのまま倒れ動かなくなった少年から、鮮やかな赤色が零れていく。その様子を少女は──私はただじっと眺めていた。
だってこれは夢なのだから、いつかは醒めるものだ。余計なことは考えず、ただ心を凍らせて終わるのを待てば良い。何度も同じ光景を見せられれば心構えは嫌でも身に付く。
──ふと思う。この悪夢を見始めたのはいつからだったのか。あまり考えたことは無かったが、記憶を辿ればすぐに心当たりに行き着いた。
雨の激しい、雷轟く夜だった。
初めて、彼の太刀を握った日だ。初めて、血の海を見た日だ。
そして。
私が、本当の意味で魔女になった日だ。
*
跳ね起きた。
荒い呼吸を落ち着かせながら、エマは混同する記憶を夢と現実、過去と現在に振り分けていく。視線を落とせば自分のベッドがある。セリーヌと別れてから、いつも通りに眠りに就いたはずだ。
カーテンを少し捲ると、雨粒が窓ガラスを無遠慮に叩いている。音からも結構な強さの雨だと分かった。
「…………着替えよ」
寝汗を吸ったパジャマが身体に貼りついており不快なことこの上ない。シャワーを浴びて別のパジャマに着替えると、最悪な気分が少しは落ち着いた。
枕元の導力灯にスイッチを入れ、目覚まし時計を確認すれば短針は二時を指している。目はすっかり冴えており、二度寝するにも中途半端な時間であった。
エマはパジャマの上から薄手のカーディガンを羽織り部屋を出る。そのまま一階に降りて、傘を片手に雨降る夜に繰り出した。
外は無人。灯りの点いた家はなく、街灯だけが周囲をぼんやりと照らしている。普段は寂しい印象を与えるが、今は騒がしい雨音のせいで気にならない。
公園にやってきたエマは、魔術でベンチの水気を飛ばして腰を下ろす。息を吸い込めば雨の匂いが口一杯に広がった。傘を差していても跳ね返る雨粒は防げず、足の裾や腕が少しずつ濡れていくのもお構いなしだ。それが気にならないほど、エマの心と表情は深い憂鬱に沈んでいる。
「情けない……」
あの悪夢は、この雨音に触発されたのだろう。エマの根底に深く刻まれたトラウマは、こうした雨夜に顔を出すことがある。こうしてじっと雨を眺めていると、ありもしない赤色を幻視してしまいそうになるほどに。
(結局、ラウラさんとフィーちゃんは固いまま……旧校舎もよく調べきれていないし……)
リィンは毎朝鍛錬を共にすることからラウラを、エマはよく身の回りの世話をするフィーを相手にそれとなく探りを入れてみたりしたが素っ気なく返されている。ユーシスとマキアスの場合とは違い周囲を巻き込む気配はない分、徹底して壁を作っていた。
旧校舎地下のダンジョンは、先日の自由行動日に第三層を突破した。順調に進んではいるものの、オリエンテーションでいきなりオル=ガディアが現れた理由は未だよく分かっていない。本来は次の第四層で立ち塞がる番人のいないイレギュラーな状況で、試練のシステムは正常に機能するのか。想定を超える困難や、騎神への道自体が閉ざされたりはしないか。
ちゃんと、彼の助けになれるのか。
「私、全然駄目だなあ……」
Ⅶ組の誰も聞いたことがないような、弱々しい声が漏れた。
ローゼリアに一人前として認めてもらい、入学前に持っていた密かな自信は木っ端微塵に砕けている。思い返せば、この三ヶ月で上手くやれたことなんてどれほどあっただろう。人間関係は破綻しないよう保つのが精一杯で、先月の特別実習もリィンがいなければ惨事になっていたはずだ。
それでもいずれ雨は止み、夜は明ける。朝が来れば委員長として、魔女として振る舞わねばならない。セリーヌには厳しく言われたが、これは他の誰でもない自分が決めたことだ。
だから今夜はトコトンまで沈んでしまおうと、ベンチの上で抱えた膝に顔を埋めた。目を閉じれば雨音はより強く、糾弾するかのようにエマの耳朶を打つ。このまま水嵩が増して、溺れてしまえればいっそ楽しそうだと益体もない妄想すら頭に浮かんで。
水溜まりを踏む音が、意識を引き戻した。
「あの委員長ちゃんが夜遊びとは感心しねえなあ」
「……え?」
驚いて顔を上げる。傘を差してエマを覗き込む男は見知った顔だった。
「クロウ先輩……」
「おう。で、こんなとこで何してんだ?」
六月の実習はメンバーを若干変えつつB班メイン、ブリオニア島編をオリジナルストーリーで描く予定です。閃の二次創作では割と定番の流れな気がするので頑張って差別化していきたところ。