新型コロナに罹ってしまい体調を崩してからどうにも筆が乗らず……黎の軌跡をプレイしてモチベーションを挙げていきつつ、勘を取り戻していきたいと思います。
◇
「お祖母ちゃん、どういうつもりなの!?」
旅館の寝室に戻ったエマは、ローゼリアに詰め寄っていた。いつにない剣幕を見せるエマに怯える魔女の長はしどろもどろになりながら説明する。
「お、落ち着くのじゃ。最初に話したが、シュバルツァーは灰の騎神の起動者候補。あやつの人柄も信が置けそうじゃし、縁を結んでおいて損はあるまい」
「だからってこんな恩に付け込むような真似……」
ローゼリアがリィンに提案したのは、異能を封印する魔術を施す条件として魔女に協力することだ。
魔の森で暴走したことを踏まえ、異能そのものの再精査と有効な術式の構築は年単位掛かるというのがローゼリアの見込みだった。その施術に必要な材料も貴重なものばかりで、ミラに換算すれば辺境の男爵家にはとても払える額ではない。テオからすれば知らぬ間に巨額の借金を背負ったようなものだ。
とはいえ悠久の時を生きるローゼリアに金銭の執着はないので、負債は本人の働きで返してもらうことにした。
基本的にはユミルで暮らしながら定期的にエリンに通い、里にいる間だけ魔女の用事に付き合ってもらう。単なる雑用をやってもらうこともあれば、護衛となってエマの修業に同行することもあるだろう。
「無償の手助けを期待させるのはシュバルツァーの為にもならん。あ奴も先程、自分からそう言っておったじゃろう」
「……でも……」
祖母の言うことは理解できる。それでもエマは、リィンがこれ以上魔女と関わることに抵抗があった。
暴走したリィンに抱き着いたときに感じた力の奔流は、まるでこの世全ての悪意を煮詰めたかのように禍々しかった。魔術には他者を呪う系統も存在するが、あれ以上のモノはゼムリア大陸を探してもそうはないだろう。
自分の中に、いつ大切なものを壊してしまうかも分からない爆弾がある。そんな状態で果たしてどれだけの人間が正気でいられるだろうか。
それでも彼は自分を保ち、繋がりを諦めなかった。ユミルでの慕われぶりを見れば、彼が周りを愛し、周りに愛される善き人だというのは見て取れる。その在り方自体がエマには奇跡のようで。自分のように≪裏≫側の世界に触れることなく、幸せに過ごしてほしいと切に願うのだ。
「…………」
言い淀むエマに、ローゼリアは軽く目を見開く。
母を亡くした彼女を里に招き育てるようになってから、エマはずっと素直で聞き分けの良い娘だった。どこぞの放蕩娘と違い手が掛からなかったのはありがたかったが、自己主張の薄いところは少し心配していたのだ。
(……案外、こやつにとっても良い機会かもしれんの)
「起動者の件はまだ秘密にしておく。妾達と上手くやれそうであれば話すし、その上であやつが否と言えば尊重しよう」
「……約束よ。あの人の異能が封印できれば、私達と関わる必要はないんだから。それとリィンさんのご家族にもちゃんと話して許可を取って」
「……分かっておる。暗示なんかは使わん」
「今ちょっと考えてたでしょ! 絶対ダメだからね!!」
*
こんな雨夜に出会うには、予想外の顔だった。
クロウ・アームブラスト。上級生の中でも有名な四人組グループの一員で、技術棟にもよく訪れる先輩だ。サボリ魔かつギャンブル好きで、とても士官学院生としては相応しくない青年。ただし成績は落ちこぼれという訳でもなく、特に実技の成績は抜きん出ている。以前試しに行われた射撃訓練では本気のフィーと同等のスコアを叩き出していた。
性格はお調子者で一見頼りなさそうだが、逆にそれが親しみやすさに繋がっているらしい。先日もリィンが戦術オーブメントにセットするクオーツの編成について訊ねていた。
チャラくて不真面目だけど、頼りにならないわけではない先輩、というのがⅦ組内でのクロウに対する総評である。
「先輩こそ、こんな時間にどうしたんですか?」
「フ……実は学生ってのは世を忍ぶ仮の姿でな。本当の俺はさる秘密組織から密命を負ったエージェントで──」
「寮を抜け出して帝都に遊びに行ったけど、終電逃して泣く泣く帝都から徒歩で帰ってきた、と」
「完璧に言い当ててんじゃねえよ。何で分かった」
「ズボンの裾が濡れてますし、この雨の中ずっと歩いていたんでしょう。先輩が授業をサボって帝都に行くのは有名ですし、帝都駅の終電は確か午前零時頃ですよね? 歩いて帰ってきたとすれば、このくらいの時間になると考えただけです」
「……お前さん。士官より探偵の方が向いてるんじゃね?」
「推理小説が好きなだけですよ」
浮かべた微笑を眺めていたクロウはため息をつき、エマの座るベンチの端に腰を下ろす。野ざらしのベンチは当然濡れていて、クロウの履いているズボンに雨水が染み込んでいく。
「あの、先輩?」
「真面目な話、流石にほっとけねえよ。大体この雨の中一人でいる事自体普通じゃねえだろ」
「……………」
「話せねえなら別にいい。風邪ひく前に寮に帰れ」
それきり黙ったクロウはエマと視線を合わせず、気の抜けた赤い瞳は雨粒を見つめている。その自分を無視するような素っ気無い態度が彼なりの気遣いなのだと察すると、エマは驚きに目を瞬かせた。
「……意外と優しいんですね」
「これでも学院一の紳士を自負してるぜ」
「ではその自称に甘えて、ひとつお聞きしても?」
「自称言うな。んでどうした?」
「先輩から、私ってどう見えますか?」
「…………どう、っつうのは?」
「最近色々ありまして、委員長の務めをきちんと果たせてるのか疑問に思うんです」
「あーそういうことか」
密かに研ぎ澄ましていた眼差しを緩めたクロウは、率直な感想を述べる。
「別に問題ねえっつうか、普通によくやってると思うけどな。あの癖だらけのクラスメイト纏めてフィーの勉強も面倒見た上で、今回の試験もトップだったんだろ」
「ラウラさんとフィーちゃんの仲が上手くいってないんです」
「やっぱそれが悩みか」
あの二人の関係が硬化しているのはクロウも察していたし、お互いの背景を考えれば噛み合わないのも無理はない。去年の自分達もそうだが、あの独り身の酒好き教官は生徒同士の衝突を前提にカリキュラムを組んでいる節がある。
少し考えてから、クロウはあっさりと言った。
「別に放っときゃいいんじゃね?」
「いえ、そういう訳には……」
「まあ聞けって。お前さん見てると去年のトワを思い出すわ」
「会長ですか?」
「おう。ちょうどあいつが会長になって一月くらいだったか。今のお前さんみたいに沈んだ顔しててよー」
トワを会長とした新体制が発足した直後の頃、共に生徒会役員であった貴族生徒と平民生徒の意見が衝突して生徒会活動が立ち行かなくなったことがあるのだという。今でこそ全校生徒に受け入れられてるが、会長就任当時は平民の、それも女子ということで彼女の手腕を疑問視する声も少なくなかったそうだ。仲違いを解決できない上にそれら複数のプレッシャーが積み重なり、トワは体調を崩してしまうほどに落ち込んだ。
「流石に見かねたんで俺らもトワのガス抜きに付き合ってやったし、ゼリカなんかはその役員呼び出してキツいこと言ったみてえだ。最終的にはどっちも折れて上手い具合に収まったんだけどな」
「そんなことが……」
「んで何が言いたいかっつうと、お前が行き詰まっても案外周りがどうにかするもんだって話だ。日曜学校のシスターじゃあるまいし、一から十まで面倒見とく必要はねえだろうよ。……お前さん、歳近い奴に踏み込むの苦手だろ」
「うっ」
苦笑混じりの指摘にエマは言葉を詰まらせる。こればっかりは隠れ里の弊害で、同年代と接した経験値が少なすぎるのだ。世俗に溶け込む為に学んだ処世術は人間関係に波風経たないようにする術ばかりでさっぱり役に立ってくれない。逆にリィンはコミュニケーション能力に秀でており、修業時代はよく助けられた──と言いたいが、あれは天然なので一周回って向いてないのかもしれない。一歩間違えば痴情の縺れでトラブルになる可能性をエマは割と真面目に危惧している。
閑話休題。
「ま、当人だって何も感じてねえ訳でもなさそうだしな。いっそ気にしてません、って感じでどっしり構えとけばどうだ?」
「そこまで割り切りはできませんけど……でも、もう少し皆さんに頼ってみます」
「そうしろそうしろ。お前もトワみたいになまじデキる分、限界まで抱え込んじまうタイプみてえだしな。俺みたいに最低限だけやって後は遊ぶくらいで丁度良いだろ」
「先輩は
その後はぽつぽつと他愛ない話を繰り返してる内に、雨足は大分弱まった。公園の時計は既に三時を回っている。ベンチから立ち上がり、エマはクロウに深々と頭を下げる。
「アドバイスありがとうございます。また今度お礼はさせていただきますね」
「別にいいっての。門限破ってる口止め料代わりってことにでもしてくれ」
「……分かりました。私はもう戻りますけど、先輩も早くお休みになってください」
「へいへい」
ヒラヒラとぞんざいに手を振るクロウにもう一度頭を下げてから、エマは公園を後にした。寮に帰り、手早くベッドに潜り込む。
(不思議な人ですね……)
軽薄なようでいて、鋭いところがある。面倒見が良いようで、どこか冷たい部分がある。掴みどころのない二面性は、何故か義姉を思い出させた。
小雨の音を心地よく聞きながら目を閉じる。寝不足は避けられないが、今日はもう悪夢を見ることはないだろう──。
(バレてはなさそうか……)
エマの後ろ姿を見送ったクロウは、小さく息を吐いた。
来たる日に備えて帝都の『仕込み』を一つ終えた帰り。彼女の姿を見かけたのは全くの偶然だった。素知らぬふりして通り過ぎることは簡単だが、万一目撃されていたら厄介だ。魔女からも一応気にかけておいてくれと頼まれていたのもあって声を掛けたのだ。本人は計画に必要なピースだからと言っていたが、シスコンがまるで隠しきれていない。
「しかしつくづく似てねえよな」
人間関係で悩むなど、自分の知る魔女なら想像も出来ない。あの女であれば無関心を貫くか、目障りだからと強引に割り入って解決するだろう。
(あの女が学生、ねえ)
彼女の姿にトールズの制服を重ねてみて、その似合わなさに苦笑した。だって余りにも学生の雰囲気に合致しない。あの魔女は自然界に存在しない蒼い薔薇のようなもの。頭から足先まで浮世離れした女なのだ。というかそもそもあれに学生服は色々な意味でキツ過ぎて──
「っ!!」
呟いたクロウの背筋に悪寒が走る。おかしい、こんな時間にはあの女も寝入っている筈だ。
「……帰るか」
重い頭を振って、彼は寮へ歩き出した。宵闇は街灯の光を浴びて、その輪郭を青色に溶かしている。
……半徹夜したせいか、その青が妙に目についたからだろう。
学生姿を想像できない魔女のことが、どうしてか頭から離れなかった。
*
早朝のトリスタ街道。澄んだ空気の中で、リィンはラウラと向き合っていた。特に用事がない限りは毎朝の恒例となった手合わせの時間だ。
振り下ろされる大剣をいなし、間合いの内側へ踏み込む。退避しようとするラウラより早く太刀を一閃。重心の定まっていない大剣を弾き飛ばした。滑るように後退するラウラは肩で息をしながら得物を構え直す。
そんなラウラと自身の手元を交互に眺めたリィンは、太刀を鞘に納めた。
「少し早いけど、今日はここまでにしよう」
「何を言うリィン、私はまだやれるぞ!」
「駄目だ。さっきから姿勢が崩れてるし、まるで集中できてないじゃないか。ここ最近あまり寝てないんじゃないか?」
「……!」
「明日には実習なんだ。今日は放課後の
「ま、待ってくれ! 流石にそれは!」
「今回のB班、君が抜ける訳にはいかないだろ。皆に迷惑かける気か?」
「……っ」
痛い部分を突かれたようにラウラは顔を歪ませた。厳しい物言いになってしまったが、B班唯一の前衛であるラウラはパーティの支柱である。実習には良いコンディションで当たってもらわなければ困るし、ラウラ本人も自身の不調を周囲に影響させることは望まないだろう。
寮までの道すがら、ラウラは一言も発さない。俯いて歩く姿を見かねたリィンは、彼女を公園のベンチまで促して座らせた。お互い水筒で喉を潤すと、リィンから切りだす。
「フィーとのこと、受け入れられないか?」
「……ああ。我ながら未熟なことだがな」
ブリキ人形の首を曲げるような、重々しい頷きだった。朝日に背を向けて陰った顔に自嘲的な笑みが浮かんでいる。
「彼女が悪人でないのは分かっているんだ。この前敗れたのも私の未熟によるものだと頭では理解している。それでも……報酬次第で悪行を成し、時に無辜の民すら戦いに巻き込む猟兵の在り方は、私の信じる剣の道とは相容れない」
必ずしもそうとは限らないが、猟兵は武装集団であり、求められるのは基本的に戦争やテロといった破壊行為だ。目的の為に平然と外道に走る彼らには、誇り高いラウラでなくても忌避感を抱くのが一般的な感性だろう。遊撃士協会を襲撃したジェスター猟兵団もそういった手合いの集団だった
「けど今のフィーはただの学生だよ。詳しい事情は知らないけど、彼女の所属していた猟兵団はもう解散してる。本人だって普段はあんな感じだしさ、決して暴力に訴えたりしない」
「……随分とあちらの肩を持つではないか」
ラウラが半眼でリィンを睨む。敵視……というより、少し拗ねている。尊敬できる剣友が自分の受け入れがたい相手を擁護している、というのが面白くない。
「ならばそなたはどう思う。猟兵の在り方を、そなたは良しとするのか?」
「……君の在り方がフィーに劣っているとは思わない。でもフィーも間違いじゃない」
問いかけに、リィンは素直な考えを述べる。毎日のように触れる太刀の柄を指先でなぞりながら、
「どこまでいっても剣は人やモノを傷つけるための道具で、剣術はその為の手段だ。これは活人剣と呼ばれるものだろうと変わらないと思ってる」
例えば、武門の名家ヴァンダール。代々皇族の守護役を務める彼らの剣術は、仕える主を守る盾となる為のものだ。だが守り続けるだけでは意味がない。究極の守護とは、主を脅かす敵を完全に排除する──即ち、敵を殺すことである。
その人物がどんなに高潔で崇高な目的があろうとも、戦いに武を持ち込むならば避けられぬ矛盾。自らの目的の為に傷つけ、殺すという大罪を犯すこと。武術家も、軍人も、猟兵も、凶手も、この一点から逃れることは出来ない。
「それは極論だ」
「勿論、流石に俺もこんなことを大っぴらに言うつもりはないさ。でも、老師が教えてくれたことの中でも強く覚えてることなんだ」
老師からそれを教えられたのは、師事しておよそ半年後、ようやく八つの型を覚え始めた頃だった。
『本来であれば最初に言っておくべきことじゃったが、お主の場合は藁にも縋る勢いじゃったからのう。ある程度落ち着いてからの方が良いと思うてな』
そして告げられた力の本質。剣術もまた暴力であり、お前が恐れる異能と同じもの。意志無き剣は容易く堕ちるのだと。
『……では、俺のやってることは意味がないのですか?』
『そうではない。武術とは結局のところ力を上手く制御する術じゃ。お主が自分の力を抑えたいのなら悪くない選択であろう』
じゃが、と一度言葉を切った老師は続ける。静かな語りは、しかし刃のように鋭くリィンを穿つ。
『お主が八葉を己の血肉とした上でその力に負けたのなら……待っておるのは惨劇じゃ。何せ獣が人殺しの術を覚えているようなもの。被害は素人の比ではあるまいて』
『……』
あの獣染みた力そのままに刀を振るう
『重要なのは剣を通じて形作る
『いきなり望みと言われましても……』
『何でも構わぬ。そもそも望みに貴賤はないし、
『……では、老師は何を望まれたのですか?』
『儂か? それはまあ、お主が見つけられたら話してやろうかの』
「──とまあ、こんな感じ」
鬼の力に関する部分は伏せて、リィンは思い出を語った。
「……父上も似たようなことを言っていたな。剣とは己の魂で振るうもの、だったか」
「もっともらしく語ったけど、俺も理解には程遠いよ。望むモノなんて未だにサッパリだ」
鬼の力を抑えるというのが当初の目的だったが、あの時老師が話していたのは『その先』なのだろうとリィンは考えている。他者を傷つけ、傷ついてでも望み求める己の願い。力の抱える矛盾を抱えてもなお進み続けるための原動力だ。
「老師の言葉を借りるなら、君が……俺達が知らなきゃいけないのは、フィーの望みなんじゃないかって思うんだ」
「望み……」
「普通に考えれば、あれくらいの歳の子が戦場になんか出ない。何か事情があるんだろう」
フィーの戦闘技能や判断力、思考の方向性は明らかに実戦で培われたものだ。だが世間一般的に考えれば、彼女の歳で猟兵の、それも実戦部隊に属してたというのは普通とはかけ離れている。
敢えて幼い年齢の子供に武器を持たせ兵士として編成する部隊を組織するところもあると聞くが、それとも違う気がした。彼女はトールズに入学できるほどに学があり、積極的ではないにしろきちんとコミュニケーションも取れている。園芸部でも上手くやれているのがその証拠。兵士として育てられたなら備わっていないはずの能力だ。
リィンとラウラが剣の道を歩いてきたように、フィーが猟兵として戦場を駆けてきた理由。それこそがきっと、理性と感情の間で板挟みになっているラウラの悩みを晴らす鍵になると信じている。
「フィーの事情とやらが、もし認められないものならどうする?」
「その時は仕方ないさ。せめて周りに広がらないようフォローするよ」
リィンの所感では仲良くなれそうな気はするが、これはあくまで当人たちの問題だ。踏み込み方を誤り拗れてしまえば、永続的なリンクブレイクに至ってしまうことも十分ありえる。ARCUSを運用する特科クラスとしては最悪の結末だ。彼女の経歴に小さくない傷がつく可能性も考えれば、まだギリギリ戦術リンクが機能する現状を維持してベストではなくともベターだろう。時間が経つことで許容できることもあるかもしれない。
それでも、ラウラ・S・アルゼイドはそういった真似ができない人間だ。
「……そう、だな。確かに目を逸らしたままではいられない」
ため息は変わらず重かったが、手足には力が入った。燻っているなどらしくない。障害には真っ向から立ち向かうのが自分だろうと己を奮い立たせる。
「やる気のところ悪いけど、ちゃんと休みは取ってくれよ?」
「む、言われずとも分かっている。今は実習に集中する時だ」
水を差されたようで若干拗ねていたが、ラウラの顔色は回復していた。後は本人の心持ち次第だろう。
寮に戻ろうとベンチから立ち上がった時、頬にラウラの視線が刺さった。透き通るようなアンバーの瞳には複雑な感情が浮かんでいる。
「俺の顔に何か付いてるのか?」
「ああいや、すまぬ。……少し悔しいのだ。同い年だというのに、剣のみならず器の大きさでも差を見せつけられるとどうにも、な。我ながら未熟も甚だしい」
「別にそんなことはないと思うんだが。四月なんて寧ろ喝をいれてもらったんだし」
「あれも元はと言えば私の狭量のせいであろう。いつかガイウスやそなたのように、常に泰然と構えられるようになれたらいいと思うよ」
「……」
言い終えたラウラは先んじて寮の扉を開く。後に続くリィンは、彼女に聞こえないよう小さく呟いた。
「……それは違うよ、ラウラ」
自分のそれは泰然ではなく諦観。
多くの在り方を受け入れているように見えるのは、その実多くを諦めているからに過ぎない。
誇り高くあろうとするラウラの姿も、戦場で生き抜いてきたフィーの強かさも。リィンにとっては人間らしい強さとして等しく眩しいものとして映っている。同時に、いつ獣に堕ちるかも知れない自分には分不相応なものだとも。
山肌から完全に顔を出した太陽が、世界を光に包んでいく。空は青く澄み渡った清々しい朝だ。
柔らかい陽光は、しかしリィンの影にまでは届かない。