灰と焔の御伽噺   作:カヤヒコ

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年末滑り込み投稿。絶海突破してたり今日まで仕事してたりで遅くなりまして申し訳ないです。


春風薫る

 

 

 4月17日、土曜日。トールズ士官学院に新入生が入学してから3週間が経った。新入生を暖かく迎え入れたライノの花が散り始める時期。1年生でもいよいよカリキュラムが本格化し、一部悲鳴を上げる生徒が出始める時期である。

 

「……さて、そろそろ出ましょうか」

 

 袖を通すことへの違和感も大分薄れた赤い制服を身に纏い、エマは自室を出る。階段を下りて玄関に差し掛かったところで、背後から声を掛けられた。

 

「あら、エマも今から行くの?」

 

「アリサさん。おはようございます」

 

「ええ、おはよう」

 

 そう言って微笑む姿が大変絵になる金髪の少女は、足を止めてエマをじっと観察する。紅耀石のような紅い瞳が、意外そうに丸くなっている。

 

「どこか変でしょうか?」

 

「ああ、ごめんなさい。そういう訳じゃないの。……前から思ってたけど、エマって登校時間日によってバラバラよね。昨日なんて一番に教室いたじゃない」

 

「あ、あはは。昨日はちょっと用事があって早めに出たんです」

 

 用事というのは主に魔女関連のあれこれであり、昨日の朝はセリーヌと旧校舎のことで色々と話していたのだ。

 

 実を言うとエマの起床時間は日によって違っている。その理由は魔女の修行にあった。

 

 トリスタに来てからも魔女の修行を欠かしていないエマだが、里と違い人目につく場所で魔術を行使する訳にもいかない。必然的に、他人に見られる可能性が少ない深夜か早朝に限られる。また秘術によっては時間帯が鍵になるものも少なくない。しかし魔力を回復させるには十分な睡眠時間の確保は必須であり、そういった時間管理が出来なくては魔女は務まらない、というのをかつて祖母から教わった。因みにその祖母は明らかに必要以上の時間惰眠を貪っていたりする。人間の常識が祖母には当てはまらないとはいえ、流石に理不尽に思ったエマだった。

 

 登校の誘いを快諾してから少しの間立ち話をしていると、今度はリィンとエリオットが階段を降りてきた。

 

「おはようエマ、アリサ」

 

「2人とも、おはようございます」

 

「……っ」

 

 リィンの姿に目に見えて動揺するアリサ。後ずさる彼女の袖口を掴み、エマは耳打ちする。

 

「(ほら、アリサさん)」

 

「(う……分かってる、けど)」

 

「アリサ?」

 

 妙にそわそわしているアリサにリィンが声を掛けると、少女の挙動不審具合が加速した。忙しなく視線を右往左往させた後、何かを堪える様に俯き――――意を決したように顔を上げ、

 

「わ、私行くから!! 貴方たちも遅れないようにしなさいよね!!」

 

 真っ赤な顔で叫んでから寮を飛び出していった。その背中を見送ったリィンとエリオットは呆然として、エマは苦笑する。

 

「すみません。色々手は尽くしてるんですけど」

 

「……いや、エマが謝ることじゃない。本来俺が何とかしなきゃいけない問題なんだし。……アリサと一緒に行くんだろ?」

 

「ええ。先に行ってます。エリオットさんもまた教室で」

 

「うん。委員長も後でね」

 

そう言ったエマは駆け足でアリサを追い、公園を過ぎた辺りで追いついた。寮を飛び出した直後の力強い足取りは一転、明らかに気落ちした様子でとぼとぼ歩いている。

 

「今回も駄目でしたね」

 

「う……ごめんなさい。協力してくれてるのに」

 

 ――入学式から2週間、リィンとアリサの溝は未だに埋まらぬままであった。

 

 アリサとてあの接触事故が自分を庇ってのものだったのは承知しているし、手を出したのがやり過ぎだったことも解っている。後は謝って仲直りすれば良いだけの話だが、この少女肝心なところで素直になれず照れてしまい。リィンもリィンで嫌われてると本気で思っている癖に、アリサが困っている時にはさりげなくフォローするので始末が悪い。当初の予想を越えて長引く2人に、見かねたエマが仲立ちを買って出た。といっても2人は決して険悪ではなく、元々アリサも歩み寄ろうと努力はしていたので、アドバイスする程度だが。

 

 

 学院まで続く一本道。爽やかな朝を並んで歩く。

 

「それにしても、トールズのカリキュラムがこんなにハードだとは思わなかったわ。武術教練は覚悟してたけど、芸術関係も結構力入ってるわよね」

 

「文武両道は帝国の伝統ですからね。皇族の方も通われる名門ですから、その辺りも厳しいんでしょう。実際体験してみると尚更です」

 

「とか何とか言って、貴女特に苦労してる感じでもなさそうじゃない。流石主席なだけあるわ」

 

「アリサさんのお陰ですよ。導力学については本当に助かってます」

 

「それはお互い様。私の方こそ、古典や帝国史はエマに頼りきりだもの」

 

 得意科目と苦手科目が見事に噛み合った2人は、互いに分からない部分を教え合う仲になっていた。そこに時々ラウラが加わったり、エマがフィーを連れてきたりする。

 フィーも態度こそ素っ気ないが、訊かれたことには答えてくれる。コミュニケーション能力が低いというより、単に面倒臭がりなだけなのだ。……時々物騒なことを口にして空気を凍らせるが。男子とは違い、Ⅶ組の女子達の関係は良好であった。

 

 

 そうこうしてる内に校門にたどり着き、程無くして予鈴が鳴った。

 

 今日もまた一日、気を抜けば置いていかれるハードな授業が始まる。

 

 

 

 特に何事もなくーー強いて言うなら帝国史の授業中、リィンとアリサの間で微笑ましいやり取りはあったがーー放課後。ホームルームにてサラ教官から話があった。

 

「アリサさんとラウラさんは、明日の自由行動日どうしますか?」

 

 

「私はクラブ活動の見学に行くつもりよ。ラクロス部っていうのが気になってるのよね。貴女達は?」

 

「文化系の部活を一通り回ってみるつもりです」

 

「私は修練棟(ギムナジウム)に行こうと思う」

 

「あ、ひょっとしてフェンシング部?」

 

「そちらも興味はあるが……既に別の武術を修めている身。両立できるほど器用ではないからな。それに見聞を広める意味でも、武術以外のクラブ活動を考えているのだ」

 

「となると、水泳部ですか」

 

 2人は水泳部に入ったラウラの姿を想像する。長身で均衡の取れたスタイルのラウラは競泳水着も良く似合うだろう。泳ぐ姿も間違いなく格好良い。

 

 

 別行動する2人と別れ、エマは屋上へ足を運ぶ。

 

 屋上は無人で、地上の喧騒が耳に届いている。風で舞い上がったのだろう。散ったライノの花びらが、無機質な床を彩っていた。

 

 少しの間、欄干に身を預けて夕暮れの街並みを眺めていた。

 

 下校する、或いはクラブ活動に勤しむ学生。夕飯の買い物に出かける女性。店閉まいの準備に取り掛かる店主達。彼らにとってはごくありふれた、エマにとっては新鮮な日々の一幕。

 

 里の住人で外の世界と頻繫に行き来するのはユークレスくらいで、他の大人達の仕事は里の中で完結するものがほとんどだ。必然的に生活のサイクルは固定され、各々の行動パターンも里の人間全員が把握している。

 

 リィンと共に帝国各地を歩き、こうして一人暮らしをしてみて、故郷の印象は随分と変わったように思う。

 

 次元の狭間という隔離された地。里全体に広がるエリンの花の香り。数百年に渡り続いてきた慣習。

 

 里の生活を不満に思ったことはないが、あそこは良くも悪くも閉じている。満ち足りたままどこにも行かないとは、淀んでいるのと同じことだ。

 

「姉さんは、嫌だったのかな」

 

 天賦の才に恵まれ、歴代でも指折りの魔女になることを確実視されていながら、突如として里を出奔した家族のことを考える。自分では足下にも及ばない姉をただ純粋に慕っていたが、彼女の心の内はどうだったのか。先人達の期待に応えるまま魔術の腕を磨き続ける日々は、ひょっとしたらひどく退屈なものだったのかもしれない。

「どうしたのよ?」

 

 聞き慣れた声に振り返る。使い魔――エマにとっては家族の一員のセリーヌが、首を傾げて近づいてきた。屋上にやって来たのは、こうして人目に付かない場所で話をするためだった。

 

「ちょっと姉さんのこと考えてたの。今どこで何してるんだろうって」

 

「あの女のことだし、馬鹿な男相手に貢がせて悠々自適に過ごしてるんじゃない? 顔と声はいいからね」

 

「……まあやろうと思えば出来るでしょうけど、姉さんの趣味じゃないと思う」

 

「それもそっか。案外、アタシ達の近くで普通に働いてたりしてね」

 

「あはは、流石にそれはないと思うけど」

 

 魔女はその存在を世間に秘匿するもの。こんな帝都の近くという目立つ場所にいる筈がないし、身分を偽っていても流石に気付く。姉ならば隠匿の魔術で誤魔化せるかもしれないが、そこまでして市井に溶け込む理由が思い浮かばなかった。

 

「それで、明日はどうするの? いい加減旧校舎を調べておきたいけど」

 

 本来ガーゴイルがいるはずだった第1層最深部に現れた魔煌兵。数の有利とARCUSの力があって辛うじて勝利することができたが、アレは本来第4層で用意された試しの門番だったはずだ。これまでは外から旧校舎を外から観察するだけに留まっていたが、異常らしきものは発見できていない。解明するには直接中を調べてみるほかないだろう。

 

「そうね……サラ教官に許可を取ってみるわ」

 

 サラ教官にそれとなく訊ねてみたが、旧校舎の鍵は学院が管理しているらしい。

過去に学生たちの腕試しに使われていたそうなので、それを理由に交渉してみるつもりだった。いざとなれば魔術で解錠が可能だが、バレてしまった場合に立ち入り禁止にされるリスクを鑑みると出来れば控えておきたかった。

 

「問題は、前と同じことが起こった場合なのよね。流石にⅦ組の皆さん全員が行くとは思わないし」

 

「他の奴には気づかれないようにアタシも入るわよ。いざってときは転移の用意をしておくわ」

 

 何にせよ、旧校舎を調べるにはリィンの協力が必須。丁度よく鳴った下校時間を告げる鐘に背を押されるようにして、エマは家路を急ぐのだった。

 

 

「生徒会の手伝い、ですか?」

 

「ああ。部活も決まってないし、別にいいかなって」

 

 そうして夜。寮の談話スペースで、エマはリィンから明日の予定を聞いていた。入学式の日に校門で荷物を預けた可愛らしい先輩が実は生徒会長で、彼女たちが処理しきれない仕事を依頼として回してもらうことになったらしい。

 

「適任だとは思いますけど……」

 

Ⅶ組に向けての依頼ということだが、目の前の超がつく程のお人よしに働きかけたサラ教官の判断は的確だろう。暇があれば魔女達の手伝いに奔走していた彼の姿は、里ではお馴染みの光景だった。会長だけに話を通していたりと手法が半分詐欺染みていた辺り、雑なのか丁寧なのかよくわからない人だが。

 

「でしたら私もお手伝いします。依頼の内容は明日ポストに投函されるんですよね?」

 

「でもエマは部活の見学に行くんだろ?」

 

「お昼までには終わるでしょうし、それからなら問題ありません。別にリィンさんだけでやれとも言われていませんよね?」

 

「いやでも、最初だしまずは俺1人で……」

 

「駄目です。リィンさんは放っておくとすぐ自分の用事を後回しにするんですから。エリゼちゃんからも無理させないよう頼まれてますし、依頼は一度私に見せてください」

 

「う……了解。というかエリゼ、いつの間にエマとそんな話を」

 

 妹の名前を出されては拒否するわけにもいかず、リィンは項垂れる。ちょっと可哀想になるが、ここは心を鬼にする。自己犠牲の考えが強すぎるこの男にはこのくらい言っておかないと聞かないのだ。

 

「っと、こんな時間か。皆のところに行かないと」

 

「会長から渡された生徒手帳があるんですよね? 一応委員長ですし、私から渡しましょうか?」

 

 エマはⅦ組の学級委員長の役職を拝命していた。彼女本人にその気はなかったが、今年度主席入学の実績とオリエンテーションで見せた指揮を理由にアリサが推薦し、サラ教官含め賛成一色。そういうことならと本人も納得した形だ。

 

 寧ろ副委員長を決めるときの方が揉めた。次席入学を理由に推挙されたマキアスをユーシスが皮肉り、二人の間で口論になったからだ。帝都知事と四大名門の一角たる公爵家の息子。近年の『革新派』と『貴族派』の対立の縮図とでもいうべき両者の関係は、未だ改善の兆しは見えない。

 

「いや、折角だし自分でやるよ。皆と話す良い機会だからな」

 

「……そういうことでしたら。あ、部屋に入るときはくれぐれもノックと断りを忘れないでくださいね。特に女子の皆さんには」

 

「それくらい分かってるから! というかなんで女子の方は念押ししたんだ!?」

 

「リィンさんの間の悪さはよーく理解していますので」

 

 にっこり笑顔なエマの信頼が痛い。やや釈然としない気持ちを抱いたまま、リィンは階段を上がって行った。

 

 それを見送って、エマはポツリと呟く。

 

「重心、ですか」

 

 リィンが帰りがけにサラ教官から言われた言葉。中心ではなく、重心――全体のバランス取りを担う存在。ユーシスとマキアスに限らず皆異なる価値観を有するⅦ組で、その役割がどれほど困難かは言うまでもない。

 

(それでも、リィンさんならもしかしたら――)

 

 オリエンテーションでARCUSを通じて感じた、あの心地よい『熱』を思い出す。アレを確かなものに出来たのなら、それは超常の力たる魔導をも超える何かになるかもしれない。4年前、姉の背中を追うことだけを考えていた自分を、リィンが変えてくれたように。

 

 

 彼とⅦ組、そして帝国がどのような道を辿るのか。その先を見極め、彼の支えになろう。

 

 導き手たる魔女として。掛け替えのない友人として。互いの目的の為に協力し合うパートナーとして。

 

 

 決意を新たにしたエマがふと顔を上げれば、窓から見える星空。

 

 

 始まりの春。散り散りの星が放つ光は、まだ淡く儚い。

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