灰と焔の御伽噺   作:カヤヒコ

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原作とあまり差異がない部分はバッサリカットしていこうと思います。書きたい場面までにモチベーションが尽きないようにしたいので、どうかご理解ください。


大市へ

 

 小鳥の囀りが心地よい朝の6時過ぎ。登校には早すぎる早朝に、制服姿のリィンは寮の1階でアリサを発見した。

 

「おはようリィン。早いのね」

 

「おはようアリサ。いつも5時くらいには起きて剣の鍛錬をしてるからな」

 

「……そういえばラウラも朝食前にやってるって言ってたね。鍛錬ってどんなことするの?」

 

「基本的には素振りや型の確認、あとは筋トレかな。あまり時間もないし、ハードな修業は授業に差し障るから」

 

 朝の挨拶を交わす少女との間に先週までのギクシャクした雰囲気はない。自由行動日に仲直りして以来、席が隣なのもあってよく話す仲になっていた。傍から見れば急接近しているように見える2人はフィーやサラからよく揶揄されてアリサは過剰反応していたが、そちらも今は落ち着いている。

 

 話しているとエリオットとラウラもやって来て、4人は寮を出た。向かう先はトリスタ駅、その鉄路の先にある交易町ケルディックだ。

 

「それにしても、まさか泊まり込みの実習なんてね。いきなりでびっくりしちゃったよ」

 

「全くよ……。急に言われてもすぐ準備出来る訳じゃないのに」

 

 

 特別実習。

 

 先日行われた実技テストで発表されたⅦ組独自のカリキュラム。リィン達は2班に分かれて帝国各地に赴き、現地で様々な課題をこなすことになるらしい。期間は1泊2日。告知を受けてから今日までわずか3日で宿泊の準備までしなくてはならず、夜の第三学生寮(特に3階)はいつになく慌ただしかった。

 

 閑静な朝の街並みを新鮮な気分で歩く。普段のアリサとエリオットにとってはまだ寝ている時間帯であり、リィンやラウラも鍛錬は寮の裏手で行っているので表を見る機会は少ない。途中の公園では、青いリボンを付けた黒猫が自分の後を付いてくる猫たちを追い払っていた。

 

 駅は寮からそう離れていないため、すぐに到着する。そのまま入口に入ろうとした矢先、自由行動日に依頼で赴いたトリスタ放送局の扉が開き、1人の女性が顔を姿を見せた。

 

 老若男女の目を惹きつける美貌。華奢な体躯を包む簡素なシャツとジャケットは、豊満なスタイルを逆に際立たせている。徹夜明けなのか少し呆けたような表情も、その無防備さが彼女をより魅力的に見せることだろう。

 

 思わず視線が吸い寄せられる4人だが特に知り合いでもなく、女性は真っすぐに前を見て歩いている。会話もなくすれ違い、男子にとってはちょっとした幸運となるはずだった。

 

 波打つ長い黒髪から流れたラベンダーの香りに、リィンの嗅覚が気づかなければ。

 

「――――え?」

 

 リィンが振り返ると、何故か女性も足を止めてこちらを見ていた。目線が合うと、女性はコケティッシュな笑みを浮かべて話しかけてくる。

 

「ふふ、おはようございます。その赤い制服、トールズに新しくできたクラスの人たちよね?」

 

「は、はい。俺達の事をご存じなんですね」

 

「これでもラジオ番組のパーソナリティを務めている身でね。情報収集は欠かさないの。折角だし、貴方たちのこともラジオの話題に出してみてもいいかしら?」

 

「それは自分達では何とも……あれ? その声もしかして、アーベントタイムの」

 

「あら、聞いてくれてたんだ。初放送だったけど気に入ってもらえた?」

 

「はい。とても聞きやすかったです。これからも楽しみにしていますから、どうか頑張ってください」

 

「それはどうも。今後とも御贔屓にしてくれると嬉しいわ」

 

 ミスティよ、と自己紹介と共に差し出された、白く滑らかな手を握る。距離が近づいたことでラベンダーの香りは更に強くなった。握手を交わす裏で、リィンは馴染みのある香りの正体を脳内で検索していた。

 

(そうだ。これは間違いなく、エリンの花の匂い……!)

 

 リィンが知る限り、エリンの花が咲いているのはイストミア大森林を含めた里の近辺のみ。偶然似た成分の香水を使っているだけの可能性もあるが、そうでなければミスティの出自は限られる。まだ出会ったことのない在野の魔女か、そうでなければエマの――――

 

「……貴女は、ひょっとして魔――」

 

 背後のクラスメイトの存在も忘れ、逸る心に押されて問いかけようとして、

 

 

『悪いけど、ちょっと早すぎるわね』

 

 ―――朝の日差しに、目が眩んだ。

 

 

「大丈夫?」

 

「え……?」

 

 気付けば、心配そうにこちらを覗き込むミスティの顔があった。

 

「ボーっとしてるみたいだけど、もしかしてまだ寝惚けてるのかしら」

 

 クスクスと可笑しそうに笑う美女。眼前の整った容姿を前にしても疑問が増すばかりだ。訊ねようとした事柄が、まるで靄がかかったように思い出せない。

 

「……いえ、なんでもありません。お疲れのところを引き留めてしまってすみませんでした」

 

「ううん、寧ろ良い気分転換になったわ。実習頑張ってね」

 

 またお話ししましょ、と言い残してミスティはキルシェに向けて歩いて行った。遠ざかる背中をしばらく眺めていたリィンは拭いきれない違和感を飲み込んで、駅の方向へ踵を返し、

 

「…………楽しそうだったわね?」

 

「ふむ……」

 

「あはは……美人さんだったからね」

 

 三者三様のクラスメイトと視線がかち合う。

 

 特別実習1日目の朝は、初対面の美女を口説こうとしたという誤解を解く所からスタートした。

 

「ふう……徹夜明けとはいえ、ちょっと気が抜けてたわね」

 

 赤い背中が駅に入っていくのを見送って、ミスティはポツリと呟いた。

 

「婆様が認めてるから心配はしてなかったけど……うん。鋭いところもあるし、あの子も良い子を見つけたじゃない」

 

 『彼』と同じく、避けられぬ結末――昏き終焉の御伽噺をすり替えるための重要なピース。今はまだ決意を固めていないようだが、順当にいけば灰を担うことになるだろう。初対面で正体を察せられたのは予想外だったが、起動者ならばそれくらいの方が良い。性格は好青年そのもので、パートナーとしてもぴったりだと思う。これが妹を騙して騎神を掠め取ろうとするような輩なら、秘密裏に排除していたかもしれないが。

 

 肩に降り立った青い小鳥の頭を撫でながら、ミスティは――稀代の魔女、ヴィータ・クロチルダは囁く。

 

「分かってるわグリアノス。計画も次の段階に進めないとね」

 

 

 

 駅に入ると、B班が構内で先に列車を待っていた。

 

「……リィンさん、何があったんですか? 疲れてるみたいですけど」

 

「いや、何でもないよ」

 

「初対面の女の人と楽しそうに話してただけよ。向こうも悪い気はしてなさそうだったわよね?」

 

「だから誤解だって! ラジオで声を聴いたことがあったから、応援してますって言っただけだろう」

 

「ふん、どうだか」

 

「は、はあ……ラジオ番組ですか」 

 

 ミスティに対して気になっていたことは他にもあったはずなのだが、何なのか一向に思い出せない。先の弁明ではそこで言葉に詰まったことで疑念を深めていまい、アリサからの印象が入学式時点まで逆戻りしつつあるリィンである。

 

 

「そっちの班……あの2人はどうなんだ?」

 

「……あんな感じです」

 

 エマが指差す方向を向けば、そこには予想通りの光景が繰り広げられていた。

 

 マキアスとユーシス。アリサとリィンの問題が解消した今、Ⅶ組に残るもう一方の火種である2人は互いに背中を向けていた。態度だけで互いを拒絶している様子に、エマも手の打ちようがないらしい。恐らく折衝役に収まるであろう彼女のことを考え、リィンは少しだけお節介を焼くことにした。ユーシス達に近づいて話しかける。

 

「2人とも少しいいか? 出発前に一言だけ言っておこうと思ってさ」

 

「っ、誰が貴族の言うことなど聞くものか!」

 

「……見ての通り、そこの男と仲良くしろなどという寝言には頷けんが」

 

「……まあ、そこは無理にとは言わないさ。人間譲れない部分はあるだろうし。ただ忠告だけはさせてくれ」

 

「忠告?」

 

「ああ」

 

 リィンはそこで声を潜め、手招きをする。あからさまな動作で少し気になったのか、2人が耳を傾けた。

 

 背後でフィーと話しているエマに目をやって、リィンは真顔になった。

 

「……悪いことは言わない。くれぐれも、エマを怒らせるなよ」

 

 ズシリとした、岩のような重さを伴った発言だった。聞いていた2人が互いへの嫌悪を一瞬忘れて目を合わせ、認識の共有をしようとするほどに。

 

「それはどういう……?」

 

「……今の俺が言えるのはここまでだ。とにかく、トラブルは起こさないでくれ」

 

 多くは語らずリィンはその場を離れた。入れ替わるように近づいてきたエマに冷たい汗が流れるが、聞かれてはいなかったらしい。手に持っていたバスケットを掲げ、リィンに差し出した。中身は蓋がされていて見えないが、そこから香る匂いには覚えがあり、リィンは中身が何なのかを察する。

 

「これ、渡しておきますね。A班の皆さんにも分けてあげてください」

 

「これどうやって用意したんだ? 里じゃないと作れないはずじゃ」

 

「里から少しだけ持ち込んできましたし、他の材料でも代用は可能なんです。2日間ならそれだけあれば十分でしょうから、惜しみなく使ってくださいね」

 

「……ありがとう。いつも助かるよ」

 

「ふふ、どういたしまして。今回は側にいられませんから、このくらいは」

 

 寮のすぐ前に居を構えるハリソン、ハンナ夫妻が朝に玄関前で繰り広げるお熱い光景と似た空気を醸し出すリィンとエマに様々な視線が寄せられるが、ちょうど列車の到来を告げるアナウンスが響き渡った。B班が列車に乗り込んで程なくケルディック行きの列車もやって来て、A班もホームに向かうため駅員に切符を差し出した。

 

「それでは、自分たちも行ってきます」

 

「はい、切符も問題ないわね。……彼女さんと離れるのは辛いでしょうけど、会えない時間が愛を育むとも言うわ。帰ってきたらしっかりと2人の時間を作ってあげなさい」

 

「?」

 

 

「へぇ……ここがケルディックかぁ……」

 

 行き交う人々を眺めて、エリオットが感嘆の声を上げる。トリスタから一時間足らずの少し物足りない旅路を経て、A班はケルディックの町に降り立った。

 

 広大な穀倉地帯の中心に位置するこの町は、豊富な農産物によって古くからクロイツェン州の台所を務めている。更には大陸横断鉄道の中継駅も置かれたことで、帝国東部における交通の要所としての役割も担うようになった。結果人と物の流れは加速し、ケルディックは帝国内外から商人が訪れる一大マーケットへと成長した。その象徴とも言えるのが、広場にて毎週開かれる大市である。

 

「町の雰囲気はのどかだけど、活気があるよね」

 

「服装を見る限り、共和国の者と思しき者もいるようだ。話には聞いていたが本当に国外からも来るのだな」

 

「帝国最寄りのアルタイル市から鉄道一本で繋がっているからな。空港のあるバリアハートからもそう遠くないし、交通の便が良いのは大きい」

 

「むむ……やっぱりウチとは客層が大分違うわね」

 

「ウチ……? アリサの実家は商家なのか?」

 

「!! そ、そんなところよアハハ……。それより宿に荷物を置きに行きましょう」

 

「アリサの言う通り早く行くわよ。ここのライ麦ビール楽しみにしてたのよねー」

 

「……こっちについてきたのって、ひょっとしなくてもそれが目的ですか」

 

 中世の色を残す木造の町並みを進み、サラを含む5人は指定された宿酒場《風見鶏》へ。全員同室という部屋割りでひと悶着あったり、着いて早々一杯やっている教官を白い目で眺めたりしつつ、リィン達は封書の中身を検めた。

 

「魔獣退治に導力灯の交換、薬草の調達か」

 

「……なるほど」

 

「リィン?」

 

 課題を確認していると、リィンが得心がいったように頷いた。

 

「いや、この特別実習の意図が少し分かった気がしたんだ」

 

「意図って、どういうこと?」

 

「この課題、自由行動日にやっていた依頼と内容が似ているんだ。ついでに言えば、多分遊撃士の仕事内容に近い」

 

「……言われてみれば確かに。トヴァル殿から聞いたことがあるな」

 

「……え、トヴァルさんと知り合いなのか?」

 

「我が領地のレグラムに遊撃士協会があって懇意にさせてもらっている。そなたこそあの御仁を知っているとは驚きだな。ユミルに支部があるという話は聞いたことがないが……」

 

「旅先で偶々ね。ちょっとした事件があって、そこで助けてもらったことがあるんだ」

 

「ほう、それは興味深そうな話だ」

 

「ちょ、ちょっと。その人が誰かは知らないけど、まずは課題を最後まで見ましょう」

 

 思わぬ共通の知り合いに、リィンとラウラは顔を見合わせる。置いてけぼりにされて面白くなさそうなアリサが話を戻した。

 

 

 活動を開始したリィン達はひとまずケルディックを回り、薬草の調達と導力灯の交換について依頼主から話を聞いた。手配魔獣も含む全ての課題が街道に出る必要があると分かり、領邦軍の警備を横目に街道へ出る。遠目に見えるいくつかの異形のシルエットに、エリオットが憂鬱な声を漏らした。

 

「予想はしてたけど、街道にも魔獣はいるんだよね……」

 

「まだ昼前で導力灯も機能はしてるはずだけど……壊れてる灯の近くとか大丈夫かしら」

 

「余裕があれば手配魔獣以外も退治しておくとしようか」

 

「……そう、だな。街道を歩く人たちの邪魔になるかもしれないし」

 

 やや歯切れの悪い同意。気づけば鞘を握る手に力が籠っていた。少しだけ刀身を外に晒して見てみれば、不安げな眼差しが反射して自分を覗いている。

 

「……大丈夫だ」

 

 誰にも聞こえないように言い聞かせ、リィンは前を行く班員の後に続いた。

 

 

 

 その後何事もなく全ての課題を片付けたリィン達は、夕方にケルディックへ戻った。同級生であるベッキーの父親から頼まれたタイムセールの手伝いもどうにかこなし、《風見鶏》で新鮮な野菜をふんだんに使った夕食に舌鼓を打つ。満足のいく料理の余韻に浸りつつ、今は食後のお茶の時間なのだが、

 

「おお……これは独特な風味だな」

 

「紅茶とは違うけど中々おいしいじゃない」

 

「うーん……なんだか胃が楽になる気がするよ」

 

「気に入ってもらえたなら良かった」

 

 一息つく面々にリィンが破顔する。彼らが口にしているお茶は《風見鶏》のものではなく、リィンが振舞ったものだ。正確には、駅のホームでエマがリィンに渡したバスケットの中身の一つである。

 

 魔女は薬草の知識も豊富だ。元々は魔術の材料の為に研鑽されてきたものだが、その副産物は次第に日々の生活にも活かされるようになったらしい。今出した茶葉は疲労回復と消化促進の効能があり、味は東方の花茶に近い。

 

 エマも里一番の薬師のアウラや魔法料理を得意とするマゴット、そして『もう1人』の教えにより順当に腕を磨き、ローゼリアも関心する腕前に至っている。本人曰く細やかな作業が向いているのだとか。現在第三学生寮のリビングにそれとなく匂い袋を置けないか画策中らしい。

 

 穏やかな時間の中で、とりとめのない会話が続く。エリオットが切り出したⅦ組の設立と特別実習の疑問から始まり、やがてそれぞれのトールズへの志望理由に移った。

 

 ラウラは『目標としている人物に近づく』ため。アリサは『実家からの自立』。エリオットは音楽系の進路を親に反対されて。

 

 そしてリィンは――――

 

「自分探し…………いや、理由探しかな」

 

「理由探し?」

 

「ああ。どうして剣を振るうのか。どうすれば自分を活かせるのか……目指すべき(・・)場所はあるのに、そこまでの道が分からない、というか」

 

「「??」」

 

「上手く説明できなくて済まない。とにかく、俺も進みたい道はイマイチ決まっていなくてさ」

 

「…………」

 

 

 そこで食後の時間は終わり、リィン達は今日のレポートを纏めるために部屋に戻ることに。溜息をつくエリオットに続きリィンも階段に足を掛けたところで、背後のラウラに呼び止められた。

 

「迷いもあったが、やはり訊いておこうと思う。そなたも気にはなっていただろうしな」

 

「それは……」

 

 今日の実習中、ラウラからの視線が鋭くなっていることをリィンも気づいていた。その理由が思い当たらず、内心困惑していた。

 

 

「――そなた、どうして本気を出さない?」

 

 真っ直ぐにこちらを見つめる瞳には、静かな怒りが灯っていた。

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