ラウラ・S・アルゼイドは、クロイツェン州のレグラムを代々治めるアルゼイド家の当主、ヴィクターの一人娘としてこの世に生を受けた。
帝国武術の二大流派の片翼と名高いアルゼイドの武練場には帝国各地から門下生が集い、父親のヴィクターも『光の剣匠』として帝国中にその名を轟かせる武人である。掛け声と剣戟の音を子守唄に過ごしてきたと言っても過言ではなく、そんな環境の中でラウラは当然のように剣を取る道を選び、天賦の才に恵まれた彼女は若くして中伝に至った。ヴィクターは娘だからと甘やかすような人物ではない。寧ろアルゼイドの名を継ぐ者だからこそ、日々の指導や昇段の見極めは人一倍苛烈を極めた。
それを間近で眺めてきた門下生達に、性別や身分でラウラを侮る者は一切いない。帝都で催された、男子も交えた武術大会で優勝したこともある。帝国における次世代の武の担い手としてラウラの実力は広く認められ、期待を寄せられていた。
ラウラ自身も外からの称賛に驕りも卑下もしていない。未だ道半ば、先を往く先達は多いのだ。この程度で満足できるはずがない。全力で、前を見て真っすぐに高みを目指す。芯の通った誇り高いラウラの生き方は、一振りの剣のようだった。
だから、だろうか。それとも『これ』も未熟故なのか。
「――そなた、どうして本気を出さない」
目の前の剣士を、認めることが出来ないのは。
*
「……どういうことだ?」
「今日のそなたの動きを見れば分かる。足運び、呼吸の取り方、太刀筋……いずれも先日の実技テストよりも拙い。手を抜いているのは明らかであろう」
「そんなつもりはないさ。コレが
「下手な謙遜は止めるが良い。そなた、私よりも強いだろう」
「……」
「父より聞いた東方剣術の集大成、よもやその程度ではあるまい」
「光の剣匠にそう言ってもらえるのは光栄だけど、それはあくまで老師や兄弟子達――先達への評価さ」
自分は違うのだと、卑下するリィンは俯きながら続けた。
「確かに縁あって老師から八葉を授けていただいたけど、俺は初伝止まりの未熟者だ。老師からもこれ以上は打ち止めって言われてる」
「それは、そなたが八葉の技を会得出来ぬからか?」
「それ以前の問題だ。俺の心は、八葉の名を背負えるほどに強くはないんだよ」
泰然自若。天衣無縫。リィンから見たユン・カーファイはそれらの言葉を体現しているような剣士であった。伝え聞く兄弟子達も、軍の司令官や高位遊撃士といった無辜の民を守る職に就いている。どれも強く揺るぎのない信念がなければ務まらない。魔女の助力がありながら未だ『畏れ』を克服出来ない自分とは、そもそもの土台が違うのだとリィンは思っていた。
「期待に応えられなくて済まない。でも、これが俺の限界なんだ」
彼らと同じ心の強さを有しているであろうラウラにそう言って、リィンは彼女の横を通り過ぎ――ようとして、腕を掴まれた。
「ラウラ?」
「……お互い慣れぬことをした上に明日も早い身だ。少し気が退けるが……」
逃がさないとばかりに、腕に力が籠められる。
「少し、私に付き合ってもらえるか?」
*
アリサとエリオットに外に出ると言い残して、2人が向かった先は宿の裏ではなくケルディックの外であった。街道から少し逸れ、導力灯の恩恵が辛うじて届く開けた場所だ。畑も農家の住まいもなく、魔獣もいない静かな夜。
そこに、剣戟の音が響いていた。
「はあああぁっ!!」
気合と共に、宙へ飛び上がったラウラは落下の勢いを乗せて大剣を振り下ろす。鉄砕刃と呼ばれる戦技はその名に相応しい威力を誇る。落下地点にいるリィンにはこれを防ぐ術はない。地を穿つ斬撃を右に避けて躱し、そのまま斬り掛かる。重い大剣は小回りが利かず、隙が大きい。技を繰り出した直後は特に無防備だ。
だがラウラもアルゼイド流中伝に至った練達者である。自らの武器の弱点など骨の髄まで理解していた。
勢いを殺さぬまま右足を一歩前に踏み出し、同時に大剣を手元に引く。刀身を担ぐようにして身体を回転させ、剣の腹でリィンの一刀を跳ね上げた。構えを直し、再び肉薄。空気を唸らせる横薙ぎをリィンは屈んで避け、
「シッ――――!」
すれ違いざまに、刃を返した太刀でラウラ――ではなく、彼女の持つ大剣の柄を叩く。衝撃によって剣筋に歪みが生じ、引きずられるようにラウラの大勢が崩れた。正しい力の伝達を阻害してしまえば取り回しの悪い武装は動きの足枷になる。
無防備な背中を晒したラウラにリィンは袈裟斬りを――――
「……っ!」
あと一歩のところで、リィンの剣筋が突如として鈍った。
ラウラの防御が間に合い、盾にした大剣が太刀を阻む。力づくで剣を押し返して距離を作った。リィンも逆らわず後方に退き、仕切り直しとなる。
3アージュ程の距離を保ちながら、ラウラは硬い声を放った。
「今ので3回。私が隙を晒したにも関わらず、そなたが狙わなかった回数だ」
「……」
「よもや剣士同士の仕合で、勝敗を決していない相手に躊躇する理由もあるまい」
今のリィンの剣筋はひどく不安定だ。剣を合わせるにつれて研ぎ澄まされていくが、時間が経つと失速する。というより、一定のラインに達するとリィンが自分で剣を止めてしまう。明らかに余力を残しているにも拘らず、剣先は震え呼吸は荒い。打ち合って感じるちぐはぐさは、まるで熱病に侵された者を相手にしているような感覚だ。
「ぐ……もう十分わかっただろう! これが俺の全力。君との実力差だ!!」
「それを判断するのは、少なくともこの勝負が決してからだ。先程からそなたは攻めること……いや、高揚することを避けているように見えるぞ」
心技体の内、欠けているのは体ではなく心だ。優れた武人に備わるとされる、刃を交えた相手を探る嗅覚。ラウラの持つ天性のソレは、リィンの『畏れ』を的確に嗅ぎ当てた。
「そなた、何を恐れている。……いや、何を堪えている?」
「っ、疾風!」
リィンが地を蹴って駆け出すが、踏み込みが甘い。タイミングを合わせて振るわれた大剣に弾き飛ばされる。
「地烈斬!」
剣に闘気を伝播させることで、遠距離まで届く斬撃を繰り出した。地面を転がって躱したリィンにラウラは間合いを詰めて、再度鉄砕刃を放つ。
ブレのない剣筋。月光を纏う鋼の剣は、咎人を処断する穢れなきギロチンのように。防御は不可能。立ち上がった直後で回避も間に合わない。10人中9人は、勝敗は決したと確信するであろう一撃。
だが、
「……これで初伝止まりだと? 冗談も大概にするが良い」
先の瞬間、回避が不可能と悟ったリィンは。掲げた太刀を大剣の刀身に沿わせて斬撃を受け流した。更にはその勢いを利用して自分の身体をコマのように回転させ、ラウラにカウンターを叩き込んだのだ。
それは身体の動きによって発生する力を無駄なく伝達させ、時には外からの力を取り込んで制御する技術。東方に於いては前者は寸勁、後者は化勁と呼ばれるソレは、東方剣術の集大成と呼ばれている八葉一刀流にも組み込まれていた。基礎となる八つの型の一つ、壱の型≪螺旋撃≫である。
当然ながら誰にでも出来る芸当ではない。相手の剣筋を瞬時に見極める判断力。一切の無駄なく、それでいて機械のように精密な動作を可能にする身体操作技術。何より脅威を前にして受け身にならず、冷静に反撃を選択できる胆力。得物や流派の違いを考慮しても、ラウラには未だ届かぬ領域だ。
増して今のリィンは明らかに本調子ではない。これでもし、彼が万全ならば。積極的にこちらを打ち倒す気であったならば、ラウラはとっくに敗れている。その事実が、どうしようもなく彼女のプライドを逆撫でする。
「そなたが何を抱えているのかは知らぬ。だがそれだけの腕を持ちながら、何故そんなにも己の剣を貶めている?」
形こそ訊ねている風だが、実際は糾弾。鋭い視線は最早殺気だ。剣呑な空気の中、リィンはそんなラウラを警戒しつつも、左手を胸に当てて視線を落とした。
この期に及んで、リィンは目の前にいる自分ではない誰かを見ている。
ラウラの視界に、火花が散った。
「答えよ!! リィン・シュバルツァー!!」
頭に血が上っているのを自覚しながら、それでも憤りを抑えられずに叫んでいた。
周囲から才を評され、父という最高の師にも恵まれて、子爵家としてのしがらみも少なく邁進してきた剣の道。唯一彼女に足りないものがあるとすれば、それは剣士として互いに高めあうことのできる好敵手の存在だったのだろう。近い位置としてユーシスがいるのだが、彼はどちらかというと貴族の義務の一環として剣術を収めており、ラウラとは方向性が違う。
そんな中で出会ったのだ。父が絶賛する八葉を受け継ぐ同年代の剣士と。心の奥底でずっと求めてきた、遥か先を往く先達ではない、自分の一歩先を歩く切磋琢磨し合える存在を。
だからこそラウラには許せない。そんな彼が自身を卑下し、清廉な太刀筋を鈍らせていることが。自分はこんなにもリィンを意識しているのに、彼に対等な剣士として見られていないことが。……彼に何らかの事情があると理解していながら、納得できずにこうして感情を荒げている自分の未熟が。
「そなたの剣は! そなたの歩む剣の道は! その程度なのか!!」
輝く光をたなびかせ、青髪の剣士は彗星のように疾駆する。光の刃を打ちこまれたリィンは体勢を大きく崩し、返す刃で太刀が弾かれる。痺れる腕でどうにか太刀を手放すことだけは避けたリィンだが、そこまでだ。
三撃目。真上からの振り下ろしが、無防備なリィンへ迫る。
*
空高く舞った太刀が、雪原に突き刺さる。
「……ここまで、じゃな」
蹲るリィンを見下ろして、老人はそう言って刃を収めた。
東方風の簡素な衣装を纏った、どこにでもいるような好好爺然としたこの男性こそが、リィンの師にして八葉一刀流の開祖ユン・カーフィ。肉体の全盛期はとうに過ぎた身なれど、間違いなく大陸最高峰の剣士の一人。
「リィンよ」
「はい」
老師の呼び掛けに、リィンは痛みを堪えて身体を起こした。
ここはリィンの故郷ユミルの渓谷道。そして今日は4年に及ぶ修行の集大成。八葉一刀流の初伝の試しの日であった。
老師から「儂に一太刀入れてみよ」と言い渡され、全力で挑んだリィン。結局ただの一撃も当てることが出来ず、無様に地面を転がる羽目になった。半人前のリィンから見ても分かる程に手加減された上でのこの体たらく。自らの不甲斐なさに泣きたくなるが、ひとまず頭を垂れて老師からの言葉を待つ。
「お主に八葉一刀流の初伝を授ける。これを受けとるが良い」
「……え!?」
驚いて顔を上げたリィンに、老師は初伝の目録とおぼしき巻物を投げ渡してきた。叱責、或いは落胆されるものとばかり思っていたリィンは思わず声を上げる。
「お、お待ちください老師! 自分は貴方に一太刀も入れてはいません!」
「誰もそれが初伝を授ける条件とは言うておらんじゃろう。素直さはお主の美点じゃが、言われたことを鵜呑みにしがちじゃな」
「……あ」
「まあとにかく、これでお主も晴れて八葉の剣士じゃ」
「……はい」
声に喜びや達成感はない。
そもそもリィンがユンに弟子入りしたのは、剣士としての強さや名声を求めてのことではない。己の内に眠る鬼の力を御するーーその為の揺るぎない精神と力を手に入れるのが目的であり、瞑想を始めとした精神修行を多分に含む八葉一刀流はリィンの目的に合致していた。
厳しい修行を乗り越えて初伝を手にしたことを、恐らく家族や『彼女』は誉めてくれるだろう。だが心臓の鼓動に合わせて脈動する焔の存在感は4年前と変わらず、リィンの心に暗い影を落としている。進歩がないと思っているリィンにとっては、手にした巻物が鉄のように重く感じられた。
「不服かもしれんが、どの道儂は明日にでもここを発つ。しばらく戻らぬ故、お主への手解きも今日で最後じゃ」
「な……! 待ってください老師! そんないきなり!」
「お主に教えるべきことは全て終えた。これより先は己の足で進め。これまでの教えをどう活かすかもお前さん次第じゃ」
冷徹な言葉にリィンは絶望する。隔絶した実力を持つユンはリィンにとって絶対的な道標であり、同時に依存していた。万が一鬼の力が暴走したとしても、自分という獣が他人を傷付けないよう抑え込んでくれる檻。
無理も無いとは思いつつも、そんな弟子の甘えを見抜いていたユンは、今日の試しの結果に関わらずリィンの下を去ることに決めていたのだが。
「……最後に、ひとつだけ伝えておこう」
未だ身体も十分に育っていない齢でありながら、僅か四年で初伝に至った先の楽しみな愛弟子が落ち込む姿を見かねて、少しだけ先を示すことにした。
「お主が願う鬼の超克だが、今のままでは叶わぬだろうよ。まずは修行に没頭していた今までの生活を改めて、将来のことでも考えてみると良い。もうじき高等教育も受けられるようになるであろう?」
「学校ですか? まさか、周りの人達を襲いかねない自分が進学などあり得ません。少なくとも鬼の力を制御出来るようになるまでは」
「逆じゃよ。お主が求める強さは力ではなく精神……魂であろう。刀を保つ為に砥石が必要なように、魂もまた人と共に在ることで磨かれてゆくものじゃ」
白と静寂に包まれた渓谷道を眺め、ユンは言う。秘境とも言えるユミルは、世俗を離れて己を見つめ直すには最適だろう。だがそこに引き籠っているだけでは、いずれ人の形をした獣になる。リィンが鬼へ堕ちるのを留めているのは、彼が紡いだ絆なのだ。
「良いかリィンよ。鬼に堕ちず、鬼を超えたいと思うのならば人を捨ててはならぬ。途中で己の在り方に迷うというのであれば……」
言葉を切ったユンは口許を僅かに綻ばせ、離れた場所からこちらを見つめる人影を見た。寒さに身体を震わせながら、必死な表情で弟子を見つめる幼き魔女の姿を。
「彼女と共に探してみるとよい。お主が道に迷った時は、きっと篝火となってくれることじゃろう」
*
ーー焔が舞う。
「何!?」
止めとなるはずであった光の剣が、燃え上がる太刀に弾かれた。仰け反った身体を無理矢理動かして、リィンは寸でのところで窮地を切り抜ける。
「……情けない。こんなことを忘れていたなんて」
自分は、剣の道を軽んじていた。
道を歩くのは自分だ。だがここまで歩いて来れたのは、多くの人の助けがあったから。
どこの生まれとも知れず、かつては傷を負わせたこともある自分を家族として受け入れてくれたシュバルツァー家。道を示してくれたユン老師。起動者候補という立場とは別に、親身になってくれるエリンの魔女達。自暴自棄になっていた自分を救い、導き手として共に在ることを約束してくれたエマ。
剣の道をーー自分の生き方を否定することは、手を差し伸べてくれた彼らの善意をも否定することになる。それだけは絶対にしてはいけないことだ。
畏れはある。その上で前を見ろ。自身を誇れないのなら、せめて彼らに恥じないように虚勢を張れ。
「……どうやら調子が戻ったらしいな」
「ああ。済まないラウラ」
「謝るべきは相手は私ではないと思うが」
「うんまあ、それはそうなんだけど」
何となく可笑しくて、二人とも苦笑する。直前までの張り詰めていた空気は、もう存在しなかった。
穏やかに、しかし真摯にラウラは問い掛ける。
「そなた、剣の道は好きか?」
「……そうだな」
腕を上げる。導力灯の光を受けて、鈍色に輝く切っ先に揺らぎはない。正眼の構えを取ったリィンは、笑みさえ浮かべてこう言った。
「その問いには、この剣で答えることにするよ」
地を蹴ったリィンは、一息で間合いに飛び込んだ。
「螺旋撃」
突進の勢いを乗せた一刀は、これまでより遥かに重い。ラウラは受け止めきれず、靴底が地面を滑った。
「業炎撃」
更に一歩踏み込んで追撃。炎を宿した唐竹割りが、大剣を上から抑え込む。
「ぐ、まだだ……っ!?」
ラウラが抵抗しようと腕に力を込めた瞬間、逆にリィンは力を抜いて腰を落とす。頭上を通過する大剣には目もくれず、低い体勢のまま体当たりした。咄嗟に身体を傾けることで衝撃を流し倒れることを避けたラウラであったが、
「破甲拳」
至近距離から掌底が打ち込まれ、今度こそ後退する。太刀の間合いを保ったまま、リィンは更に攻め立てる。
「紅葉切り!」
精密な剣閃が、ガードをすり抜けてラウラを襲う。ラウラも痛みを堪えながら地烈斬を放った。斬撃が届く寸前、リィンの姿が消える。『疾風』を使ったのだと理解したと同時に、背後の気配を感じ取ったラウラは振り返ると同時に剣を薙ぐ。……が、手応えが無い。リィンは間合いの遥か外に陣取ったまま太刀を振り抜いた。
「弧影斬!」
遠距離からの鎌鼬が大剣を弾いた。がら空きになったラウラの胴体に、肉薄したリィンの本命が届く。
閃く刃。リィンがユン老師より授けられた、八葉一刀流の漆の型。
「無想――覇斬!!」
目にも止まらぬ連続斬りが、今度こそまともに『入った』。
「――は、先とは別人ではないか」
大剣を支えに辛うじて立っているラウラは、息も絶え絶えに言う。痛みを堪えながらも浮かぶ笑みは、自分の先を往く剣士への称賛と、超えたいと願う相手を見つけた喜びから。
「だがまだ終われぬ。胸を貸して貰うぞ、リィン!!」
実力差は理解した。ならば後は挑戦者として喰らいつくのみ。
「コオオオオォォ――――洸翼陣!!」
闘気が煙のように立ち昇り、光の翼となって弾けた。アルゼイド流にアレンジされた自己強化の戦技。奥の手を切ったラウラは、勇猛果敢に攻めかかる。息をつかせぬ連撃は嵐のようだ。
だが、宙を舞う木の葉を捉えることは叶わない。受け流し、横から弾き、時には起点を潰して剣を振らせないことで、リィンは決定打を受けることなく剛剣を掻い潜っていく。
(八葉とは良く言ったものだ……)
大陸規模で有名な八葉一刀流だが、開祖のユン・カーフィは未だ存命であり、流派としては新興の類に過ぎない。しかしこうして打ち合ってみれば、その術理には二百五十年に渡り磨かれてきたアルゼイド流にも劣らぬ『厚み』が存在している。東方剣術ーー更にはその源流となる多くの武術を取り込んで編み出された型は、まさしく数多の葉脈を束ねて形を成した八枚の葉であった。
「まだだ!!」
全身に満ちていた闘気を全て剣に収束させ、眩き刃を手にしたラウラは大上段の構えを見せた。応じるように、リィンもまた太刀に焔を灯す。
向かい合う二人の剣士は同時に地を蹴った。瞬く間に距離が縮まり、焔と光が交錯する。
その、直前で。
「緋空斬!!」
「なっ……!」
リィンは太刀に纏わせていた焔をラウラに向けて撃ち放った。互いの最高の剣技で決着を付けるものとばかり思っていたラウラは完全に意表を突かれる形になる。
洸刃が緋空斬を両断するが、威力の減衰した剣では奥義に至らず。既に納刀を終えていたリィンは余裕を持って洸刃を躱し、
「あ――」
「残月」
八葉一刀流、伍の型。後の先を取る抜刀術が勝負を決めた。
*
体力が回復するのを待ってから、2人は帰路に就いていた。夜風が白熱した身体を撫で、心地よい疲労感が全身を包む。
「……その、俺も悪かったから拗ねないでくれ」
「拗ねてなどいない」
ふい、と唇を尖らせてそっぽを向いてしまったラウラ。言うまでもなく最後の決着が原因だ。引っ掛かった自分に非があるのは判っているが、納得しがたいのも事実である。
やや気まずい空気のまま歩いていると、やがてケルディックの町が見えた。大半の灯りは消えており、アリサとエリオットもひょっとしたら寝入っているかもしれない。
「……済まなかった」
「ラウラ?」
「その……冷静になってみれば、そなたには色々と酷なことを言ったと思ってな」
「気にしないでくれ。寧ろ良い発破になったし、こっちが感謝したいくらいだ」
「いや、やはり謝らせてほしい。元はと言えば私の未熟が原因だ」
リィンに向き合い、ラウラは綺麗に九十度腰を折って頭を下げる。彼女の人柄を示すような、真っ直ぐな所作だった。微笑を浮かべて、リィンも謝罪を受けとる。
「では戻るとしよう。今夜は良く眠れそうだ」
「過ごさないように気を付けないとな」
小さく欠伸するリィンに、今日までのどこか脆く危うい雰囲気は大分薄れている。ラウラは少しだけ足を止めて、先を歩く背中を眺めた。
ーー
「リィン」
呼び掛けて、拳を突き出す。この少年とはきっと終生の剣友になれるという確信を胸に、剣士としての誓いを口にした。
「次は負けぬぞ」
勝ち気な笑みに、呆気に取られるリィン。しかしすぐに同じ高さまで拳を掲げた。気後れしているようで、だからこそと奮起するような、そんな前向きな笑顔。
「今度も俺が勝つよ」
満月の下、拳と心が触れあう。
懐に仕舞っていたARCUSが、一瞬だけ輝いた気がした。
◇今作のリィンの簡単なスペック紹介
・全力を出せれば大体原作のⅡ中盤~終盤くらいの強さ。ただしメンタルが足を引っ張っているのでⅡの幕間前くらい。今回までは鬼の力の封印が弱まっている&いざというとき暴走を止めてくれるエマがいないのダブルパンチでビビっていた。
・エマの修行に付き合って帝国各地を回っていたことがあり、実戦経験がそれなりにある。戦闘中の駆け引きや、状況次第で不意打ちも普通にやる。
・エマに女性の扱いについて口が酸っぱくなるほど言われているが、朴念仁っぷりは変わらず。魔女勢に触発されて積極的になった妹の好意にも相変わらず気づいていない。