灰と焔の御伽噺   作:カヤヒコ

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事件を追って

 

 特別実習二日目。穏やかな春の陽光とは裏腹に、アリサは不機嫌であった。

 

「これまでに得られた証言を合わせると、やはりその自然公園が怪しくなるな」

 

「ああ。いくら露店と言っても、店二つ分の商品は結構な量になるはずだ。盗んだ商品をどこに流すにしろ、一時的に隠しておく場所は必要だろう。……裏で糸を引いているのが本当に彼ら(・・)なら、さっきの酔っ払いの人から聞いた話も含めて辻褄が合う」

 

「自分で言っておいて何だが、それなら昨夜の内にもっと遠くまで運び出しておけば良かったのではないか? 検問などあってないようなものだろう」

 

「違うよラウラ。犯人が推測通りなら、目的は既に達成してるんだ(・・・・・・・・・・・・)。金銭目的の盗みじゃないんだから、人目に付くリスクを負ってまで導力車や馬車で急いで運び出す必要がない。なるべく音を立てないように持ち出してから、商品はほとぼりが冷めた頃にゆっくり処理すれば良い。その方が盗品であることも気づかれにくいはずだ」

 

「なるほど……。ふふ、しかし見事な推理だな。それも八葉の術理の一端なのか?」

 

「まあ一応。老師に比べればあってないようなものだけど、観の目と言うのがーーーー」

 

 アリサに背中を見せて話しているリィンとラウラは、昨日の険悪な雰囲気が嘘のように距離が近い。

 

 ラウラがリィンを外に連れ出した時にはエリオットと共に途方に暮れたものだ。日付を跨ぐ直前にようやく帰って来たのを見届けて、眠気が限界に来ていたアリサはそのままベッドにダイブイン。で、起きてみればこれである。

 

(事情はラウラから聞いたけど、納得いかない……)

 

 どうやって仲を取り持とうかアレコレ考えていたのが無駄になったが、これはまあ別に良い。だが自分の時は一月近く掛かったのに、何故ラウラとは一晩で和解しているのか。これではまるで自分だけが面倒臭い女のようではないか。

 

「時間が惜しいし、準備を整えたらすぐにでも出発しよう。アリサとエリオットもそれで良いか?」

 

「う、うん」

 

「……っと、ええ。私も大丈夫よ」

 

 中央広場で別れた四人は準備の為に一度散開する。アリサは昨日手に入れたセピスの欠片を持って、この町唯一の導力器工房である《オドウィン》に足を向けた。

 

(気になるけど、仲良くなれたならそれは良いことよ。今は実習に集中しないと!!)

 

 自分の両頬を叩き活を入れるアリサ。

 

 

 Ⅶ組A班は現在、大市で起きた窃盗事件の犯人を追っていた。

 

 

 

 事の発端は、大市で店を開こうとしていた二人の商人の屋台が破壊され、商品が消えてしまったという事件であった。前日にも出店場所を巡ってトラブルを起こしていた二人はお互いを犯人と決め付け、あわや暴力沙汰に発展しかけたところを、現れた領邦軍ーーこの一帯を治めるアルバレア公爵家の治安維持部隊ーーの強引極まりない仲裁でその場は落ち着いた。

 

 その後オットー元締めからケルディックを取り巻く増税問題を聞いたリィン達は、盗難事件の調査を申し出る。各所への聞き込みと随所に浮かび上がった違和感から、彼らはこの事件が領邦軍の自作自演と当たりを付けた。

 

 

 そして、

 

「複数人の足跡と……何かを引き摺ったような後があるな」

 

「見て。ここだけ草が不自然に潰れてる。かなり重いものをここに置いてたんじゃないかな?」

 

「……間違いない。このブレスレット、あの商人が取り扱ってたものよ」

 

 ケルディックを北上した先に位置するルナリア自然公園の前で、リィン達は窃盗犯のものと思われる痕跡を見つけていた。特に足跡は門の先まで続いている。ほぼ間違いなくこの先に犯人が潜伏しているはずだ。昨日訪れた際に門前に立っていた男達が見当たらないことから、偽管理人達もその一味である可能性が極めて高いだろう。

 

 四アージュ近い高さの鉄門は閉ざされており、南京錠ひとつで施錠されていた。立ち入り禁止の立て札もなく、門の先に人の気配も無い。

 

「とにかく調査は必要だ。俺達も急ごう」

 

「それは良いけど、どうやって開けるの?」

 

「あまり誉められた方法じゃないけど……《紅葉切り》ーー」

 

 一歩前に進んだリィンは、腰構えから太刀を抜き放つ。金属同士が擦れるような繊細な高音と、一瞬だけ散ったオレンジ色の残光。枯れ葉が散るような自然さで、ツルから分離した南京錠が地面に落ちた。八葉の技に背後で感嘆の声が上がる。

 

(エマの魔術なら、もっと確実なんだけどな)

 

 自然な解錠も施錠も思いのまま。魔力障壁を張って物理的な侵入を阻むことも可能だろう。何なら聞き込みなどの回りくどい真似をせずともこの自然公園に辿り着くことだって出来たかもしれない。実際には多大な手間と制約があるのだが、外から見ている分には魔術は万能の力に思える。

 

 とはいえ、無い物ねだりをしても仕方ない。

 

 犯人の足跡を追って、リィン達は薄闇に覆われた自然公園へ足を踏み入れた。

 

 

 足を進める度に、生え放題になっている背の低い草がガサガサと揺れる。自然公園の管理人が犯人達に代わってからロクに手入れもされていないのだろう。一般解放されていたはずの公園の風景は、お世辞にも美観とは言えないほどに荒れ果てていた。更には魔獣の気配も濃く、一部は施設として整備されているはずの林道にまで出てきている。

 

 窃盗犯の痕跡は公園に入ってからも続いており、追跡は容易だった。商品を持ったままの移動であれば、歩きやすい整備された道を進むのは自然だろう。痕跡を消すために敢えて森の中を行くという可能性もあったが、そちらは杞憂だったようだ。

 

「……さっきはああ言ったけど、思ったより猶予は無いのかもしれないな」

 

 見方によっては証拠隠滅の暇もないほどに焦っているとも受け取れる露骨さに、リィンが唸る。

 

「そうかしら? 手口も杜撰だし、そこまで考えてないだけと思うわよ」

 

「どの道急いだ方が良いのは変わりない。……そろそろ犯人と遭遇するやも知れぬ。ここからは慎重に行くべきであろう」

 

 途中ゴーディ・オッサーと呼ばれる大型魔獣を発見したが、犯人達に気付かれないよう極力魔獣との遭遇を避ける必要があったリィン達は迂回を選択。林道の脇の茂みに飛び込んだ。

 

 正規の道とは比べ物にならないほど力強く生い茂っており、生足を露出している女子が進むのは厳しい。先頭に立ったリィンがバッサバッサと茂みを切り倒して進んでいくと、やがて開けた場所に出た。

 

「何だろう、あれ?」

 

 エリオットが指差した先には、石碑のようなものがポツンと立っていた。人の手が入っている様子はなく、大部分が苔で覆われている。薄暗い森の中では墓石のようにも見えるだろう不気味さだ。

 

 怯えるエリオットに心当たりのあるラウラが答えた。

 

「精霊信仰の名残だろう。私の故郷では伝承に基づく鎮守の森の象徴として、こういった石碑が幾つか置かれているぞ」

 

 七耀教会によって女神信仰が広がる前の、暗黒時代と呼ばれる時期の遺物。信仰自体は既に廃れて久しいものの、こうした石碑は帝国の各地に存在している。伝承の一部は七耀教会の教義に組み込めれているのだとか。

 

 一切見覚えのないアリサとエリオットら都会出身組の反応に、地味にカルチャーショックを受けるラウラ。その傍らでリィンは石碑の下部に目線を落としていた。

 

 注視してみれば石碑には小さく文字が刻まれているが、長年の雨風に晒されて風化しており殆ど読めない。仮に読めたとして、その意味を理解できる者は相当に限られるだろう。

 

 刻まれているのは、既に『表』の世界では忘れ去られた言語だ。

 

(……via()とspir……spiritus(精霊)か? 確かエリンでそれらしい言葉を聞いた気が……)

 

 昔聞き齧った知識を思い出そうとするリィンだが、それはアリサの呼び掛けで中断させられた。

 

「どうしたのよ、ぼーっとして」

 

「何でもないから気にしないでくれ。……そろそろ終点みたいだ。気を引き締めていこう」

 

「終点って何で?」

 

「この先に人の気配が複数あるんだ。この状況で犯人と違う可能性は低いだろう」

 

「気配って言われても、林で姿なんて全然見えないのに」

 

「あ、多分間違いないよ。この前リィンが寮を出ていく時に似たようなことしてたから」

 

「見事な気配察知だな。コツなどあれば後で教えてもらいたいが」

 

「……さっきの鍵開けもそうだけど、貴方ちょっと人間止めてない?」

 

「何を言ってるんだアリサ。これが老師やラウラのお父さんなら、自然公園の入口から気配を探り当てたって何ら不思議じゃ無いんだぞ」

 

「武人って何なの……」

 

 ドン引きするお嬢様(推定)を横目にリィンは気配を探ることに集中する。彼らが移動している様子はない。なるべく物音を立てないように林の中を進めば、リィンの言う通りの光景が眼前に広がっていた。

 

 入口から拝借したパンフレットの地図を見ると、どうやら行き止まりにして休憩所のようだ。整地された広場にはベンチが置かれており、そこに四人の男が腰かけて話している。男達の脇には木箱の山。外れた蓋から顔を覗かせている品々は言うまでもなく盗まれた商品と一致する。

 

「ほ、本当にいた……!」

 

「静かに。奴ら何か話してる」

 

 途切れ途切れに聞こえる会話を拾ってみれば、盗品を運び出す車を待っている最中らしい。最早一刻の猶予もない状況だ。

 

「どうするの?」

 

「状況的に言い逃れは出来ないけど、目撃者が他にいないから口封じしてくる可能性が高いな。向こうは導力銃持ってるし」

 

 士官候補生とはいえ、まだ学生で半数が女子。後衛も弓と導力杖だ。得物の優位は男達にある以上、こちらを侮って強気に出てくるだろう。実際達人クラスの武芸者ならその程度の差は容易に覆すのだが、リィンは男たちの素人同然の身のこなしから力量を測るほどの目を持ち合わせていないと判断した。

 

 ならば、その油断に付け込ませてもらおう。

 

「銃を持った相手に正面から挑む必要性はないな。ここは奇襲しよう」

 

「奇襲?」

 

「アリサは迂回して右側……あの大きな木の根元まで行ってくれ。ラウラは反対側で待機して、俺とエリオットで奴らの前に出る。もし奴らが攻撃してくるようなら、二人は派手に攻撃して欲しい。一瞬でも注意を引ければ、後は俺が引き受ける」

 

「いや、陽動は私が引き受けよう。そなたの疾風(あし)なら奇襲役の方が適任だ」

 

「でも流石に女子を矢面に立たせる訳には……」

 

「男子も女子も関係ない。我らは皆同じチームなのだ。役割分担は互いの長所を最大限に活かせるものにすべきであろう」

 

「……分かった。正面は任せる。向こうが引き金を引いた後がベストだけど、銃口を向けてきたなら言い訳はなんとかなるから」

 

 そう言い残したリィンは身を屈めて茂みの中に入っていった。

 

「リィン、なんだか昨日と雰囲気変わったよね」

 

「ええ。リーダーっぽいっていうか、ちょっと格好良……い訳じゃないけど!?」

 

「我らも配置につくとしよう」

 

「うう、やっぱり怖いなぁ」

 

「安心するがよいエリオット。そなたは私が必ず守る故、援護は頼んだぞ」

 

 

 数分後。姿を見せたラウラとエリオットを口封じしようとしたところでアリサとリィンが不意打ちし、機先を制された窃盗犯はあっさりと蹴散らされた。逃げられないように武器を奪って拘束し、今後の対応を話し合おうとしたところで、それはやって来る。

 

 

 笛のような音を聞いたエリオットと、何かに呼ばれるような感覚がしたリィンが同じ方角を振り向くと同時、殺意を帯びた咆哮が森を揺らした。

 

 

 リィン達から少し離れた地点。ルナリア自然公園を一望できる丘の上で、その様子を眺める人影があった。

 

「……本当に魔獣を操れるのだな」

 

 ボイスチェンジャーを通した機械的な声で、感心したように呟いた。赤いバイザーの付いたフルフェイスのヘルメットと黒の外套で執拗なまでに全身を覆い隠した風貌からは、内面を窺い知ることはできない。背格好から辛うじて男と判別できる程度だろうか。

 

「ああ。何度か試したが全て成功している。『お披露目』でも役立ってくれるはずだ」

 

 答えたのは学者風の男で、満足げな笑みを溢している。その手には禍々しいデザインの笛が握られていた。

 

 二人の眼下では、赤銅色の巨大な狒々――自然公園のヌシである魔獣が暴れ回っている。男が『笛』の力で一時的に操っており、自分たちが雇った窃盗犯がしくじった時の後始末を任せる予定だった。相対するのは四人の少年少女。散開しつつ数の利を生かしてフォローし合うことで、ヌシと対等に渡り合っている。

 

 特筆すべきは黒髪の少年だろう。剣の腕も優れているが、何より戦い慣れているが立ち回りから見て取れた。わざと大仰な動作で魔獣の注意を引き、残り三人がそれぞれの役割に専念できるように立ち位置を調整している。

 

「特科クラスⅦ組だったか。領邦軍の手口が杜撰とはいえ、半日経たずにこの場所を探り当てるとはな」

 

 隣にいる経験者の話の通りなら、彼らは帝国の各地で実習とやらを行うのだろう。可能性は低いが、行き先次第では今後の障害になるかもしれない。たかが学生とはいえ、些細なきっかけが計画に亀裂を入れる可能性はゼロではないのだ。

 

「どうする《C》。いっそここで消してしまうというのもひとつの手ではないかな?」

 

 学者風の男――彼を知る面々からは《G》と呼ばれている男は提案する。

 

 軍人の卵とはいえ、善良な若者を手にかけることに思うところはある。だが必要とあらば躊躇いはしない。彼らはそう言った集団。怒りを糧に、鋼鉄に風穴を穿つ弾丸である。

 

「……やめておこう」

 

「おや、後輩ともなれば少しは情も湧くかね?」

 

「まさか。奴らはどうでも良いが、その親は面倒だ。『紅毛』はともかく、『光の剣匠』とラインフォルトを敵に回すのは避けたいからな」

 

「……了解した。確かに露見した場合のリスクには見合わんか」

 

 そこまで本気ではなかったのだろう。《G》はあっさりと引き下がる。《C》は佳境に入りつつある眼下の戦いに視線を戻した。……正確には、その中にいる黒髪の少年を。

 

 

『私の目的は、内戦という舞台で(あなた)といずれ目覚める《灰》の対決を導くこと。それを叶えてくれるなら、貴方の計画にも手を貸してあげるわ』

 

 彼のことは魔女から聞いている。かのドライケルス大帝が駆った《灰》の後継者。今はまだ候補だが、恐らく彼は選ぶだろうと予言を残していた。因果を操る魔女の予言は実現するだろう。自分達の計画とは関係がないが、取引の条件であり、ここまで世話になった彼女の頼みは可能な限り叶えるつもりでいた。

 

「リィン・シュバルツァー……」

 

 新入生最強の剣士であり、真面目でお人好しな後輩。話した回数は多くないが、不思議と惹きつけられるような魅力があった。問題児揃いのⅦ組も彼なら纏められるかもしれない。前途多難なようだが、前任者としては出来れば上手く行ってほしいところではある。

 

 

 彼らの平穏を壊すのは、きっと自分なのだろうと思っていても。

 

「…………」

 

 あらゆる感情を黒装束で包み隠し、《C》は遠からず争うことになる相手の動きを目に焼き付けていた。

 

 

 

「はあ~。やっと着いたあ」

 

「流石に眠いわね……」

 

 ぐったりとしたアリサとエリオットが、重い足取りでトリスタ駅を出た。その後ろからリィンとラウラ、そしてサラが続き、肌寒い空気が彼らを出迎える。既に夜の帳は降りていた。

 

「それにしても最初から散々な実習だったわね」

 

「うむ。まさか領邦軍があのような暴挙に出るとは」

 

 自然公園のヌシを撃退した後、図ったようなタイミングで駆けつけた領邦軍は、あろうことか拘束していた男たちではなくリィン達を窃盗犯として逮捕しようとしたのだ。幸い、そこに現れた鉄道憲兵隊とクレア・リーヴェルト大尉に助けられたが、リィン達にもたらした衝撃は大きかった。

 

 トールズ士官学院は帝国でも指折りの名門校であり、学業の一環でやって来た生徒を不当に拘束・逮捕すれば学院は必ず抗議するだろう。更にラウラの実家のアルゼイド家はアルバレアと同じクロイツェン州に属していながら中立を保っている。かの光の剣匠の心証を悪くすることは、アルバレア家にとって膝下に爆弾を抱え込むようなものだ。実際に逮捕すれば、アルバレア家は領邦軍を一部の暴走ということで切って捨てただろう。

 

 だが逆に言えば、そういった後ろ盾が無ければあのような理不尽が罷り通るということだ。

 

「そもそも窃盗事件だって、ケルディックが増税の陳情を取り下げないから起こしたんだろう。似たようなことが各地であるのかもしれないな」

 

「地方では四大名門と領邦軍がそれだけ強い権力を握ってるってことなんだね。……僕は帝都から殆ど出たことが無かったから全然知らなかったよ」

 

「……」

 

「ラウラ、大丈夫なの?」

 

 無言で歩くラウラの表情は固い。安定した統治を行い領民からの信頼も厚い父の背中を見てきた彼女にとって、今回の件はエリオットとはまた違った意味でショックが大きい。

 

「ま、それを肌で感じられただけでも収穫よ。特にラウラは認めづらいかもしれないけど、これも紛れもない帝国の現状なんだから」

 

「……はい」

 

「大事なのは今回の体験をどう活かすかよ。悩んで考えて、アンタ達なりの答えを出してみなさい。それが学生の仕事で、特権なんだから」

 

「サラ教官……」

 

「という訳でレポート頑張りなさいねー。明日も授業なんだから早めに済ませて寝なさい。アタシはこの後飲みに行くけど♪」

 

「サラ教官……」

 

 酒場に消えていく教官を白い目で見送り、一行は帰路を急ぐ。すっかり帰る場所として慣れた第三学生寮には、既に明かりがついていた。

 

「B班が先に帰ってたみたいね」

 

「マキアスとユーシス、大丈夫だったのかな?」

 

「その辺りは後で聞いてみよう。まずは荷物を下して夕食を……」

 

 玄関の扉に手を掛けたリィンが突如ピタリと固まった。顔が青くなっていき、身体が微かに震えを発し始める。

 

「ど、どうしたのだ?」

 

「…………何か、嫌な予感が」

 

「嫌な予感って……帰るだけなのに何を言ってるのよ。ほら、早く開けなさい」

 

「ま、待ってくれ!」

 

 アリサが横から扉を押し開けると、見慣れたリビングが視界に飛び込んでくる。階段側のソファーにはフィーとガイウスが座って談笑していた。

 

「おかえり」

 

「遅かったな。そちらも大事ないようで何よりだ」

 

「二人ともただいま。……あとの三人は部屋かしら?」

 

「……いや、上の階にいるのだが」

 

「今は行かない方がいいかも。多分まだ懲罰中」

 

「へ?」

 

 何気なく訊ねたアリサだったが、二人揃って要領を得ない物言いが返ってくる。リィン以外が首を傾げた直後、二階からエマの声が聞こえてきた。気になったA班は階段を登る。

 

 Ⅶ組各自の個室が集まる二階と三階には、階段口を中心に廊下が左右に伸びている。すぐ側には談話スペースとしてテーブルとソファーが設けられていた。

 

 

 そこに、

 

「――――そもそも、最後の戦闘だって苦戦したのはお二人が私とのリンクを譲らなかったからでしょう! 確かにタイミングはほぼ同時でしたけど、リンクが被ったのなら他の人と結び直せばいいじゃないですか。あそこで張り合って棒立ちになってた貴方たちをフィーちゃんがカバーしてくれたんですよ!?」

 

「ま、待ってくれエマ君。あの時は僕の方がこの男より一秒以上リンクを結ぶのが早かったはずだ! 譲るのならこいつの方だろう!」

 

「阿呆が。あのすばしっこい魔獣相手には、前衛と後衛が連携して動きを抑える必要があっただろう。つまり貴様が委員長とリンクを結ぼうとしたこと自体が悪手なのだ。まあ座学だけが取り柄の頭でっかちに戦局を読めというのは高望みかもしれんがな」

 

「な、なんだと!! 言わせておけば、自分が譲られるのが当然のような物言いがここで通じると思ったら大間違い――」

 

 

「聞 い て る ん で す か」

 

「「っ……!!」」

 

 ソファーに座るマキアスとユーシスを前に、仁王立ちするエマの姿があった。背中越しにでも伝わるプレッシャーが、談話スペースを軍法会議もかくやという雰囲気に塗り替えている。

 

「………………いいん、ちょう?」

 

 呆然とするエリオット達の背後。蘇るトラウマに頭を抱えたリィンが、同情と呆れを乗せて呟いた。

 

「……だから怒らせるなって言ったのに」

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