事の始まりは
その日、俺は実家の寂れた道場で一族の当主、オトウサマにこう言われた。
「流!お前には才能がある!お前は一族の意志を継いで四代ぶりの水柱になるんだ!」
(おいまじかやっぱり転生テンプレ『鬼殺隊に入る』から逃げれねぇのかよ。ハー、死んだわ)
前世のある俺は、オトウサマの言葉を聞いて気絶したのであった。
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『鬼滅の刃』とはジャンプで連載中(俺生存時)だった、大人気マンガだ。主人公、竈門炭治郎が鬼となった妹、竈門禰豆子を人間に戻すべく冒険する的な話であったのを覚えている。ダークファンタジーでありながらギャグもテンポ良く噛み合わさり、アニメ化を切っ掛けに一気にブームになった。
俺はそんな鬼滅世界に転生してしまったのである。
何言ってんの笑??とか、頭大丈夫かお前?病院いった方がいいぞ?とか思った人もいると思う。激しく同意だマジで。でも俺は転生してしまったのである。死因はぶっちゃけどうでもいい。ともかく、ここが鬼滅である事がヤバい。
簡単な話、鬼滅はポンポン人が死ぬ。
鬼殺隊の面々は勿論、普通のひともサクッと食べられるし、そもそも鬼の強さは異常だ。
怪力で、回復力えげつなくて、太陽にあてるか日輪刀で頸を斬らなければ死なない。しかも日輪刀は普通に折れる。
これなんの無理ゲー?
思わず天を仰いでしまうのも仕方がないだろう。
そんじょそこらの平鬼殺隊士だって、大体は二、三年の修行は積んでる上、殺る気満々の最終選別を抜けてきた猛者である。なのに死ぬ。普通に死ぬ。でも俺は死にたくない。
だから俺は決意したのだ。一般人として、生きようと。
確かにせっかく鬼滅世界にいるのに原作キャラに会わないのは損してると思うし、俺だって本音を言うと前世の推しであった柱とか、めちゃめちゃ会いたい。でも命には換えられないのである。
そう決意してからの俺の行動は実に素早かったと思う。家の庭にコッソリ藤の木を植えたり、夜中は絶対に藤の香を焚いて寝るようにした。自分が考えうる限りの鬼対策をしていたのである。
家は華族で、没落しかけてはいたものの道場であった。だから俺は少しでも生き残る可能性を高くするために稽古に励んでもいた。
同年代にも「お前の稽古は命を懸けてる感じがする」とまで言われた。実際命かかってんもん。
そんな俺が何故冒頭の様になっているのか?
それは、俺が十三の時である。俺は道場の師範代であった叔父さんを倒したのだ。
一回り年が離れていたとは言え、所詮は実戦なんて到底意識していない道場。死にもの狂いで稽古に打ち込んでいる俺からすれば隙だらけのおっさんだ。まあ勝てた時は嬉しかったけど。
その日の夜、俺はオトウサマから呼び出された。なんとも「お前に話がある、」とか。
俺は上機嫌でオトウサマの元へ向かった。ご褒美とか、俺も今日から師範代とか、そういう話を期待してたのである。
まあ、冒頭の通りだがなっ!!!!
「今まで内緒にしていたが、我が一門家は戦国時代から代々、鬼殺に従事する家だったのだ」
「……」
「今は途切れているが、四代前までは炎の煉獄家と並び、水の一門家として名を馳せていた。炎、水、というのは呼吸法の事だ。何でもその呼吸をすると鬼の様な強さを誇るらしい」
「…………」
「水柱であった三代前当主が鬼に殺されて亡くなった時、俺の父は家にあった鬼殺の資料、痕跡、証拠を全て消した。そのせいで今この家には何も残っていない、らしい。俺も自分の叔母から聞いた話だが」
「………………」
「だが俺は悔しかった。先祖代々継いできたお役目を放棄していいのか?と。そして剣の才能が全くない自分にも!」
放棄していいと思う。
「しかしそこでお前を見て思ったのだ。お前は鬼の苦手とする藤の木を植え、藤の香を焚き、稽古にはまるで鬼に対するが如く取り組んでいた!」
【悲報】俺氏。まさかの自業自得。
「なぜ鬼の存在を知らないお前がそんな事をしたのか?」
オトウサマはダンッ、と床を叩いた。
「記憶の遺伝だ!!我が一族に伝わっていた秘術『記憶による呼吸の伝承』がお前を鬼殺へと導いたのだ!」
「『記憶による呼吸の伝承』?」
「そうだ!先祖が修めてきた武を衰えさせることなく後世に伝える術だ!」
(いやナニソレ!?)
次の日俺は替えの服数枚と木刀、それに非常食とショボい地図を持たされて家を追い出された。
地図には狭霧山『鱗滝左近次』と書いてあった。
どうやらパンピルートは歩めないようである。