勘違い鬼滅奇譚   作:まっしゅポテト

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 なんかすごく長くなりました……。
 自分は今まで三千字以上は書けない人間だと思っていたのですが、冨岡さんのおかげで限界を越えることができました。

 こまめにネタを振り込んでいるので、じっくり読んでくれるとウレシイ…。主人公の下の妹が出てきます。
 炭治郎がぶっ倒れて義勇さんが召集されるまでの間にこんなことがあったんだよという話。

 雑魚王さん、対艦ヘリ骸龍さん、neotokaさん、誤字脱字報告ありがとうございました!


さらば冨岡義勇、胡蝶しのぶにぶっ飛ばされるの巻

 蝶屋敷。

 

 ――それは、鬼殺隊の医療施設である。藤の家とは違い常に医療に携わるものが駐屯し、負傷した隊士や巻き込まれた一般人たちの治療にあたっている。花柱 胡蝶カナエがお館様に頼み、花柱邸を改築してできた施設で看護師には鬼で身寄りを亡くした少女たちや一線から引いた元隊士などがいる。

 万年人手不足に悩まされているが、胡蝶姉妹が切り盛りすることで何とかやっていた。

 

 その中で、鬼と全く関わったことの無い一門攸花が働いている、というのは少し異質であった。

 蝶屋敷に勤めることになった切っ掛けは些細なもので、一年前、人手を募集している時に兄を通して誘いを受けただけである。もとから手先は器用であったし、姉と違って武術の才能が無いことに意気消沈していたというのもある。

 しかし、看護師として働く事にやりがいを感じていたから攸花はこの選択を後悔などしていない。

 

 

 

 後悔するとしたら、たまたま忘れ物をして部屋に取りに行く羽目になった今の自分と、兄の手紙を録に読まずに竹刀袋を渡した十三歳の自分である。

 

 

 

 

 

「俺は兄弟子の流に『為すべき事を為せ』という訓戒を受けた」

「……はい?」

 

 日輪刀を入れた竹刀袋を前につき出す、兄の知り合い。名前は確か……冨岡なんちゃら、とか。

 相対するはしのぶさん。思い切り眉をよせて、腕を組んでいた。

 

 

「俺は剣術では親友と兄弟子に勝てないと分かっている。だから、罠を練習した」

「あの、文脈が全く繋がってないんですけど、ふざけてます?」

 

 

 激しく同意。

 

 不信感を隠しもしないしのぶの目に攸花は泣きそうになった。どうして私、ここに居合わせてしまったんだろう。

 なまじ自分のせいであるから、無視出来ないのである。

 

 というのも、『為すべき事を為せ』というのは実家の道場で門下生全員に配られる竹刀袋にある格言である。大量にあるので、別に兄があえて送った言葉とか、そんなことは決してない。

 

 

 

『よもや!竹刀袋の底が抜けてしまった!』

『あ、これあげますよ』

『かたじけない!』

 

 交流試合のお客さんにまであげてしまえるような物である。

 

 

 

 

 だが兄の手紙を途中まで読んで、適当に鴉にその場にあった竹刀袋を渡してしまったのは攸花であった。

 

 実は、冗長で無駄に長い兄の手紙には、最後に『自分じゃ時間がないから俺のかわりに新しい刀袋を二本見繕っておいてくれ。お金は後で払うから』と書いてあったのである。

 

(まあ新品だし、大丈夫でしょ……)

 

 全然大丈夫じゃなかった。とんでもない修羅場を生み出してしまった。

 

 

 

「しかし罠だけでは足止めはできても、滅する事はできない。これでは、誰かを守る為に戦えない」

「迷惑なので、早く用件を言ってくださいませんか?本当に迷惑なので」

 

 

 

 しかもこれ、噂によると少なくとも二回はあったようなのである。

 三顧の礼を尽くすとは言うが、全くもって逆効果だ。現にしのぶは最近すごい苛立っている。相手の階級が『甲』であるから手を出せないのだとか。

 

『なんであんな変人が柱の次に偉いのよ!信じられない!』とは、麺棒を叩きつけながらのしのぶの談である。

 

 攸花の兄も行動が突飛だし、基本無口だから大概だが、それにしてもこの人は兄に輪をかけてその成分を強めたような性格だ。兄弟弟子で悪い所が似てしまったのだろうか。もう一人もこんな性格なのだろうか。

 真菰がしっかりとした性格でよかった。

 

 

 

 冨岡?さんはしばし沈黙して、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「だから俺はお前が欲しい」

 

 

 ブッフォ!!

 攸花は吹き出した。

 

 

 

「ハァ……?」

 

 そして同時にしのぶの堪忍袋の緒がぶち切れる音も聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 しのぶは元来、姉と違って気が短く、自分の嫌いなものにはっきりと嫌いという性格である。でも彼女は真面目な性分であるから規則は守るし、我慢だってできる。

 まあ、その我慢にも限界はあったのだが……。

 

 

 

 

 胡蝶しのぶ、全力の縦拳。切る力はなくても、押す力は人一倍ある彼女の拳はただ真っ直ぐに冨岡の顔面へ吸い込まれていった。

 

 

 

 

「すごい……」

 

 武術のたしなみがある攸花は、その一切の無駄なく放たれた拳に感嘆の声を漏らしてしまったのである。

 

 

 

――――

 

 

『ようするに毒の作り方を知りたかった』

 

 

 受け身をとったのにぶっ飛ばされた冨岡を保護した攸花は、後に彼の真意を一時間かけて聞き出し、紙に分かりやすく書くよう指導する。

 いちおう攸花監修の手紙によって真意を伝える事はできたのだが、

 

 

「イヤです」

 

 しのぶは勿論笑顔で断った。だろうな。

 

 

「なんで?」

 

 とても心外そうな冨岡。「やはり三回では足りないのだろうか?」とボソボソ呟く。

 「迷惑なので止めてください」と前置きをした上で攸花は一応理由を説明する。

 

 

 

「まず何の知識もない貴方に毒を渡すのは危険であること。そして、毒を使い過ぎると鬼が免疫をつけてしまうからです」

 

 しのぶの言葉をそっくりそのまま伝える攸花。でも後半は普通の人には分からないだろうなと思い、説明を加える。

 

「しのぶさんが毒の調合を常に変えている事をご存知ですか?何故なら同じ毒を使い過ぎると鬼に毒が効かなくなるからです。毒に対する免疫をつけると言います」

「免疫……」

「鬼は自身の細胞を変化させる力があるので。しのぶさんは毒を切り替える事で、鬼に対応させないようにしているんです。そしてこれが冨岡さんに毒を渡さない理由でもあります。貴方に渡せばその毒が通用しなくなる可能性が高い。理解して頂けたでしょうか?」

 

 

(まあ理由の九割がたは印象が最悪だったからだと思うけど……)

 

 

 冨岡は罠に毒を仕込む事で自分がいなくても、鬼の出現場所近くの人間への被害を減らしたいらしい。一応藤の花の煮汁などで毒を作る努力はしたようだった。

 いい人ではあるのだろう、たぶん。だが敢えて攸花は言う。

 

 

「それに、貴方に毒を渡してもしのぶさんに何の利益も無いじゃないですか……。医療の知識もないし、別に何か手伝ってくれるわけでも無いし」

「確かに」

 

 

 冨岡の表情が変わる。ようやく自分の行動の無意味さが分かったようだ。素直だなと攸花は思う。

 

 

 

 

 

――その時、攸花の頭に何かが降りてきた。

 

 

 

 

 

 この人、上手く言いくるめられれば蝶屋敷で働かせられるんじゃない……?

 

 『今から医療の勉強して、働いてくれれば私がしのぶさんに紹介状を書いてあげますよ』とか言えば、機能回復訓練とかに駆り出せるんじゃない……?

 

 もし仮に紹介状書くはめになったとしても、しのぶさんに最終決定権はあるだけだし。

 

 

 

 

 

 蝶屋敷は万年人手不足であり、攸花も疲れていた。だからこのような、いつもなら即刻破棄する案を思い付いてしまったのである。

 うっかり竹刀袋を渡してしまった申し訳なさ、しのぶの愚痴を数日間聞いたストレス、その他諸々が積み重なり、攸花はうっかり口に出してしまう。

 

 

「もしここで働いて、医療関連の知識も付けてくれるなら、しのぶさんに毒の調合を教えて貰えるよう、紹介状を書いてあげますよ?」

「本当か!?ありがとう!!」

 

 

 暗かった表情を一気に明るくして食いつく冨岡。さっきまでムスッとしていたのに……と、いきなりの温度差に驚く攸花。

 

 

 

 

 

 

 これがこの青年の素である。

 一門流へのリスペクトから、彼の真似をするという珍行動をしていたこの青年は、実は明るい性格なのに、表情を消してツワモノ感を出すことが癖になってしまっていた。思考が天然である。

 そういう所だからな冨岡義勇。

 

 そして彼を見れば、一門流が普段どのような人間であるか分かるというものである。この、外面冨岡義勇めっ!

 

 

 

 

 

 結果的に言うと、努力家な冨岡は任務をこなしながらも蝶屋敷にて医療の腕を磨き、一門攸花に紹介状を書いて貰える事になる。

 胡蝶カナエのとりなしがあったこともあり、しのぶは渋々教える事を了承したのだった。

 

 

 

 

――――

 

 そして一年後。

 

 

 

「冨岡さん?また無断でどこか行くつもりですか?」

 

 蝶屋敷の門にて、そそくさと道具を持って出ていこうとする冨岡の前に現れる胡蝶しのぶ。

 冨岡は眉をひそめた。

 

 

「まずい……」

「何がまずいんですか?言ってみてください」

 

 黙秘権を発動する冨岡。

 

「冨岡さん?私、言いましたよね?今日は任務があるので機能回復訓練の相手をお願いします、って。そうしたら貴方は『分かった』と言いましたよね?なのにこっそり何処へ行こうとしているんですか?」

 

 

 冨岡は狭霧山へ向かおうとしていた。

 もちろん理由はある。半刻前に親友から来た手紙には『すぐに狭霧山に来てほしい。急患がいる。そしてこの事は誰にも言うな』と書いてあったのだ。

 だがしのぶは約束を破る人間を心の底から軽蔑する。そして破った人間(主に冨岡)に罰を与える。

 具体的に言うと数ヵ月間、蝶屋敷の食卓から鮭大根が消えて鰤大根(ぶりだいこん)が出てくるようになる。冨岡はこの鰤大根の刑が何よりも苦手だった。なぜなら食卓に鰤大根が上がる度に鮭大根がいない悲しみと、自分の過ちが思い返されるからだ。

 

 しかも今は冬、鮭の旬である。

 

 

――鮭が旬であるのに、鮭が食べられない!なんたる屈辱か!!

 

 

 いつもだったらこの時点で諦めている。だが、今回は人命がかかっているのだ。

 決して鮭大根をお昼にこっそり食べに行こうとかその程度の話ではない。

 

 

 

「はあ……だんまりですか。冨岡さん、そ――」

「俺は嫌われていない」

「まだ何も言ってませんけど……」

 

 

 このまま硬直状態が続けばしのぶの精神攻撃が来る。

 

 冨岡は覚悟を決めた。

 

 

「御免――!!」

 

 

 しのぶの横を強硬突破しようとする。

 

「通しませんよ!」

 

 だが胡蝶しのぶも今では『甲』の隊士。素早さでは冨岡を勝る。

 この勝負、いつもであれば胡蝶しのぶに軍配が上がっていたであろう。しかし、冨岡義勇も無策ではない。

 

 

 

 

「水の呼吸、拾参ノ型――水鏡(みずかがみ)

 

 

 

 

 

 狭霧山にて作り出した自分だけの型。それを今、冨岡義勇は使った。

 

 

「何ですって!?」

 

 自身の手が、冨岡をすり抜けた事に驚愕の声をあげたしのぶ。

 それもそのはず、『水鏡』とは水面に映るが如く、冨岡義勇の姿を幻視させる技なのだ。直接的な攻撃ではなくとも、相手の不意を突くには非常に有効である。

 

 本当の冨岡はしのぶの横を抜け、すでに姿を消している。

 それでもしのぶは悔し紛れに叫んだ。

 

 

「いいんですね!冨岡さん!?鰤大根で旬を越えても!覚悟はあるんでしょうね!!」

 

「くっ!」

 

 

 冨岡は唇を噛む。しのぶの声は普通に聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

☆鮭大根を捨てた末に、冨岡義勇は何を見るのか――!?(さらば冨岡義勇、胡蝶しのぶにぶっ飛ばされるの巻。完!)

 

 




大正コソコソ話

 鱗滝さんの預かり知らぬ所で狭霧山水の呼吸一門は『新しい型を産み出すこと』が最終選別へ向かう条件になっています。
 岩を切るなんて、あたりまえ。

『水鏡』の原理は想像にお任せします。

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