勘違い鬼滅奇譚   作:まっしゅポテト

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 冨岡さんが前回の名誉を回復します。


本家

「その男の子とは話をしたんですか?」

「いや俺がいる時は目を覚まさなかった。今は意識を取り戻したらしい」

 

 真菰は包帯を巻いた肩を慣らすように回す兄弟子を見た。彼は相変わらず表情が少なく、もう過ぎた事としているようだ。でも昨日共に任務をこなした錆兎は、今までで一番取り乱していたと言っていたから真菰に分からないだけで、実は違うのかも知れない。

 兄弟子とはいえ共に修行をしたこともなかったので、真菰としては『親友の兄』というように感じる。

 

 

「それに、自分の妹を殺そうとした人間が近くにいたら怖いだろ」

 

 

 真菰は流が鬼を匿ったと聞いた時、「あの人ならやりそうだ」と思った。任務では容赦なく鬼を斬る柱にふさわしい人物ではあるが、彼が人を守る為に戦っている事は錆兎と義勇からよく聞かされたし、家族のような付き合いをしている彼の妹達も、庭の藤を眺めながらそう言っていた。

 真菰としては鬼は家族の仇であり、断じて許せるものでは無いが、その兄には同情する。お館様も容認しているのだから騒ぎ立てることでもない、と結論付けていた。

 

「妹を斬ってしまった事にひどく追い詰められているらしい。きっかけになった俺が言えた義理ではないが、気にしてやって欲しい。俺達で、一番人付き合いが上手いのは真菰だから」

 

 その言いように真菰は思わず笑ってしまう。

 一門流という人はその特殊な在り方から、遠巻きにされてしまう事が多い。柱の中や、兄弟弟子の間ではあまり気にされないが、彼と同時に隠になったものなどは『裸柱』などと身も蓋もない呼び方をするものもいた。錆兎が何かして全く聞かなくなったけれども。

 

「はい、もちろん。修行も付けましょうか?」

「まだ鬼殺隊に入ると決まったわけでは無いが、もしそうであれば。才能はある」

 

 聞く話によると、未完成とはいえ呼吸を使ったらしい。呼吸の概念も知らず、使うというのはある種の天才だ。水柱たる彼が断定するのだから間違いない。

 

「その少年はどのような心を持ち、どのような拾陸ノ型を生み出すのか……将来が楽しみですね」

 

 真菰は暗い夜空を見上げて微笑んだ。名前も知らない少年の未来を思って。

 

 

 

 

 

 

「ア……ウン、ソウダネ」

 

 

 

 じゅう……ろく……?いやいやそんなバナナ。真菰ってたまに抽象的過ぎてよく分かんない事を言うし、何かの比喩だろう。

 一門流は聞き間違いだと思い、適当に流した。真菰が新しい型を生み出す前提で話してるのも聞かなかった事にした。

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「命に別状はない」

「本当にありがとうございます……冨岡さん。感謝をしてもしきれません……」

「俺は俺のすべき事をしたまでだ」

 

 炭治郎は床に頭を付けて冨岡義勇に感謝を述べた。ここ数日、つきっきりで自分と禰豆子の世話をしてくれたのだ。炭治郎は肺を痛めて声が掠れているものの、だいぶ良くなった。

 

 

 だが、五日経っても、禰豆子はまだ目を覚まさない。

 

 

「鬼というのは回復力が高い」

 

 炭治郎は雲取山の出来事を思い出して、顔を歪めた。血の匂いと共に壊れた幸せ。二度と戻る事はないのだ。

 そして俺は――、

 

「何か言いたい事があるなら言え。感情を言葉にするだけでも意味がある」

「冨岡さん……」

 

 冨岡の目は炭治郎を真っ直ぐに見つめていた。炭治郎は、匂いで心配してくれているのだと思う。

 

「俺が、駄目な長男だから。昔から禰豆子には苦労をかけてて……。本当は、町にいる子みたいに綺麗な着物を着させて、腹いっぱい食べさせてやりたかったんです」

 

 炭治郎の瞳から涙が溢れ出す。

 

「でも、禰豆子は優しいから、下の子達の面倒をいつも見てくれて、暇さえあれば刺繍をして……家計の足しになるようにって……」

 

 嗚咽まじりに炭治郎は感情を吐露する。冨岡は黙って聞き役に徹していた。

 

「ごめん、ごめんなぁ、禰豆子……。駄目な兄ちゃんで……」

 

 炭治郎は全てを吐き出し、ただひたすらに泣いた。

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか眠っていた炭治郎が目を開けると、空は白け、元気な鳥の声が響いていた。

 

「起きたか」

 

 冨岡が壁に背をかけて立っている。炭治郎は慌てて体を起こした。

 

「泣いたなら、もううずくまるのは止めろ。時を巻いて戻す術はない。お前は前を見るべきだ」

 

 冨岡は懐から紙を出して炭治郎に渡した。

 

「お前には二つの道がある。一つは家に戻り、今までの生活を続ける道。もう一つは、鬼殺隊に入る道だ」

 

 紙には産屋敷という名義で小切手が挟んであった。子供一人なら五年は暮らせる額だ。炭治郎は目を剥く。

 

「今までの生活を続けるなら、お前の妹にはここにいてもらう。一度は正気になったとはいえ、二度目がある保証はない。会いに来るぶんには構わないが、二度と一緒に暮らせないと思え。その小切手は鬼の被害にあったものに配られる」

 

「鬼殺隊とは……?」

 

「鬼殺隊は字の通り、鬼を殺す組織だ。俺もそこに属している。鬼を滅する為に全員が修練を重ね、選別を越えて鬼殺隊に入る。非常に殉職率が高く、普通の生活とは程遠いが――、」

 

 冨岡は一旦そこで言葉を切った。

 

 

「家族の仇を、とれるかもしれない。そして、鬼ならお前の妹を人間に戻す方法を知っているかもしれない」

 

 

 炭治郎は驚きに息を止めた。

 禰豆子を人に戻す――、そうすれば禰豆子は俺を許してくれるだろうか。

 

 

「お前は弱い。修行も厳しくなるだろう……もしかしたら志半ばで死ぬかもしれない。それでも」

「冨岡さん」

 

 炭治郎の心は決まった。例えどんなに苦しくても、禰豆子の苦しみには勝らない。禰豆子の苦しみを背負う事は出来なくても、自分が苦しまずに逃げる事だけは出来なかった。

 

「心は決まったようだな」

 

 冨岡は笑った。

 

 

 

 

 

「俺は、鬼殺隊に入ります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




大正コソコソ話(水の呼吸使用者)

拾壱ノ型、凪  流 錆兎 (義勇)
拾弍ノ型、炎雷  流
拾参ノ型、水鏡 義勇
拾肆ノ型、? 錆兎
拾伍ノ型、? 真菰


 主人公は炎雷で突進を止めれば凪になると気づくのに二年掛かりました。
 

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