ついに明かされる鱗滝の真意。
しばらく流は出てきません。主人公は炭治郎になります。
「炭治郎、今日はここまでだ。帰るぞ」
「はい」
鱗滝がいつものように訓練場に行くと、そこには全集中を維持しながらひたすらに素振りを続ける炭治郎の姿があった。この少年はいつも呼びに来るまで絶対に鍛練を止めない。
初めの内は言ってもなかなか止めず、苦労したものだが、一度脱水症状で気絶した時に反省して従うようになった。
修行熱心で鱗滝の言うことに従ってただ無心に体を鍛える炭治郎に、育手としては嬉しい反面、彼がどれだけ追い詰められているのかを見せつけられているようで悲しくなる。
表情豊かで、明るい少年だというのに、炭治郎の笑いかたはまるで子供らしくない。この少年は笑う事、楽しむ事が罪であるかの様に申し訳なさそうに笑顔を浮かべるのだ。
「炭治郎。何度も言うが、自分を無理に追い詰めるのは止めろ。生き急いでも録な事にはならん」
「俺は別に無理をしていませんよ、鱗滝さん」
炭治郎の匂いは嘘をついていない。心からの本心だ。
「何もしないのがつらいか……?」
「ええ、まぁ」
少し炭治郎は顔を伏せた。
「寝ている禰豆子を見ていると、いつもあの事を思い出してしまうんです。一門さんを殺そうとした事、禰豆子が身を呈して俺の心を守ってくれた事を。本当はしっかり見なきゃいけないのに、それが出来なくて……」
「……逃げる事は罪ではない。また戻って来るのなら、それは悲しみで何も出来なくなるよりよっぽど価値のある行動だ」
炭治郎は、ありがとうございますと小さく呟いて稽古場の脇にある岩を見た。
その岩には一本の切れ目があり、綺麗にそこから二つに割れている。断面には苔がむしていて、鱗滝は懐かしく思った。
「その岩は最終選別に行くとき、お前の兄弟子が斬ったものだ」
「最終選別……鬼殺隊の入隊試験ですか?」
「ああ、そうだ。藤が一年中狂い咲いている山で七日間生きた者だけが鬼殺隊に入れる……。鬼が閉じ込められているその場所で、毎回何人もの人間が挑戦し、散っていく」
「とても、厳しいんですね」
炭治郎は顔を曇らせた。岩肌にそっと触れた。
「炭治郎、それを斬った人間は生きている。錆兎という男だ。義勇と同い年の、あいつの親友だ」
「冨岡さんの」
「正義感の強い、優しい男だ。すぐに流の後ろを義勇を引っ張って付いていく。初めは見向きもしなかったのに、毎日勝負を挑んでは負けていたな」
鱗滝はくつくつと喉を鳴らした。炭治郎は意外そうにその様子を見る。
「流も勝負を挑まれれば必ず応えていた。お前は知らないだろうが、あの子は年下に甘い。一度も止めろとは言わなかった。真剣で襲いかかられているのに、変な所で肝の据わった奴だった」
「し、真剣ですか……?」
「ああ。錆兎も義勇も流が強いことを良く理解していたからか、全く手加減をしていなかったな。二人で稽古をするときにはいつも木刀を使っていたのに」
炭治郎の顔が強ばる。流石に稽古で真剣勝負をするのは怖い。
「安心しろ。お前に同じ事をやらせるつもりはない。流がおかしかっただけだ」
本人が聞いたら全力で『んなわけねーだろ!?』と叫びそうな事を鱗滝は平然という。
炭治郎はほっと息をついた。しかし、自分が楽をしようとしていることに気付き、首を振る。
「いえ、鱗滝さん!俺にも流さんという人と同じ修行を付けてください!」
実を言うと炭治郎、件の『流さん』がトラウマの原因であることを知らない。
『お前が会ったのは、水柱の一門様だ』
なぜか冨岡、水柱の位の高さを表現するために様をつける。だが、炭焼き屋の少年に『水柱』とか言っても普通伝わらない。
だから炭治郎は一門流の事を『ミズバシライチモン』なる名前の人物であると勘違いしているのだ。
誰か早く訂正してください。
「流と同じ修行を……?」
「はい!同じように修行を付けて欲しいんです!」
「だが、あれは相当危険だぞ?」
またもや流が聞いたら卒倒しそうな事を言う鱗滝。
「でも、付けて欲しいんです!」
炭治郎は粘った。物理的にも精神的にも硬い頭の持ち主である。次の日になっても、その次の日になっても、ひたすらお願いし続けた。
「儂が教えられる事を全て吸収できたら考えてやる……」
「はい!」
鱗滝根負け。
炭治郎は達成感から、久し振りに心から笑った。
大正コソコソ話
真菰さんは、一門家に保護されたあと、偶然見つけた流の鴉に案内されて狭霧山に行きます。一門古流武術を一年間習ったあと、狭霧山で水の呼吸を習いました。
今でもたびたび道場に顔を出しています。