so-takさん、誤字脱字報告ありがとうございました!
錆兎さんの稽古は厳しかった。
何回も木刀で叩きつけられ、気絶した。何回も怒鳴られた。
でも、得るものもあったのだ。
――隙の糸。
俺は鼻がいいから目よりも匂いで周りを嗅ぎ分ける方が早いということに気づいたのだ。
その糸は相手の隙、その一瞬だけ表れる。たぶん糸が斬れれば俺は相手に攻撃を入れられる。錆兎さんは速すぎて体が追い付かないけど。
でも、糸が見えると同時に欠点も分かったのだ。
「手を抜くな!俺を殺す気で掛かってこい!」
俺は、人を斬れない!!
例え斬っていなくても、相手に刀が届きそうになってしまう、そう思うだけで動きが鈍るのだ。そして、そんな隙を許す錆兎さんではない。
もちろん原因は分かっている。禰豆子を斬ってしまった事だ。
強い後悔が、俺の動きを止める。刀を振るえなくする。
殺してしまうかもしれない――、その恐怖が心の底でずっと燻っていて。
「何度も言うが俺は強い。俺はお前ごときに殺されない」
錆兎さんが地面に伏した俺を起こす。
「そんなこと、分かってるんです……!でも、体が動かないんだ!!」
俺は泣いた。自分の未熟さに。
禰豆子がずっと苦しんでいるというのに、俺は全然前に進めない。何時までも過去に囚われ続けて、ちっとも強くなれない。
禰豆子を守ると決めたんだろう、竈門炭治郎!立ち上がれ!
何度己を叱咤しても、俺の体は動かない。
「しばらく、稽古は止めにする」
錆兎さんが立ち上がった。
「そんなっ!」
「お前がその心を変えられない限り、この稽古は時間の無駄だ」
錆兎さんは、いつもの厳しい表情ではなく、悲しみを滲ませていた。
「なぜあの人がお前の斧を避けようとしなかったのか、よく考えろ」
あの人のこと……。
「真菰に来させるから、お前が自分の心を克服できたと思ったら真菰を通じて俺を呼べ」
錆兎さんが背を向ける。無地の羽織は、錆兎さんの心の潔白さを示すようだ。
「優しさと臆病は違うぞ、炭治郎」
――――
「でね、炭治郎。わたしの親友がうっかりして、錆兎と義勇に……」
暗いままの炭治郎に、真菰は表情を曇らせた。
先日、錆兎から稽古中断を言い渡されてから炭治郎はずっとこの調子だ。一年以上経ってやっと明るくなったと思ったのに、逆戻りしてしまった。
こんな調子では新しい型を作る事もできない。
正直、今の炭治郎は実力だけで言えば最終選別なら楽に突破できる。しかし精神面で大きな問題を抱えていた。
鬼を目の前にした時、炭治郎が鬼を斬れるかどうか、それは実際にやってみないと分からないのだ。
真菰がいくら慰めたって意味はない。なぜならこれは炭治郎の問題なのだから。
逆に、助言をするならば炭治郎を知らない人間の方が良いのではないか?
真菰はそう思い始めていた。
「そういえば、炭治郎にずっと見せたいものがあったんだ!炭治郎は熱いの我慢できる?」
「炭焼きをしていたので、熱いのは大丈夫ですけど……」
「じゃあ二週間後に一緒に遠出しようね。戦国時代より前から続いている雨乞いのための『剣舞』を近くで見せて貰おう。水の呼吸の原型になった、すごい舞なんだ!」
――――
一門古流武術道場、その師範が代々踊る剣舞がある。
八月の下旬に毎年あるそれは、奈良時代より伝わる雨乞いの舞であり、その儀式は阿賀根山の山頂にやぐらを組んで行われる。
数年ほど前まではひっそりとしたものだったが、近年は麓で露店がでるなど、町全体で祭りのような雰囲気になるのだとか。
俺は真菰さんから聞いた話を反復していた。
「炭治郎、食べたいものがあったら言ってね。買ってあげるよ」
「ありがとう、ございます……」
あたり一面が提灯の赤色に照らされる様子は綺麗で、川に見たことない形の船が浮かんでいるのを見るのも新鮮だ。
だが、いかんせん人が多すぎる。
真菰さんは慣れているのか、上機嫌に色々なものを買っているが、俺は疲れ果ててふらふらだった。
「炭治郎、もしかして体調悪いの?舞は深夜に行うから今の内に仮眠をとっといた方がいいかもね」
「気を遣わないで、大丈夫です……」
「なに言ってるの」
真菰さんに連れられて、大通りから少し外れる。そこには数本の木がひっそりと生えてて、俺は木にもたれかかった。
「わたしも昔ここに住んでたからね、こういう秘密の場所とか詳しいんだ。少し休もうか」
笹にくるまれたおにぎりを手渡される。俺は水筒を傾けながら、おにぎりを受け取った。
水が喉を通る感覚が心地良い。おにぎりをほおばって、少し元気が出てくる。
「わたしは道場の門下生だから、本当はお手伝いに行かなきゃいけないんだけど……炭治郎、体調はどう?」
「げ、元気です!真菰さんは俺に構わず行ってください!」
俺は慌てて否定する。真菰さんに非常に申し訳ない。
「うーん。一人で置いてくのも心配だしなぁ……」
首を捻る真菰さん。どうしよう。
「おや、真菰さんですか?」
真菰さんに話しかけたのは眼鏡をかけた細長い男の人。優しい匂いがする。
「加賀見さん!お久しぶりです」
「お久しぶりです。君も舞を見に来たんですね」
「はい。門下生なので」
真菰さんと知り合いのようだ。あたふたして二人を見ていると、男の人と目が合う。
「そちらの少年は?」
「わたしの弟弟子です。竈門炭治郎といいます」
「はじめまして!」
俺が頭を下げると男の人はクスクスと笑った。
「はじめまして、加賀見銅鏡といいます」
「加賀見さんは現役時代に『水柱』だったすごい人なんだよ」
ミズバシラってなんだろう?
「『柱』っていうのはね、鬼殺隊に九人しかいない最高位の階級なんだ。水の呼吸を使う人を水柱って言うんだ」
「え、じゃあミズバシラのイチモン様も、『柱』の一人だったんですか?」
真菰さんの笑みが硬直した。
「一門君の知り合いですか?」
加賀見さんがずいっと近づいてくる。
「そういうのではなくて、俺は、あの人を……き」
「わわわ、炭治郎、わたし早くお手伝いに行かなきゃ!炭治郎ももちろん来るよね!?迷子になっちゃうもんね!」
「いえいえ真菰さん、彼は相当顔色が悪いですよ?時間になったら私がかわりに連れていきましょう」
俺は、一門様と親しいであろうこの人に、真実を言うべきなのだろうか?
「それこそ加賀見さんに申し訳ないです!炭治郎、行こう!」
いや、この考えこそが逃げだ。俺は、逃げてはいけないんだ。
責められるような事をしてしまったのならば、しかるべき責めを受けなければいけない!
「いえ、真菰さん!俺はここで休みます!」
「ええ!?」
「絶対に休みます!加賀見さんと一緒に休みます!」
真菰さんは、困惑の匂いをさせながらも、俺の手を引くのを止めた。俺の耳に口を近づけると、ぼそりと呟く。
(あの時の事は絶対に話しちゃだめだからね)
「すいません!」
「加賀見さん、炭治郎のことをよろしくお願いします」
「はい。引き受けました」
真菰さんはぺこりと会釈して、人混みに消えてしまった。
「で、炭治郎君」
「はい!」
どうしよう、真菰さんに口止めされてしまった。
せっかく加賀見さんと話せるようになったのに……。いや、約束は守らないと。
「一門君と何があったんですか?」
「なんでもないでっひゅ!!」
「君は分かりやすいですねぇ……で、何があったんですか?」
なぜ分かったんだ!?これが鬼殺隊の最強格!!
――――
後日、一門流に手紙が届く。
「う、うそーん……」
流は手紙を開き、そう呟いた。
大正コソコソ話
加賀見さんは頭が良いので、嘘を見抜くのが得意です。
流に対して勘違いしてしまったのは、その頭のよさゆえに、古い文献などを引っ張り出して調べた上であの結論に至ってしまったからです。
流は継子時代に何度か訂正しようとしたのですが毎回「はい、論破」をされて心が折れました。
一人称と三人称、どちらが読みやすいですか?
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一人称
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三人称
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どちらでもいい