勘違い鬼滅奇譚   作:まっしゅポテト

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人か鬼か

 炭治郎は冷静さを保ったまま、下弦の伍、累の繰り出す糸の攻撃を捌き続けていた。

 

(『強い鬼に会った時はむやみやたらに攻撃せず、時間を確認しながら機を伺え』。錆兎さんの教えを守れ!落ち着いて、呼吸を長く保つんだ)

 

 糸が斬れないなら、糸を斬らずに敵に近づく方法を模索すればいい。

 炭治郎は焦らず、ただひたすらに隙を狙っていた。

 

 禰豆子のいる箱は、木の裏に置いてある。

 

 

「仲間を待ってるの?無駄だよ、この山には他にも僕の家族がいるんだから」

 

 炭治郎は先ほど見た様子から、目の前の鬼が最も強いと推測する。ならば他の鬼に、炭治郎より強い錆兎や義勇、カナエのような一般隊士が負ける筈がない。

 油断はしない。しかし、炭治郎はこの戦いに勝機を見いだしていた。

 

 

 上記三人がもはや柱レベルの強さである事を炭治郎は知らない。

 

 

 累は全く折れない炭治郎に痺れを切らした。あやとりをするように、手を広げて見せる。

 

「もうお遊びはお仕舞いだ。血鬼術――殺目篭」

 

(水の呼吸、漆ノ型 雫波紋突き!!)

 

 炭治郎は全方位から迫る攻撃に水の呼吸最速の突きでもって対抗する。自分を囲う紅い篭に穴を開け、脱出した。

 二年間の修行が役に立っている事を感じながら、全集中の呼吸を維持し続ける。

 しかし目の前にいるのは十二鬼月の一人。余裕をもって次の攻撃を繰り出した。

 

「もっと硬い糸がいいの?ほら」

「ぐっ!」

 

 前より硬く、速い糸が炭治郎の頬を削ぐ。炭治郎は匂いで攻撃を察知しながら、本能的にそれを避けようとするも、傷が増えていくのを防げなかった。

 炭治郎は油断などしていない、累が力を出していなかっただけである。

 

「君は頑張った方だよ。でも、僕には勝てない」

 

 一際鋭い糸に体をのけ反らせ、態勢を崩す炭治郎。自然ではない態勢に体が悲鳴をあげ、刀が手から滑り落ちる。

 

「しまっ……!」

 

 

 

――霞の呼吸、伍ノ型 霞雲の海。

 

 

 

 炭治郎の視界を埋めていた紅い糸が白い霧に浚われ、消える。

 高速で繰り出された細かい斬撃が、糸を全て切り裂いたのだった。

 

「下弦の……伍か。大した奴じゃないな。がっかり」

 

 静かに姿を現したのは、炭治郎よりも更に幼い少年。霞柱、時透有一郎である。

 

「下がれ、邪魔だ」

「あの!君は……!」

 

 有一郎は炭治郎を無視して累に斬りかかった。

 

「何度も僕を邪魔しやがって!しつこい!」

 

 無数の糸が襲いかかる、がそれら全てを細切れにして有一郎は累に近づいた。

 

「『何度も』って、違うけど……まあいっか。さよなら」

 

 とん、と累の肩に有一郎が乗る。それだけのように炭治郎には見えた。しかし累の頭は消え、体だけが直立している。

 有一郎は頸を切った上で、頭をちりじりに裂いたのだった。まばたき一つの合間に。

 

 炭治郎は体が震えた。これは恐怖だ。

 一瞬で鬼を滅殺した有一郎に、恐れを抱いたのだ。

 

 

 

 

「ど、うして……鬼の首を……?」

「鬼の最期なんて、ろくなもんじゃない。全員口を揃えて恨み事だ。さっさと消えて欲しいんだよ」

 

 心底不快そうな表情をする有一郎。鬼との戦いではひたすらに無表情であった分、炭治郎は少し安心した。

 灰になりはじめ、累の体が倒れる。炭治郎は静かに立ち上がってその体に近寄ると、何かを求めるように揺れていた手を握った。

 有一郎は炭治郎の行動に、更に機嫌を悪くする。

 

「鬼に情け?頭おかしいんじゃないの?」

「この鬼からは、後悔の混じった悲しい匂いがします。人を食った事を悔やみ悲しむのなら、最期くらいはせめて、人と同じように接したい」

「鬼は大勢の人を殺した、絶望と憎しみに叩き落とした化け物だ。そんなのに人としての最期?馬鹿げてる。地獄に落ちて当然だ」

 

 有一郎は刀を振り上げた。炭治郎は有一郎の手にしがみつき、それを止めようとするが、累の体は二つに別れる。

 

「どうしてそんな事をするんですか!?」

 

 炭治郎の必死の叫びに、有一郎は唇を震わせた。

 

 

 

 

「ふざけるな!!」

 

 

 有一郎の気迫に炭治郎は倒れる。

 

「こいつのせいで、鬼のせいで、どれだけの仲間が殺された!?昨日まで笑ってた人が死んだ!朝に挨拶した人が死んだ!数秒前まで共に戦っていた人が死んだ!全員が幸せに生きて、家族に囲まれていられるような人たちだった!戯れ言を言うな!」

「言います!鬼は哀れな生き物だ、悲しい生き物だ!決してただの化け物なんかじゃない!」

 

 炭治郎は負けじと声を張り上げる。

 

「化け物だ!人を嘲笑い、命を持て遊ぶどこが哀れで悲しい?殺された人、残された人の気持ちを考えろ!」

「それでも!鬼は、人間だったんだから……。俺と同じ、人間だったんだから……」

 

 炭治郎は涙を浮かべて、有一郎を見上げた。平静をとり戻した有一郎は、これ以上会話をする事の不毛さを知る。

 

「もういい。勝手に言ってろ。俺は、鬼殺隊の駒として、責務を果たす」

 

 有一郎は踵を返すと、木の裏にあった箱を持ち上げた。それは、禰豆子の居る箱である。

 

「離して下さい!」

「この中にいる鬼は知り合い?お前、やっぱおかしいよ。鬼殺隊士が鬼を連れるなんて、前代未聞だ」

「妹です!でも鬼になってから二年間、人を食っていません!」

 

 有一郎は答えずに、箱を開いた。禰豆子が重力に従い、地面に落ちる。

 炭治郎はすぐさま禰豆子を庇った。有一郎を睨み付けて、刀を構えた。

 

「妹。そう、残念だ。同じ兄として、そこだけは同情するよ」

 

 有一郎は炭治郎を蹴りあげると、禰豆子の頸を狙って刀の切っ先を突きつけた。

 

「止めろぉぉ!!!!」

 

 炭治郎の叫び虚しく、霞が立ち上がった。

 

 

 結局、守れなかった……何もかも……。

 

 炭治郎は、絶望に頭を伏せた。

 鬼殺隊に入るというのは間違っていたのか?俺は、長男なのに、何も守れないのか?

 

 禰豆子を人間に戻すというのは、所詮絵空事に過ぎなかったのか……?

 

 

 

 

 

「男なら常に前を向け、炭治郎」

 

 炭治郎は聞き覚えのある声に、顔を上げた。 

 夜でも目立つ白の羽織。一度見たら忘れない宍色の髪。

 

 そして、水の呼吸の適性を示す、薄く青みがかった日輪刀――。

 

「まだ何も終わっていないぞ」

 

 錆兎が、そこにいた。

 

 

 




 流は全力疾走中です。

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