そこは一つの世界。

かつての英雄たちが集う、魂の世界。

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魂の在り処

 

 

 

 揺蕩う。ひたすらに、何もない空間を。

 揺蕩う。自分のことを、忘れてしまうほどに。

 

 一瞬、あるいは永遠にこの空間を漂い続けている気がする。つい先程来たばかりにも思えるし、随分前からいるようにも思える。

 薄い視界に映るのは、一面の白。神々しく、しかしどこか不気味な白が広がっていた。

 

 ──何故、自分はここにいるのか?

 

 自問を何度も繰り返した。

 

 ──自分は、なんなのか?

 

 自己を確立するのが難しい。

 

 ──何が、あったのか?

 

 ぼんやりとする視界に、艶やかな黒が映った気がした。

 

 目を、開く。ほとんど閉じられていた瞳で、改めて目の前を見る。

 

「あ、れ──?」

 

 映っていたのは、一面の白。しかし先程とは違い、私は立っていた。しっかりと地に足をつけて、己の力で体を支えて。回るようになった思考は、はっきりと自己を認識した。

 

「私、は」

 

 思い出す。分岐点となった出来事を、かけがえのない仲間たちを。──そして、自身の最期を。

 

「そうだ……私は、()()と戦って──」

 

 ずき、と。頭部に鋭い痛みが走る。反射的に頭を抑えて、痛みに耐えながら再び思い返す。

 

「自分で、自分を。だとすれば、ここは死後の、世界──?」

「いいや、それは違うな」

 

 ぽつりと呟いた言葉に、厳かな声が返答をした。

 私一人だと思っていただけに、その驚愕は大きい。

 思わず振り返れば、そこには一人の男が立っていた。

 

「あなたは……?」

「ふむ、そうだな……キミが知っているかは分からないが──かつて『剣聖』と呼ばれた一人の剣士さ。それに、ここにいるのは私一人ではないよ」

「え──?」

 

 剣聖と名乗る男の背後の空間がぼやけたと思えば、次の瞬間その背後に無数の人々が立っていた。

 一目で理解する。

 

 ──強い。誰も彼も、私とは比べようもないほどに。その実力は聖騎士、などという枠組みに収まらず、それこそ一騎当千の英雄、とでも呼ぶべきだろう。

 無数の視線に晒され、少したじろぐ。

 

「一体、あなたたちは」

「それに答える前に、一つ。──キミは、なんのために剣を振るう?」

 

 穏やかな声色で問いかけられる。しかし瞳は品定めするように私を見ており、言葉が突っかかる。

 それを堪えて、自分の思いを吐き出す。

 

「私は──友を、仲間を、民を守るために剣を振るう。導いてくれた師に恩を返すために、危機に晒される民を助けるために、尊敬している人に並び立てるように!」

「──やはりキミは、私たちの見込んだ通りの人間だ。改めて名乗ろう。私はカルフェン。キミの振るう聖剣、エクスカリバーの最初の担い手さ」

 

 彼は──『剣聖』カルフェンは、穏やかだが力強くそう告げた。

 

 

 

 

「さて、こうして私たちがキミの前に出てきたのは他でもない。キミを、鍛えるためさ」

「私を、鍛える?」

 

 おうむ返しをする私に嫌な顔をせず、そうだ、と言って人差し指を立てる。

 

「キミは最上位魔神の一角、キューザックに敗れ、その命を自ら絶った。そこは分かっているね?」

「……はい」

「なに、恥じることはない。というか、あんな存在に勝てる者なんてほんの一握りなんだ。私たちでさえも瞬きの間に殺されるだろうさ。そこでだ」

 

 カルフェン殿は後ろに佇む英雄たちを一瞥し、それから私に視線を戻す。

 

「この空間は死後の世界ではない。聖剣エクスカリバーに内在する、魂の保管場所なのさ。ここで流れる時間は現実の時間に比べてとても遅い。つまり、鍛錬に使える時間が有り余っているということだ」

「それを利用して体を鍛えれば──!」

「いや、残念ながらここで体を鍛えても現実には一切反映されない。キミも私たちも、魂だけなんだから。だから鍛えるのは体ではなく、心さ」

「心……」

 

 予想していたものとはまるで異なる答えに、少し戸惑う。

 

「そうすれば、キミは今とは比べものにならない強さを得ることができる。失敗すれば最悪エクスカリバーに取り込まれるけど、キミなら大丈夫と信じている」

「やります!」

 

 即答だった。

 望み焦がれた力を手に入れられるのだ、断る理由がない。

 カルフェン殿は私の返答を聞いて満足そうに頷くと、私の額に指を当てた。

 

「いいか? 今からキミの魔力を無理矢理覚醒させる。尋常じゃない激痛が襲うが、なんとか耐え切ってくれ」

「それは──」

 

 どういうことですか、という疑問を出す前に、全身を灼熱が襲った。

 

「がっ、あああぁぁああぁあっ!!!」

 

 熱い、熱い、痛い、熱い──。

 血管が爆発しそうなほど熱い。眼球が無数の小さな針で刺されているように痛い。全身を炎で炙られているように苦しい。

 

「いっ、あ、かっ、」

 

 頭に直接杭を打たれたと錯覚するほどの激痛が走り、意識が段々と朧げになっていく。

 視界に黒が混じり、火花が散る。

 その直後──体を内側からぐちゃぐちゃにされるような感触で強制的に意識が覚醒した。

 内臓を掻き分け、心臓を直接鷲掴みにして、脳へとたどり着く。ひたすらに痛く、苦しい。

 

 脳みそを掻き回され、自分が自分でないような感覚に陥る。そして、そして──、

 

「あ、」

 

 体が爆散したような、あるいは圧縮して潰されたような。そんな形容しがたい激痛に、私の意識はあっさりと暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──!」

 

 それから、どれだけ経ったのか分からない。

 ただ一つ確かなのは、()()()()ということ。

 

「──サー!」

 

 力が溢れ出す。自分でも制御できないほど莫大な魔力が、水を得た魚のように駆け巡る。

 

「──アーサー!」

「は、はいっ!」

「数百年は眠っていたが……意識ははっきりしているな。それに、見違えたな……やはりキミは、歴代の中でも最強の担い手だ」

「あ──」

 

 カルフェン殿に言われて、改めて認識する。

 体を駆け巡る魔力を。そして、その使い方も。

 どんなに試しても覚醒の兆しを見せなかった魔力が、目覚めたのだ。

 歓喜した。これでようやく──。

 

「あ、れ?」

 

 視界が傾く。

 倒れたと気づいたのは、数秒経った後。

 

「立て、ない。なんで──」

「覚醒した魔力が強すぎて、体が追いついていないのだろう。じきに動くようになるはずだ。そのままでいい、聞いてくれ」

 

 はい、と頷く。

 

「まず、問題なく魔力は覚醒した。しかし魔力が使えるようになったとはいえ、キミの肉体が強くなったわけではない。だが、これで聖剣は問題なく扱えるはずだ」

 

 どういうことですか、と目で訴えれば、カルフェン殿は苦笑して、

 

「元々キミが聖剣を扱えなかったのは、許容量の問題なんだ。キミの許容量を10としよう。通常の武器ならば0に等しいが、聖剣には私を始めとして無数の英雄たちの魂が宿っている。それらの力や技術を引き出して行使できるのだが、そこが問題なんだ」

 

 体が動くようになってきた。なんとか上体を起こす。

 

「聖剣を振るうということは即ち、私たちの技量と経験を引き継ぐということなんだ。その場限りでね。言いにくいが、キミの体はまだまだ未熟だ。故に私たちの力を引き出せば引き出すほど、その体は私たちの力に圧迫されていく。それに身体能力も上昇していただろう? それも私たちの力を扱えるように、聖剣が無理矢理体の強度を上げていたんだよ」

 

 完全に動かせるようになった。

 

「しかしキミの体には莫大な魔力が眠っていた。それは私たちを凌駕するほどだ。だというのに、なぜ許容量を超えたのか。答えは簡単、魔力を閉じ込めていた器が開いていなかったからだ。だから私たちの力を受け入れきれなかった」

「つまり、今の私なら──」

「聖剣を十全に振るうことができる」

 

 その言葉を聞いて、目の端に涙が浮かぶ。これでようやく、マーリンの期待に応えられる。胸を、張れる。

 

「さあ、今を以てキミは完全なる担い手となった。それに──現実にいるキミの仲間たちが、ピンチに陥っているようだ」

「なっ!? では今すぐにでも駆けつけなければ!」

「ああ。行ってきなさい。──キミの旅路が、輝けるものであるように。そして訪れる未来が幸福であるように、私たちは祈っているよ」

「はい! 皆さん、ありがとうございました! どうか、見ていてください!」

 

 頭を下げて感謝を示す。

 彼らには感謝してもしたりない。未熟な私を導いてくれた彼らに、最上の礼を。

 

「ああ、それと。キミの肉体は死んでいるも同然だ。だから、私の魂と引き換えに蘇生しておくよ」

「なっ──」

 

 言葉を続ける暇もなく、私の意識は再び暗転し──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カルフェン殿!!」

 

 

 

 

 目を覚ませば、そこに彼らの姿はなく。

 

 

 

 

 鈍い光を放つ聖剣が、その存在を主張していた。

 





歴代の英雄たちに鍛えられる、いいと思いませんか?
妄想1億%の代物ですが、それ故に原作でアーサーが復活したときの描写が全く見当違いのものであれば私は死にます。
そうなっても消しはしません。タブンネ。


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