ありふれた職業で世界最強~いつか竜に至る者~   作:【ユーマ】

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コロナウィルスが猛威を振るってますね・・・。

最近ついに隣町で感染が確認されました。収束するまでは仕事と大事な用事以外は引きこもり生活安定ですね。


第40話『正しさの果てに』

 雫が静かに、けれどハッキリと告げた言葉の意味を光輝は理解できなかった。

 

「な、何を言ってるんだ、冗談はよしてくれ。俺にとってクラスメイトのみんなは仲間だし、龍太郎は親友だ。そして香織と雫はとても大切な幼馴染なんだ」

 

「幼馴染、ね……それ、私や香織がクラスの二大女神と呼ばれて居なくても同じ事が言えたのかしら?」

 

 何故自分もそんな風に呼ばれているのか未だに疑問だが、けれど雫は思ってる。光輝が大切にしているのは『二大女神の幼馴染』と言う称号だけだろうと。

 

「勿論だ! 俺は何時だって二人の事大切に思って行動しているんだ。雫だってそれは分っている筈だろう?」

 

「いいえ。出会ってから今日まで、貴方は一度も私にそれを実感させてくれなかった。むしろ、幼馴染よりも友人よりも、貴方は何時も自分が正しくある事だけを最優先しているのでは? とすら思っていたわ」

 

「雫……?」

 

「覚えているかしら? 小さい頃、私がイジメを受けていて、光輝に助けを求めた時の事」

 

 雫の声が微かに震え始める。まるで怒りのまま怒鳴り散らすのをガマンしているかのような言い方だ。

 

「勿論覚えているさ。後にも先にも雫が俺を頼ってくれた唯一の事件だったからね」

 

 雫は小学生の時、一部の女の子からイジメの対象となっていた。その原因は光輝だった、幼いながらに既にカリスマの片鱗と何でもできる天才児だった光輝は女の子達から注目の的だった。そして今でこそ二大女神、と称される程になった雫だが、昔は地味な服装に男の子の様な髪型、そして家柄と才能から剣の道一筋だった事で女の子らしい話題に着いていけなかった。そんな周りから見れば女の子らしくなかった雫が光輝と懇意にしているのが許せなかった。

 

「ええ、そうよ。あの時、私は光輝に泣きついて、助けを求めた」

 

「ああそうだ、だから俺が彼女達と話をつけてちゃんと雫と皆を“和解”させて――」

 

 そこまでが限界だった。光輝の和解、と言う言葉を聞き、雫は俯きギリと歯を食い縛った

 

「……と、……わよ」

 

「……雫?」

 

「そんな事、私は頼んで無かったわよっ!!」

 

 キッと光輝を睨みつけ、雫は遂に10年分の感情を爆発させた。

 

「何時、私が、あいつらと仲良くしたいなんて言ったのよ!? 私はただ、あいつらのイジメを何とかして欲しかっただけで、仲を取り持って欲しいなんて欠片も思って無かったわ!」

 

 雫は期待していた。それこそ王子様、あるいは正義の味方のように毅然とした態度で彼女達のイジメを咎めてくれるのを。しかし、その期待は裏切られた。悪意を持って光輝の幼馴染を虐めていたとなれば光輝からの印象が悪くなるのは小学生でも分る。だからこそ、彼女は猫を被った。そして光輝はそれを受けいれた。

 

「イジメは単なるお互いのすれ違いだった? 話し合えば仲直りできる? みんな良い子達だった? 当たり前じゃない。普通にイジメを認めれば光輝から嫌われかねないんだもの、嘘ついたり、猫被るのは当然でしょ!」

 

 そして後日、自分達を虐めていた女の子達を侍らせながら笑顔で現れた光輝の姿を見た時のショックを雫は今も覚えている、そして光輝への疑いはこの時から始まったのだ。

 

「で、でもあの後イジメは完全に無くなったじゃないか? みんなだって雫に親しげに話しかけたりして――」

 

「あんなの上辺だけの表向きの姿よ! 貴方の知らない所、見向きもしない所ではむしろ悪化していたわ!!」

 

 最初は「雫、あなたって女だったのね」と男扱いするようなやっかみだった。けれど、光輝の一件以来、それが大きく変化した。

 

 

 

 

『貴方も女の子だったのね。普段はがさつな男女のクセに、こんな時だけ男の子に頼るずるい女』

 

『虐められてる事を利用して可哀想な子を演じてまで天乃河君の気を惹こうとするなんてとんだ女狐ね』

 

『それならお望み通り、もっと虐めてあげる。ほら、さっさと王子様に泣きついてきたら?』

 

 

 

 

 

「いまどきの小学生は怖いわね。女狐なんて単語、何処で覚えたのかしら?」

 

 そしてその言葉の通り、彼女へのイジメは更にエスカレート。けれど、そこは小学生ゆえの考えの及ばなさか、規模や度が過ぎれば露見する可能性を考慮しておらず、程なくしていじめは露見し保護者や学校の教諭に話が行く事で鎮静化された。とは言え、鎮静化するまでの雫へのダメージは決して少なくなく、香織と出会い、隠れた趣味の露見がきっかけで気軽に本音を話せる間柄となったカナタの存在がなければ、雫は完全に心が折れて不登校に陥っていてもおかしくなかった。

 

 けれど、その時はまだ雫の光輝への疑惑は“自分は幼馴染として大切に思われて無いのでは”と言う程度で、その気持ちにも「悪気は無かったから」「彼の性格の問題だから」と目を逸らした。

 

「きっとこれから先、何かきっかけがあれば彼も変わる……いや、自分のこの考えは思い違いだったと思わせてくれるはず、そう思っていたわ。でも、そんな時にあの日の出来事よ」

 

 オルクス大迷宮で起きた事件。生存が絶望的となった香織、自分の様なイジメなんかとは訳が違う。これ以上のきっかけは無いと言えるぐらいだ。流石の光輝だって正しい正しくないなんて考える事も出来ず、感情のままに檜山に怒鳴り散らすだろう。もしかしたら、檜山の顔に一発きついのくれてやるかもしれない。僅かにそう期待していた。

 

「なのに、香織があんな事になってもあんたははいつも通りだった。お行儀の良い優等生、清く正しい勇者のままだった」

 

「そんなの当然じゃないか。だって俺は香織は生きていると信じていたからね」

 

「どうやって?」

 

「え?」

 

「どうやって生き延びるの? 香織自身魔物と戦う力なんて持ってなかった。水は? 食料は? 飲まず食わずで人間が数ヶ月も生きていけるはず無いでしょ」

 

「け、けど、こうして現に香織は生きて――」

 

「そうね。確かに三人とも生きていたわ。それはとても嬉しい、嬉しすぎて思わず泣いちゃったし。でも、それとは別でどうやって数ヶ月も生き延びたのって疑問も持ってる。それぐらい絶望的な状況だったのよっ!!」

 

 常識的に考えればあの日から二ヶ月も経てば、少なくても飢死は確実。なのに光輝は今日まで香織の生存を信じ、皆を引っ張ってきた。光輝が香織の生存を信じていた理由。それは『自分の傍には常に香織が居る事が正常』だから、この一点だった。異常な状況は努力すれば必ず正常に戻せる。ならば香織の生存を信じ、それを諦める事無く進み続ければ香織は必ず戻ってくる。光輝の頭の中はこの考え一つであり、より常識的な部分、つまりは、雫がいま言った様な食事や水の問題は全く考慮されていなかった。いや、ご都合主義により知らない内に目を逸らしていたのかも知れない。

 

 結果、あの出来事の中で光輝が常識的な考え方に基づいて判断する事ができたのはハジメとカナタ、二人の生死だけだった。あの高さから落ちれば間違いなく落下死、仮に生き残っても戦う力もなく、それを改善する為の努力もしなかった無能の二人。ならば、迷宮の魔物に殺されて生存は絶望的だろう、と……。

 

「そのくせ、他の二人はあっさり死んだと切り捨てて……一体何様よ、あんたっ! あんたにとっては香織や私に手を出す名も無い登場人物でしかないんでしょうけど、カナタにも南雲君にもアンタと同じ様に家族がいるのよ!! 息子は失踪先で亡くなりました、って聞かされた時の家族の気持ち一度でも考えた事あったの!?」

 

「そ、それは勿論――」

 

「無いわよねっ! ホントにあるなら――」

 

 そこで雫は視線を檜山に移す。こちらを射殺さんと言わんばかりの視線に、檜山が顔を青くする。

 

「あいつをなんの罰もないまま野放しになんか出来ないわよっ!!」

 

 光輝にとっては死んだ二人の分まで檜山にも救世を手伝わせればそれが償いになる、そう思っていた。けれどもし「御宅の息子さんは檜山の不手際で亡くなりました。しかし、檜山には反省させて二人の分まで頑張らせたので許してあげてください」こう言われて、納得できる親が居るだろうか……

 

「そうやって何時も何時も自分の目に映る事、その場限りの事しか考えずに突っ走って……私や香織がどれだけいろんな人に頭下げてたと思ってるのよ!!」

 

 喧嘩している両者を和解させる、見ず知らずの人たちの為に立ち上がる、大切な人の生存を諦めない、死んだ仲間の分までと決して折れない、非を認め必死に謝罪する相手を広い心で許す、敵だろうと誰であろうと命は大切にする。これらの行いは決して間違っては居ない、むしろ正しくすらある。けれどこの正しさは大衆からみた正しさ、一般的な勧善懲悪の視点で見たモノだ。

 

 子供向けのお話や時代劇の中の世界ならそれで全てうまく回るだろう。けれど、現実は違う。大衆から見て正しくとも、特定の個人によっては、それにより割を喰って辛い思いをする事になるだろう。雫もその一人だし、そうした人に対して雫、時には香織が謝罪をするのはよくある事だった。

 

 そんな目に合えば普通であればどっかで見限っても可笑しくない。けれど、雫はそれをしなかった。その時には雫にとって光輝は幼馴染。異性として見る事は出来なくても、手の掛かる弟分、家族に近い感情を持っていた。

 

「ハァハァ」と息を切らしていた雫が、さっきとはうって変わって、俯きながら静かに言葉を紡ぐ。

 

「悲しかったわ……三人のこともそうだけど、あんたにとって私は他のみんなと同じで、ただ単に名前があるだけの登場人物でしかなかったんだって……物凄く裏切られた気持ちになったわ。私のこの10年間はなんだったんだろう、って」

 

 家族は家族を見捨てない、その気持ちだけで今日までやってきた。けれど、光輝はそれを裏切ってしまった。正しくある事を選んだ結果、彼女の気持ちを知らないうちに踏み躙ってしまった。

 

「し、雫……少し落ち着くんだ。いま雫は香織達が突然戻ってきて気持ちの整理が出来てないだけだ。俺は何時だって、みんなの事を大切にしてきたし、何時だってみんなの事を考えて行動していた。雫や香織、龍太郎はその中でも特別大切な――」

 

 その言葉を遮る様に、雫は光輝から背を向けた。実を言えば光輝の言葉は間違ってない。言動は兎も角、光輝自身は周りの人間をお話の登場人物として見た事なんて一度もないし、二人を大切に思っているのも事実。

 

「最初に言った筈よ」

 

 けれど、そうした気持ちは相手に伝わらなければ意味が無いし、心でそう思っていても取ってる行動が逆なら、逆に捉えられても無理は無い。

 

「あんたはそれを一度も実感させてくれなかった」

 

 光輝は確かに正しかった、正しくあり続けた。けれどその末、正しさの果てに――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなあんたの言葉は……もう、信じることなんて出来ないのよ」

 

 ――身近な幼馴染からの信用を……光輝は完全に失う事になった。


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