ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

126 / 142
懐かしい姿と

 

 せっかく足を運んだ校舎で、迷った。慣れない場所故か、どうにも自身の勘に頼りすぎたらしい。周りを見れば過ぎていく生徒の姿。不審な目で見られないのはまともな格好と今日という日があってこそだろう。……あまりじっとしては良いようにはとられまい。一先ずといった様子で足を動かす。

 

「(さて……)」

 

 我が子の場所を探すとしよう。一年生の教室はたしか、一階だったか二階だったか三階だったか、もしくは四階だったか。考えて、もっと話を聞いていればと後悔した。仕方ない。なにせ、この場所に来るというコトだけでもかなりのものだった。

 

「(……向き合えては、来たのだがな……)」

 

 ため息をつきながら、廊下を進む。我が子は大丈夫だろうか。今更すぎる心配に、つくづく都合のいい男だと自嘲した。その我が子を気遣えなかったのはどこのどいつなのか。自分に問いかけて、自分で戒める。それに気付いたのも、つい最近だ。

 

「(……人に頼りたい、が……人選は、肝心だな)」

 

 うんとうなずいて、あたりを見渡す。そこまで変な人間でもないとは思っているが、だからといって最近我が子から「仏頂面」なんて言われるものだ。そこらの女子に声をかけるのも、なんとなく気が引けた。真面目そうで、かつトゲがなく、話しかけやすい人間だと尚更いい。――と、不意にその黄色い腕章が目を引いた。

 

「(生徒会、か)」

 

 たしか役員のつけていたものがそれだった。見ればしっかりと制服を着こんだ大人しそうな男子が、橙色の髪をした少女をともなって歩いてきている。ちょうど良い、と自然足を向けた。目を引いたのは腕章。それは間違いない。けれども、それ以上に気になったのはその雰囲気で。

 

「(……どうしてだろうな。なんとなく、だが――)」

 

 見知った誰かに、その少年は似ているような気がした。

 

「……すこし、良いだろうか?」

 

 

 ◇◆◇

 

 

 昼食をすませて、屋上を後にする。紗八は言いたいことだけ言ってどこかへとふらり消えてしまった。いまの自分は彼女にとっての十坂玄斗ではない。そういう意味なのだろう。それになんとなく「あるものはあるじゃないか」なんてもうひとりの自分に言い聞かせたくなる。階段を降りて廊下を進むと、人気が段々戻ってきた。

 

「(えっと……とりあえず碧ちゃんを……)」

「む? 玄斗?」

「あ、七美さん」

 

 と、ばったり出くわした少女に足を止める。すい、とさも自然な様子で手をあげて微笑んでくる七美に、玄斗もにこりと笑いながら手をあげ返す。あの一件以来、会えば笑顔の絶えない天然同士の不思議なコミュニケーションだった。

 

「帰っていたのか。向こうの学校に行っていたと聞いていたが」

「うん。帰ってた。閉会式まではこっちだよ」

「そうか。いや、それなら良いのだ。うむ」

「良いの?」

「良いな」

 

 笑顔を浮かべる七美に、もう一度玄斗も笑顔で返す。特別深刻になるワケでも、茶化すワケでもない。ただそこに居て話しているときの、ささやかな時間に幸せが見いだせる。そんな関係性になるのだろうか。独特な彼女との空間は、玄斗としても嫌いではなかった。

 

「七美さんはどこへ?」

「私は適当に見て回っていた。人生初の文化際だからな。いや、見るものぜんぶ楽しくて仕方なくてな! ……ついはしゃいで友人たちとはぐれてしまったのだ」

「ああ、そういう……」

 

 ため息をついて言う七美に、なんとも彼女らしいと玄斗は苦笑した。人生初のイベント。そう思えばまあ、楽しさは仕方ない。初体験とは得てしておさえられない感情が溢れてくるものだ。そのあたりを〝名前の意味〟に縛られてまったく楽しめなかった彼からすると、ちょっとだけ羨ましくもある。

 

「玄斗はどうしたのだ?」

「僕は碧ちゃん……五加原さんを探してる。クラスメートの子。お弁当もらって、返さないといけないから」

「ほう。……ではちょうど良いな。ふたりで探してみよう。それまで一緒に回ってくれると、私は嬉しいんだが」

「ああ、うん。別に構わないけど」

「うむ!」

 

 こくこくと首を縦にふる七美に、玄斗が目をぱちくりとさせながら表情を緩める。要は人を探しているなら見つかるまで同行しようとのコトである。断る理由もないのでそのまま引き受ければ、意外な反応が返ってきた。天然と天然。その狭間にできた溝はどこまでも深い。

 

「……しかし、良いな」

「? 良いって、なにがだい?」

「いや、玄斗がな。笑っているだろう?」

「……? まあ、そりゃあ……?」

「私の知っている片方の玄斗は、とても寂しく笑っていたのだ」

「――――、」

 

 あれは駄目だろう、なんて七美は言う。彼の知っている少女たちが、当たり前のように口に出してもおかしくない感想だった。橙野七美。暗い過去をそうとは思わせない穏やかさで覆い尽くし、いまもなお綺麗な夕焼けみたいにゆったりと進み続ける彼女は、間違いなくそうなのかも分からなかった。……どうりで、強か。

 

「……そっか。寂しいかあ」

「ああ。まったくもってなっていないぞ、あれは。おまえの生きている世界はおまえだけであるものかと、そう言いたくなるぐらいだった」

「……いやあ、それは、効くよ?」

「玄斗にか」

「俺にだね」

「そうか。……ならば素直にぶつければ良かったな……」

 

 こぼれた一言に、そんな衝撃を叩き付けられたら最悪壊れるな、なんて思った。ショック療法にしても限度がある。言うなれば、蒼唯や赤音、黄泉に碧、真墨と白玖の援護なしでいきなり父親と面談をはじめる明透零無みたいなもの。それは流石に、ちょっと、心が保たない。ワンクッション置いてほしい。

 

「……すこし、良いだろうか?」

 

 なんて、考えていたときのコトだった。不意にかけられた声に正面を向く。

 

 〝――――え?〟

 

 ぴたり、と玄斗の体が固まった。隣の七美が不思議そうに眺めてくる。でも、それどころじゃない。散らばりかけた思考を、必死でかき集め直す。……冷静に、冷静に。本当、ちょっとしたショックだった。落ち着いて考えれば、分かること。まったく考えが足りない。この世界には彼女が居るのだから、目の前の人物が居ても、おかしくはない。

 

「……はい、大丈夫ですよ」

「ありがとう。申し訳ない。……その、一年生の教室はどこか、分かるだろうか。D組なんだが……」

「一年生はひとつ下の階です。降りて、西側を進めばありますよ」

「……すまない。ありがとう。いや、()()()の姿を見に来たのだが……つい、迷ってしまって」

「――そうですか」

 

 恥ずかしそうに言う男に、玄斗はすんなりと肩の力が抜けた。……なにを緊張していたのだろう。本当、馬鹿みたいな反応だ。でもって、ちょっとだけ心が弾む内容で。

 

「……よければご案内しましょうか? これでも生徒会長なんです、僕」

「いいの、だろうか……?」

「ええ。ちょうど僕たちも下の階に行く途中だったので。……ね、七美さん」

「む?」

 

 ふと七美のほうを向いて、うまく見えない角度のままウィンクを飛ばす。はじめにコテン、と首をかしげて、それから「ふむ」とちいさくうなずく。ぱちん、と綺麗にウィンクを返された。

 

「――それもそうだな。玄斗」

「うん。……そういうことなので、どうですか?」

「……では、よろしく頼みたい」

「はい」

 

 承りました、と彼は胸をはって答えた。新鮮だ。目の前の男相手にそこまで言えている自分がなにより新鮮だった。どうしても()()()ではフィルターがかかっているのではと思っていたからか。意外にも自然と出てきた言葉に、すこし感動すら覚える。

 

「……あ、申し遅れました。僕は十坂玄斗と言います。で、こっちの彼女が……」

「橙野七美です。玄斗の……友達、だな?」

「まあ、そうなるね」

「……十坂くんに、橙野さんだな。ありがとう。助かるよ。私は――明透有耶というんだ。我が子の名前は、零奈という」

 

 ぎこちない笑顔で、その人はそう名乗った。本当に奇縁だ。こうして見ると案外よく似ている。でもって、それでいながらいまと近いのが尚更良かった。立場も環境も境遇も、それこそ生まれ変わらなくてもそうだ。有るものは有る。きっと零ではない。可能性だってそのとおり。そんな些細な事実に、玄斗の心はどこまでも温かくなった。……良かった、と。 





>明透有耶
「ゼロだし価値もなし! 閉廷! 終了!」はどこでどうなっても言ってしまう系な駄目親父。でも娘の文化際に来ている時点でわりとお察し。詳しくは次回ですネ。

>玄斗(零無)
結局こいつがもうちょっと体強かったらわりと上手くいっていたし、そもそも生まれてこなかったらみんな幸せだった。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。