ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
たとえば、物事のはじまりなんてそれこそ平凡で。
「す、すいません……」
「ああ、いや、いいんだよ。私もすこし、気にはなっていた」
旅は道連れ世は情け。偶然歩いていた白玖の真横を通り抜けていった
「……えっと、お子さんでも、いらっしゃるんですか?」
「……そうだね。ひとり、居るには居るがなあ」
煙草をふかすその人は、どこか物憂げな表情と共に校舎を見た。居ることは知っている。じっと眺めて、見えるワケもないと視線を切った。……本当にすこし、気になっただけ。
「まあ、色々とあるのさ。君もまあ、大概だとは思うがなあ……」
「はあ……?」
「結局、放っておいても直るものか。……それはまた、別だ」
「??」
「ああいや、なんでもない。ではな、お嬢さん。せいぜい道中話してくれた男の子と、仲良くいくよう祈っておくよ」
「えっ、いやちょっ――!?」
慌てる白玖を置いて、勢いよく走り出した車が見えなくなっていく。……からかわれたのだろう。暇だからなにか話を、と言われて彼とのコトを片手間に話してしまったのが運の尽き。別にそういうのでもないだろうに、とは本心か照れ隠しか。
「(……十坂さんのところ、行こ)」
ため息をついて、ふらふらと昇降口まで足を運ぶ。閉会式の挨拶は都合にてこちらで。向こうは他の生徒会メンバーに託している。ので、それまではすくなくとも自由時間だ。……筆が丘に助っ人できた調色の生徒会役員が、やけに周りの女子に怯えていたのは大丈夫かと思ったが。
『はっはっはー! こりゃトラウマ払拭にはうってつけっすね! うってつけすぎて失神しちまいそうなのを除けばよぉ!』
「(やけにテンション高かったけど……)」
周りを見れば女子の波。頼れるべき男子諸君はそっちに釘付け。たったひとり戦力として投下された逢緒の境遇はなんとも悲しいものだった。自分から立候補したというあたりが本当にどうしようもない。
「(……おー……なんか、うん。こっちもこっちで色々やってるんだね。ちょっとだけ見て回ろっか)」
件の男子を探すついでだ。そう思って、校内の様子を観察しながら白玖は歩いていく。十坂玄斗は、それを知らない。
◇◆◇
「お帰りなさい、生徒会長」
「!」
父親から逃げて三千里……とまではいかないが、後輩の淹れてくれたコーヒーを堪能して直後に出てきた玄斗を曲がり角で呼び止める声。見れば、ひとりの少女がそっと佇むように目を伏せている。
「……行かなくていいの?」
「あれは別。私じゃないから。……だいたいあなたのところの阿呆よ。私が好きだった人は」
「母さんからも阿呆認定なんだ……」
「だって阿呆じゃないあんなの」
自分の子供を見捨てるとか正気か、なんて九留実が愚痴をこぼす。おそらくあのときの父親は正気どころじゃなかったので許してあげてもいいような気はした。すくなくとも玄斗からしてみれば、の話。本人と彼女がどう思うかは、言わずもがなだった。
「せいぜいがまあ、家族仲はよくないぐらいと思っていたのに」
「い、いまは仲が良いから……」
「そうね。あなたを死なせてよっぽど効いたのでしょうね? 馬鹿ですね」
「……意外と母さんって毒舌家……?」
「単にちょっとキレてるだけよ」
「な、なるほど……」
父親の周りにいる人間はわりと容赦がない。たぶん本人もやるときはやる性格なので類は友を呼ぶのだろうか。明透有耶。我が子への憎しみから元々身体の弱い息子にまともな食事を与えず悪化させた経歴を持つ。玄斗としては「仕事熱心な人だし仕方ないのかな」なんて思っていた事実である。
「……ああ、そうそう。もしあの人になにか言われたらこう言い返してあげなさい」
「あ、うん。なに?」
「ゴム無し童貞男」
「ごめんそれはちょっと僕の精神が拒絶反応を起こす……っ」
「大丈夫よ。あの人初めてのとき持ってなかったから、それをネタにしてるだけ」
「父さん……っ」
同じ男としてもうなんか正直かわいそうだった。どうしてうちの父親はこれほど下事情のネタが尽きないのか。あのクールでワーカーホリックこじらせたような冷徹無比な鉄面皮の父親を返してほしい。
「元々、本質的に愉快な人よ。私が居なくなってからは、苦労したようだけど」
「……そうだね。父さん、すごい辛かったと思う」
「苦労したのはあなただけでしょ、零無」
「それはないよ……」
なんなら今だからこそ言える笑い話である。あの父親が昔はろくに食事も与えてくれなかったダメ親父だった。それでも生きていけたのは、必要最低限のことだけは与えてくれていたからである。憎い息子を殺すだけなら、もっと簡単に放り投げてしまえばいいのだから。
「……ああ、それから」
「うん」
「折角だし、これを渡しておくわ」
言って、九留実は玄斗の胸ポケットへするりとそれを滑り込ませた。なんなのだろう、と服越しに軽く触ってみる。やや丸みがあって、ちょうど握れば手の中におさまるほどの大きさ。
「お守りよ」
「……お守り?」
「そう。……こういうのは、直感というのでしょうね。だから、言わないほうがいいわ」
「……?」
「よろしくね、零無。きっとあなたなら、どうとでもなるはずよ」
九留実は踵を返しながら、伝えたいコトは伝えたと去っていく。なにがなんだか分からないが、どうにも母親はなにかを感じたようである。ならば、玄斗としても考えないわけにはいかない。
「(……僕なら、どうとでも……?)」
その意味は捉えかねる。玄斗は首をかしげつつ、廊下をスタスタと進んでいった。ちいさく震えた携帯の音も、まったく気付かないまま。
◇◆◇
変わり果てた空間にも、変わらないものは有る。思えば、その人がはしゃぐのはたしかに似合わなかった。いつもどおりの格好と、いつもどおりの雰囲気。考え込んでいた玄斗の視界の端に飛びこんできたのは、教室でただひとりぽつんと佇む少女だった。
「(……たしかに、本編でも文化際での選択肢でデートがない人だけどさ……)」
こちらに来てからは珍しい……わけでもないか、とは最近になって変わり始めた認識だ。ゆっくりと教室の戸を開けると、四埜崎蒼唯はこちらを一瞥もせずに本のページを捲った。
「先輩」
「…………、」
名前を呼んで、ようやくこちらを認識する。蒼唯はあからさまにため息をついて、パタンと本を閉じた。ちょっとだけ意外だ。いまの彼女なら、気にせず本を読み続けるぐらいしてもいいと玄斗は思っていたのに。
「文化際、どうですか」
「……見て分からない?」
はあ、ともう一度ため息。言いたいことはそれでなんとなく伝わった。要はそういう行事ごとが嫌いなのだ、ということらしい。
「今日は騒がしいわ。図書館にも入れないし」
「そういう日ですから……」
「厄介な日ね」
「でも、楽しんでくれてる子もいますから……」
「厄介な子ね」
厄介な先輩だった。なぜだか知らないがちょっと拗ねている。……赤音が隣にいないのが原因だろうか。勝手に考えて、そういえばと自然な流れで口にしてみた。
「二之宮先輩は……」
「知らないわよ。彼女、基本自由奔放でしょう。どこかで好き勝手なにかやってるんじゃない?」
「……あの、喧嘩でも、しましたか……?」
「はあ? ……ああ、そういう。そうね……――――あ」
「?」
と、蒼唯がなにかに気付いたように目を見開いた。対面の玄斗は「はて?」とぼんやり疑問に思う。それこそが、明確な隙だとも知らず。
「――そうね。そうなるわよね。なら、教えてあげるわ」
「えっと……?」
「はっきりと、ね」
呟いて、蒼唯が距離を詰めた。閉じた本を机の置いて、近くまで来ていた玄斗の首もとへ腕を回す。彼にとっては二度目。彼女にとっては――奇しくも、二度目だ。それを知っているのは真実四埜崎蒼唯本人だけ。一瞬の硬直と理解の追い付かない刹那を狙って。
「っ!?」
「――――、」
思いっきり、口付けた。
〝――ば、ばかな…………!!〟
混乱に陥った玄斗の脳みそがなんとか回る。いやばかな。そんなことが。そもそも気付かないとかなんとか以前にどうしてこのタイミングなのか。というか厳密には僕の体じゃないからアレだけどもしかすると俺のほうも色々とあれなんじゃないかなんてぐるぐる思考が空回りしかけて。
「……とおさか、さん……?」
「っ!!」
〝――ああ、なるほど。〟
聞こえてきた声に、ふり向くことができずとも察した。ゆっくりと蒼唯が顔を離していく。くすりと笑う少女の顔から視線をきって、入り口へと目を向ける。聞き間違いでは、ない。
「……は」
「…………っ」
「! ちょっ、待って、は――」
「待つのはあなたよ」
駆けていく白玖を追いかけようとして、手首を掴まれた。この距離だ。反応すれば取るのは容易い。いまの玄斗にはすべてが繋がっている。違和感の正体。ふくらんでいた蒼唯らしくない彼女らしさ。それこそが、ぜんぶ、見知っていて見慣れたものだっただけ。
「先輩……!」
「
「なにを、って……」
「いいじゃない。もう。きっとその方が楽よ、あなたも。……彼女も」
甘い声で、少女が言う。否、甘い誘いだ。それは、玄斗にとって毒みたいな、けれども飲み込んでしまっても悪くないもので――
「ごめんなさい。先輩」
言葉は、それで完結した。
◇◆◇
――そして、それを目撃したのがもうひとり。
「…………、」
「………………いまの、って」
「…………っ」
「……なん、なんだろうね……これ……」
灰色お母様からここまで平和だったしそろそろギアをあげていきたい今日この頃。大丈夫大丈夫僕玄斗は大丈夫だから、うん。