ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
夕方になると、雨もすっかりあがっていた。街のはずれにある展望台の柵に腰掛けながら、蒼唯と玄斗は眼下に広がる景色を眺めている。遠く、空にはうっすらと虹が見えた。それがなんだか幻想的で、ちょっとだけ、心が囚われる。
「青空って、〝蒼〟じゃないわよね」
「……そうですか?」
十分青いと思いますけど、と玄斗は言う。意味を取り違えるのは彼生来の会話が苦手な影響だ。そこもまたなにかしらあるのだろうな、と蒼唯は踏んでいる。が、いまはそこまで急ぐ必要もない。一先ずはこの世話を焼かせる後輩と、当たり前のように面と向かって話し合えるコトを喜ぶべきだ。
「ぜんぜん。よく、透き通るような空っていうじゃない。違うわよ、そんなの」
「そうですか……そうですね」
「分かってる、意味?」
「分かりません。でも、先輩が言うんならそうだと思います」
「……まったく」
苦笑しつつも、久方ぶりになる会話に心は踊っていた。色がない。透けている。そう感じ取った彼の本質は、あながち間違いでもない。きっと関心が自分に向かない性格なのだろう。感情の起こりは大半が外的要因。彼の中から膨れ上がったものは、あるかどうか。
「レイ。あなた、いくつ?」
「……十六です」
「本当かしら」
「…………先輩、僕のこと知りませんよね?」
「いくつか推測しているコトはあるけれど、確信を持って言えるのはあなたがその〝殻〟に頼っていたという事実だけよ。二重人格とか、憑依とか、あとは……」
「……ああ、どうりで……」
そこまで頭が回るなら、たかだか数週間の付き合いで壱ノ瀬白玖の本質を見抜けるはずだ。そこから自分たちで彼の心を救おうとするのだから、やはり侮っていたのは玄斗のほうである。そも、彼女たちを普通の女子高生だと思って接したのが間違いか。
「……知識だけなら、もう十六年」
「そう。なんとなく分かったわ」
「……分かったんですか」
「ええ。つまり、あなたの頭には無駄に色んなものが詰まってるってコトでしょう」
「……まあ、そうなりますけど」
人生経験なんて立派なものも才能も持ち合わせていないが、十六年間必死に生きてきた記憶だけは引き継いでいる。そのことを知っている人間は真実彼ひとりだが、そのときの名前を知る人間はひとりではなくなった。そっと、盗み見るように隣へ視線を投げる。
「綺麗ね」
「……はい。そうですね」
たとえそれが単なる感想で、感情なんてものに結び付かないものだとしても、いまはとにかくそう思えるだけで十分だった。黒いなにかは消えてくれない。耳にこびりついたまま呪詛を唱えている。こんなものは慣れきったコトで、いまこの場から飛び降りたほうが楽だろうという刹那的な思考を振り切る。それはきっと、ここまでしてくれた彼女の前でやるようなコトではない。
「私はどう?」
「? どう、って」
「……にぶちん」
「……すいません。先輩が綺麗だって意味でうなずきました」
唇をとがらせかけた蒼唯が固まる。柵を掴む手に余計な力が入っているようだった。
「あ、あなたねえ……! 自分から『綺麗ね』なんていう女子がいるわけないでしょう!?」
「でも本当のこと……」
「あーもう黙って! うるさい! ばか! だから
ぶつぶつと文句を言いながら、蒼唯がゆっくりかがみ込む。ちょうど柵に手をかけて頭を出しているような格好である。なんとなく、発想力の貧困な玄斗をして小動物を思わせた。もっともそんな扱いをすれば指ごと噛み千切られそうなものだが。
「……あと、十三回目」
「うっ」
「今日一日と言ったでしょう。……ねえ、しおり、持ってるかしら」
「……持ってますよ」
「出して」
言われたとおり、今日に限って鞄にしまっていたしおりを取り出した。四埜崎蒼唯が愛用したブルースターのしおり。ゲームだと攻略のキーアイテムにもなるそれは、彼女との関係がそれまで進んでいたという証だ。その事実に、やっぱりどうしても玄斗の中から複雑なものが顔を出す。
「貸してちょうだい。それは、あなたにあげたものだから」
「……返す、じゃあないんですね」
「千切るわよ。ほら、さっさと。貸して」
「……はい」
なにを千切るんだろう、とは訊かなかった。玄斗を見つめる目が怖かったことだけはここに記しておく。
「これは借りておくわ。代わりに、これ」
「……?」
そっと反対の手で渡されたのは、同じく青い絵柄の入ったしおりだった。ブルースターとは違う。むしろ一般的な花のイメージとはかけ離れているそれは、よく見るとなんだか――
「……ぶどう?」
「違うわ。……どうしてブルースターは知っていてそれは知らないのよ」
まったく、と呆れるように蒼唯がため息をつく。狙っていたコトが躓いて、すこし拗ねているようでもあった。
「……ムスカリっていう花よ」
「花、なんですか……これが?」
「グレープヒヤシンスとも言うわ」
「……やっぱりぶどうじゃないですか」
「似てはいるけどね」
違うのよ、と蒼唯はちいさく呟いて玄斗の持っていたブルースターのしおりを眺めた。折り目ひとつ付いていない。相当丁寧に扱っていたのか、一切使わずにどこかで埃を被っていたのか。すこし考えて、この男だから後者のほうだろうな、と適当にあたりをつけた。
「あとで画像検索でもしておきなさい。結構キレイよ」
「そうします。……でも、これ、なんの意味が?」
「意味なんて……そうね。なんでもいいわ。ただ、ちょうどいいと思っただけ」
「ちょうどいい?」
こくり、と答えるように蒼唯がうなずく。どうせこの鈍感な男はなにも気付いていない。なにせムスカリの花さえ知らないような状態だ。それで、色々と頭を回せというほうが無理な注文というものだろう。
「――古いあなたの名前と、新しいあなたの名前。あなたから借りたしおりと、あとはそうね、私の色かしら」
「?」
「……なんでもないわ。ちょうどいい、っていうのはそのとおり、今日からあなたとの関係が変わっていくのだから、ちょうどいいでしょう」
「……このままじゃ、ないんですね」
「ええ。……勘違いしないように言っておくけど、マイナスイメージで受け取らないで欲しいわね。こんなときに。ぜんぶ、前向きに捉えなさい」
「……はい」
ゆるやかに、けれどどこか困ったように、玄斗は笑みを浮かべた。懐かしい表情だが、あのときと今ではなにもかもが違う。きっとそれは悪いことではない、と蒼唯は確信した。悪いワケがない。なにせ、あんなものと比べて自分の心はこんなにも弾んでいる。
「大事に使いなさい。私が返そうと思うまで、このしおりは借りておくわ」
「……はい。じゃあ、お貸しします」
「そういうことだから。――ああ。あと、余計な詮索はしないこと」
「?」
くるり、とふり向いた蒼唯が歩を進める。玄斗の横を通り抜けて展望台から去って行く。すでに夕焼けはなくなりかけて、あたりは段々と暗くなっていた。そんな中で、群青色の髪がふわりと揺れる。
「花の画像だけ調べたらさっさとやめなさいってコト。それに、深い意味なんてないわ」
「? 分かりました」
言ってから、蒼唯はすこし後悔した。こう言えば絶対この男は余計なコトを調べない。が、それでも別にいい気がして足早にその場から離れる。なにせ、バレでもしたら大変だ。こんな回りくどい方法でしか甘ったるい感情を伝えられないあたり、蒼唯も玄斗のコトは笑えまい。
「待ってください、先輩」
「なによ。もう帰るわよ」
「駅まで送ります。暗くなったら危ないですよ」
「……勝手にしなさい」
「はい、勝手にします」
今度は綺麗に笑って、玄斗は蒼唯の横に並んだ。そんな不意打ちじみた笑顔やられて、歩いていた彼女の頬が熱くなる。……思えば、そうだった。自分がこの男に色々と抱えるようになった原因は、複雑で面倒くさいくせして、なにも混ざらない綺麗な笑顔を浮かべるからなのだった。
◇◆◇
蒼唯を送って駅からすこし歩いたとき、ふと玄斗の携帯が鳴った。見ればメッセージが送られてきている。確認すると、つい先ほどまで一緒にいた彼女だった。
『領収証、しっかり見ておきなさい』
確認すると、たったその一文だけが送られている。なんだろう、と玄斗はポケットに入れていた本屋のレシートを取り出してじっくりと見回してみた。
「(……なんだろう)」
ぜんぜん分からない、と嘆息する。そもそも問題なのかも分からない。ただ確認しておけ、というだけならもう済んだ。ああだこうだと言わないのだから、特別なモノというわけでもないだろう。もう一度ポケットに戻して、蒼唯に『わかりました』とだけ返事を送る。家までの帰り道にあったのは、それだけのことだった。
『***書店
領収証
秋空の果てに ¥×××
那由他なんてクソくらえ ¥×××
たのしいことはある? ¥×××
飲んだくれ王子と聖女様 ¥×××
心の在処よ嗤いまくれ ¥×××
となりが来ない。 ¥×××
画集:三奈本 黄泉② ¥×××
すぐにできる料理 その② ¥×××
気になるおしゃれの秘密 ¥×××
出番まであと十秒 ¥×××
すてきなりゅうのおはなし ¥×××
合計 ¥××××
――ご利用ありがとうございました――』
色々仕込もうと思ったけどこれが限界でした