ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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(ピロロロロロ……アイガッタビリィー)


二章幕間:彼のウラガワ ~誰かの記憶~

 

 別に、何を思うでもなかった。

            /なにも思えなかった。

 傷付いたわけでもなかった。

            /傷付くものすらなかった。

 だって、そうだ。

            /最初から、あるいは。

 

『ああ――……こんなコトになるのなら。お前なんて、生まれなければ良かったのに――』

 

 そう言った彼の瞳は、とても冷めていた。

            /自分の父親だ。

 だからといって、なにか思うわけでもない。

            /狂っている。

 自分は生まれるべきでなかった。その言葉だけを脳が認識して、飲み込むように理解した。くり返す。反芻する。事実を其れと受け入れる。――自分は、生まれるべきではなかった。

 

「……ごめんなさい、お父さん」

 

 彼はなにも答えなかった。ただ下を向いたまま、とくに機嫌を損ねた様子も、とくに心を痛めた様子もなく、静かに病室を去っていった。たったひとり残された家族にそんな態度をとられても、別に、なにがどうというワケでもない。もとよりあとすこし、ほんのわずかしか残されていない命だった。だから、まあ、案外傷付くよりかは、ちょっとだけ嬉しくもあった。

 

「(そっか……父さんは、ずっとそう思ってたのか)」

 

 そんな些細な感情を理解して。本心から、■■■■は笑みを浮かべた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「本当にどうかしている」

 

 ひたり、と後ろから声がかけられた。ぼんやりとした意識のなか、その感覚だけがしっかりと残る。夢だ。玄斗は瞬時にそう理解した。

 

「僕の体、僕の声、僕の命で好き勝手やっている」

 

 ひたり、と冷たくなった手が頬に触れる。玄斗は動けない。動こうにも、指一本すら動かせない。夢の中、夢であると分かればなにが変わるかと言われても、変わらないのだから仕方ない。ただ、ゆっくりと近付く足音を静かに聞いていた。

 

「そこは僕の立ち位置なのに、僕になろうとして、あまつさえ、僕でありながら、僕であることに疑問を覚え、僕であることを放棄しようともしない」

 

 背中にてのひらがついた。ちょうど心臓のあたりだ。声は出ない。出そうと思っても出ないのだから、土壇場で出るはずもない。ただじっと、彼は見えない誰かの呪詛を浴び続けている。

 

「幸せであっちゃいけない。幸せを目指してはいけない。なぜ?」

 

 とても簡単な理由を訊かれた。玄斗としては、答えないわけにもいかない。なぜなんて、そんなのはとっくの昔から決まっている。自分の幸せなんて、いったいどこの誰が望んで、どんな人間が得をするというのか――

 

「狂っている。ああ、狂っている。君はとことんまでに人でなし(・・・・)だ。白玖とはまったく違う」

 

 当然のコトを言われていた。壱ノ瀬白玖とはなにもかもが違う。同じ部分なんてひとつもない。だからといって、自分が自分らしい部分なんてとくにない。そんなもの、はじめから。

 

「白玖は狂った。でも君は狂っている。そう、きっと、その人格が形成された瞬間から。だって、そうだろう? 幸せを望めないのは、そんなものがひとつも無かったからだ。自分がないのは、そこまで複雑な心を持つ余裕がなかったからだ。なにもかもが空っぽなのは、なにも与えられなかったからだ」

 

 当たっている、当たっている、当たっている。十坂玄斗がそうではない。■■■■としてすべて当たっている。けれども、別にそれが悪いコトではあるまい。幸せがなくたって、心が欠けていたって、人らしくなくたって、死ぬまでは最低限生きていられる。それだけで十分だと言っていたのは、どこの誰だったか。たぶん、名字は同じだったろう。

 

「ガラスだね、君は。白紙になった彼とは違う。粉々に砕けば元には戻らない。もう一度作り直して詰め込むしかない。ガラスの花瓶だ」

 

 言い得て妙だと■■は思った。ならばきっと無くしたのは花瓶の水だけ。いや、それすら入っていないのなら器に罅が入った程度か。なんだ、と安堵にも似た息をつく。それならぜんぜん、傷のうちにも入らない。

 

「……呆れた。そんなんでよく生きてこれたね。自殺願望でもあるのかい? ……なんにしても、納得いかない。僕に似たゲームのキャラクターを知っているそうだけど、それは本当に似ているのか? だとしたら、最悪だ。でもって大方、それは僕じゃなくて君自身のつくりだした〝ナニカ〟でしかないのだろうけど――」

 

 自然と首が後ろを向いた。体ごと半身を傾けて、ぐるりとその存在を目に映す。――視線の先には、玄斗(ジブン)がいた。

 

「馬鹿にしてくれる。僕が誰かに自分の役割をとられたぐらいで恨む、器の小さい人間だと思われてたなんて。本当に馬鹿にしている。ふざけるなよ……君」

「……ごめん」

 

 声が出た。いつもの玄斗とは違う声が。見れば、細い細い腕に戻っている。箸以上に重いものは事実持てない腕だ。十坂玄斗(タニン)の体に慣れすぎていたせいか、その肉体があまりにも頼りない。

 

「いいよ、許してあげよう。なにも、僕は君を責めたいわけじゃない」

「……じゃあ、なにを?」

「当然。僕のやる事は決まってる。白玖も君も同じだ。僕が踏み入れないところへ踏み入ってくれる誰かを探す。……友人のためにそこまでするのが、十坂玄斗じゃないのか?」

「……ああ。そうだね、そうだった」

「だろう?」

 

 もっとも、■■は彼と友人になった覚えはないのだが。

 

「酷いなあ……何年一緒に過ごしたと思ってるんだ」

「何年もなにも、これがはじめてだ。……実際、僕のなかに、君はいなかった」

「……ああ、だね。すまない、嘘をついた。君とは初対面だ。でもって、これも別に君の中からというワケでもないのが、難しいところかな」

「……?」

「なんでもいいさ。でも、これだけは覚えておくといいよ、■■■■」

 

 視界が歪んで、黒が消える。闇に馴染む。なにも見えない暗闇から、近く、でも遠く、どこからか声が聞こえた。

 

「幸せなんて案外、そのへんに転がっているものだよ――」

 

 意味も理由も以ての外。ただ玄斗には、その言葉の真偽はともかく、たしかめようとする気すらなかった。わざわざ自分から幸せを拾いに行くなんて、正直、馬鹿げていると思いながら。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 目が覚めた。ぱちりと開いた瞼は、二度寝という気分でもない。ゆっくり起き上がってあたりを見渡すと、最近になって見慣れてきた白玖の家だった。

 

「……夢」

 

 不思議な夢だった、と玄斗は知らずかいていた汗を拭う。自分のなかにあるはずもない誰かが現れて、意味の分からないコトを言ってくる夢だ。けれど、納得できる部分もあった。

 

「……たしかに。あれは、僕だったな」

 

 不幸であれと嘯くナニカ。ひたひたと付きまとうナニカ。その正体が、彼にしか見えないのであれば断定なんて簡単だ。彼が彼である以上、姿を見せた幻想も彼のつくりだしたものでしかない。十坂玄斗はいつだって十坂玄斗だ。名前のとおりであるのなら、そうであるべきなのかもしれない。彼のそんな悩みを払拭するのは、すこし後の話。

 

「……!」

 

 ふと、考え事の途中に手を握られた。見ればソファーの隣で寝ていた白玖が、ぎゅっと指を絡ませて力を込めていた。どんな夢を見ているのだろうか。握る力は一向に、薄れる気配がない。

 

「……白玖」

「……くろ……と……ぉ……」

「…………、」

 

 仕方なく、玄斗もほんのりと彼女の手を握りしめた。幸せなんて案外そのへんに転がっている。自分のことはどうであれ、この少女にとってもそうであればと思うのだった。




そんなワケでちょっとネタばらし。




彼を呪っていたのは彼自身だったよ! 誰かなんていないよ! すごいね! 自殺願望とかありそうだよね! でも幸せになっちゃいけないからもっと苦しんでもらうね♡

そんなこんなになってる主人公くんをこれからもよろしくお願いします。















ちなみに、なにもないってコトは別に不幸じゃないんですよ。

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