ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
最初は直感的に、そいつのコトが気に入らなかった。
『二之宮生徒会長』
『……なに?』
『手伝います。重いでしょう、それ』
『……いらないわよ。それより、邪魔だから退いてくれないかしら』
だからまあ、そんな野郎に優しくするつもりもなくて。思えばかなり邪険に扱ったような気もする。邪魔だとかしつこいだとか、あまつさえ消えろとも言ったような気がした。物理的な手段に出る一歩手前までもいった。本当に、本気で、その顔面を蹴り抜こうとして――
『――――』
驚きのあまり、振り上げた足が固まった。黒だ。たしか名前もそうだったか。暴力を振るわれる刹那まで、彼の瞳はなにも映さない黒色をしていた。底が見えない。深くはないだろう。だがしかし、浅いのは所詮うわべだけ。自分が危機的な状況に陥っておきながらなぜそんな態度をとれるのか、純粋に興味がわいた。
『……あの』
『……なに、よ』
『……そろそろ。その、足を下げてもらえると。……目のやり場に』
『? ……、……。……っ!』
その後、結局ガツンといったのはまあ、どうか許してもらいたい。
『生徒会長』
『……ああ、十坂』
『手伝いますよ、それ。重いでしょう』
『じゃあお願い。あと、これも』
『わかりました』
『あ、あと生徒会室のダンボール、準備室まで持っていって』
『はい、じゃあそれも』
どんな理不尽な命令も――それこそ一介の学生なら不平不満の類いを漏らしてもいいような雑用でも――彼は喜んで引き受けた。どころか、話しかけるだけで笑顔を見せた。綺麗な笑顔。整った笑顔。それはつくりものじみてはいないけれど、どこかゲームのテクスチャを思わせる
『二之宮先輩』
『あら、十坂くん』
『また荷物ですか? 無理はあまりしないほうが』
『別に無理じゃないわよ。だっていま、あなたがちょうど良いところに来たでしょう?』
『……まさか、最初からそのつもりで?』
『お願いね、トオサカくん?』
『……わかってます。別にそのぐらいはぜんぜん』
苦笑してそう言う彼の表情に、すこしだけ――ほんの一瞬、貼り付いたモノのウラガワが透けて見えた。幸も、不幸も。光も、闇も。正義にも、悪にも見える空の器。そのどれにもなれて、どれにもなりきれない曖昧な心の在処。そんな歪さに、気付いてしまった。
『玄斗』
『……赤音さん?』
『ちょっといいかしら。これ、持っていってもらいたいのだけど』
『はい、いいですよ。赤音さんの頼みなら喜んで』
『……ふん、調子のいい奴』
だからその言葉がすべて、裏も表もない上っ面の彼の口から出た言葉だと分かっていた。分かっていたのだ。本当に。……分かっていながら、たぶん、気付いたときには頭を抱えるしかなかった。
『要するに、受け取り方の問題よ。ここで言うなら定義の問題。言葉の意味を正確に読み取れないならせめて、ぜんぶ頭に叩き込んでこれだと思うものを選びなさい』
『……現代文のテストって、そんな難しいコトみんなやってるんですか?』
『むしろできないあんたがおかしいのよ。本当、なんていうか、人の心ってものに鈍いっていうか……ああ、これはまあ、関係ないか』
『?』
一月経てば、そいつと一緒にいるのが嫌でもなくなった。二月経てば、そいつと居るのが当たり前になった。三月経てば、そいつとまあまあ通じるコトもできた。すべて上っ面。分かっている。すべて分かっているのだ。本心なんてあるかも分からないものを隠して、そいつは上手く生きていた。だから――無性に、腹が立ってしまったのだ。
『ねえ、玄斗』
『なんですか、赤音さん』
『あんた、なんか隠してない?』
『……? 別に、なにも』
嘘をついている様子はない。そもそも嘘をつくなんて真似ができるほど彼が器用な人間でないのを知っていた。余計に腹が立つ。知れば知るほど、イライラがおさまらない。向こうからは勝手にやってくるくせ、こっちが踏み込めば大事な部分だけ透けるように手触りがない。見つけても直視しても、掴めないのなら無いのと同じだ。
『…………、』
『……どうかしたんですか。最近、機嫌が悪いような』
『玄斗』
『あ、はい』
『……あんた、幸せってなんだと思う?』
『……急に、なんだか、哲学的ですね』
『いいから答えて』
きつく言うと、彼は困ったように頬をかいた。人間味がある。精度が高い。真似たような仕草は、事実自分以外で気付くような人間もいないだろう。そんなのだから、半ば、答えもきっと己の中で出ていた。
『……そう、ですね。よく分かりませんけど、
『――――、』
呆然とした。厳密に言うなら、呆れた。呆れ果てた。そんなコトを言う目の前の少年に。そんなコトをのたまう眼前の愚か者に。
『すくなくとも、よっぽどじゃない限り、笑ってるのがいちばんだと思います。悪人の笑顔は、あんまり見たくないですけど』
『……それ』
『?』
『それ、あんたもしっかり笑ってる?』
訊けば、驚くように彼は目を見開いた。分からない。そんな反応をする思考回路が、それを悟ってしまう自分の妄想が。都合が良すぎて分かりたくもない。
『……さあ。僕、あんまり笑うの得意じゃないんです』
限界は、そこで来た。
『(ふざけるな――)』
彼の目の前からスタスタと早歩きで去って、角を曲がってから食い込まんばかりに拳を握り締める。まともに顔を合わせるなんて、
『いいよなあ、十坂』
そんなコトがあったからだろうか。偶然見かけたその場面に、心臓が凍りつく感覚を覚えたのは。
『会長とあんな近くでお喋りしてよ。……目障りなんだよ、おまえみたいなやつ』
『それは……ごめん。でもその、悪気があったわけじゃなくて』
『御託はいらねえ。てめえみたいな
自制。我慢。立場。冷静に、冷静に。言い聞かせるように唱えた。それまでは覚えている。動いては駄目だと足を止めたのも。でも――
『何発かぶん殴らねえと、ムカついて仕方ねえ』
――結局、どれもできなかった。
『ちょっ……! だ、大丈夫、木下くん!』
『…………、』
『あ、赤音さん……! いくらなんでも、これは……!』
『……あんたは』
『……え……?』
『あんたは――どうして……!』
彼の肌には青痣が出来ていた。数カ所ほど打撲もしているだろう。ボロボロの状態でも、けれど恨み言なんて吐くどころかなんの憂いもなしに〝いまさっきこの手でぶちのめした〟その男を庇うように立った。忌々しいほどに、その姿は似合っている。透けていた正体が見えた。なにもない。掴めない。当然だ。無ければ探ることも、掴むこともできやしない。
『――どうして、そんな風に生きてられるのよ……っ!』
言うなれば、人生ひとつ丸ごと捨てている。彼として生きていても、
『……言ってる意味が、分かりません……でも』
『……なによ』
『人を殴るのは、いけないことです。……こんなのは、間違ってる。赤音さんが、絶対』
『――――っ』
叱るように、彼は言った。いまさっきまで殴られていたのはソイツで、その相手はコイツだというのに。
『(ムカつく、ムカつく、ムカつく!)』
学校側から言い渡された一ヶ月の謹慎処分。その間に考えるコトは腐るほどあった。なにをするかも、どうするかも、そのときに決めた。……そう、覚悟はもうあるのだ。なにもないというのなら、なにも持たないまま死ぬというのなら、やるコトなんてはじめから決まっている。そっちがその気なら、こっちにだって策がある。
『(あんたが用意しないなら、ぜんぶ私が用意してやる。立場も、役割も、理由も、意味も――幸せも。ぜんぶ、用意して叩き付けてやる)』
そう決めた。覚悟した。用意も準備も整った。だからあとは、向こうが来るのを待つだけだ。
『(本当、そうよ――ここらで観念しなさい、
かつてまだ彼との間になんの憂いもなかった頃。そうやってひとつ、大事なものを誓ったのだ。
久々にナチュラルテイスト屑玄斗くん書けて良かった……これは殴られても文句言えない。
ちなみに暴力系ヒロインっていうのはツンデレの派生で照れ隠しに暴力を振るうのではなく絶対的に引き返せない拒絶の意思表示として暴力を振るうのがドストレートで良いのであって決して好意に暴力描写を加えるというのはツンデレという属性に対する冒涜になるんじゃないかとわりと小一時間(以下略
まあ、スパイスは効きすぎるとそれもう劇薬だよって感じなので本当気を付けていきたい。