ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
よくよく聞いたところによると、玄斗が抜けてから生徒会は忙しくなったという。
「もう本当死ぬ。まじで死ぬ。いまに死ぬ。殺される。殺される。他の誰にでもなく、他のなんにでもなく。俺は仕事に殺される――!」
昼食時に暗い顔でそう叫んでいた鷹仁の様子は、まあ控えめにいっても酷いモノだった。忙殺という言葉があるがそもこのためか、と玄斗が納得しかけたくらいだ。なので、
「調色高校生徒会会長補佐、十坂玄斗ってことで」
「……木下。あんた、なに吹き込んだ」
「そういう役職があるとだけ」
「表にでなさい」
「うす」
がらりと戸を開けて、ふたりは廊下に出た。生徒会室には〝補佐〟の字が入った腕章をつけた玄斗と、なにやらペンを走らせている
「…………、」
「…………、」
「…………、」
会話はない。なので、遮るモノはドアだけである。よくやったわ木下っ! という誰かの喜ばしい声が扉越しに聞こえてくる。素直に気恥ずかしかった。が、それだけ人手が足りない状況というのもあるのだろう。あたりまえですよ会長、とカッコつけて返している鷹仁はまあ、実際カッコつけても良い活躍と言えた。
「――ようしそれじゃあ取りかかるわよ。目下一番の問題は一週間後に迫った新入生歓迎会の内容ね。バカなこと、ふざけたコト、ワケの分からないコトは却下していくけど、異論は?」
「ありません」
「……紫水さんに同じく」
「おーす」
「…………、」
「……玄斗」
「あ、はい。僕も右に同じで」
「あんたの右は誰もいないわ」
「……左に同じで」
「よろしい」
うんうんと頷いて、コの字型に並べられた長机の最奥に赤音が座る。左には女子ふたりが、右には鷹仁が行儀悪く足を乗せながら腰掛けている。すこし悩んで、彼はその隣の椅子を軽く引いた。
「待て玄斗。てめえは違うだろ」
「?」
「会長補佐だ。……隣行け、俺の隣は綺麗どころ以外座らせねえ」
「……それもそうだね」
言いながらやめて、堂々と座る赤音のななめ後ろにパイプ椅子をつけた。それにまた、彼女はうんとひとつ頷く。短期間ではあるが前よりも役職だけはしっかりしている。気を入れて取りかかろう、と玄斗は瞬きと共に気合いを入れた。
「じゃあ学校説明から整理するけど、パワーポイントできてる?」
「昨日作りました」
俺ひとりで、と小さく付け足す鷹仁。
「紹介用のスピーチ原稿」
「今日の午前中に」
「アナウンス原稿」
「一昨日には終わってる」
「全体のプログラム整理と進行のまとめ」
「今日の午後にちょうど」
「割り振り、分担、機材の確保」
「ぜんぶ一週間前からしてます。……俺が。……俺がっ」
「…………、」
ふるふると震える鷹仁に玄斗はなにも言えなくなった。なんともアレだ。たしかにこれは噛みつきたくもなる、と友人の苦労に内心で手を合わせる。ちょっと赤音への返答だけではなく、わりとよくしてくれるこの悪友のためにも生徒会に入るべきではないのかと揺らぎかけた。
「飾り付けとか準備は進んでる?」
「そこはノータッチだ俺はやってねえ」
「私も知りません」
「…………、同じく」
「…………玄斗は?」
「僕は今日入ってきたばかりなので進行状況は」
「ちくしょう俺がやればいいんだろッ!」
あーもうだから嫌なんだッと立ち上がって叫ぶ鷹仁。なるほどこういう力関係かと玄斗は一瞬で納得した。女三人に男子一人。いくらハーレムだなんだと言われようが、その実態は動く人材が彼しかいないという事実。赤音に選ばれた彼女たちが働けない人材なワケないだろうが、なにより悲しいのはそれを知ったうえで鷹仁が進んで首を突っ込んでいそうなところだった。根本的なところでお人好しである。
「……いいよ鷹仁。僕がやる。君がぜんぶやることないって」
「おお……そうか! やってくれるか玄斗!」
「じゃあ飾り付けは玄斗と木下」
「なあオイあんたいまの話聞いてたかクソ会長?」
「顔出せ」
「あんたは考え直せ」
「……ちっ。こらえ性のない奴」
「……もうじゅうぶん鷹仁はこらえてると思います」
主に怒りとかそこら辺を。
「じゃあ次、部活動紹介。メンバーと参加部活動、および同好会。あと順番」
「大抵整理してますけど……ゲーム同好会だけ保留で」
「理由は?」
「年齢指定作品の実機プレイ」
「潰しておいて」
「うす」
良いわけがなかった。ちなみにGが付くらしい。
「あとは……えーっと、新入生への贈り物か……木下?」
「学校側から受け取ってます。うっすい参考書とペンを」
「……まあ、モノの善し悪しは置いといて。これを渡すワケだけど――」
と、そこで手元の資料を見ていた赤音の指が止まった。何事かと思っていると、どうにもすこし気になるものを見つけたらしい。ぎしっと椅子の背もたれに体重をあずけながら、玄斗のほうへふり向いてくる。
「これ、新入生代表。十坂真墨ってあるけど」
「ああ。妹です」
「妹ッ!?」
意外にも驚いたのは鷹仁だった。がたん、と椅子から跳ね起きてズカズカと歩いてくる。
「まじか玄斗! 可愛いか?」
「うん、とても」
「うちの会長と比べてどうだ!?」
「……それは甲乙付けがたいかな」
「おお……!!」
「む…………、」
目をキラキラと輝かせて天をあおぐ鷹仁と、じっと不機嫌そうに視線を鋭くする赤音。なんとなくその意味は玄斗にも読み取れた。が、仕方ない。身内贔屓というものもあれば、一番長く見てきたのが彼女である。正直可愛さであれば、あれほどのものもない。
「良い子だよ。運動も得意だし、勉強もできるし、駄目なところがそんなにない」
「……やっぱ駄目だ。なんだその完璧超人は……いや、無理。俺のコンプレックスが抉られるから無理」
「……玄斗、あんたシスコン?」
「そんなことはないです。でも、うちの妹は赤音さんにも負けないぐらい可愛いのは本当にそうですから」
「……そう。まあ、なんでもいいけど」
素っ気なく言って、赤音は前に向き直った。鷹仁はなにかを感じ取ったのか、「うへえあ……」といった様子で自分の席へ戻っていく。向こうふたりからは反応がない。玄斗はあれ、といったふうに首をかしげた。
「(……いまのは純粋に褒めたつもりなんだけど)」
気に入らなかったんだろうか、なんてちょっとだけ落ちこむ。人を褒めるのは難しい。が、間違えたのならそれも進歩だ。これからもうちょっと気を遣っていこうと、いま一度気合いを入れて玄斗は姿勢を正した。……彼の位置から、赤くなった少女の顔は見えていない。
◇◆◇
「これから頑張ってくださいね」
「…………、」
そう言って笑いながらお祝いの品とやらを渡してくる兄に、ぴくりと真墨のこめかみが震えた。マジかこいつと。本当あれだけ言っておいてまだやるかと。あとなんか生徒会長と距離近いなてめえどういうことだと。言いたいことは沢山あった。
「あははー……ありがとうございますー……」
「別に拍手で聞こえないから、ネコかぶる必要はないよ」
「あっはっはー…………お兄ぜったい後で覚えてろよ」
「……そんなに怒らなくても」
底冷えするほどの笑顔で威嚇してくる妹をなだめながら、そっと紙袋を渡す。中身がうすい参考書とペンだと知っていれば、なかなか新入生の反応も変わってくるかも知れない。たぶん悪い方向で。
「……驚いた。ありゃノーマークだったが……たしかに可愛いな、おまえの妹」
「だろう? 自慢の家族だよ。……いまは、ちょっと違うけど」
「? なんだ、なんかあったのか」
「ううん。認識の問題。でも、付き合いだけはそのとおりだし」
「??」
血が繋がっているかどうか。結局赤の他人と血縁の関係なんてそんなものだ。自分でなければすべて〝他の誰か〟ということにもなる。なら、中身の問題なんてそう悩むことでもないような気がした。すくなくとも、これから止めていた足を動かしていく分には。
「……結局、僕は僕だからね。僕として頑張るしかないんだ」
「自分は自分、ね。そらそうか。俺も自分として頑張るしかねえんだよなあ……仕事多くてもなあ……」
「……本気で大丈夫か? 鷹仁」
「……バーカ。安心しろ。ウダウダ言って愚痴こぼしちゃいるが、この程度で潰れるような人間じゃねえよ。むしろ最近はワーカーホリックの気持ちが分かりかけてきた。仕事してないとなんか物足りねえ」
「それは一度休もう。安静にしよう。仕事ばっかりしていても――」
『手をかけさせるな。おまえのために割く時間が勿体ない』
「……玄斗?」
「……仕事ばっかりしていても、ロクなことにはならないよ。きっと」
「……だな。まあ、休みはしっかり休むさ。学生だしな」
それがいい、と玄斗はうなずいた。休みの日もなく仕事というのは、なんとも、心の奥底に引っ掛かるものがあるのだった。
◇◆◇
『――なにも望むな』
『なにも考えるな』
『なにも感じるな』
『なにも探るな』
『なにも掴もうとするな』
『ただ、生きろ。死なれると
『いいか、レイナ。おまえなんて、それで十分だ』
『だから面倒をかけさせるな。私はな、忙しいんだ』
『良い子にしていろ。飲み物と食べ物は適当に用意してある。腹が減ったら口にしろ。暇ならゲームでもしておけ。激しい運動はするな。医者にとめられている。もう一度いう。良い子にしていろ、レイナ。……ではな。行ってくる』
「……いってらっしゃい、お父さん」
>もしかして:クソ親?
奥さんのことが大好きで仕事熱心で頭もいい良き父親です。それだけ。