ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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三章幕間:彼のウラガワ ~失われた断片~

 

『Diary 明透有耶(アトウユウヤ)

 

 ■月■日

 

 

 ――妻が死んだ。子供を産んでしばらく、息を引き取った。子供の名前は零無と名付けた。悲しいが、彼女の遺したものだ。大事にしたい。おかしな名前であるし、あまり良いとはいえない名前だ。最後まで妻がこれだと譲らなかったそれを自分なりに考えてみたが、分からなかった。妻は、不思議な人だった。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 妻がいなくなってからもう一月が経つ。あれから毎日暗い生活が続いている。けれども自棄になってはいけない。我が子は育てるものだ。彼女の遺したものだ。大事にしなければなるまい。しっかりとせねばなるまい。だが、どうしても憎いと思ってしまう。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 子育ては大変だ。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 秘書にオムツを換えるときのコツを聞いた。笑われた。彼女は未婚であったらしい。どうにも自分は生きるのに不器用がすぎる。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 必死だ。慣れてきたがこなせはしない。子育てとは辛いものだ。歪んでくるのが分かって時折死にたくなる。もう書いてしまおう。こんなもののために彼女が死んだ事実が、どうしても許せなくなってくる。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 一度吐き出せばすっきりした。文字でも効果はあるらしい。落ち着いて考えろ。我が子を育てるのは我が身しかあるまい。ならばそうするまでだ。逃げ道がないのなら進むしかない。それが私の出した答えだ。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 妻が死んで一年経つ。線香をあげた。他もきちんとやっておく。零無もすくすくと育っている。が、どうにも上手くいかない。なにか問題でもあるのだろうか。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 零無の体はあまり強くないらしい。ショックだが、あまり取り乱しはしなかった。だがその分中身のほうはぐちゃぐちゃだ。書き殴りたい。が、これを出してしまえばもうどうかしているだろう。妻は、とても好ましい人だった。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 妻に遭いたい

 

 

 

 ■月■日

 

 

 子育ては辛いことの連続だ。零無が熱を出した。入院させる。幼い子供の熱は侮れない。我が子なら尚更だ。そういえば妻も病弱の身であった。継いだか、と一瞬気の迷いが生じる。思えば私と彼女の名前を足してズラしたものだ。一ではなく、有ではない。それは、どういった願いを込めていたのだろう。私は勝手に、変な理由を思いついたのだが。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 もうしばらく会社を休んでいる。新作の発表があとすこしに迫っていた。だが子育てをしないわけにはいかない。仕事は大事だ。我が子も大事にしなくてはならない。彼女の遺したものだ。彼女が遺したものだ。だから、我が子は大事だ。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 零無の体調が安定してきた。復帰する。もう五つを過ぎた。園に入れようかとも思ったが、どこも定員を超えている。アレにそこまでする必要はない。雑念が漏れた。書いてから万年筆ではこうなるかといま後悔している。もう壊れているのか。だが自覚が薄い。そも、どうして私はここまで苦心せねばならんのだ。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 仕事は楽しい。久しぶりにそう思えた。筆は乗っている。久々だ。陰鬱とした世界を忘れて没頭できる。仕事は楽しい。あまり、家には帰りたくない。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 今日は仕事だ。零無に挨拶をして出る。重要なコトは大抵伝えた。保母を雇うのも考えたが、あまり他人に家の中を歩き回られるのは困る。なによりアレにそこまでする必要があると思うのか。馬鹿め。なにせあれは、妻の遺したものだ。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 順調だ。なにもかもが順調だ。零無もきちんと育っている。笑顔はないが生きているだけ無事な証拠だろう。問題はない。問題があっても気にしない。馬鹿め。気にしろ。我が子だ。どうして憎い。おまえは一体、なにをそんなに悩んでいる。私は、生き方が不細工だ。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 零無が倒れた。やはり親だ。飛んでいくと、驚いたように病室のベッドで寝ていた。心配をかける。重要な取り引きが潰れた。つい口にも出してしまった。帰りの車で心底後悔している。妻から言われていた。私は会話が下手だ。だが、本心なのがどうしようもない。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 原因は不養生だった。食生活が問題らしい。私からして十分な食事を用意していたが、常識がなかったらしい。私自身の食生活が壊滅的だ。それよりも数段上のものを用意して、我が子が健やかに保つ筈もない。狙ったわけではないのだ。いやまずどうして、狙うという考えが出てくる? 混乱しかけた。今日は寝る。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 零無の容態が悪化している。回復の見込みが薄いと言われた。仕事に集中する。あまり余計なことを考えては、今後に関わる。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 親心だ。当然ある。あるはずだ。なければならない。零無の見舞いに秘書を定期的に向かわせている。我が子にあんなコトを言った。それが尾を引いて、私はずっと立ち寄れないでいる。嘆かわしい。おまえはとうに、狂ってはいないか?

 

 

 

 ■月■日

 

 

 体調が崩れて免疫力が低下したところへ合併症まで出た。下半身不随だ。我が子はもう立って歩けない。思わず言ってしまった。馬鹿め。死ぬならいまだ。どうするべきか。狂っている。自戒だ、書いておく。毎日これを見て、心を折れ。

 

 

 「おまえなんて、生まれてこなければ良かったのに」

 

 

 

 

 

 

 ■月■日

 

 

 零無が無菌室に入れられた。覚悟をしておいてくれと医者に言われる。医者は嫌いだ。なんの覚悟をすればいい。分からない。分かるだろうか。我が子だ。大事にせねばならぬ。ああ、彼女の遺したものであったはずなのに。それまで失っていく。現実は非情だ。そのどれもが己の責任であるあたり、因果応報というのが相応しい。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 もう零無が目をあけないと秘書から聞いた。顔を見に行こうか迷って、やめた。大事な取り引きがある。ここで気は抜けない。その程度かと心の底で言われた。おまえにとっての我が子とはと。ふざけるな。我が子だ。どうして、大事でないと言える。狂っている。私は昔から、頭がおかしいのだ。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 零無が死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■月■日

 

 

 もうこらえる意味もない。書こう。たかだか十六年。されど十六年だ。ずっと我慢していた。どうして妻が死ななければならなかった。妻は素敵な人だった。笑顔の綺麗な人だった。その妻が死んだ。もういない。再認識して泣いている。つらい、逃げたい、なにもかもを投げ出したい。できなかった。遺したものだ。アレがいる。アレが生きている。もう死んだか。だが生きていた。ならば育てなくてはならなかった。その度に思う。心の底で思う。なぜ彼女が死んで、こんなモノが生きているのか。阿呆にすぎる。子供が生まれた。喜ばしいはずの現実さえ、彼女の死で歪んで憎たらしさしかない。私はずっと恨んでいた。八つ当たりだ。零無という名前が嫌いだった。アレの態度が嫌いだった。なにもなくて十分だ。そう本音を漏らしたか。あれは失敗だった。だがスッキリした。最低か。なにもないから零で、無いからこそ無なのだ。アレは反応しない。心が死んでいるのか。いや、もとよりうまく育っていない? 昔取った杵柄だ。情緒について資料を漁ってみるか。なんにせよ失敗だった。失敗だ。死んでしまって終わった。心が軽い。次の瞬間には重くなるあたり、やっぱり私はいかれている。

 

 

 

 

 ■月■日

 

 

 仕事が手につかない。理由は不明。ゆっくり考えなくては。だが、これでは会社に影響が出る。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 無理を言って退職した。後任は秘書にする。残りの人生を静かに暮らすぐらいの蓄えはあった。家でひとり考えることが多い。悪くはない。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 安心した。私にも、すこし、親心というものが本当にあったらしい。すこしは。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 秘書が来た。我が子を元にしたキャラクターを作りたいと言う。あれはもういない、好きにしろと言うと殴られた。やはり私は会話が下手だ。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 明透零奈。すこし、捻りがなさすぎではないか。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 戯れにゲームをプレイしてみた。その感想を書いていく。まずシステムにおいては問題ない。よく出来ている。技術を余すところなく使えているのは評価点だ。コンシューマーでありながらロード時間を最小限まで短縮している努力も認めよう。こういう類いのゲームは商品開発状況を眺めているだけだったが、なかなかどうして面白い。が、不満点がある。それはもうすこし進めてから書こう。溜めておく。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 我が子を元にしたキャラクターのストーリーをクリアした。結論から先に書く。まったくもって似ていない。第一に笑顔が綺麗すぎる。あれはもっと下手に笑うものだ。なによりあんな簡素な選択肢で我が子の心が揺れ動かされるものか。我が子はあんなに軽くない。ぜんぜん別物だ。似ているのはせいぜい境遇と心情ぐらいか。そこはよく見ている。なにより傍から見れば父親の行いがとても酷い。なるほど古い鏡とはこういうことか。愚かだ。そんなことにいま気付いた。ゲームをしながら泣くのははじめてだった。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 長くなったので今日も書く。このゲームを送りつけてきた秘書はなかなかの胆力だ。末恐ろしい。いやもはや恐ろしいか。話題が逸れた。我が子のストーリーであれこれとネットがうるさいようだった。当然だ。あれはもとより人から忌避される要素が多分に含まれている。病弱ヒロインなのに死別エンドがないというのを理由に叩かれていた。馬鹿か。殺してやりたい。死んでなんになる。そうひとつ評価するというなら、病気が治るという話は良かった。思えば秘書は腕利きの元ライターだ。彼女が脚本を書いたとあって購入者も増えているらしい。その影響だろう。お約束など御免だ。私はそう思う。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 色々と考えるようになった。我が子の意味を秘書は妻から聞いていたらしい。それをしっかりと書いておこう。なるほど、解釈違いであった。馬鹿は己だ。毎日見ろ。

 

 

 

 「零じゃ無い。なにもなくなんかない。きっとなにかがあって、消えちゃわないぐらいしっかりとしてる……そういう意味なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■月■日

 

 

 ガタが来ている。足腰が悲鳴をあげている。まだ六十だ。若い頃の無理がたたったか。最近は大人しくしていたから体力の減衰が酷い。すこしまずいようだ。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 筆が震えている。ガタだ。もうこんなにも酷い。急に来た。起きるのもしんどいものだ。周りには誰もいない。ここにきてやっとその辛さを思い知る。因果応報。そう書いたのを思いだした。もう一度書いておこう。因果応報だ。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 妻に遭いたい 零無と向き合うべきだった

 

 

 

 ■月■日

 

 

 最近は日記もつけられていない。もう歳だ。まだ六十後半か。だがもうそれだ。長くはない。死にかけてから分かるものがある。ひとりは些か、寂しいものだ。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 わたし は ま だ  いき て いる

 

 

 

 ■月■日

 

 

 久方ぶりに元気だ。筆をとっている。もう死にかけだ。この前秘書と会った。ついでに、我が子を書いた理由を問うた。物語の中でだとしても我が子を幸せにしたかったのだと。言われて気付いた。なるほど、だから絶対に彼女を死なせるルートは用意しなかったのだ。

 

 

 

 ■月■日

 

 

 おそらく最後になるだろう。直感した。死期だ。おろかな人生だった。振り返れば失ったものが多すぎて、失敗ばかりの人生だった。妻に遭えるか。零無の顔を見られるか。私が行くのは地獄だ。ふたりとも天国へ行っている。宗教家でもないのにそう思うのは勝手か。だがもし次があるのなら、言わねばならないことがある。結局、妻にも零無にも言ってやれなかった。愛していると、一度も。言いたい。言えるだろうか。いや、言わねばならぬのだ。私は会話が下手だ。だから、それだけでも言うしかない。結局壊れかけていながらも私はまともだったのやもしれん。気付いていなかった。妻も我が子も、本当は同じぐらい大事だったはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ■月■日

 

 

 一美(ヒトミ)

 

 





お父上について色々言われていますので、ちょっとプロット段階のメモ書きを引っ張り出してきました。



・主人公の父親

 クズ 主人公が歪んだ原因 まともに子供と関わらなかった おまえなんて生まれてこなければと平気で言ったことがある 妻のことは愛していた。

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