ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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主人公を苛めたいんじゃない。ただ好きだから必死で生きて悩んで苦しんでそれでも足掻いてほしいだけなんだ……(きっと足掻けるとは言ってない)


ココロ 震わせて

 

「……ところで、あの」

「?」

 

 と、言いにくそうに黄泉は視線を泳がせた。なんだろうか、と玄斗は考える。叩き付けられた衝撃的な言葉も束の間、まだこれ以上なにか言うことでもあるのか。だとするならなおさら、それは彼の受け取るものだ。一言一句とて聞き逃すことはできないと、まわりの音に注意して――

 

「ち、散らかった絵を……一緒に直してもらえませんかっ……!」

「…………、」

 

 とても、肩の力が抜けた。

 

「……これ、用意したんだと思ってた」

「い、いえ! そうなんです、けど……あの」

「あの?」

「……ほ、本当は、机とかに置いて、こう、ルートを……作ろうとしてたんですけど……慌ててたから、その……ばたんって」

「……なるほど」

 

 どうりですこし制服が汚れている。なにかと危なっかしいところもある少女だ。加えて、いまの話を聞いたとおりであれば運も足りていない部分が出てくるのだろう。必死に準備しようとして、こうも教室を散らかしたのがなんとなく想像できた。

 

「……でも、どうしてそこまで?」

「……せんぱいが、窓から……見えたので。たぶん、来てくれるかな……って……」

「……凄いな。本当に。そこまで分かるなら、人付き合いもうまくいきそうなものだけど」

「あ、あはは……それは、ちょっと、違うんです。……わたし、これ、逃げることにしか使ったことありませんでしたので……」

「……逃げる」

 

 ふむ、と玄斗は画用紙を拾いながら思う。逃げようなんて思ったことは少ないけれど、その気持ちはなんとなく分かる。それでも逃げられなかったときも、逃げたら駄目なときもあった。おかげで苦痛には慣れている。だからこそ、一言だけ、伝えるべきだろうと彼は口を開いた。

 

「それは、そんな風に言うことじゃないと思う」

「……え、あ、はい……?」

「嫌なことから逃げてなにが悪いんだろうね。賢い使い方だと思う。僕だってそんな感性があったら、そうしてたかも分からないし。なにより君の考えで君の決めたことなら、それは進んでるっていったほうがいい。……まあ、僕自身がそんな大層なこと、言えた人間じゃないんだけど」

「……それも、違うと思います」

 

 あれ? と急な切り返しに玄斗が戸惑うよう首をかしげた。なんだか、こう、いままでなら気付かなかった特大の地雷を思いっきり踏み抜いたような。

 

「せんぱいはちゃんとせんぱいです」

「……いや、うん。僕は僕、だけど」

「違いますっ……せんぱいは、せんぱいなんです」

「…………?」

 

 それはどう違うのだろう、と玄斗はますます首をかしげた。たしかに自分は自分だ。むしろ自分以外のなにでもない。そのぐらいはきちんとこの前、理解したはずなのだが……、

 

「だからっ……せんぱいは、せんぱいの言葉でわたしを救ってくれました。きっとせんぱいにその気がなくても、救われた人がここにいるんですっ。ちゃんと、せんぱいの、あなたの言葉で、心に響いた人がいるんですっ……それを、忘れないで下さい」

「……そっか。そういうことか」

「そういうことです」

 

 ずいっ。

 

「それなら……うん。仕方ないのかな」

「仕方なくなんかないです」

 

 ずいっずいっ。

 

「うん……近いね」

「!!」

 

 しゅばっ、と鼻の先が触れ合うほどに近付いていた黄泉が飛びながら後退する。いまさらながら頬が真っ赤に染まっていた。なんとも、夢中になると周りが見えなくなるのだろう。故にこそ彼女の集中力は凄まじい。原作において白玖の心を真実震えさせたのは、そのキャンバスに描かれた一枚の絵であったのを思い出した。

 

「……そっか。そうなんだ……僕もすこしは、人らしくやれてたのかな」

「せんぱいは人です」

「そうだね。……ただ、そう名乗るには、ちょっと、足りないものが多すぎるよ」

「人です」

「……あの」

「人です」

 

 近い。

 

「……よく、言い切れるよね……見てて気持ち悪くない? ぼく(・・)は」

「はい」

「なら、そういうことはあんまり……」

「でも、好きです」

「…………物好きだね」

「はい」

「ぼくは、わからない」

「知ってます」

「……物知りだよね、本当」

「せんぱいがそういう人だって、知らなかったらそこまで突き詰めてません」

 

 それは、順序が逆ではなかろうか。思いながら、玄斗は教室に散らばった最後の一枚を拾い上げた。なんとはなしにその絵を見る。――そこに。

 

「――――――」

 

 鼻から上が掠れるように消えた、誰かの笑顔が描かれていた。

 

「……これ、変だね。顔が見えない」

「……あたりまえです。だってわたし、せんぱいの顔、見たことありません」

「……そういう、ぞくっとすることを言われたのは三人目だよ。三奈本さん、本当にぼくのことなにもしらない?」

「あ、そうなんですか……ちょっと、安心しました。わたし以外にも気付いた人、いたんですね……」

 

 よかった、と黄泉がちいさく呟く。それにまた、ガラスの内側からナニカがこぼれかけた。どうにも最近になってそうだ。殻という殻を無意味なことだと壊されてから、自分がどこをどう歩いているのか考えていなくては分からなくなる。

 

「……なんなんだ本当、君たちは。誰かのことを見ているにしても、直感が鋭すぎる」

「せんぱいが分かりやすいんです」

「……そんなに?」

「だって、メッキの黒です。すぐ剥げます。ていうか透けてます。……わたしにはそう見えます」

「……いちおう、ちゃんと十坂玄斗だよ?」

「あ、ヒント……ですね、それ。じゃあせんぱいは、違うんだ……」

「……だからどうしてすぐ、そういう方向に行き着くんだ……」

 

 まったくもって分からない。もしくはこの少女の感性がおかしな方向に曲がっている。四埜崎蒼唯にしろ、二之宮赤音にしろ、目の前の三奈本黄泉にしろ、こうも簡単に見抜かれては今までの人生はなんだったのかと思ってしまう。本当、勘弁してほしい。……前までは、こんなコトは思わなかったのに。

 

「でも、分かったのはそれだけじゃありません。似てたんです」

「……似てた?」

「はい、わたしの……友達に」

「……ぼくに似てる友達って……それ、どんな子なんだ」

 

 笑いながら玄斗は訊いた。片隅にすら予想もなにもない。真実、この世にそれを知っている人間はいるだろうか。すくなくとも今の彼の近くにはいない。ならば、何を探ろうともなにをしようとも、答えに辿り着けなかったのは致し方なくて。

 

「お姉ちゃんが入院してて、その子も病気で同じ病院だったんです。だから、すこしずつ話すようになって……お父さんがひとりだけいるって話でしたけど、わたし、一度もそのお父さん見たことないんです」

「へえ……」

「なんか、栄養失調で倒れてから色々と苦労しちゃってるみたいで、ちいさい頃から生まれつき体も弱いって言ってて……」

「うん……」

「それで、あんまり、笑うのが上手じゃないんですよ。ちょっと、下手な笑顔を浮かべるんです。それがなんとなく、せんぱいと重なったんです」

「……そっか」

 

 早く良くなるといいな、と言うと黄泉がコクリとうなずいた。本心からの願いだ。病気の辛さは玄斗も人並みに分かっているつもりだ。なにより栄養云々で体を壊したというのがどこかの誰かにある過去を思い出させた。もとより病弱の身にろくな食事を用意しないというようなコトは、自分の身以外に起きるはずもないが――

 

「はやく一緒に登校したいなって……レイナ(・・・)ちゃんって、言うんですけど」

「――――え?」

 

 ――それは偶然か。それとも待っていた未来の結末か。耳朶を震わせた名前に聞き覚えはどこまでもあった。ともすれば、もはや。

 

「……レイ、ナ……?」

「? はい。アトウレイナ(・・・・・・)ちゃん、です……けど……」

「――――」

 

 ばさり、と持っていた画用紙が落ちた。わーわーと慌てながら黄泉が足下の絵をせっせと拾い上げる。けれど、それすら頭に入ってこない。なぜなら、それほどまでに衝撃で。

 

「(アトウ……レイナ……?)」

 

 そんなはずは、と出かかった声を飲み込む。まさかそんな、と。だって、それは。

 

「(ぼくが……いる……?)」

 

 誰でもない。十坂玄斗になる前の、彼の名前であるのだから。





もうひとりのぼく×

ぼくじゃないぼく×

女になって攻略ヒロインと化したぼく○



そんなアトウレイナちゃんの明日はどっちだ――

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