ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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これが書きたくて五章は本当うずうずしてました。だから筆が乗るのも仕方ないんです。


緑色に包まれて

 甲高く、チャイムの音が響いた。これで、もう何度目になるだろう。空高くのぼった太陽は、すでに朝から遠ざかっているコトを示していた。日差しは強い。真夏のような暑さだが、今日は風がある。屋上なんてそれこそ吹き荒ぶほどだった。前髪がもっていかれそうになって、ふと動かした腕が固まる。……動かすことが、できなくて。

 

「……五加原さん」

「…………、」

「五加原さん」

「…………あ、うん! ……な、に……?」

「もう、二限目が終わる」

「あ……」

 

 ちら、と覗いた腕時計は、やはりというか大分時刻が過ぎていた。遅刻も遅刻、大遅刻だ。厳密に言えば校舎内には居るので遅刻とも違うが、授業には完全に遅れていた。ホームルームを過ぎ、一限目を過ぎ、いま二限目も過ぎた。これじゃあ不良学生だ、なんて玄斗は思いつつ息を吐く。

 

「そっか……もう、そんなに……」

「うん。……その間、ずっと、抱きついてたから分からなかった?」

「そうかも…………そう、かも?」

 

 んん? と碧がすぐ側でこてんと首をかしげる。なんだかすこしこそばゆい。

 

「…………うぉわっ!!??」

「っと」

 

 ぎゃん! と凄まじい勢いで跳ね起きた碧は、そのまま一メートルほど後じさった。今の今まで玄斗に抱きついていたという現実が、どうにも受け止めきれていないらしい。それほど必死だったのか、すっかり忘れていたのか。

 

「……危ないよ、急に動いたら」

「や、や! や! や! だだだだって、その、ああああああの、うえぇ……!?」

 

 〝な、なんであんな大胆なコトしたんだあたし――!?〟

 

 わたわたと驚く碧をよそに、玄斗も土埃を払い除けながら立ち上がる。学校……というより授業をさぼるのはこれで二度目だった。校内にいる分今回のほうがマシだろうか。考えて、どちらもサボりであるコトには変わらないとうなずく。授業がどうなっているかなんて、それこそいまはどうでも良かった。

 

「……五加原さんは」

「でも十坂の匂いはちょっと――……あ、うん。えと、えと……なに?」

「……僕の匂い?」

「そ、そこはスルーで!」

 

 なんでもないから! と手を振ってばたばたと慌てる碧。ちょっと玄斗は、香水でもつけるべきかと一瞬悩んだ。

 

「……五加原さんは、どうしてこんなコトしたんだ?」

「いや、そりゃあ……あたしが訊きたいくらいだけど……さ……」

 

 きゅっと、スカートの端を掴みながら、碧は応えた。わけが分からない。それは彼女も同じだ。分からないままに動いて、なんとか繋ぎ止めて、これからどうするか。きっと自分にはうまくできない。あの日に揃った他の四人(・・)みたいに、うまく立ち回って玄斗の隣に立つコトは難しい。ならば、

 

「なんていう、か……このままじゃ、十坂が……遠くに、行っちゃうような……気が、して」

「……別に、どこにも行かないけどね」

「だ、だからっ、そんな気がした……だけで…………そりゃあ、あたしは……十坂のこと、知ってるようで、なんも知らないし……」

 

 彼女の見てきた十坂玄斗は、所詮うわべだけのものだ。その奥底にある本質なんて一切手をかけてすらいない。ただあるのだと知ったのがついさっき。そこになにか大きな問題があるからこそ、手が届かないのだと気が付いた。……で、あるのなら、

 

「……知りたい、よ」

「……知りたい……?」

「うん。……十坂の、こと、教えてほしい。わかんないまま……そのままにして、見て見ぬフリなんてしたくない。だから……」

「……僕のこと、を……?」

「……、」

 

 こくり、とちいさく碧はうなずいた。きっとそれこそが彼女の願いであり、本心だったのだろう。紅く染まった顔を隠すように俯いて、必死になにかを堪えるように、スカートをきつく握りしめている。――なんて、強い姿だろう。

 

「……いいか。もう。五加原さんになら」

「え……?」

 

 だから、すこしだけ鍵を開けてしまった。そも、見せるつもりも聞かせるつもりもなかった話を。誰かに見破られても、全容の一切は明け渡さなかった物語のはじめから終わりまで。彼が()であったときの、十六年の生きた証。

 

「……すこしだけ、馬鹿な話をするけど、いい?」

「……さっきみたいな、やつじゃない……?」

「うん。もうちょっと、馬鹿な話」

「…………じゃあ、お願い」

 

 うん、と返すように玄斗もうなずいた。理由なんて様々。もう頭が吹っ切れそうで、はち切れんばかりで、考え抜いた結果に救いがなくて、心なんてはじめから折れていて、ともすれば苦しくて限界だったのかも分からない。ただ――

 

「――五加原さんは、僕が人生二週目って言ったら、信じる?」

 

 そう言葉に出した瞬間。スッと、玄斗の心からなにかが抜け落ちていくのを感じていた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 ゲーム会社の代表取締役社長である父と、イラストレーターであった母。その間に生まれたのが、明透零無という少年だった。彼が生まれた直後に母親は死んで、父親とふたりだけの生活が続くも、家庭環境は崩壊寸前。必死に繋ぎ止めていた父親も、彼の成長と共に逃げるよう仕事へ走った。そのせいで、ろくな人生を歩めなかった。簡単にまとめてしまえば、こんなコト。

 

「――――、――――」

「…………え? いや……」

 

 玄斗は話した。一生分を優に超えるほど、言葉にした。

 

「――、――――、――」

「いや……うそ。なにそれ……ええ!?」

 

 話して、話して。話しきるまで、とても時間がかかった。なにせヒトの人生一生分。とても一時間や二時間で終わるようなものではない。心に抱えていた自分だけの記憶を、ひとつずつ、ひとつずつ紐解いていく。

 

「――――、――――」

「…………それ、って……」

「――――――、」

「……うん。…………うん」

 

 明透零無の人生はうすっぺらいが、話すのに不足はしなかった。それは単に彼女が聞き上手なだけか、それとも玄斗の口が思いの外すべっていたのか。話して、話して、話して。

 

「――――、――――、――――」

「……うん。……うん、うん」

「――――――?」

「あはは……そう、だね。それは……まあね」

「――――、――――……」

「……うん」

 

 時間がすぎて、日は傾いて。腹の虫が鳴いても話して。話して。話し続けて。

 

「――――――それが、()ぼく(・・)だったときの話。……馬鹿げてるだろう?」

「…………うん。そう、だね」

 

 すべてを語り終えた頃には、とっくに学校も終わりかけていた。

 

「……そっか。十坂は、二回目……なんだ……」

「そうなんだ。どういうわけかは、分からないけど」

「……でも、なんか納得した。十坂、ちょっと……同年代とはズレてたし」

「そうかな」

「そうだよ。……本当に、そう……」

「…………、」

 

 そうして、沈黙が訪れた。ふたりの間の会話が途切れる。玄斗はもうすべて話した。これ以上なにかを言うコトもないと、口を噤んだ。碧は口を開こうとして、それが言葉になるまえにそっと閉じる。なにを言うべきか、なにを言えば良いのか。たかだか十六年ぽっち。あるがままに生きてきた少女には、すこしばかり難しすぎる問題だった。

 

「…………、」

「…………、」

 

 日は傾く。沈黙は続いていく。なにをどう言えば良いのか。自分のなかでの答えを碧は探る。いっそ気楽に「ちょっ、十坂ってばやっぱ冗談下手すぎだって! もう、あたしをからかっても無駄だからねー?」なんて言えばいいのだろうか。……いや、ないだろう。それをするのはもっと、違う場面でこそだと思った。

 

「……そういえば、ひとつだけ言い忘れてた」

「……なに、を……?」

「零無」

 

 凛と。その声だけは妙に、耳の中で透き通るように響いた。

 

「明透、零無。……それが、ぼくの名前。なにもないって意味の込められた、ぼくの本当の名前なんだ」

「あとう、れいな……」

「……うん」

 

 そうして、やっぱり、玄斗(零無)は笑った。うっすらと微笑むように。諦めたようにゆるい顔つきで。

 

「…………そっ、……か…………」

「…………、」

「………………、」

 

 人生二度目。壊れやすかった身体。愛されなかった現実。育児放棄にも近い仕打ち。心を折るような言葉の数々。朽ち果てていった肉体の結末。思えば、どれも、碧には経験のないものだった。人並みではあろうが、大抵の子供は親に愛されて生きていく。きちんと育てられて大人になる。優しくも厳しい言葉を受けて、正しさを身に付けていく。碧もそうだった。髪を染めたり軽い口調で振る舞う彼女だが、だからこそあるべき正しさというものは知っていた。

 

「…………、」

 

 はたしてそれは、どんなモノだったのだろう。想像は易くない。きっと彼女の思っている以上に、彼の現実は悲惨だったはずだ。それこそ二回目の人生ですら素直に楽しめないほど。

 

「――――――、」

 

 なんて声をかけていいかは、さっぱり分からない。でも、「ああ、こうだ」と言いたいことは思いついた。なんてことはない。彼女の自己満足。ただ、あまりにもなコトを聞いて、それを受け止めようとしてみたとき、自然と心から溢れた感情が、それだった。

 

「十坂……じゃ、ないや。えっと……零無」

「……ん」

 

 短く応えた玄斗(零無)は、視線もよこさずに薄く微笑みを貼り付けていた。なにもおまえに期待はしていない。言外にそう言われたような気がして、心がズキリと痛む。……それでも、関係ない。なんたってこれは単なる自己満足。彼女がそう思うからやるだけの話。十坂玄斗(明透零無)の気持ちなんて関係ない。だから、

 

「――――零無」

「!」

 

 ふわり、とその香りが玄斗(零無)を包んだ。後ろからそっと立ち上がった碧が、優しく、守るように少年の体を抱き締める。それは、まるで――子供をあやす、母親のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく、頑張ったね。零無」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――っ!」

 

 そんな、たった一言に。力が、抜けた。

 

「な、に……を……?」

「なんでも。……頑張ったよ、零無。よく、頑張った。だから、そう言ってるだけ」

「そん、なの……っ」

 

 ぐらついた。視界が揺れる、ぶれる、かすむ、曇る。なんでだろう。どうしてだろう。とても、まともに、前が見えない。

 

「ち、違うっ……ぼくは、……ぼくは、そんな……っ」

「ううん。違わない。零無は、頑張ったじゃん。いっぱい、いっぱい頑張って……それで、こんなになっちゃったんだね」

「――――――っ!」

 

 ぶんぶんと、まるで子供のように頭を振る。違う、違う、違う! そうじゃない。そういうコトじゃない! だって、そうだ! そんなのはあまりにも違いすぎている! なんだってそんな、こんな、なんのためにもならない人生を歩んできた人間に、称賛の声なんてかけている――!

 

「ちがっ……ぼくは……ぼく、は……!」

「いいよ。違わないんだよ。だって、零無、頑張ってた。必死に、必死に生きようとしてた。だからさ、覚えてるんだよ。そんなに。十坂が、零無だったときのことも」

「違う……っ! 違うんだ……五加原さん、ぼくは、ぼくは……!」

「いままで、よく我慢してきたね。もう、泣いて良いんだよ。零無」

「――――っ!!」

 

 ――ああ、否定したい。それは違うと突きつけてやりたい。なのにどうして、涙が溢れて、止まらない。

 

「ち、が……ぼ、くは……っ、ぼく、は……っ!」

「……いいから。いいんだって。これはね、私が、勝手にすること。だから、零無も勝手に泣くなり怒るなりしなよ。……もう、さ。零無の幸せを邪魔する人なんて、誰も……いないんだから」

「……っ、だめ、なんだ……! ぼくは、そんな……こと……ゆるされ、ちゃ……!」

「なら、あたしが許す。零無のこと……十坂のこと。勝手に許したげる。だってさ、そうでもしないと……ずっと抱えてそうだもん、十坂(零無)

「なん、で…………!」

 

 ぼろぼろと溢れてくる涙は、すでに涸れていると思っていた。なのに、溢れて溢れて止まらない。ただただ只管に、雫が頬を伝っていく。とても信じられない暖かさ。贅沢だ。死にたくもなろう。なのに、いまはただ嬉しくて、悲しくて、とても、とても、感情が追い付かない。

 

「いいんだよ……もう、ひとりで頑張らなくても。だって十坂(零無)は、あたしにそのことを教えてくれたんだから――」

 

 笑う碧の顔に、我慢もなにもできなくなった。嗚咽を漏らしてただ泣く。泣いて、泣いて、泣いて――その暖かさに、やっと――

 

 

 

 

 

 明透零無は、救われたのだ。

 

 

 

 

 

 

 


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