ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
「…………、」
「…………ん」
その後、疲れるようにして玄斗は眠った。ゆっくり、ぼんやりと目をしばたたかせていた少年を寝かしつけたのは、誰でもない彼女である。膝のうえで気持ちよさそうに寝息をたてるその顔を見ながら、くすりと碧は微笑んだ。
「(そりゃ、こうもなるのかな……
なにも知らないまま、固定された価値観と考え方のまま生きていれば、精神なんて一向に成長もしない。いわば、諦めきって壊れ果てた赤子同然の子供。それがいちばん深くにある十坂玄斗――もとい明透零無の本質だと、なんとなく手触りで理解した。……手で触れるようなものでも、ないが。
「(本当に頑張ったよ……
なにぶん、初めてのことだったので自信がない。泣き出した彼を見た瞬間、それまで見えていた大人っぽい十坂玄斗の像が粉々に砕けて、とても小さな、ともすれば幼すぎるほどのモノを垣間見た。なにも知らず育ってきた弊害だ。明透零無のココロは、あまりにも脆く弱い。
「…………んっ……」
「! ……よしよし。大丈夫だからねー、零無」
そうっと頭を撫でてやると、彼は眉間に寄せていたしわを消して、穏やかな表情に戻った。まったくもっていつもとのギャップが激しい。なんだか大きな子供か弟を持った気分である。一人っ子であった碧としては、そのあたりがとても新鮮だった。
「……なんか、かわいいかも」
ふふ、と笑いがこぼれた。頼りになる彼。頼りになっていた背中の彼。想い人であったその少年が、自分の膝の上でゆっくりと眠っている。とても、安らいだような顔で。それがなんだか、無性に乙女心をくすぐらせた。
「(うわー……やばい。これやばいって……あたしだって、さあ……その、ちゃんと……そういう気持ちは、あるんだし……)」
近くで見ればよく分かる。透き通るように綺麗な肌も、真っ黒なまま変わりない鮮やかな黒髪も。そうして、油断しきった寝顔も。どれもが、魅力的に見えて仕方ない。
「(……お、落ち着け……あたし……! いまは我慢……!
駄目だ駄目だと理性は言っても、悪魔が「ちょっとぐらい良いじゃん♪」と囁いてくる。やめろ。あたしにそういう誘いはすごい効く……っ! なんて葛藤をしていたところへ、不意に、玄斗の唇が目に入った。
「(………………いやいやいや!?)」
うん。それは、ちょっと、まずいだろう。
「(そ、そう……だよ……寝てる相手に……なん……て――)」
内心とは裏腹に、顔は自然と彼のほうへ向かった。あと三十センチ。遠い。遠いので、やめるなら今のうちだ。
「(……卑怯、なのに……さあ……)」
あと十五センチ。もう間近で彼の顔が見える。
「(…………、)」
あと、五センチ。
「……ごめん。
自分勝手に、ワガママに、碧はそんなことを呟きつつ膝上の彼の顔にそっと手を添えた。いつもなら見るはずのない気の抜けた想い人の顔。それが、目前で、手の届く――実際に届いてしまった位置に存在している。そんな状況で、我慢できる女子高生が一体どれほどいたものか。割と居るかもしれないのは、まあ、無視するとして。
「――好き、だよ。
恥ずかしげに呟いて、そっと、碧は彼の頬にキスを落とした。……唇にしなかったのは角度の問題で、実際、する直前になってチキったとか、そういうワケではない。……絶対。
「……だから、ね。誰も好きじゃないなんて、言わないで。もっとさ……自分の気持ちと、向き合ってみてよ。
そっと、耳元で囁く。ぐっすりと眠っている彼には聞こえまい。でも、聞こえていたらいいなと思う気持ちはあった。聞いて欲しくないというのも、半々。なんたって、これが聞かれていたら碧は羞恥で恥ずか死ぬかもわからないのだから。
「もっと、女の子に夢……見させてよ。
選択肢すら潰されるのは、悲しいものなんだよ――? そう言い残して、碧はまた玄斗の頭を撫でた。規則正しい寝息だけが繰り返されていく放課後の屋上。そこにあるべき男女の姿は、見ようによっては、どこからどう見ても――
◇◆◇
「…………、」
――夢を、見ている。夢のなかで自分は、幼い少年を見ていた。とても細い、とても脆い、とても弱そうなひとりの少年。色素の抜け落ちた髪は地毛ではなく、病気とクスリの副作用によるものだ。とてもじゃないが、ただでは生きていけない姿。
「……君は」
「?」
声をかけると、少年が首をかしげながらふり向いた。顔は青ざめている。肌の色は真冬の新雪を思わせる白さ。生きた心地のしない、不気味な子供。
「……そういう、ことか」
「――おにいさんは、だれ?」
「……僕は……きみだ。明透零無」
「ぼく……?」
不思議そうに、少年が自分を指差しながら聞き返す。うん、と自分はうなずいて返した。思えば、なんとも懐かしい姿。
「……頑張ったんだって、僕」
「……? なにを?」
「なんでも。頑張ったねって、言われたよ」
「……おかしいね。ぼく、なにもがんばってないのに」
「……そうだね」
頑張ったつもりなんて、一切なかった。我慢したつもりも、ひとつだってなかった。だからそれは無意識下の話で、正常に動いていた最後の歯車みたいなもので、無視し続けていた決定的な人間としての心臓だった。
「でも、頑張ったんだ。我慢もいらない。もう。……僕はそろそろ、いいんだって」
「……そんなの、あるわけないよ」
「……うん。あるわけない。そんな、都合のいい話」
「そうだよ。……僕は、ぼくなんでしょ?」
「うん」
言われて、やっぱりうなずいた。明透零無は、明透零無だ。そこに間違いはない。
「……でも、来るんだよ」
「……うそ」
「だと思う。僕もそう思ってた。でも、来ちゃったから仕方ない。……緑色のお姉さんがね、ぜんぶ、勝手に持っていっちゃったんだ」
「……ひどい」
「そう言わないで。ひどいのは、こっちなんだから」
「そうかな……そうかも」
そのとおりだ。ひどいのはこっちで、それをすくい上げたのが彼女になる。本当に、これからのコトを考えると彼女には頭があがらないだろう。
「じゃあ、どうするの。僕」
「……うん。すぐには難しいけどね。きっと、すこしずつ、ちょっとずつでも、許していこうと思う。僕のこと」
「……むりだよ、だって、僕はぼくなんだから」
「……かもしれない。でもね。僕だけじゃ無理でも、そうじゃなかったら違うだろう?」
「……?」
笑う。こんな簡単なコトすら分かっていなかったのかと、今更ながらに笑った。きっとこの笑顔なら黄泉も褒めてくれるだろう。だって、心底――気持ちがいいぐらい、笑えている。
「……どうして、わらうの」
「おかしくて。……あのね、ぼく。ひとりじゃ駄目でも、誰かが手を差し伸べてくれるときだってある。なら、やっていけることも増えるんだ」
「……ありえない。そんな〝て〟、みたことない」
「見れるよ。きっと。だって、ね……」
――たとえば、冷たくても優しかった。本当の自分を呼んでくれたあの手を知っている。
――たとえば、燃えるように熱かった。生きていけと願ってくれたあの手を知っている。
――たとえば、明るくて暖かであった。自分の幸せを示してくれたあの手を知っている。
――たとえば、安らいで心地よかった。大事な一言をいってくれたあの手を知っている。
どれもこれも、自分の手とは違う。救いをともなって差し出された、明確な手だった。
「……ぼくなのに。なんで。ぼくはずっと、シアワセになっちゃいけないのに」
「うん。そう思ってた。でも、違うんだ。やっと分かった」
踵を返して、その場から去る。きっとそれで夢は覚めるのだろう。なんとなく、そういう確信があった。どうせ、答えはもう胸に秘めている。ならば伝えるべきことも伝えた。幼い自分との会話なんて、成立するものかと不安だったけれど。なんてことはない。結局、いまも昔も大して自分という人間は変わっていなかった。
「幸せなんて案外、そのへんに転がっているものだよ――」
意味も理由も以ての外。かつて誰かの言ったソレを、そのまま口に出していた。いまならその言葉の真意が分かる。なんて簡単なコト。見方を変えればそれこそすべて。わざわざ自分から拾いに行かなくても、いつかは自然と、包まれていくものなのだと――
余韻に浸った一話です。とりあえず一区切りかな、という感じ。蒼い人がいなければまず頑張ったねって言ってもスルーされてたし、赤い人がいなければそも考えるということすらしてなくて、黄色い人がいなければ彼が自覚することもなかった。ぜんぶ繋がっての緑のお姉さんです。だからエピローグが似合う……よき……
ちなみに七章までは構想がほぼ出来てるので、そこまでは走れるかなと。