ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
あ、あと警告タグ追加しました。八章からです。撤退するならいまだよ!
夜の公園というのは、異様な雰囲気に包まれている。小さな光源はベンチ脇にある水銀灯からのみ。広い敷地内で、まともな明かりがそれだけ。いつの間にやら十月も半ば。暗くなるのは早くなって、気付けばもう八時を過ぎていた。そんな時間帯に、玄斗はひとり懐かしい場所に立ち寄っている。
「……やっぱり」
そっと手で表面を触りながら、肩を落とすと同時に呟いた。公園の中心にそびえ立つ一本の大きな木。昔、壱ノ瀬白玖と十坂玄斗はここに四字熟語を彫ったことがある。表裏一体。そう書いた場所は、記憶が間違っていなければたしかにここだった。年月が消しただとか、そういうのではなく。
「(……傷ひとつない。たしかに、消えててもおかしくないけど……)」
ほんのすこし前、白玖と一緒にこの公園を訪れたコトがあった。付き合い始めて一週間ほど経った頃だ。まだ八月のうだるような暑さのなか。たしかに見たこの木の表面には、うっすらと彼らが書いた文字が刻まれていた。
「(……〝俺〟は、白玖と会っていないのか……)」
はたして、それだけで変わるものだろうか。考えて、それもそうかなんて納得してしまった。なにせ壱ノ瀬白玖に出会うまで、十坂玄斗なんて記号のみを与えられて、ぼうっとただ生きていくだけだった明透零無の残骸は、正しく自らの形というものが定まっていなかった。その、はじめの一歩すらズレてどうなっているか分からない。ならば、きっとおかしなコトでもないだろう。
「(……ぞっとしない。それで生きていたのか、〝俺〟は。とんでもないな……僕じゃあとても、無理だ)」
白玖がいない世界で、白玖と会わないまま生きていく。そんなコトを考えただけで、未来が閉ざされてしまう錯覚にさえ陥る。自分にとって彼女の存在はそこまでに大きいのだと、この一日で相当に実感してしまった。これが調子に乗った罰ならばもう解かれてもいいぐらいである。けれど、現実はどこまでも不可思議で、非情だ。
「(……でも、どうして生徒会長なんかになったんだろう。ボクがそんな考えに至るとは、思えないんだけどな……)」
すくなくともアマキス☆ホワイトメモリアルを知っていれば、生徒会長は二之宮赤音であるべきだと思うはずだ。決して自分がなってやろうなんて思う筈がない。でもいまの玄斗の腕にはしっかりと生徒会長の腕章がある。以前までは赤音の腕にあった、綺麗な黄色が。
「(ボクなら、識ってるはずだ。アキホメ……やってたんだし。実際、白玖に会ってものすごい――)」
と、そこまで考えて気付いた。トリガーは、そこにあったのだと。
「(待て……白玖と会わなかったら、もしもで切り捨てて無視してるのか? いや、気付いたとしても介入なんてしない? じゃあ……)」
ここは、十坂玄斗がなにもしなかった世界で。
「……僕が関わらなくて、良かった未来ってことに、なるのか……」
――景色が、翳んだ。とても、とても、遠くに見える。違うと分かっていても、こんなに穏やかなモノを見て、何事もなく過ごしている彼女たちを見て。……正直、心が震えた。素直に悔しくて、苦しくて、自己嫌悪でトゲが刺さって。玄斗は自然と、苦虫を噛んだような顔のまま佇んでいた。
「(――ああ、分かっている。分かっていた。意味なんてなかったって。でも、こうまで上手くいく世界なんか見ちゃあ……よっぽどだよ。本当。嫌になる)」
まったくそのとおりだ。自分なんて居なくて良かったと、世界中から言われているに等しい。そんな圧力と、無言で押さえつけてくる疎外感。ふとそれを感じた瞬間、心が砕けそうになった。でも、
「(……でも、後悔にはしたくない。それでボクが僕になって、白玖と出会って、幸せが拾えたんだから……そこに、意味があったって思うのは……ちょっと、駄目だな)」
ワガママにすぎるし、なにより自分勝手すぎる。
「(そっか……結局、どうしようもないんだ)」
別に、酷く落ちこんでいるワケでもない。ただ、するりと流せたワケでもない。受け止めて、噛みしめて、苦みが口の中に広がっている。甘いものでも飲みたい気分だった。十坂玄斗の無駄な努力を見せられたところで、なんてことはない。本当に酷いモノだと察せただけ。そんなのは、とうに分かりきっていたつもりだった。
「(僕は僕でしかないんだし、そこは、どうしようもない。……だいたい、もうあれだけ悩んだのに。これ以上なんて悩みたくないよ)」
そんな弱音に苦笑して、公園の前で薄暗く光る自販機まで歩いていく。この時期にもなると暖かいものだって用意されていた。いまはそれで、とりあえず温まるとしよう。心はまったく温もらないけれど、せめて体だけは熱を持って――
「あ、れ……?」
「――――、」
ぴたりと、足が止まった。見れば、今朝方と同じ格好をした少女が、びっくりしたようにこちらを見ている。けれど、それ以上に玄斗は驚いている。それはもう驚いている。驚きすぎて、一瞬、本当に言葉を失った。
「あ、朝の……
「……うん。ちょっとぶり」
「え、あ、はい……」
不思議だ。彼女は自分を知らない。彼女は自分の知っている白玖ではない。同じだけれども、別人だ。記憶が違う。道筋だって違う。着ている制服だって違う。なのに、ただこうして出会って、顔を見ただけで。
「――今朝はごめんね。お詫びに、ジュースでも奢らせてほしい」
こんなにも、冷めていた心が温まっていく。
◇◆◇
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう、ございます……」
ちょこんと端に座った白玖の横、ひとひとり分の幅を開けて、玄斗は並ぶようにベンチに座った。最初は断っていたものの、結局、白玖が押しに押された形である。彼女のほうにココアを渡して、彼はコーヒーをぐいぐいと呷った。知らぬ間に日常生活での緊張で喉が干上がっていたのだろう。ただの缶コーヒーが、驚くほど美味い。
「――ふぅ。いや、寒いね」
「あ、はいっ! そう……です、ね……?」
「なんで疑問形?」
「え、えっと……あの……なんなのこれぇ……」
「…………、」
まあ会話はそうなるか、と玄斗は冷静に考える。ここで取り乱しても朝の二の舞だ。なにより親友からの天才的なアドバイスがあった。居なくなったワケではない。ただ、今までの思い出が綺麗さっぱりなくなっただけ。それが、なんだというのだろう。
「……今朝は本当、申し訳なかった。僕もちょっと、寝惚けてたみたい」
「ね、寝惚けてた……んですか……」
「そう。だから、意味分かんないことで迫っちゃったし。……怖がらせたみたいで、ごめんね」
「い、いえっ、まあ、あの、たしかに怖かったけど……で、でもでも、もう大丈夫……なので。頭、あげてもらって……」
「いや、ここはちゃんと謝るべきだと思う。本当に、ごめん」
「…………、」
すっと頭を下げて謝罪する玄斗に、白玖はぼうとその姿を見つめた。初対面の印象は、それこそ変態。変人。頭おかしいこの人。という三つの要素に尽きる。いきなり家の前で声をかけてきて、そのままワケの分からないコトを言ってくるのだからそうとも思う。だからこそ、目の前で謝っている人物が同じだとは思えなかった。……彼の言うことが嘘でなければ、寝惚けているという状態が相当酷いコトになるが。
「……いいです、もう。たしかに驚きましたけど……十坂さん、ちゃんとこうして、謝ってくれる人ですし」
「……よくないよ。もし僕が悪い人で、君を騙そうとしてたらどうするんだい?」
「そんなこと、するんですか……?」
「しないよ、絶対」
その言葉は、なんだかちょっとだけ優しく、心強くて。
「……じゃあ、改めて。僕は十坂玄斗。調色高校で、いちおう生徒会長してます」
「あ……えっと、壱ノ瀬白玖……です。筆が丘女学院の二年生、やってます……」
「筆が丘……え? 隣町の、あの、お嬢様学校?」
「い、いちおう……」
「――マジか」
「まじ、です……」
単純に制服が違うのは学校が違うというのは分かっていたが、それがまさかの結構有名なトコロとは思わない。たしかにどこかで見かけた覚えがあるような制服だとは思ったが、あの白玖がまさかのまさかである。
「……まあ、でも、それならそれで。良いか」
「……?」
「あ、なんでもない。じゃあ……そうだね。壱ノ瀬さん、って呼んでもいい?」
「あ、はい。えと、私は……」
「どっちでも良いよ。上でも、下でも」
「…………じゃあ」
悩んだすえに、彼女は。
「――と、十坂さん、で……」
「うん。それでいいよ。発音も完璧だ」
「そ、そうですか……」
「でもって、ちょっと新鮮。きっと、それも良いんだ」
「はあ……?」
いつまでも暗くなっていてはしょうがない。ズキリと痛んだのは痛んだが、たしかに彼女から名字で呼ばれるというのは新鮮だった。ならば、楽しいことを考えよう。そのほうがずっと良い。自分が居て、白玖が居て、こうして出会っている。ならば土台は整っていた。なくなったのならまた作れば良い。消えてしまったのならそれを超えるほどにこれからやり直していけばいい。簡単な話、未来には希望が溢れているのだから。
――壱ノ瀬白玖の好感度――
♥♡♡♡♡ レベル1【UP!】
呼称:十坂さん
評価:ちょっとやばい人。でも根はいい人……? よく分からないのでやっぱりやばい人。ていうかなんでこの人こんなに女の子慣れしてるんだろう……? やっぱりヤバい人なんじゃ……?