ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
長い旅路は想像以上に体力を使ったようだ。街中へ出たころにはもう昼前というのもあって、玄斗たちは食事をすることにした。近場のショッピングモールに入って、フードコートで軽めの昼食をとる。お互いが席についたときには時計の針も頂点をすぎていて、ちょうど良いところだった。
「……良かったのか?」
「? なにが」
と、唐突に訊いてきた七美に玄斗が問い返す。
「お金だ。私も払うと言ったのに」
「ああ、いいよ。このぐらい。今日は色々と、楽しませてもらったし。そのお礼みたいなものだから」
「そうか……うーん、しかし……」
むう、と納得いかない様子の少女。玄斗はサンドイッチをもぐもぐと咀嚼しながら、別にそこまで気にしなくても、と自分の持ってきたモノを見返した。……割合で言えば8:2である。玄斗が8で、七美が2というぐらいの量だ。値段もそれなりだとすれば、本当になんてコトもない額である。
「……にしても、よく食べるのだな、玄斗は。……お腹とか、破裂しないのか……?」
「しないしない。まだまだこれでも腹八分目だし」
「そ、そうなのか……いや……世の男児は凄まじいな……」
もちろんそれは七美の勘違い。凄まじいのはテーブルの約半分を埋め尽くす量を「腹八分目」と言い切るどこぞの男である。前世に食べられなかった反動はモロに十坂玄斗のキャラクターへ影響を及ぼしていた。落ち着いた大食漢系生徒会長とはまた新しい。
「……いただきます」
すっと手を合わせて、七美はパンケーキを一切れ口に運ぶ。
「……うむ。おいひいな」
「飲み込んでからね」
「……っ。おいしいな、玄斗。やはりいいものだ。食べ物は見た目も大事だと思わないか?」
「僕は美味しかったらなんでもいけるクチだ」
「どうしてそんなに誇らしげなんだ……?」
食い意地の張っている少年である。曰く、「お兄はときどき食べ物のコトになると目の色が変わる。まるで野獣。あの瞬間だけはあたしも正直お兄の〝攻め〟を認めたね」なんて妹に言われるぐらいのものだった。男はみんな狼。そんな彼の心の奥底には本当に狼がいたりするのだが、それを知る女子は未だ存在しない。
「でも、ちょっと分かる。見た目がいいと、味もって思うよね」
「うむ。それだけで随分と変わる。前までは苦手だったものも、それで克服した」
「へえ……見た目で?」
「ああ。けっこういけるぞ? 玄斗もしてみるか?」
「……なにを?」
「目隠し、というやつだ」
そういえば、とそんな話で思い出した。目隠しとはいうが、目が見えないという経験が玄斗にはある。それこそ遠い昔、自分自身で体験したコトだ。けれど、その状態でなにかモノを食べたことはなかった。なにせ視力がなくなる頃にはすでに点滴生活。食事もまともに喉を通らないほど衰弱していた。なにも見ずに食べる、というのは意識してみると案外どうにもという感じ。
「目隠しで食べたら平気だったの?」
「いや、逆だぞ。目隠しをせずに食べたら平気だったのだ」
「……え?」
「え?」
ふたりして首をかしげる。話が微妙に噛み合わない。
「え、いや……うん? 七美さんはそれまで目隠しでもして食べてたの?」
「まあ、そういうことになるな」
「いや、どんな生活……」
「どんな、と言われても……まあ、普通の生活だ」
「普通……普通なのか……」
「普通だった。別に、苦労もしていなかったしな」
本当に懐かしい、と七美は笑う。玄斗にはまったく分からない。それが普通だというのなら……なんて、自分の普通を信じられるほど彼も人生経験積んでいるワケではないが。すくなくとも似たように感じたどこかが、世間一般とズレているというのは直感した。明透零無が見向きもされないまま育ったみたいに。その魂がなにも知らないまま生きてしまったように。
「村に住んでいた。山を超えたさきの。……街もいいが、山奥の村も良いものなんだ。春には小鳥のさえずりなんかが聞こえてくるし、夏は蝉の鳴き声がうるさいぐらいでな。秋は焼き芋やたき火の匂いがこれまたよくて、冬の雪を踏みしめた音なんて最高だろう?」
「村、かあ……僕、こういうところしか見たコトがなかったから……一度行ってみたい」
「なら行こう。今日みたいにまた一緒に行って欲しい。玄斗。……うむ。はっきりした」
「? はっきりって、なにが?」
「いや、なんだ。……玄斗となら、どこへでも行けそうな気がするということだ。なんなのだろうな、これは」
「(……頼りにされてる、のかな……?)」
鈍い彼は気付かない。鈍い彼女も気付かない。向けられている感情がどんなものであるかなんて簡単な事実に、ふたりは一切手が届いていない。一方はなにも知らないまま考えが掠めて、一方は自分のモノにすら気付いていないでいる。同罪と言えば同罪。なんとも微妙なすれ違いは、やはり似たもの同士と言えた。
〝――ふむ。玄斗といると、すこし心拍があがるのか……なぜだ?〟
なにも知らない少女が抱いた淡い恋心など、傍から見れば丸分かりであろうに。
◇◆◇
それから、ふたりで街をふらついた。ちょっとした買い物とか、遊びなんかをしていれば日が暮れるのもすぐになる。気付けば電灯がつくぐらいなもので、玄斗は七美を家まで送ることにした。暗い夜道。すでに人気のなくなった道は、ふたり分の足音だけが響いている。
「――うん。満足だ。今日は、とんでもなく楽しかったな」
「そうだね」
短く答えながら、玄斗は不調気味の身体を隠すように苦笑した。……以前までならともかく、この肉体にはけっこうな運動量だったらしい。まったくもって情けない、と痛む心臓をおさえつける。無理が来ているのか、呼吸がちょっとだけ苦しい。けれども、そんな様子すら完璧におさえこめるのは明透零無であったが故だ。玄斗の歩調は、いつも通りのものからブレない。
「僕はすこし疲れた。七美さんは大丈夫?」
「私は平気だ。これでも最近、けっこう体力がついてきたんだぞ? すくなくとも体育の途中で倒れることはなくなった」
「それは……うん。いや、本当に大丈夫?」
「平気だ。そういう玄斗は……大丈夫そうだな」
「まあ、大袈裟ではないぐらい。案外、そこまででも」
誤魔化してはいない。彼はちょっと比較対象がおかしいだけで、十分に身体は弱っていた。なにせ相手があの病弱体質の透明少年期である。それと比べればどんな不調も「そこまで」でまかり通ってしまうだろう。
「……そういえば、玄斗。知っているか。街の夜はな、星がぼやけているんだ」
「星? ……いや、普通に見えるけど」
言いながら見上げると、今夜はそこそこなものだった。頭上には綺麗に瞬く星が散らばっている。明透零無であった頃は無縁に近かった星空も、生まれ変わってから気付いた景色のひとつだ。それはたしかに、彼の心を掴むに十分なぐらい。
「いいや、向こうではもっと綺麗だ。星は。……一度だけ見たコトがある。本当、手を伸ばせば掴めそうなぐらいで」
「そうなのか……それは、一度見てみたいな……」
「だろう? だから、今度見に行こう。……もっとも、私の答えのほうが先か」
「?」
「なんでもない。――と、ここだ」
ふと、七美が足を止めて振り返った。くるりと反転した彼女の背中には、橙野と書かれた表札が見えている。その柵を越えた奥に結構な大きさの家が見えた。一軒家だ。玄斗の家がふたつほど入りそうな。
「(ご、豪邸だ……!)」
ちょっと戦慄する小市民である。すこしズレているのではと思っていたが、まさかその理由がお嬢様だとかそういう理由では、なんて想像した。庭が広い。家がでかい。玄関のドアも大きい。三拍子揃ったビッグサイズ。すわお金持ちか、と玄斗は身構えて、
「――おや、誰かと思えば……やっと帰ってきたね。不良少女」
そんな風に、後ろから声をかけられた。
「あ、千華さん」
「おかえり、七美。あとついでに、隣の素敵な男の子を紹介してくれると嬉しいな」
くすりと微笑みながら、千華と呼ばれた女性が玄斗を見る。黒い瞳と、乱雑にまとめられた深い朱色の髪。くたびれたワイシャツとスラックスに煙草をふかしている姿は、色んな意味で大人の女性らしさを感じさせた。……あと、片手にコンビニのレジ袋を持っているのも。
「玄斗です。この前言っていた、水族館に誘った相手ですよ」
「……ほう、君が」
「ど、どうも……?」
ふんふむ、と誤魔化しもせず千華はじろじろと見てくる。玄斗としてはちょっとだけ居心地が悪い。ので、こちらも観察してみることにした。一見するとそれこそ髪もろとも乱雑……ではあるのだが、細かい部分はしっかり整っている。爪も綺麗で、見える範囲のどこにもピアス穴や小傷のひとつも見当たらない。おまけに、服だって形は悪くても汚れは一切ない。本質的にはきちんとした人なのだろうか、なんて適当に考える。
「名字は?」
「と、十坂……です……」
「十坂……十坂に、玄斗……いや、なるほど。私のネーミングセンスはわりと壊滅的かも分からないな。君にその名前は、妙に似合っていて、不気味なぐらい不釣り合いだ」
「――――――」
「あ、いや。ごめん。悪く言いたかったわけじゃないんだ。ただ、ちょっと引っ掛かってしまったというか……ああ、まったく、子供相手になにを私は……」
「……いえ、いいんです。そのぐらい」
むしろすこし心が弾んだ。驚きこそすれ、そう言われて悪い気はしない。十坂玄斗であって十坂玄斗ではない。そんな在り方を認められた気がして、胸がすいた。自然ともれた笑顔のままに答えると、千華の動きがピタリと止まる。
「……本当に申し訳無い。君は、そうか。……そうだね。立ち話もなんだし、寄っていくと良い。十坂くん。ついでに、夕飯もご馳走しよう」
「え……いや、それは……」
「遠慮しないでくれ。せめてもの、というやつだよ。それにほら、今日はうちのシェフが腕によりをかけて作ってくれるぞ?」
「……それは毎日です、千華さん」
あとシェフでもありません、と七美が答える。どうやら彼女の手料理と言ってつられている、というコトらしかった。
「……えっと、お気持ちは嬉しいんですけど。なにぶん、あの……」
「? 都合が悪い、とかかな」
「いえ、そういうわけでもなくて、あの……食べる、量が……」
あはは、と玄斗は半笑いで言う。それに千華はぽかんと呆けた表情を見せて、次の瞬間に笑い出した。
「――くっ、はは! あっはっは! な、なんだ! 量を気にしているのか! ははっ……ああ、そうだよね、男子学生だった。でも安心していいよ。うちに食べ物は腐るほどある」
「だからと言って半年前の魚の切り身を置いているのはどうなんですか、千華さん」
「七美。痛いところを突かないでおくれ。そしてそれは今日中に捨てよう」
からからと笑いながら、目尻の涙をぬぐって千華が向き直る。
「――というワケだ。どうだい、十坂くん。そちらさえ良ければ、是非とも君と一緒にご飯が食べたい」
「……じゃあ、お言葉に、甘えて……」
「うん。よし、七美。今日はご馳走だぞ。さあさあ行こうか」
「はいはい……というか千華さん。それ、なに買ってきたんですか?」
「おにぎりとお茶だ。君の帰りが遅いから夕食代わりに買ってきた」
「……すぐに作るので待っててくださいね」
「期待してる」
そんなこんなで、玄斗は橙野邸にお邪魔することになった。およそ自分の家と比べて一回りは大きい玄関の扉を潜っていく。……しかしながら、それはそれとして。
「(呼び方とか……あんまり似てないのは、そういうことなのかな)」
ちょっとしたところに気付くのは、彼なりの成長の証だったのかもしれない。
>橙野千華
おそらく二部でいちばん良親してる人。七美ちゃん大好き人間。でもばっさばさの髪をヘアゴムで適当にまとめ上げながらだぼだぼのワイシャツで煙草ふかしてる疲れた大人の女性です。だからオアシスなのだ。
やばい「尺余るわーw」とか調子こいてたらキツキツのキツで辛い辛い……