Fate/Apocrypha 英雄カルナの妻 作:星空 柚木
「私はカルナが救われるべきだと思います」
女は言った。
「それは不可能だ。アイツは道を踏み違えているだろう」
三神一体、その一柱は女に言う。
「踏み違えた道がなんだと言うのでしょう。神々が真に重視するべきは道を進む者の有り様だと言うのに!」
癇癪を起こした女に神は宥めるように言った。
「おお娘よ、我が愛し子よ。小川のせせらぎの様に思慮深いお前の気を一体何が急かしていると言うのだ。どうかいつものお前に戻っておくれ」
「なりません、父よ。大いなる破壊神よ。私はカルナに恋をしました。カルナに愛を抱きました。ならばこの気持ちを抑えてはなりません。私は彼の幸福を願いたい」
女、ディピカは破壊神シヴァを父とした神代インドにおいて高名な天女であった。
その体は破壊神シヴァを父としていたが神性を持ち得ていない。
それも当然の事であった。
女は人の親から産み落とされたただの人間であった。
彼女の体は生まれながらにして神代の空気を耐える事が出来ず、いずれ終わる命であった。
生みの親はそんな彼女を憐れに思い、神々からの加護を得させる為に神々が訪れる森へと置き去りにした。
そんなディピカを救い上げたのが破壊神シヴァであった。
シヴァはディピカに神域においても耐えられる肉体を授け、ディピカが独り立ちをする迄の間自ら育てると確約した。
養父であるシヴァ神はディピカをこよなく愛し、またディピカも育ての親であるシヴァを父として慕った。
「カルナ…ヴァスシェーナ…。大いなるインドラ神までもが彼を手に掛けました。彼の誇りを奪ったのです!どうしてあの者はあの様に不当に扱われるのですか」
「それは道を違えたからだ。パーンダヴァの元へと戻らずに道を違えたドゥリーヨダナと共にあるからだ」
「おお我が父よ!それはカルナの所業ではありませぬ!それは保身の為だけに赤子であるカルナを川に投げ捨てた人の皮を被った獣、クンティーの所業に他なりませぬ!罰を落とすと言うべきならばカルナではなく獣の所業を成したクンティーであるべきだ!」
だが今目の前で吠え声を上げるディピカにシヴァ神はほとほと参ってしまった。
ディピカが結婚してシヴァ神の元を訪れる事は数少ない。
けれど今彼女がシヴァ神の前に居るのは他ならない彼女がカルナより黄金の鎧を奪い取ったインドラ神の元で暴れていたからだ。
ディピカはその鎧がカルナが唯一父を感じられる物だと理解していた。
それを息子可愛さに子が縋れる父を奪い去ったインドラを許せれなかったのだ。
しかしインドラとてシヴァの娘に易々と手は下せずに困り果てていた。
話を聞き付けて現れたシヴァ神にもディピカは普段の落ち着きを取り戻すことなく今まで耐えかねていたカルナに対する周りの人間の不満を爆発させていた。
「ディピカよ、どうか落ち着いておくれ。お前の名は灯りを冠している。そのお前が荒ぶれば世の中から灯りが奪われてしまう」
「父よ、父よ!私は許せません!カルナを否定する神々も!人間も!この世界が!ええ、誓いましょう!私はこの手で卑しきクンティーを殺します!家族の誰にも看取られぬ所で何よりも酷く無残に殺してみせましょう!」
シヴァ神は娘に甘かった。
それはそうしてしまう程にディピカを愛していた他ならなかったが、彼女の存在は良くも悪くも特異であった。
シヴァ神こそその特異性を見出した者であったにも関わらず彼は娘可愛さにその思考を失ってしまったのだ。
これはシヴァ神の過ちを言っているのではなく、偉大なるシヴァ神であれ子を思えば数多の親と同じように思考が鈍ってしまうと言うことであった。
「ディピカよ、耳を貸しなさい。これより起こる戦争を覆す方法がある。戦争を見守る使命を担っているヴァースデーヴァ_クリシュナを打ち倒すのだ。そうすれば一度に限り戦場を覆う矢も戦士の怒号も収まるだろう。けれどそれだけでは戦は止まらぬしもっともっと熱を上げてしまうだろう。見守る者を倒しなさい。その後お前が人々の架け橋となるべきだ」
「私にクリシュナを_ヴィシュヌ神の化身を殺せと言うのですか!」
「左様。結末は決められた事である。変えるには見守る者を打ち倒し、神々の決めた結末よりもいい結末を作るのだ」
シヴァ神はこれでディピカが気を納めてくれたらと考えていた。
けれどディピカは頷きを返したのでシヴァ神は娘の愚かな決断に涙を流した。
「おお、お前はカルナの為に世界を、私を手に掛けるというのか!」
「どうかお許し下さい我が父よ。私はカルナを愛しているのです。世界が受け入れぬと言うのなら私は彼の為に身を粉にして世界を変えるべきだと思うのです。その為に私はここに在るのだと思うのです」
シヴァ神はディピカのその言葉に耐えかねて問うた。
「どうしてお前はそこまでするのだ。お前に何の益があると言うのだ。可哀想に我が娘よ、どうして間違った道へと進むのだ!」
「お許しください。愛しているのです。それ以上の理由は無く、私はカルナを愛しているのです。カルナが私を愛しておらずとも、私はカルナを護りたい。例えそれで世界を壊す事になろうとも私は愛が故にそれを行います。カルナが悪いのではありません。私が悪いのではありません。人々が悪いのではありません。ただここまでしなければ1人の真っ当な幸せも得られないこの世界が悪いのです。父よ、どうか私の決断に祝福をして下さい。私は貴方を傷付けたいと思った事など無いのですから」
シヴァ神は娘の抱いている愛情の大きさに打ち震えた。
間違っていると分かっていながらその中にあるただ一人を救わんとするその姿を愚かで、退廃的で、美しいと言うのだ。
間違いの中に在りながらも正しく美しいディピカをシヴァ神は抱擁した。
「私はお前の父親だ。ならば娘の無事を願う事も許されよう。ヴァースデーヴァを倒してごらん。そうしたら私は今度こそ神ではなく父としてお前に力を貸そう」
「ありがとうございます。貴方が認めてくれた事が何より嬉しい」
「さあ夫の元へと帰るがいい。私はお前を愛しているよ」
「はい。ありがとうございます、父よ」
この問答はディピカの抱いた愛情とシヴァ神の娘への愛情を表したものであった。
この2人は血の繋がりのない親子でありながらも最も素晴らしい家族として知られ、またディピカは奉仕的な愛の持ち主として知られた。
後にディピカはクンティーをパーンダヴァの知らぬ内に暗殺する。そしてヴァースデーヴァを打ち倒し、シヴァ神の力を授かりながらもそれを奮うことはなく戦争を納める事となる。
戦争が終わると共にいつの間にか戦場から姿を消していたカルナとディピカはその天寿を全うした。
ディピカは神代インドにおいて破壊神シヴァの愛娘であり、高名な天女として知られたが彼女は死後シヴァと一体化するまで神域に昇ることは無かった。
高名なる天女は死を迎えるまで大地に足をつけていた。
その理由はただ1つ。
彼女は夫_カルナを愛し、又何よりも幸せになって欲しかったからだ。