Fate/Apocrypha 英雄カルナの妻 作:星空 柚木
「それは無理だ」
「話を聞くまでも無く_ですか?」
「む。…それもそうか。聞くだけ聞いてやろう」
間髪入れずに否定したバーサーカーにシロウは変わらない笑で柔軟に対応している。
その様を見てバーサーカーの疑心は募るばかりであったが、剣を向けられて尚シロウは気にした様子なく話し出す。
「私が聖杯にかける願望は全人類の救済です」
ピクリと剣を持つバーサーカーが反応した。
目線だけで続きを促す彼女にシロウは続ける。
「貴方の望みは夫…カルナの救済でしょうか?」
「その人生を悔いなく終わらせる事だ」
「ならば何を迷うのですか。こちらにはそのカルナも居ます。生前の事も、今回の事も交えて会話を交わしたらいかがですか?」
「…貴様は、マスターを裏切れと言うのか?」
スゥ、と細くなった目にシロウは笑みを浮かべたまま続けた。
そんな事は無い、と。
「マスターの無事を要求してくれても構いません。私は貴方のマスターに手を出さない」
「そうか。嘘は着いていないな、それは分かる。だがどうやって救済するつもりだ?」
その言葉を待っていたと言わんばかりにシロウは笑を深めた。
「魂の___物質化です」
終にマスターとの念話が切れた。
カッと頭に血が上ったかと思えばサッと体全てから力と血の気が引いた。
そして最後にそれは怒りへと変わり剣を握り直した。
「よくも私とお前の願望が同じだと言えたな!それは私の生前を_私の願いを否定するものだ!」
バーサーカーは思考回路があったが理性は無かった。
生前の彼女であれば自制心こそあったが、此度の彼女にそれは無かった。
空気を切って振り下ろされる剣をシロウ・コトミネは避けようとしない。
だがそれがシロウの身体を切り裂く前にバーサーカーの視界には眩いばかりの光が覆った。
「But love is blind, and lovers cannot see The pretty follies that themselves commit.(しかし恋は盲目で、恋人たちには、自分たちが犯す可愛い愚行が分からないのだ)」
「_サーヴァントがいたか」
「初めましてマドモアゼル!吾輩しがない物書き…赤のキャスター、その真名をシェイクスピアと言います!」
「…」
「吾輩ペンより重いものは持てませんので、その物騒な物を下げて頂きたい!」
じっと睨みつけるようにシェイクスピアを見詰めるバーサーカーを話を聞いていると判断してシェイクスピアは続ける。
「けれど吾輩でも持てるものはあるのです!それは羽より軽く、剣より重い!」
「それは生命だ。お前の持つ命そのものだ」
「おお、恐ろしい!では言い方を変えましょう!浅瀬の川より小さく、海より深い!それは___、
幕が上がるように景色が変わる。
スポットライトに照らされたように眩しくて、なるほど先の光はこれであったのだろう。
変わった景色は森であった。
けれど生えている木も草も空気も違う。
「ここは、」
「吾輩、貴方の事について調べさせていただきました!素晴らしい!愛が故に、恋が故に世界を敵に回した物よ!The course of true love never did run smooth.(真の恋の道は茨の道である)吾輩好みのお話でした!」
興奮したように語るシェイクスピアを視界の端に森を進む。
完成度の高い世界はバーサーカーの感覚に訴える程強くしっかりとしている。
「それがどうした。英霊の大半は自分の人生を受け入れているさ。それを見せられたところで心が折れる者がどこにいる」
ガサリと森を進めばその奥には今現在の見た目よりも幼い少女のバーサーカーと1人の少年が会話をしていた。
「そうでしょうそうでしょう!けれど劇の序章はその後を引き立てる最高のスパイス!最後までお付き合い下さい!」
幕が閉じる。
バーサーカーは閉じていく幕の向こう_幼い頃の自身らを無感情に見詰めていた。
景色が変わる。
辺りには煙や折れた鉄が転がっている。
それと同じ程に血と、人と。
それら全てを踏み荒らして突き進んだ者がいつしか踏み荒らされるものへと変わっていった。
「__…カルナ」
なるほどここは戦場だ。
戦場の先に一等輝く鎧を付けて剣を振り下ろす夫がいる。
カルナへと向かう矢はその隣にいた女_バーサーカーが叩き落としていた。
不意にバーサーカーの肩に矢が刺さる。
グッサリと深く刺さったそれをそのままに弓兵を斬り殺した彼女を見てもバーサーカーは「あったな、こんなこと」としか思えない。
ただ1つ、あの時前を見ていたばかりに見えなかったカルナの表情を見て、バーサーカーは身を固くした。
景色が変わる。
荒れ果てた戦場とは違って、バーサーカーにとって住み慣れた家。
カルナと共に住んでいた家だ。
暖かな陽の光と、朝餉の匂いがするはずの場所はバーサーカーの悲痛な声と血の匂いで染まっていた。
悪趣味なとバーサーカーは見下ろしていたが劇の中の彼女は傷だらけで、身を守る黄金を失った夫を泣きながら治療していた。
景色が変わる。
神々しい場に彼女は1人で血に濡れていた。
対峙するインドラ神は頭を抱えた。
神は人を殺せない。
信仰心のない彼女に呪いは効かなくて、けれど彼女は死ぬまでここに粘ると言う。
酷い足止めだとインドラ神は匙を投げた。
彼女の夫から取り上げた黄金を返して、彼女を神域から落とそうとした。
その身を破壊神が引き取った。
破壊神は彼女に問うた。
「娘よ、お前は何故戦う」
「我が夫カルナの幸福のためだ」
「それを神は許さない」
「なら神ごと世界を壊せばいいだけだろう」
その傲慢に破壊神は困り果てた。
彼女は破壊神の娘でありながらも、天を落とすと言うのだからだ。
「人に神は殺せれぬ」
「殺すさ。夫がそれで救われるのなら」
「ならばこの結末を定める神の化身を堕としてみせよ。そうまでしなければ結末は変わるまい」
バーサーカーは親愛なる父のその厳かな言葉を受け止めてなお静かに平坦とした声を出すために口を開いた。
「ああ、受けて立とう」
景色が変わる。
この次ならば戦場であるはずだったがバーサーカーは舞台の上へと立っていた。
幻覚であるスポットライトの熱気がじんわりと熱いような気がする。
「How far that little candle throws his beams! So shines a good deed in a naughty world.(小さなろうそくがなんと遠くまで照らすことか!このように、善行も汚れた世界を照らすのです)」
「なんだ、終わりか。まあこの後はクリシュナを倒して神は手出しが出来なくなって終わりだろうしな」
「いいえ!いいえ!この劇は貴方の物語ではない!主役は貴方ではないのです!」
「___は?」
「With the ignorance with which darkness cries.(暗闇はなく、無知があるのみ)」
ガラリと景色が変わる。
そこは戦場ではなく、清潔に整えられた室内であった。
目覚めた男は身体を見る。
己の身体にあった黄金は遠に剥がれて、傷は塞がりかけていた。
その行いに後悔はない。
周りを見渡す。
常に側で笑っている女が、ここには居なかった。
「この物語の主人公は貴方ではありません」
バーサーカーは身体から汗が引いた。
ゾッとした感覚に女は静止の声を零した。
だってそうだろう。
けれど話は進む。
男は身体を持ち上げて、友に妻の居場所を聞いた。
嫌な予感がしたのだと。
友の言葉を聞いて男は血の気が失せた。
神域に殴り込んだと聞いたからだ。
男は心配をした。
その体のまま神域へと構わず向かおうとして、友に止められていた。
「この物語は彼です!愛し恋しの女性の行動を見た彼の物語だ!」
シェイクスピアは嬉々として伝える。
バーサーカーは身体を震わせて静止の声を張り上げた。
だって、そうだろう。
仕方ないのだ。
これは余りにも、
ビシリと劇場が壊れ出す。
シェイクスピアは驚いた。
この宝具は対心宝具。
世界を閉塞させ、物語を作り上げる。
誰しもが触れたくないトラウマをコネ回して1つの物語を作り上げるのだ。
けれどそれが押し負けようとしている。
本来ならばそんなことは無い。
繋がった思考、繋がった過去。
それらを自らバラバラにするのと同義であって、自我の崩壊を自ら引き起こす暴挙と同義であったからだ。
だがシェイクスピアは壊れて行く劇場に笑った。
バーサーカーの言葉が、大気を震わすような咆哮が耳に入ったからだ。
「カルナは、私を好きではない!」
世界が壊れた。劇が壊れた。
この宝具の欠点は1つだ。
原本には記載されていなかったバーサーカーの思い込みとも言える心情描写を組み込まなかった事。
「好きじゃない、愛していない。こんなものは違う!」
シェイクスピアにとって罪悪感を煽るだけのつもりが、バーサーカーにとっては何よりも甘い毒であった。
自分の一方通行であった筈の想いが通じてるなんて、それは彼女にとって有り得ない景色であったのだ。
蜜は時として身を滅ぼす。
バーサーカーの周りを魔力が渦巻いた。
破壊神の力だ。
シェイクスピアとシロウ・コトミネが退避のために背を向けた。
夢を見た事が無い訳では無い。
バーサーカーはカルナが好きであったし、当然想い会えたら素晴らしいとは思う。
けれどそれはバーサーカーにとって有り得ないことであった。
自己評価が低いのではない。
ただ客観的な視点に基づいて、自分の様なものが男心を擽らないのは理解していた。
酷い気分だ。
酔ってもいないのに度数の高い酒を飲み干したような浮遊感があった。
心臓を掴まれたような喪失感に悔し涙に似たものが溢れたが、バーサーカーは息を着くとそれを拭った。
バーサーカーの荒い呼吸が収まりかけた時に辺り一体に金属製の甲高い音が響いた。
「___セイバー…?」
・
セイバー_ジークフリートは既に一撃宝具を撃っていた。
相対するは赤のセイバー。
背後には黒のライダー_アストルフォがいた。
赤のセイバーは憤慨している。
それは自身が宝具を撃った時同時に彼女の宝具も放たれ、相殺されていた事にだ。
宝具とはサーヴァントの生き様。
それを相殺されたのはプライドの高いものには受け入れにくいだろう。
特に彼女_かのブリテンに置いての反逆の騎士の宝具は彼女の尊敬して、憎むアーサー王を討ち取ったもの。
それを防いだという事は、目の前の騎士がかのアーサー王と同等だと言う事を示していたからだ。
絶対にして唯一のアーサー王と同一?
それはアーサー王そっくりに造られた彼女にとって忌むべき、滅ぼすべき相手であった。
だがジークフリートとて余裕はない。
自身にしっかりと定義されたマスターは居らず、バーサーカーからの魔力供給では当然ながら足りなかった。
背後のアストルフォは負傷していてセイバー同士の対決に割って入る技量も無いだろう。
それにこの場にはあの時ルーラーに自由を約束されたホムンクルスの少年がいた。
アストルフォも自身も逃げる様に説得しているが、出会い頭に赤のセイバーに殴られたのが効いているようであった。
「___これこそは、我が父を滅ぼし邪剣」
グンと辺りの魔力が濃くなる。
赤のセイバーが2発目の宝具を放つ様だった。
赤のセイバーのマスターも早くも2画の令呪を失う事となって焦っているのではないかと要らぬ心配事を考えた。
ジークフリートの不死性であれば耐えることは出来るかもしれないが、背後にホムンクルスがいる為応戦する必要がある。
彼の中にある自身の心臓が途絶えれば自身も消失してしまうのだから。
_いや、自身が消えてしまうどうこうよりも彼を生かすと決めたのは自身でありそれを覆すつもりは無いのだ。
「邪悪なる竜は失墜し、世界は今洛陽に至る…!」
自身の体に残った魔力を掻き集める。
例え自身の体が消失しようとて背後に居るホムンクルスを護ると決めたのだ。
「
「
高純度の魔力がぶつかり爆ぜる。
互いを飲みこみようにと蠢くそれは混ざり合うことなく先と同じように空へと登っていった。
間髪入れずに赤のセイバーが突撃をして来る。
初めから宝具後の隙を狙うつもりであったのだろう。
だがそれは必要ない。
背後にいるアストルフォとホムンクルスの無事を確認して思わず笑んだ。
目の前の鎧の騎士は目を丸く見開いて固まった。
戦場ではあまりに大きな隙であったが、最早ジークフリートにそこを攻める余裕は残っていなかった。
「嘘だろ、待ってよセイバー!」
「ライダー…どうかその少年を頼む」
指の端が既に霊子に溶けている。
視界が白ずみ、四肢の力が抜けて行く。
元より自身が打てる宝具は1度が限度であった。
それを超える回数を自分の肉体を形成する魔力を削って行ったなら、肉体は消失する決まりだろう。
慌てるライダーに向かってホムンクルスを託し、霊子の変換の波へ身を任せる。
なんてことは無い、これも2度目なのだから。
この戦闘は自身が負けた事により、強力な協力者の参戦が約束されたものなのだから。
「正義の神ダルマよ___これは同等同士の闘いだ」
静かな怒りが当たりに落ちた。
その声にアストルフォは身震いをし、赤のセイバーは反射的に剣を構え、ジークフリートは密かに笑ってその身を霊子へと変え切った。
なんの心配は無いだろう。
赤のセイバーは、彼女を怒らせたのだから。
「我が責において約束した___いや、カルナの望んだものを壊したのはお前か、赤のセイバー」
「__ハッ!大層なお出ましかと思えば雑魚じゃねぇか!」
「そうだな。普段であれば私はお前に勝てる道理など無かったろうさ」
バチバチと赤雷を身に纏う赤のセイバーとは対照的に燃え盛る焔を背負った女は赤のセイバーを見詰めるその目を次第に濁らせて、焦点があわない目に変えた。
彼女のステータスの1部が大きく書き換えられる。
EX_規格外と称されるそれは、彼女の存在や在り方を表すように存在を主張した。
「よくも_よくもカルナを拒んでくれたな…!」
狂化ランクをEXへと変えた彼女は赤のセイバーがジークフリートを倒した事ではなく、カルナが望んでいた再戦を潰された事に何より激怒し、ただ夫の_愛する者を受け入れない者へと怒りを顕にした。
「殺してやる…!お前は、カルナが幸せになる世界にとっての悪でしかない!」
恐ろしい程に尽くす狂愛。
これこそが彼女をバーサーカーたらしめて居るもので、今の彼女は生前となんの違いは無かった。