Fate/Apocrypha 英雄カルナの妻   作:星空 柚木

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第十二話

ヴラド三世の呻き声が辺りに響く。

魔力の爆発音と共に明確に己の魔力が毒となるのが分かるのだろう。

驚異的な回復力こそ魔力そのものだ。

彼は今この瞬間回復と共に崩壊もその身に受けている。

だがそれも長くは続かない。

何故ならヴラド三世の魔力の質が”変わってきている”。

 

「ッいけない!離れなさいバーサーカー!それはもうサーヴァントではありません!」

「分かっている!……カルナ!」

 

空中城塞の天蓋が鮮やかな炎に照らされる。

天高く上がったカルナはその矛先をヴラド三世の背中に向け、バーサーカーの言葉を切っ掛けに真上から突き下ろした。

背後から心臓を神性の宿る炎と槍に貫かれてヴラド三世はその悲鳴を1層大きくした。

その槍を引き抜きヴラド三世の下に押さえ付けられたバーサーカーを連れ出して距離をとる。

 

「怪我はないか」

「…ハッ、なんてことは無い」

 

胸元の武装が赤に染まり、口端の血を拭ったバーサーカーは唾を吐く様に血を吐いて言い切る。

先の流れをほんの少しのアイコンタクトと対話でのみ行った神代の夫婦が並び、ただ1人の化け物に矛を向けている。

その張りつめた空気の中、ルーラー_ジャンヌ・ダルクは旗を振る。

 

「一騎当千の者共よ!今この瞬間互いに背中を預け、世界に仇なす敵を打ち取りなさい!」

 

彼女の背中に赤く輝く紋章が浮かび上がる。

ルーラーとしての役割_世界への影響を最小限に抑える_を働く為にルーラーの持つ特権である令呪を使ったのだ。

内側から魔力が、力の満ちる感覚に目を細めたバーサーカーはその横を一瞬にして駆け抜けて行ったアキレウスを見届けその弓を構えた。

 

「カルナ」

「ああ。援護を頼む」

「了解した」

 

夫婦にしては淡白な、武人にしては和やかな短い対話を済まして施しの英雄もヴラド三世へと距離を詰めた。

ヴラド三世は神代の英霊を多数相手して押されてはいるものの倒される様子はない。

城塞の床を踏み締めて縦横無尽に暴れ続けるヴラド三世へと弓を構えた。

集中して、引き絞る。

 

「オ”オ”ォ”…!バーサーカァアア!!」

「来い!その眉間、撃ち抜いてくれよう!」

 

ヴラド三世は変わらずにバーサーカーを狙っている。

空を蹴って一直線に自身のそばへと降り立とうとしているヴラド三世にバーサーカーは矢を放った。

 

「___ォぉおオオ”!!」

 

その矢はヴラド三世の眉間に入り、突き刺さる。

肉の潰れる音と共に後頭部から収まりきらなかった矢が伸びた。

貫通したのだ。

だがヴラド三世はその矢を気にせずに再びバーサーカーへと突き進もうとした。

それは炎に拒まれる。

鮮やかな赤い炎が文字通り湧き上がり視界を眩ませて皮膚を焼いた。

そこに間髪入れずにケイローンの蹴りが胴へと入る。

衝撃に吹き飛ばされたヴラド三世の空中の立て直しを阻むのはアキレウスとアタランテの獣が如き一撃であった。

立て直す暇もなく地面へと叩き付けられるヴラド三世に襲い掛かるのはアヴィケブロンのゴーレムの数々だ。

 

「確かに貴方は強い。だがここに居る数多の伝説を生み出した英雄達を纏めて相手出来る程ではありません」

 

ケイローンのその言葉にヴラド三世は忌々しいと言うように叫んだ。

だが不意に遠くから望んで止まない存在を感じた。

ヴラド三世の体はそれに惹かれるように動き出し、その突然の動きに他の者は隙をつかれた。

 

「何を…?…__!いけない!聖杯の元へと向かう気です!」

 

その言葉にサーヴァントは皆焦りを滲ませる。

聖杯戦争なのだから聖杯が取られてしまえば自らの敗北となってしまう。

それ以上に己の為だけに動いているあの化け物に聖杯が渡っていい事があると思えないのだ。

バーサーカーは足に力を込める。

カルナの愛した世界をバーサーカーは愛せなかったが、カルナのその想いは確かに愛していた。

ならば、どこに彼女が止まる理由があるのだろうか。

地面を強く蹴りあげる。

魔力放出を駆使したら追いつくことなど容易であるはずだ。

はずだったのだ___。

 

「_カフッ…!」

 

喘ぎ呻く声が零れる。

一体どこからだろうか。

体内から金槌ですり潰されるような痛みを感じる。

誰の体内に?

 

ああ、嫌。違うのだろう。

この痛みは自身のものでなく_、

 

「___ッ、ジーク…!」

 

 

「避けてェ!」

 

地面を槍が抉る。

その槍の持ち主であるアストルフォは悲鳴を上げて再び槍を振り下ろす。

地面を転がるように寸で回避をするも小石に皮膚が傷ついた。

その様子にアストルフォは瞳に涙を浮かべて叫ぶ。

 

「頼むよマスター!もう辞めてくれ!」

「ああ、その顔よ!その顔!イイ、最高!私は、その顔が見たかったの!_いいえ、その顔だけが欲しかったの!」

 

けれどどれだけ悲痛な声を上げてもそれが聞き届けられることは無い。

感極まるようにライダーのマスター_セレニケは笑う。

セレニケは自身のサーヴァントであるアストルフォに執着している。

けれどそれは執着と言うにはあまりに猟奇的だ。

少年愛は然ることながら、才ある者として幼少期から女ではなく魔術師として育った彼女は冷酷で、残虐で、猟奇的であり、厄介な事に押さえ付けられて育った女としての一面が自身でも制御する事が出来ないのだ。

だからこそ、執着しているアストルフォがその身を小動物のように震わせて涙を流して乞う様子には何よりも心を打たれるのだ___性的嗜好による過度な興奮で。

 

「お願いマスター!止めてくれ、止めてェ!!」

「いいえ、嫌よ!このホムンクルスはね、ライダー!貴方が殺した後また体を作り直してやるのよ!貴方の目の前でコイツの眼球を抉って、腕を切り落として、舌を引き抜いて!抉りだしたコイツの腸を貴方自身に食べさせてあげるわ!」

「嫌だ!聞きたくない!!」

 

想像を絶する考えだ。

けれどセレニケは本気で行うつもりなのだろう。

その事実が何よりも恐ろしい。

ジークは思わず自身の身を両手で抱えた。

 

「ええ、もっと見せてちょうだいその顔を!重ねて令呪をもって命ずる!殺して_殺すのよ!そのホムンクルスを!ライダァア!!」

「う……ぐ、ぐ、んンン…!い、や…だ……!早く逃げるんだ、逃げてくれ!」

 

アストルフォの抵抗は令呪と言う絶対的な魔力に掻き消える直前だ。

いや_本来なら掻き消えているそれをアストルフォは自身の持つ対魔力スキルを要いて無理に押さえ込んでいるに過ぎない。

振り下ろされた槍が壊していく。

宝具に昇華される程の槍が産まれたてにも差異の無いホムンクルスを壊してしまうことを恐れて。

頭を振り乱し懇願するアストルフォをセレニケは頬を上気させ髪を乱して狂喜した。

彼女にとってアストルフォが苦しむ事こそ快楽なのだ。

その為なら何だってする_聖杯戦争に参加するマスターの権利を放り置いてでもだ。

 

「___令呪を三画持って命ずる!!」

 

その掌に刻まれた刻印が鈍く光る。

___もうアストルフォの対魔力は無力に等しい。

その瞳の絶望が彼の涙によりぼやけて見えない。

その槍が薄いホムンクルスの体を貫く、深く抉り、穿つだろう。

例えジークフリートの心臓を取り込んだジークと言えど核を壊されればどうする事も出来ない。

 

だが____彼は核を二つ持っている。

 

ふわりと金糸が舞う。

__いや、金糸ではない。

____黄金の炎だ。

 

「なん、だ…これ」

 

零れた声は掠れていた。

それ程までに強く息を止めて身を固くしていたのだ。

その緊張を、その恐怖を解すようにジークを守る様に黄金の炎はジークの体を覆いそこに刻まれた傷を暖かな焔で癒した。

突如どこからか現れた本来見ぬ色の焔がジークの身体を覆った。

それに驚いたのはジークだけでなくアストルフォ、そしてセレニケも同じであった。

 

「何それは!このっ…!あのバーサーカーの宝具ね?!あの女!あの女ァ……ッ!!」

 

両手で顔を抑えてガリガリと爪を立てる。

その怜悧な美貌にいくつもの血のにじむ線を植え付けながらその脳にはこの場にいない自身の欲を邪魔だてた女へと向いていた。

セレニケはバーサーカーなど眼中に無い。

だがバーサーカーの崇拝とも言える無条件に注がれる愛情が愛に飢えた者、野心溢れる者にとって是が非でも得たいものだと言うことは理解していた。

それが故に自身の長であったダーニックもまた内情を掻き乱されていた。

だがそれは愛に飢えた者や野心溢れる者以外にとっても充分な程に魅力的な事を気付いていた。

セレニケはアストルフォがそれに惹かれるのを恐れた。

セレニケにとってアストルフォが自身の手出しできない強者であるバーサーカーの庇護下に下るのは自身の執着の打ち切りになる事が予測出来るからだ。

最もアストルフォがバーサーカーに心惹かれている事もバーサーカーがアストルフォを庇護下に下す事も有り得ないと彼女は理解していたが、それでももしもの可能性に心を乱される程セレニケはアストルフォに執着をしていたのだ。

 

「でも…でも!その宝具さえ壊せればアイツはもう回復しないのよ!」

 

がなるように吠え立てる。

バーサーカーの生き汚さの要因である永久自己回復宝具『日輪よ、慈しめ(カヴァーチャ・デイヤール)』。

これがある限りバーサーカーは戦闘続行スキル持ちであり一撃消滅しない。そして彼女が消滅しない限りこの宝具が発動し永続的に回復を続ける。

そしてこれが生前愛した夫からの贈り物であるが故にバーサーカーはこれを自身の生死よりも重要視する。

故にこの宝具を壊すにはバーサーカーを殺さなければならず、バーサーカーはこれが壊れない限り自己回復で死なないというなんとも戦いにくい相手だ。

けれど今この宝具の核はジークフリートの心臓にかかっている。

即ち__その心臓を持つジークを殺せば彼女の宝具は壊れるのだ。

幸いジークはただのホムンクルスであり、取り込んだジークフリートの心臓には戦闘続行のスキルなど無い。

つまりここしかないのだ。バーサーカーを弱体化させるには!

セレニケは既にジークなど眼中になく、ジーク越しに見るバーサーカーに対しての敵意を剥き出しにしている。

 

「さぁ!ライダー!令呪に従い…このホムンクルスを私の前で!!」

 

それが彼女の最大の過ちであった。

 

「____え?」

 

ジークの体を癒していた金の焔はその揺らぎを荒立たせ、セレニケの体にまとわりつき、その体躯を絞め壊す様に這いずった。

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙!!あつい、あづい!いや、たすっ!い"や…くるじっ…!!」

 

首を絞め上げるように躍動する焔を力任せにむしり取ろうと首に爪を突き立て抉り立てるも襲い掛かっているのは形のない不規則な焔だ。

もがき苦しみ泡を溢し無意味に手が空を切る。

セレニケは生身の人間であり、直感もさして優れてはいなかった。

確かに彼女の永続的回復を破壊するにはジークに所有権が移っている今でしか無かったが、直感スキル持ちであるモードレッドがそれに始終手を出さなかったのはそこに何かを感じたからだろう。

 

日輪よ、慈しめ(カヴァーチャ・デイヤール)

バーサーカーの持つ宝具の1つ、黄金の髪飾り_だとバーサーカーは認識している。

だが本来のこの宝具の所有者はバーサーカーの物でなくその夫であったカルナである。

材料となった黄金がカルナの鎧であると言った理由だけでなく__この宝具こそカルナがバーサーカーを大切に思う気持ちが具現化したものであるからだ。

 

「ます、たー…?」

 

その気持ちは確かにカルナの物であったがそれを一心に受けていたのはバーサーカーであった。

生前カルナがバーサーカーに対してどのような感情を抱いていたのかそれは明言されていないが、その想いは昇華され想った者を護る力として彼女を手助けしていた。

そしてそれは今本来の使用者が意図せずとも向けられた害意により呼び起こされている。

 

アストルフォを縛る令呪の力が消えて行く。

本来令呪の力は絶対でありマスターが死んだとしても最後に使われた命令を全うしない限りその効果を消すことは無い。

そう_命令を全うしない限りだ。

アストルフォのマスターセレニケは令呪を使用する際ホムンクルスを"目の前"で殺すようにと言った。

だが今セレニケの目は_身体は__

 

「塵一つ、無い…」

 

“全て”燃やし尽くされた。

宝具越しに浮かぶバーサーカーの物でない想いの強さはバーサーカーを害しようとする者を塵一つ遺さずに燃やし尽くした。

それ程までにバーサーカーの受けた想いが深く、濃いものであったのだ。

 

「助かった…のか…」

「そうだよ、……そうだよキミは!助かったんだ…!」

 

良かったと感涙しジークに抱きつくアストルフォ。

それを支えきれずに尻もちをつく彼は自身の手を胸元の心臓へと当てた。

 

「俺は…俺は、護られたのか」

「…さっきの焔の事かい?多分アレはバーサーカーの焔じゃないのかな…ほら!だってバーサーカーも焔使ってたし!」

 

そう言って笑うアストルフォに対しジークは静かに自身の胸元を見下ろす。

 

「アレは彼女ではない。アレは、俺を護ったと言うよりも…」

 

もっと大切な何かを護るために呼び起こされた彼女でない誰かの焔なのだろう__と。

ジークはその心臓にかかる命の恩人の宝具を想う。

それ程までに誰かに強く想われる彼女の無事を祈るのだ。

 

 

「ディピカ」

「……カルナ、」

「…ああ。分かっている」

 

チャリ、と音を立てたピアスはバーサーカーの物かそれともカルナの物か。

ほんの数秒前ウラド三世_基それと同化したマスターの融合体は聖杯の気配に釣られて逃げられてしまった。

追うとした瞬間に赤のマスターの令呪が一斉使用されたのか動けなくなった赤のサーヴァント3騎。

そして自身の回復を補っていた宝具の危機を感じ蹲った黒のバーサーカー。

先に回復し動けるようになったのは赤のサーヴァント達で、その一人バーサーカーに由縁のある男は彼女に声をかけた。

その様子に赤のライダー_アキレウスは思わず足を止めて振り返った。

そんな彼をアーチャー_アタランテが呼びかける。

アキレウスの視線の先_促されたであろうバーサーカーは息を絶え絶えにカルナを見上げその名を呼ぶ。

ただそれだけであった。

それだけでありながらカルナはバーサーカーの横を通り過ぎアキレウスを追い越して融合体の魔力の痕跡を追って行った。

それに従うようにアキレウスも身を翻し融合体の魔力の後を追うのだ。

お互いに並々ならぬ程の大きな想いを向け合う彼等をアキレウスは沙汰の限りだと言葉を飲んだ。

如何にそれが矛盾した感情であれど、アキレウスは否定をする愚かさを理解していた。

それが恋情であろうと無かろうと、恋焦がれた女に手を掛けさせ自身の墓に捧げさせたアキレウスにはそれだけの想いが有りながらもどちらの欲も埋められない関係を容易ならぬものであると思うのだ。

 

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