Fate/Apocrypha 英雄カルナの妻   作:星空 柚木

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第十三話

「成程。利害の一致だな」

 

その言葉に黒のサーヴァントであるケイローン、そして赤のサーヴァントであるアキレウス、アタランテの眉を顰めさせた。

 

「こちら側に来て頂けますか」

「ああ。だが条件がある。僕のマスターには手を出さない事、それでいいかな」

「構いませんよ」

 

食えない微笑みを浮かべて頷くシロウにアヴィケブロンは頷いた。

それは寝返りの契約だ。

アヴィケブロンと再契約をしたその様子にこの場で唯一の黒のサーヴァントケイローンは状況の不利さを察している。

アヴィケブロンの寝返りにより空中城塞において黒のサーヴァントは自身であるケイローンとこの場にはいないバーサーカーのみとなる。

敵の陣地において戦闘不能状態に陥ったバーサーカーの身を案じると共にケイローンは早くも一時撤退すべきだと理解していた。

だがすぐには動かずに相手の出方を少しでも探る必要もあった。

次に動いたのは自身の弟子であったアキレウスだ。

 

「再契約は勝手にやってくれりゃァ良い。だが”さっき”のはなんだ?令呪、だったよなァ」

「ああ…そうでしたね。これからは私が貴方達のマスターですよ」

 

すぅ、とアタランテの目が細まれる。

 

「どういう事だ」

 

その酷く突き放す冷たい問い掛けにもシロウは変わらず微笑んでいた。

 

「貴方達のマスターと同意の上で聖杯戦争の参加権_令呪を全て私が譲り受けたのですよ」

「赤のマスター達は今どこに」

 

ルーラーであるジャンヌが厳しい声を出し問う。

その双眼は鋭く真っ直ぐシロウを見詰めている。

 

「”元”ですよ。彼等にはこの城塞の一室で眠って頂いてます」

「貴様らァ!!」

 

アキレウスが槍を持ち駆ける。

その隙をアタランテの矢が掻い潜るように迫った。

アタランテの矢はセミラミスの防壁を前に防がれ、その隙を着いたアキレウスの槍はそれまで黙って聞いていたカルナによって止められた。

 

「何故止める!ランサー!」

「単純な事だ。マスターが代わると言うならそれだけの事。俺はそれに従うまでだ」

 

カルナが止めたことに意外そうに眉を上げたセミラミスもその言葉に口端を吊り上げた。

一触即発の空気の中天草がたった今契約を済ませたアヴィケブロンに向かって言う。

 

「それでは貴方の力量を見せて頂いてもよろしいでしょうか?」

「そうだね、構わないよ」

 

アヴィケブロンがパチリと指を鳴らせば辺りに土のゴーレムが現れる。

それらはケイローンとジャンヌを逃がさぬ様に取り囲む。

二人の状況の悪さは変わっていない。

この場には自身を含めて七機のサーヴァントがいる。

ルーラーは以前赤のサーヴァントに狙われている為自身と共に脱出を選ぶだろうが、如何せん相手が悪い。

大英雄が幾人も敵として自身を阻むならば無事に脱走出来るかも曖昧だ。

自身がアキレウスを抑えられる様にアキレウスは自身の手を理解している為自身は抑えられてしまう。

そうなるとルーラーであるジャンヌにはカルナを初めとした英雄が総掛かりになる可能性もあるのだ。

どの様に脱出するかと考えをめぐらせていた時、不意にアキレウスの槍を掴んでいたカルナがその槍を振り払い自身の槍を掴みケイローンの方を見詰めた。

来るか、とケイローンも腰を下ろそうとした瞬間____

 

「邪魔を、するな!!」

 

破壊音と共に一人の女が飛び込んで来た。

規格外と言える彼女の登場にケイローンは形成の不利さを思い改める。

彼女_バーサーカーが無事であるならば、多少の無茶は押して通せたからだ。

バーサーカーは辺りの様子になど一切目もくれず自身の視界を邪魔していたゴーレムの群れを一太刀に切り伏せた。

 

「バーサーカー、無事でしたか!」

「ああ。撤退か、アーチャー」

「はい。キャスターが寝返りました。1度引いて体制を立て直します」

「そうか。道は開く、先に行け」

 

言うが否やバーサーカーは背後の壁を爆発させる。

その物が宝具である空中城塞は魔力ある物を誘爆できるバーサーカーにとってこれ以上ない程に扱いやすいものであった。

剣を構えたバーサーカーは撤退するケイローンとルーラーを逃がさぬ様に伸びてくる赤のアサシン_セミラミスの鎖を斬り払う。

その歩みは向かい行く鎖を大まかに払いながら一直線へとカルナの元へ向かっていた。

槍を構えたカルナはその様子を無言で見つめる。

ついにバーサーカーがカルナの目の前まで迫った時、その様子を眺めていたセミラミスは目を細めて指を動かした。

 

「褒美だ、受け取れ」

「!」

 

ジャキ、と音を立てバーサーカーの体にセミラミスの鎖が巻き付く。

ピンと張ったその鎖は次第に巻き取られていきギチギチとバーサーカーの体を締付ける。

驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)』。

赤のアサシン・セミラミスの使う毒の鎖だ。

捻じ切られるバーサーカーの腕から侵食する毒々しい色が白いバーサーカーの肌を染めて行く。

バーサーカーは毒に体を侵されながら呻き声ひとつ上げずに横目でセミラミスを一瞥した。

だがすぐにカルナの方へと視線を戻した。

その目は相手の一挙一動を見逃すまいと見開かれている。

バーサーカーとて毒が効かない訳では無い。

今彼女の体内は骨が溶け、肉が腐り、粘膜という粘膜がマグマのように身体を蝕んでいる。

常人であれば膝を着き叫びもがく事しか出来なくなる気が狂う様な毒。

けれど気が狂わないでいられるのは彼女が既に狂っているからだ。

今彼女の体は彼女を殺すまいとする毒と彼女を生かすまいとする『日輪よ、慈しめ(カヴァーチャ・デイヤール)』が拮抗していた。

宝具の核を譲り渡している今押し負けているのは彼女の宝具だ。

けれど彼女は体のどこかにその宝具の存在を感じているならば折れることは無い。

バーサーカーはただの人間だ。

けれどただの人間でありながら英霊となった理由は彼女の気が折れなかったからこそだ。

故に英霊となった彼女はどのような毒に侵されようとも生きている事が不思議な程の怪我を負っても折れる訳には行かないと、そう彼女が思ったのならば、”彼女は決して折れない”。

心が折れない限り立ち上がるそれは限りがなく、文字通り心さえ折れなければどんな状態でも彼女は戦うのだ。

その諦めの悪さこそ生前インドラ神がおぞましいと感じた彼女の異様性だ。

その様子にシロウは感嘆の息を零す。

 

「どうですか、バーサーカー。貴方もこちら側に来ては?」

「…まだ言うか、貴様のソレは私と交わることが無いと知れ」

「貴方の願いも配慮しますよ」

 

何故シロウがここまでバーサーカーを誘うのか。

それはシロウにとってバーサーカーが黒の陣営に留まる理由が強くない物だと思っているからだ。

故にあと少し押せば寝返るのではないかと思っている。

 

「そうか…ではカルナと話をさせてくれ」

「はい。構いませんよ」

 

シロウに目配せを受けカルナが鎖に縛られたバーサーカーの前へとでる。

お互いを見つめるその目は少なくとも優しいものではなく寸分の隙もない。

 

「お前の…聖杯に掛ける希望とはなんだ」

 

そもそもシロウの思考は間違っていた。

彼女のクラスはバーサーカー。

凶行を行った末のクラスだと言うならば彼女の行動や思考が理解出来るわけがないのだ。

 

「生前の悔いの払拭だ」

「悔い?後悔があるとでも言うのか!」

 

ガチャリと鎖が音を立てる。

バーサーカーが唸るように言ったその言葉にカルナは小さく眉を動かした。

 

「後悔はない。だが、悔いがある。それの雪辱だ」

「なら……」

 

バーサーカーが下を向く。

抵抗が止まってバーサーカーの体を毒が蝕む。

シロウがバーサーカーに近寄ろうとしたをのカルナが片手を上げて制止した。

 

「控えろ、マスター。これ位で折れるなら俺は戦争で生き残れはしなかった」

 

そう言い切る前に辺り一帯を濃い魔力が包む。

鎖は内蔵された魔力を失いバーサーカーの体から離れて行く。

バーサーカーはその魔力の渦の中心でゆっくりと顔を上げた。

 

「ならば、どうあれ敵だな」

 

酷く静かな顔だ。

蠢く魔力の渦の中、バーサーカー以外のサーヴァントは眉を寄せる。

魔力が吸われているのだ。

この魔力の渦はバーサーカーの魔力ではない。

吸い上げられた自分達の魔力がただ無意味に放出され続けているのだ。

その渦中の中カルナがバーサーカーの目を見返す。

その視線にバーサーカーは1度くしゃりと顔を顰めた後背を向けて空中城塞を後にした。

 

「味方になってはくれませんでしたか」

 

バーサーカーの手によってあけられた空中城塞の大きな穴を見下ろしてシロウが呟く。

 

「それにしても随分想われているのですね、カルナ」

「…そうだな。彼女は俺を愛したのだろう」

 

その声色にシロウは違和感を感じた。

 

「愛したのだろう…ですか?随分他人事なんですね」

「ああ。……彼女は確かに俺を愛したが、俺を好みはしなかった」

 

今度は言葉の真意が理解出来ずにシロウは首を傾げる。

カルナが補足と言うには足りない言葉を告げようとするのをアキレウスは静かに見ていた。

 

「俺が彼女に抱いた情は浅ましくも肉欲の恋情だ。だが彼女が俺に向けた情には少なくともそこに肉欲はなかった」

「それは…」

「彼女は俺を愛したが俺が抱いたような浅ましい恋情は無かった。俺を愛しただけで男として好まれた訳では無い」

「っはァ?!」

「なんだ」

 

アキレウスはやっと2人に感じたもどかしさの一端を知れたように感じた。

つまりこの二人はお互いに並々ならぬ感情を向けあっていながらもその感情の類別をお互い誤解したままだと言うのだ。

この二人は生前の戦争での勝者であり天寿まで生きた英雄だ。

この二人の誤解は戦争が終わって天寿を迎えるまでの長い期間解かれることも無かったという事か。

ままならないなと自身が感じたもどかしさはあくまで一端に過ぎず、根は思った以上の深さだったのだ。

 

「正気で言ってるのか」

「正気でしょうとも!だからこそ彼等の愛情は美しく、相思相愛の形は何よりも歪なのです!」

「キャスター。執筆はもういいんですか?」

「ええ、吾輩どうしても書き上げたい物語がありましてね。その取材のためペンを置いてここまで足を運んだという訳です!」

 

片手を持ち上げてくるりと回る。

持ち上げた手をそのままカルナへと向けてニヤリと笑う。

 

「取材のご協力、よろしいでしょうか?誰もが羨む愛情をその一心に受けたマハーバーラタの大英雄!カルナ!」

 

 

ザザザと砂嵐のような音がする。

通信が悪いと荒れて音が割れるのは例え魔術であっても変わらないらしい。

 

《聞こえるか?!バーサーカー!》

「マスターか。繋がったようだな」

《良かった…。アーチャーからある程度聞いた。とりあえず拠点に戻って来てくれ!》

「了解した」

 

ブチリと音を起てて通信が切られる。

監視は変わらずされているだろうが念話は難しいのだろう。

1度通信が妨害されてしまった以上先のようなスムーズは念話は不可能だ。

ヒュウ、と耳が風圧に押し殺されて行く。

丈夫なサーヴァントの体であるのを有効活用をして空中で向きを変換して拠点の上へと着地した。

 

「バーサーカー!」

「マスター、指示を出せ」

 

駆け寄ってきた自身のマスター_カウレスに指示を仰げばカウレスは参ったように眉を寄せていた。

 

「それが…ちょっと面倒な事になってて」

「…」

 

つられてバーサーカーも眉を寄せた。

戦場で最良の状態のまま戦える事なんて無い。

今黒の陣営には積まれた問題が山積みのまま当主であるダーニックが死滅した。

そこにキャスター_アヴィケブロンの裏切り。

状況は最悪と言って良かった。

 

 

「お前は…」

「バーサーカー!」

 

カウレスに促されるがままに地下に降りればそこには多数のホムンクルスを引連れたアストルフォ、そしてバーサーカーの宝具とジークフリートの心臓を宿したホムンクルス_ジークがそこに居た。

アストルフォとジークが揃って表情を明るくさせた。

それとは反対にケイローンとジャンヌは表情を固くした。

バーサーカーがすん、と鼻を鳴らす。

嗅ぎ分けられた空間の魔力にバーサーカーは表情を変えること無く口を開いた。

 

「ライダー、お前の元マスターはどうした。殺したのか」

 

えっ、とアストルフォが驚いたような声を上げた。

ライダーの元マスター_セレニケと血筋の縁があったカウレスとフィオレは息を飲んで口を噤んだ。

そんなマスターの様子を横目にバーサーカーは剣を顕現させる。

すぅ、と息を吐いて冷たい視線を携えたバーサーカーはアストルフォにその切っ先を真っ直ぐに向けた。

 

「謀反か、ライダー」

「ちっ!違う!」

 

慌てて否定されたその言葉に返事はせずに変わらずに切っ先を向け続けた。

 

「マスター。キャスター、アヴィケブロンが赤の陣営に寝返った。間もなくここに攻めいるだろう。キャスターのマスターはどうした」

「えっ、あっロシェ…、ロシェは何処だ!?」

「えっ!」

 

途端に慌て出したマスター達にバーサーカーはただ眉を寄せた。

 

「ここに居ないのならもう諦めた方がいい。何せキャスターは私より先に出ていたからな」

「そんな…」

「”核”を探していたのだろう?」

「……、俺か」

 

それまで息を飲んで成り行きを見ていたジークが震えた声を出した。

それはロシェを心配したものでは無い。

重苦しい雰囲気の中喉が恐怖に引きつったのだ。

そんな震える喉を持ちながらもジークは意を決したように口を開いた。

 

「頼む。貴方も聞いてくれ。俺はここに居るホムンクルスの解放を取引したい」

「取引?」

 

ジークがこくりと頷いた。

切っ先は変わらずにアストルフォに向けているもののアストルフォも真っ直ぐにバーサーカーを見詰めていた。

 

「俺は、正式にライダーと契約を交わした」

 

カウレスが息を呑んだ。

ホムンクルスはあくまで魔力を提供する道具であり魔術師としても余りない道徳が反映されないからと不当に扱っていただろう。

これでは本当に謀反が起きても可笑しくないと感じたのだ。

だがジークはカウレスと目を合わせて首を振った。

 

「この聖杯戦争に全面的に協力したい。その代わり、ホムンクルス達を不当に扱わないと約束して欲しい」

「なっ!何を言っているのだお前は!!」

 

その言葉に反応したのはホムンクルスの創造主_ゴルド・ムジーク・ユグドミレニアだ。

あくまでサーヴァント運営を円滑に回すためだけに作った道具が謀反をするなんて耐え難いものなのだろう。

けれどその言葉を遮ってフィオレが口を開いた。

 

「この戦争、貴方の…ライダーのマスターとしての力を貸して頂けると?」

「ああ。可能と言うならこの体を触媒にもう一度かの英雄ジークフリートを召喚して貰っても構わない」

 

チラリとバーサーカーへと視線が投げかけられた。

それに返答せずに黙っていればその空間には沈黙が落ちた。

数秒間を置いてフィオレが息を吸う。

 

「分かりました。貴方を黒の陣営マスターとして受け入れます」

 

バーサーカー、と諌めるように呼ばれてその手に持っていた剣を応えるように解いた。

 

「セイバー…ジークフリートを再召喚してくれ」

「了解した」

 

カウレスの言葉に従うようにジークの前に立つ。

ジークは抵抗する様子もなかった。

 

「俺を助けてくれて、ありがとう」

「…なんの事だ」

 

指先に魔力を込める。

探るようにジークの体内に残留している『日輪よ、慈しめ(カヴァーチャ・デイヤール)』をジークフリートの心臓へと結び付けた。

ふわりとバーサーカーの魔力の中に別の魔力が結び付く。

魔力の渦が巻き起こり、その中心に肉体を魔力で構成した人ならざるものが出来上がった。

 

「まさか2度も命を救われるとは思わなかった」

召喚されたジークフリートは珍しく目を瞬かせ思わず、と言ったように呟いた。

 

「戦って、いただけますか」

 

フィオレが確認と言うにはあまりに縋るような声を出した。

ジークフリートはその声に表情を引き締め応えるように頷きを1つ落とした。

 

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