Fate/Apocrypha 英雄カルナの妻 作:星空 柚木
「天草四郎時貞の目的は全人類の救済です」
会議室の部屋に置いてジャンヌの告げた言葉に反応は様々であった。
中でも侮蔑と焦りの混じった表情で大笑いを始めたゴルドにバーサーカーは目を細めた。
「馬鹿げた話だと笑うか?それを可能にするものを私達は求めているのにな」
「…けれど、聖杯は経過を省略するもの。幾ら大聖杯と言えどその様な漠然とした願いは叶えられません」
フィオレの言葉にケイローンが頷く。
あくまで聖杯は過程を省略する物で漠然とした願望は叶えられない。
叶えるには明確な手立てが必要なのだ。
例えるなら、世界一の魔術師になりたいと願う男が自分以外の魔術師全員を殺して世界一になると願うように。
聖杯は手立てさえあればそれが善悪関係無しに全てを叶えてしまうのだ。
「全人類の救済…それを叶える手立てがあるとは思えません。けれど_」
「天草四郎時貞にもし、なんらかの手立てがあったとしたら」
ごくりと皆が唾を呑む。
その中カウレスの背後に壁にもたれたバーサーカーは口を開く。
「その手立てを私は奴から直接聞いた」
シン、と静まり返る室内で皆の注目を一身に集めたバーサーカーはゆっくりと瞼を下ろす。
その瞳がどのような感情を浮かべたのか。
激情かそれとも哀愁か。
それすら感じさせないように隠すように目を閉じたバーサーカーは口を開く。
声は滔々とした川の流れを連想させた。
「第三魔法_ヘヴンズフィール。魂の物質化だ」
ダンッとゴルドの振り被った拳が机を叩いた。
その目を見開き身体を震わせて絶望を滲ませた声で叫ぶ。
「ばっバカバカしい!そんな事あっていいはずがない!」
「お前は物に論理観を望む阿呆か。聖杯に善も悪も関係無い。提示された手立て、それに従うだけの器が人の価値観で動くと思うな。これが、この手立てが聖杯を手に入れたあの男が行う事象だ」
これは、聖杯を向こうの手に渡したこちらの落ち度でしかない。
バーサーカーがカウレスの横から身を乗り出してゴルドと同じ様にテーブルを叩く。
ミシミシとテーブルが悲鳴を上げ、バーサーカーは掛ける力を抜く。
バーサーカーの目には屈辱もやるせなさも絶望も無かった。
ただ深く澄んで、この現実を見つめている目だ。
ゴルドは全身から力が抜ける心地で持ち上げていた腰を椅子に下ろす。
決してバーサーカーの圧を恐れたのではない。
突き付けられた現実を呑み込まねばならないのだと理解したのだ。
「最早、これは聖杯大戦と呼べる物ではありません。大きく崩れたパワーバランス、天草四郎時貞の存在、そして彼が聖杯に望む願望…。それらは私がルーラーとして抑えねばならないものです」
ジャンヌが静かに口にする。
ルーラーとしても今の現状が聖杯大戦に則ったものでないと判断したのだ。
「聞くがルーラー、第三魔法についてお前はなんと思う」
「……人への諦観です。彼は人類を諦めている。それでは人は前に進めない。人は過ちを犯し、そしてそれに苦悩し、許し、受け入れて成長していくものです。彼の方法では人はただ在るだけの…天からの施しを受けるだけのものになってしまう」
「同意だ、ルーラー。確かにその世界は争いがなく人々の慈しみの心は忘れられない。だが、人とは欲を抱き歩むものだ。恵をただ待つだけの生き物は肥えた畜生よりも見苦しい」
欲を抱き、苦悩し歩む姿を彼は美しいと言った。
彼の守る人間とはそういうモノであった。
「私は、彼奴の願いを叶える訳にはいかない」
深く澄んだその目には静かな決意があった。
・
空を見る。
青々とした空の先に自身の片割れも居るのだろうと。
この鎧がある内は彼女も又無事であると。
空を見る。
広々とした世界の内に愛した男は願いを抱くのか。
彼が無事である事に安堵する胸の内を秘める事無く息を着く。
決戦は近い。
《バーサーカー、今どこにいる?》
「空を見ていた。何か用か?」
《ああ。少し相談したい事があってな。俺の所に来てくれても良いか?》
「了解」
風が頬を撫でる。
揃いの耳飾りが金属音を奏でて、バーサーカーは口端を緩めた。
カウレスの居る部屋に行けばそこに居たのはルーラー、アストルフォ、フィオレとそのサーヴァントのケイローン、そして自身のマスター。
彼等は一様に眉を下げている。
テーブルの上には新聞_切り裂きジャックの題名。
「黒のアサシンか」
「…ああ。少し被害が大きくて無視出来ない。昨日今日で血族からの連絡が八人も途絶えた」
「大人数だな。故にルーラーも動くのか」
「はい…」
ジャンヌの考え込むような返事にバーサーカーは片眉を上げる。
聖杯大戦において…いや、全サーヴァントにとって相対を苦手とするルーラークラスのサーヴァントの協力を得てケイローンもフィオレも、そしてルーラーと浮かばれない顔をしていたからだ。
「ルーラーならばサーヴァントが何処にいるか分かるのではなかったのか?」
「それが…アサシン特有の気配遮断とジャックザリッパー特有のスキルか何かで霧ががったように分からず……」
なるほど、とバーサーカーは眉をしかめた。
それでは如何にルーラーであれど手掛かりなど無いに等しい。
カウレスの顔を見ればカウレスは姉と同じように眉を寄せてバーサーカーに頷いて見せた。
「己で調べるしかない、か。了解した。私はマスターの護衛だな。セイバーとアーチャーは城の守りか?」
「いえ、守りはセイバーに任せて私も行きます」
「む、アーチャーのマスターは此処に残るのだろう?」
「はい、マスターは城にて待機を」
「なら__、ああいや。すまん、分かった。確かにこの面子では魔術に詳しいものが一人として居ないな」
正解ですと教え子に答えるように言ったケイローンに手間を掛けると返した。
早速向かおうと入ったばかりの戸に手を掛けようとしてアストルフォから待ったと声が掛かった。
「せっかく街に行くんならさ、ほらこの格好じゃ目立っちゃうし?」
「…呆れたな。遊びに行くんじゃないぞ、ライダー」
「いいじゃんかバーサーカー!さ!行こ行こ!君に似合う服を見つけてあげるよ!」
・
白のロングワンピースに鮮やかな装飾の施されたオレンジのスカーフを羽織った格好に落ち着いた。
バーサーカーは元より服装に対する拘りが一切なかった為アストルフォの着せ替えの時間耐えられぬと意識を彼方へと飛ばしていれば見兼ねたケイローンから現在の格好を薦められ早く終わらせたかったバーサーカーがそれに頷いたのだ。
「城の警備を頼むぞ、セイバー」
「了解した。そちらも何らかの進展があると良いんだが」
「尽力する」
ジークフリートのマスターはバーサーカーという形になっている今、バーサーカーが離れた状態で現界を維持するには彼を繋ぎ止める黄金の髪飾りを持ったジークがそばに居る必要があった。
1度目と違い2度目の現界には少しだけ規則が生まれてしまったのだ。
先ずバーサーカー、ジークのどちらかから離れる事は出来ない。
そしてバーサーカーかジークのどちらかから_この場合はジークに許可を得て_魔力を供給されている。
つまりジークは今2機のサーヴァントを従えているようなものだった。
「幾らホムンクルスと言えどキツいものがあるだろう。彼奴にも気を入れるように伝えておいて欲しい」
「ああ。…貴方には面倒をかける」
「気にしていない。私も、お前とカルナの再戦を預かる身だ。お前を生かすのもただそれだけの理由だからな」
・
魔術師の拠点というものはどうしてこうもジメッとした地下と相場が決まっているのだろうか。
そう言えばケイローンは苦笑を零しカウレスはそういうもんなのと返した。
「血腥いな。酷く拷問されている。並では耐えられんぞ」
「バーサーカーは耐えられるのかよ」
「生前捕虜となった時に一通りの拷問は受けた」
「ああ…そう言えば牢にいた時にそんな事言ってたな」
カウレスが椅子に拘束されたまま死に絶えた男の周りに腕時計を置いて行く。
魔術にまるで疎いバーサーカーにケイローンは残留思念の再生だと教えた。
「死体の中に希にいる拷問された者、時間が無かったなんてことは無く…恐怖を食らっていたと言うには拷問されなかった者の存在が気になる……となれば、」
それはその者達の持つ情報を狙ったのかもしれんな。
バーサーカーはそう独り言つ。
机の上に置かれた被害者の書類を手に取るも、元よりユグドミレニアの内情に疎いバーサーカーでは彼らの繋がりは分からない。
ガタリと椅子が揺れる。
次いで空気を引き裂くようなカウレスの悲鳴が響く。
残留思念の再生_それは死体の最期を自身の思念と同期させる事により脳裏で再生される苦痛。
これだけの手酷い拷問であればさぞかし苦痛もキツイのだろう。
ガシリとバーサーカーの腕をカウレスが掴む。
普段の幼くも活発で姉を気遣うカウレスからは想像できないほどの力で握りこまれた腕がギリギリと皮膚の引っ張られる音を立てる。
バーサーカーは元より痛みに鈍い。
だからこそ火事場の馬鹿力で男に全力で掴み掛かられたとしても彼女は平然とカウレスの横にしゃがみ、空を掻く手を強く握り締めた。
カウレスの手はバーサーカーに握られた事により更に力を込めた。
救いを求めるような手であった。
数分経ちカウレスが暴れるのを止める。
虚ろに、虚空を眺めるその口は耐えずボソボソと縋るような声で言葉を唱えていた。
その言葉をケイローンが聞き取り、その後に目配せを受けたバーサーカーが未だ虚ろなカウレスの手を掴んで引っ張りあげて声を掛けた
「__はァッ"!!」
意識が戻ったと同時に肺に巡る酸素で咳き込むカウレスの背を撫でて落ち着かせる。
その手は未だ細かに震えているもののケイローンに気になる所はあったかと聞いている。
「いくつか…気になる所がありました。先ず、『俺は知っている』と言う言葉です」
その言葉にバーサーカーは自分の予想が外れていなかったのだと理解した。
カウレスの手を包む手に力を込めてカウレスを見つめる。
バーサーカーからの反応にまだ苦痛から覚めたばかりで思考が追いつかないカウレスが目を白黒させながら尋ねた。
「拷問を受けた者たちの中に通じている情報はあるか。例えるなら、城の警備の壊し方とかになる」
カウレスはバーサーカーのその言葉に釣られるように被害者の書類を眺めた。
覚めやらん視線をぼんやりと送っていれば、不意にカウレスが目を見開いて立ち上がった。
「__姉さんが、危ない!」
・
拷問を受けた被害者に通じる情報_それは『城への侵入ルートを知る者』であった。
その情報にケイローンは思わず顔を顰めた。
バーサーカーの言う壊し方、の方が余程良かったと思ったのだ。
気配遮断、特有のスキルにより記憶も改竄されるアサシンが気配を零すなど想像も出来ない。
後手に回ってしまった現在の状況、自身のマスターの首にアサシンの刃が届いていない理由など無いのだ。
「アーチャー!姉さんの所へ!」
「はい!」
カウレスの言葉を聞いて地面を強く蹴る。
真っ直ぐと城へと向かったケイローンを見てバーサーカーもカウレスを抱える。
《セイバー!そちらにアサシンが侵入しているかもしれない。アーチャーのマスターの護衛へと回れ!》
《今交戦中だ。しかし毒性の霧のせいで長くは戦えないだろう》
《アーチャーが向かった!持ちこたえろ!》
《了解》
「バーサーカー、」
「マスター、飛ばすぞ。口は開かん方がいい」
「はっ?う、うわぁああ!!」
アーチャーを追うように強く地面を蹴る。
どうにもならない敏速値を補正するように魔力放出でブーストを掛ければ瞬時にケイローンの横へと並んだ。
辿り着いた庭先にカウレスを下ろし、薄い霧越しにアサシンらしき影を探す。
しかし次第に霧は晴れて、それらしき影も見つかることは無かった。
・
「バーサーカー、頼みがあるんだ」
「なんだ」
フィオレの無事も確認され城の被害の確認をしているとカウレスに呼び止められる。
アサシンの対応についてはバーサーカーは候補から外れホムンクルスでありながら宝具のお陰で体が人一倍丈夫なジークと、憑依型サーヴァントによりサーヴァントの魔力を隠すことの出来るジャンヌが囮となって当たることとなった。
バーサーカーは今回はもう無関係だと城の警備にジークフリートと共に当たっていた。
「血族の被害は勿論、一般人への被害がどれだけなのか見てきて欲しいんだ」
「了解した。昼八つまでに戻ろう」
「あ〜…いや、その…街中に降りる訳だし昨日着てた服で行ったらいいんじゃないか?」
カウレスがしどろもどろになりながらも言った言葉にバーサーカーは首を傾げる。
昨日の、とはあのワンピースの事だろうか。
人の格好をするという事はサーヴァントとしての敏速値等が意味をなさなくなる。
時間があるならばまだしも、ユグドミレニアは赤の陣営との交戦以来受けた被害の処理に間に合っていない。
1人でも多くの手を借りたい現状であり、特に必要ではない外出等もってのほかであった。
バーサーカーはカウレスの目的が掴めずに眉を寄せた。
「マスター。匙を投げたか。ユグドミレニアにその様な暇は無いと思うが」
「いや…そういうのじゃないんだ」
「では、」
「バーサーカーにも時間が必要かと思ったんだ」
かぱりと口を開いて固まる。
カウレスは慣れぬことをしたと思っているのか気まずげに頬をかいている。
「確かにユグドミレニアは今猫の手でも借りたいけど、バーサーカーだってこの大戦に思う事が無い訳無いだろ」
「…マスター。まさかと思うがカルナの事を私が気にしていると思っているのか」
だとしたらそれは侮蔑だぞ。
言ってる事と違い静かな目をしたバーサーカーはカウレスを見る。
カウレスはそれに詰めていた息を吐き出して突如自身の頭を掻き毟る。
「そりゃあバーサーカーがそんな事気にしてるとは思ってない!お前がそんな生半可な覚悟で戦場に立つとは思えないしな!」
だから、とカウレスはバーサーカーの言葉を入れる隙もなく言葉を紡ぐ。
頬は恥ずかしげに赤くなっている中やけくその様に言い捨てる。
「バーサーカーはずっと俺の指示に従ってくれてるだろ、今だってそうだ。俺も少しは反省してる、聞いてくれるからって甘えた節がある。そんな俺が言うのもあれだけど休息を取って欲しいと思うんだよ!」
「__サーヴァントに休息は……いや、そうだな。その温情を有難く受け入れよう」
そうしてくれ、とカウレスが言う。
バーサーカーはその言葉に頷いた。
これ以上断るとカウレスは熱を出してしまいそうだと思ったのだ。
・
さて、とバーサーカーは息を着いた。
城を出る際にジークフリートとアストルフォにまでゆっくりするように釘を刺されてしまった。
ついぞケイローンにまで「貴方の在り方が息つく間もないと言うのは分かっているのですがあまりマスター達を困らせ無いようにお願いします」と言われれば流石のバーサーカーも本意ではないが休息をとらざるを得なくなった。
しかしバーサーカーは元より息つく間もなくその一生を駆け抜けた英霊であり、休息をとる事の方が苦手としている。
現状もバーサーカーは指示されたことを終えれば何をしたらいいのか分からずに公園にて惚けていた。
暇であるといえばその通りなのだが、自身のマスターがアレだけ言葉を尽くしたのなら応えない方が不誠実に思えたのだ。
コツリと履き潰れた革靴の足音が耳に入る。
バーサーカーが視線を感じて振り向けばそこに居たのは黒のジャケットを着た筋骨隆々とした男だった。
「よ、少し話良いか?黒のバーサーカー」
「…酷い匂いだぞ。火薬と血の匂い、本当に魔術師か?」
「はっはっ、手厳しいな」
顔に着いた大きな傷跡、サングラスでも目元を隠して口は笑みを浮かべていた。
男はバーサーカーの隣へと腰掛けて言った。
「俺は獅子劫界離。赤のセイバーのマスターだ」