Fate/Apocrypha 英雄カルナの妻 作:星空 柚木
アキレウスの居なくなった庭園は静かで、遠くで戦闘の音が聞こえる。
体内から流れ出る血液によりバーサーカーの体はどんどんと温度を失っていく。
瞳は虚ろに、誰一人といない庭園でバーサーカーは息を吸う。
「…は…ッグ…!」
呼吸をするだけで口から更に血液が溢れる。
生きる為の行為もバーサーカーの肉体は現状自身の首を絞める行為になっていた。
「生き長らえたか…」
アキレウスが庭園に連れてきたとしてもバーサーカーの体が負ったダメージは遠からず内に消滅を余儀なくされていた。
サーヴァントの肉体というものはマスターからの魔力供給で回復する事が可能だ。
だがバーサーカーの腹に空いた穴はアキレウスの槍による傷だ。
彼の槍での傷は治すことが不可能だ。
その槍で致命傷を負わせられたバーサーカーの終わりは既に決まりきっていた。
だがそれがなんだと言うのか。
現在バーサーカーの肉体は生き長らえている。
腹に空いた穴から血液がずっと零れて体の体温がどんどんと奪われていっていてもバーサーカーは今現在生きて動ける。
元よりいつ死ぬか分かっていなかった命に明確な期限が着いただけだ。
「ぐ……!」
辛い体を持上げるために腹に力を入れれば鼓動が脈を打つようにビタビタと血液が流れ出た。
これでは大聖杯の前に辿り着く前に死ぬだろう。
せめてマスターにでも会えればいいのだが。
願望らしい願望を抱かずに姉の無事を願う自身のマスターの無事をサーヴァントらしく護りたいが、
「それも…難しいか」
コツリと革靴特有のヒールの音が静かな庭園に響く。
感じるのはサーヴァント特有の魔力。
1度相対した事のあるバーサーカーはそれが味方でない事が分かっていた。
未だ膝を着き立ち上がれていない身体を持ち上げて霊子を編み上げ剣を持つ。
思ったよりも酷い出血量に膝がガクガクと震えて息が荒立つ。
舌打ちひとつでも零したい気分だ。
せめてあと少し待ってくれれば、そう思いながらも生前からその様な運の良さは自身になかったなと思い直す。
「トドメでも刺しに来たか、赤のキャスター」
名を呼ばれた赤のキャスター_シェイクスピア_はその口角を吊り上げて笑った。
「トドメ?その様な無粋な事は吾輩致しません!」
「そう、か。では…何をしに来た」
死を前にしてもバーサーカーは微塵も慌てずに前を見据えた。
今のバーサーカーはそれこそサーヴァントとしての戦闘能力が皆無であるシェイクスピアにでさえ殺されてしまうだろう。
それが分からないシェイクスピアでは無かったが、シェイクスピアはそれが目的でないと否定した。
いつだって戦争に出る者に降り掛かるは死よりも恐ろしいものだ。
それを存分に理解しているバーサーカーは鋭い目でシェイクスピアを睨み付けている。
そんなバーサーカーを見下ろしたシェイクスピアは態とらしく大振りな動きで両手を広げた。
「吾輩宝具を壊されてしまった事を実に気にしておりまして!」
「なるほど、当然だな」
「ですので再チャレンジとさせて頂きたい!」
「再チャレンジ…?お前の宝具は私には効かんぞ。前回と同じ様になるだけだ」
バーサーカーの言葉に聞く耳を貸さないシェイクスピアは自身が書き綴った物語が記された本を掲げる。
宝具とはその英霊の人生そのものだ。
故に宝具が破られるとあれば大抵の英霊はその人生を否定されたと取り少なからず気分を悪くする。
バーサーカーもそれを理解しているが為にシェイクスピアを警戒する。
だが、シェイクスピアは作家である。
「さあそれでは!2度目の添削と行って頂きましょう!」
外部から数多の知識を吸い集めてそれらを利用して物語を紡ぐ。
出版しても批判は付き物で、だがそれでもシェイクスピアは自身の作品を評価する者がいることを知っているが為に絶対的な自信があった。
バーサーカーの物語を紡いでバーサーカーに壊されたとしても、シェイクスピアは怒らない。
それはシェイクスピアがバーサーカーへの理解が浅かったと言うだけだからだ。
だがそれこそが世界有数の作家であるシェイクスピアに火をつけた。
つまるところ__物語を1から書き直したのだ。
「
幕が現れ世界は変わる。
バーサーカーは小さく息を飲んだ。
再びあの様なカルナを見せられでもするのかと構えたのだ。
だが幕が上がったその先で、バーサーカーは舞台上に置かれた椅子に座っていた。
自由に動く眼球でぐるりと辺りを見回せば客席の一番前にはシェイクスピアが座っていた。
1度目と大きく違う様子にバーサーカーは小さく息を飲む。
「さてさて、それではお聞かせ願いたい。貴方にとって人間とはこれ如何に?」
「人間?その様なもの聞いて何になる。……しかし、そうだな。問われたならば答えよう。人間とは欲を抱き歩むものだ」
「では、かの我欲の妃クンティーに対してもその様に?」
「……ああ。アレは紛れもなく人間だ。我欲に忠実が過ぎたが、されど我欲の為に自己保身を案じるその自己愛のみの姿こそがあの女の人間の一面だ。まあさほど獣と変わらんがな」
「獣と人間は違うと?」
「同じだ。人間も獣も何も違わん。強いて述べるなら我欲のみかそれ以外かの違いだ」
シェイクスピアは態とらしくふむふむと頷く。
バーサーカーの体は動かす事が可能だがこの空間から脱出する事は難しいだろう。
ここはシェイクスピアの宝具の中なのだから。
「では重ねてもうおひとつ」
「なんだ」
「2つ目の質問は貴方が聖杯に掛ける望みです」
「カルナの…その人生を悔いなく終わらせる事だ」
バーサーカーのその言葉にシェイクスピアはにんまりと笑う。
馬鹿にすると言うよりもくだらない事を思い付いたかのようなその顔にバーサーカーは警戒を強める。
シェイクスピアは客席から立ち上がりステージのバーサーカーの元へとゆっくりと歩み寄る。
「"悔いなく"?今そうおっしゃいましたか?」
「言ったな。だからなんだと言う」
「"人間とは欲を抱き歩むものだ"、"その人生を悔いなく終わらせる事だ"」
「……何が言いたい」
「いやはやなんとッ!なんと矛盾に満ちた応えでしょうか!同じ口から出た言葉とは思えませんな!」
「……なに?」
眉間にシワがより自然と鋭くなったその目線をシェイクスピアへと向ける。
声までもが鋭いバーサーカーに優位に立つのは自身だと言うのにシェイクスピアは悪寒を感じた。
だがシェイクスピアにとってそれこそが愉快で仕方なかった。
「だってそうでしょう!貴方という人物は"カルナを世界に受け入れさせる為に戦った"女性だ!英雄の一面も、半神の一面も、人間の一面も!その全てカルナであるとして世界が受け入れる様に命を賭した人間だ!
__その貴女が何故!カルナの人間性を拒絶しているのです?!」
言葉をなくした。
バーサーカーは今絶句したのだ。
言われた言葉の意味があまりにバーサーカーの在り方から飛躍していてバーサーカー本人もまるで予想していなかったからだ。
次いでカッと体が熱くなる。
侮辱だ、侮辱されたのだ。
「巫山戯るな!私は愛した、カルナを!愛している!その私が何故カルナを拒絶する!拒絶したのは私ではない!世界だ!!」
「いいえ、貴方だ!!その貴女の気持ちこそがカルナを拒絶しているのです!」
「なにを…!」
バーサーカーは自身の生前の行いが正しいとは一度も思っていない。
人の身でやるにはあまりに無謀、あまりに傲慢なその行いはバーサーカーの身には見合わなかった。
だがそれでもバーサーカーの行動の源であった愛情に嘘は無かった。
「抱いた感情や願いに間違いなどない!そう思う事自体に間違いなどない!だからこそ貴方は自身がカルナに抱く想いのみを間違っていないと信じられる!そう、貴方の行いは感情以外全て間違えているのです!」
頭に血が昇った。
けれど返す言葉を探そうにも言葉に疎いバーサーカーではなんと言えばいいのかも分からずに唇を噛んだ。
そんなバーサーカーを気にせずにシェイクスピアは言う。
「人間とはなんだ!欲を抱く者だ!その欲はとどまることを知らず人とは死ぬ直前であれど欲を抱き願いを持つ!だが貴方の願望はその欲を無くすものだ!」
「違う!私の願望は生前のカルナの悔いのない人生だ!欲を無くす事なぞ願ってなどいない!」
「そうでしょう!人間とは欲を抱く者、欲を無くせば人間では無くなってしまう!もしカルナをそのようにしていれば、そうなれば貴方は生前の自身への裏切りに他ならない!!」
バーサーカーは逸る気持ちを抑えることもせずに視線をうろつかせた。
シェイクスピアは自身を理解しているのだ。
以前のような穴などなく、完全にバーサーカーを理解している。
何故?なぜ、それは、カルナから話を聞いたのだろう。
ではそこに間違いなどある訳が無い。
この宝具は"完璧"だ。
バーサーカーへの対心宝具。
逃げ道のひとつもなくバーサーカーの心を壊す宝具だ。
「違う…違う!私は、私はカルナを受け入れる世界を願った…願ったんだ!」
「そして、死後英霊となった今もその人生に悔いが残らない様にと?」
「そうだ!何も間違ってなどいない!!」
バーサーカーは間違っていない。
カルナの生前の悔いを無くそうと尽くす心や願望は確かに何も間違っていないのだ。
けれどたとえ間違えていなくても"正解"では無かった。
「考えた事は無いのですか?聖杯がどの様にその願いを叶えるか」
「____は、…?」
シェイクスピアがパチリと指を鳴らす。
幕が変わってそこにあるのは聖杯だ。
この空中庭園の何処かで大聖杯が目の前にあった。
幻覚だ、分かっている。
だから今バーサーカーが震える理由は歓喜ではない。
この先に突き付けられる現実への恐怖だ。
「人間から悔いを無くすことは不可能だ。何故なら1つの悔いが報いれば新たな欲を抱く。そしてそれはいずれ悔いとなる。いたちごっこに他ならないのですよ」
考えた事が無いと言うならそれは嘘であった。
分かっていた、人間の欲に終わりがない事を。
そしてその終わらない欲こそがバーサーカーが人間と呼ぶものだ。
故にバーサーカーの願望は_カルナの悔いを無くす事は_大聖杯であれど叶える事は不可能なのだ。
例え今現在の悔いをなくしてもまた新たな悔いが生まれる。
バーサーカーの願望を完全に叶えるには"明確な手段"が足りないのだ。
「そう。貴方は願望器に掛ける望みはあれど手段は考えなかった。ならば聖杯にその願望を願った時どの様に処理されると考えますか?」
「聖杯が最短で行える処理、か」
シェイクスピアが頷く。
聖杯は手段の短縮に過ぎない。
ならばもしこの聖杯にバーサーカーの願いが受け入れられた時、この聖杯はどの手段を選ぶのか。
「……、…」
口を開ける。
答えはとっくに浮かんでいた。
考えていなかった_考えぬ様に目を背けていたこの結論はバーサーカーには到底受け入れられるものではなかった。
だが、これ以外にバーサーカーはどうすればいいのか分からないのだ。
その答えは、
「カルナから、人間の欲望を剥奪…する気か…?」
パキリと何かが軋む音が聞こえた。
「ご名答」
シェイクスピアはニヤリと笑う。
「人間は欲を抱き、悔いも無くなる事は無い。故に悔い"だけ"を無くすことは不可能だ」
ならばどうするか。
悔いを生み出す欲を無くせばいいのだ。
欲を抱く事が無ければ、当然欲の成れの果てである悔いも生まれないのだから。
そしてそれは、バーサーカーの生前と矛盾している。
カルナは半神であり、英雄であり、__人間である。
それがバーサーカーの生きた意義ならば、今バーサーカーの抱く願望の結末はその意義に反していた。
__カルナを受け入れる世界の為に何よりもカルナを犠牲にしようとしていたのだ。
「__ぁ、ぁ…」
ピキピキとヒビが広がる。
「ぁ、あ、あ…!」
頬を涙が伝う。
カルナを受け入れる世界を願うのに、カルナを1番に拒絶したのはバーサーカーに他ならない。
事実だ、歪で、無様で、我欲のみの薄汚い感情に塗れた女をバーサーカーは何故許せるのだろうか。
「あ、ア、アアア!!!」
バキリと壊れた音がした。
何が壊れたか、バーサーカーの心か。
そうではない、バーサーカーの心は折れることが無い。
どんな時でも死を前にしてもカルナへの想いのみで立ち上がったバーサーカーの心にはカルナへの愛情のみしか無かった。
バーサーカーがカルナを嫌うことなど無い。
だからこそ、この心は壊れることは無いのだ。
では何が壊れたのか。
シェイクスピアの宝具は"対心"。
心の折れないバーサーカーは今心と繋がった"行動理由"が壊れたのだ。
それは彼女の在り方、行い、願いその全てだ。
そしてその全ては__座に刻まれた彼女に他ならない。
「いや、いやっ!嫌だ!わた、私は!なぜ、何故カルナを…!」
英霊の座に刻まれた英雄は、召喚に応じサーヴァントとして現れる。
だが今、彼女は英霊の座が壊れたのだ。
逆説的に言えば__今、彼女は消滅する。
召喚先からでは無い、英霊の座に刻まれた本霊から全て消滅するのだ。
「好きなのに、好きなんだ!愛してる、愛してっ…!どうして!!」
____その様を、シェイクスピアは目に焼き付ける様に見ていた。
シェイクスピアがバーサーカーに宝具を撃ったのは単純な興味であった。
願望と在り方が自己破綻しているサーヴァントにその矛盾を突き付けたらどうなるのか。
ただの人間であれば泣き喚き、忘れ、怒りと様々な反応が出来るが、死してそれが霊気の根本に染み付いたサーヴァントならばどうなるか。
見てみたかったのだ。
その結果バーサーカーは今英霊の座に及ぶ程の霊気の自己破壊へと至った。
「……おお、おお!!なんと、なんと言う結果か!」
シェイクスピアは自己破綻しているサーヴァントにその矛盾を突き付ける威力を目の当たりにした。
英霊であり、願望を抱き、その願望が生前と矛盾している。
その奇跡的な条件の揃いにより座から1つの英霊が消えようとしている。
なんという威力か。
想像を絶する程の結末、自身が生前紡いだ物語にもこれ程の破滅は少ないと思わせる程だ。
その結末に頬を上気させ堪えきれんばかりに笑みを浮かべる。
何も無い空間への振り向き手を大きくと広げ声高に終幕の声を張る。
「まさに破滅!まさに結末!これ以上の結末は無く、己の真の願いから目を逸らし続け逃げた者にこそ相応しい____ゴホッ!!」
だが__、
その言葉が最後まで紡がれることは無かった。
何故ならシェイクスピアのその胸を鈍く光る剣が貫いていたからだ。
砕かれた霊格、まもなく消滅する肉体を動かしてシェイクスピアは振り向く。
そこには涙を流し目は虚ろなバーサーカーが剣を自身の胸元に突き立てていたのだ。
そこに彼女の意思はなく、意識も無い。
では何故、彼女がシェイクスピアを殺せたのか。
シェイクスピアはそれを理解して笑う。
剣で霊格を貫かれて消えゆく体で笑ったのだ。
「__なるほど、なるほど!確かにこのような結末もまたありえる!なんて、なんて面白いのでしょうか!」
彼は見落としていた。
この戦争はサーヴァントだけの戦いでないと。
霊子化が始まったその肉体は足元からゆっくりと空に解けていく。
それでもシェイクスピアは視線を逸らす事無く、消滅に震えることも無く笑った。
消えるその最後まで、その目にソレを映して笑った。
バーサーカーのその後ろ、そこには令呪を構えた彼女のマスター_カウレスが居た。