Fate/Apocrypha 英雄カルナの妻   作:星空 柚木

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第二十話

バーサーカーのマスターであるカウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニアはその優秀な姉であるフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアの予備であった。

魔術師としての才能は凡愚であり、マスターとなり召喚した英霊も当初の予定とは違う英霊。

当主には捨て駒として見られ、当主代行と呼ばれる姉とは真逆に大きな城の隅の部屋でパソコンを立ち上げていた。

不当に嘆くことは無い。

自身の才能は紛れもなく凡愚で、召喚した英霊も予定と外れていて、姉は紛れもなく優秀だ。

それがカウレスにとっては当然の事で日常であった。

 

けれど聖杯大戦はユグドミレニアを大きく変えた。

当主は死に姉は魔術師と当主としての生を自身に譲った。

黒の陣営正規のマスターは姉と自身の2人だけしか残っていない。

カウレスは今ユグドミレニアの当主であり、生き残りの黒のマスターとしてここに立っていた。

 

「__第五の黒が令呪をもって命ずる!バーサーカー!赤のキャスターを殺せ!」

 

自らを護るようにその身を抱き込み蹲る自身のサーヴァントへと絶対行使の命令権を振りかざす。

バーサーカーは抵抗する様子も一切なく隙だらけであったシェイクスピアの霊格を貫いた。

シェイクスピアの仮初の肉体から血が吹き出る。

少ないとは言え命が潰えるシェイクスピアの悲鳴を聞いてカウレスは一画失われた令呪の刻まれた右手を強く握った。

 

____

 

「姉さん。空中庭園に着いたら、姉さんは小型機を降りずに待っていて欲しい」

「え?」

 

空中庭園に着陸する前、小型機の中でカウレスはフィオレにそう言った。

フィオレは弾かれたように顔を上げてカウレスを咎めるような声を出した。

けれどカウレスはそれにゆっくりと首を振った。

 

「バーサーカーはああ言ってたけど、赤のライダーを完全に討ち取るってのは並の英霊じゃ無理だ」

「貴方そんな…!…でも、そうね。確かに並の英霊では厳しいでしょう。貴方のサーヴァントでは無理だと言うの?」

「バーサーカーはただの女だ。英雄じゃない」

 

フィオレはその言葉になにか言おうと口を開くも返す言葉を見つけられずに口を噤んだ。

その様をカウレスは真っ直ぐ見つめてもう一度言う。

 

「頼む、降りるのは俺だけでいい」

「それは…。私にもアーチャーのマスターとしての責任があります」

「姉さん」

「……貴方、」

「俺はさ、聖杯にかける望みなんて無いんだ」

 

無いからこそ、カウレスは一人で降りると言う。

成り行きでなったバーサーカーのマスター。

バーサーカーはそれを理解して自身の身を1番に守ると誓ってくれた。

カウレスに聖杯にかけるほどの望みはない。

だが聖杯にかける程でない望みならばあった。

 

「俺は、姉さんに生きてて欲しい。姉さんとこの大戦が終わった後今まで通り…にはいかないかもしれないけど、また生きていたい」

「…なら何故、貴方は一人で行くと言うの?カウレス」

 

カウレスの言葉に嘘はない。

初めからカウレスは聖杯にかける望みはなく、もしフィオレが死んだらフィオレを生き返らせてくれと願ったかもしれない、なんて程度だ。

カウレスの願いはそれだけだった。

だが、

 

「俺を助けてくれたバーサーカーを助けたい」

 

その言葉は聖杯大戦に参加する魔術師としては失格だろう。

早くもユグドミレニア当主に相応しくない発言かもしれない。

受けた恩義を返したい、それも相手は使い魔だ。

並の魔術師であれば嘲笑する言葉もフィオレは穏やかに微笑んだ。

 

「__分かったわ、カウレス。私はここで待ちます。代わりにバーサーカーに伝えて下さる?『弟がお世話になりました』と」

 

その言葉に自身はなんと返しただろうか。

ただけれど、だらしなく笑みを浮かべて眉を下げたのは覚えていた。

 

____

 

「第五の黒が令呪を持って命じる!__死ぬな!バーサーカー!!」

「アア"! ア" ア" ア" !!」

 

自身の手の甲から光を放ち消えた魔力は霊基から崩壊を始めていたバーサーカーの体を縛り付けた。

壊れ掛けのその肉体にも令呪の絶対行使権は残っているようでカウレスは焼け石に水だろうがと息を着いた。

 

「い……やだ、私は…私はカルナを…愛してるのに…なんで殺すんだ、カルナを殺すなら私は…私はソレを排除して…カルナを…わた、私を…」

 

カウレスは眉を寄せた。

バーサーカーが泣いているのだ。

召喚されてから敵にボロボロにやられようとその夫であるカルナに拒否されようと淡々として気高く前を向いていた神代の愛情の化身は今や存在意義を打ち砕かれ召喚してから見ることも無かった涙でその頬をしとどに濡らしていた。

自身を護ると言い、自身だけでなくセイバーまで救い上げ、沢山の感情にもみくちゃにされながらも気高く胸を張っていたバーサーカーが今、その身を抱き込み肩を震わせ涙を流していた。

自身へと繋いだ穏やかな子守唄を紡ぐ声も足りぬ言葉を紡ぐその声も今は震え、掻き消えそうなほど小さな嗚咽を零していた。

そのどれもがカウレスには想像も出来なかったもので、何よりも見ているカウレスの心臓が苦しくなった。

 

「……バーサーカー、」

「私は…願いは、ぜんぶ…嫌だ、カルナを苦しめて…!なら、なら私は…!私はどうしたら……!」

「バーサーカー」

「カルナ…カルナ、カルナ!!……あ、ああ…!」

 

カウレスは現状をまるで理解していなかった。

そうだ、何故ならカウレスがここに来た時には既にバーサーカーは崩れ落ちていてシェイクスピアは高笑いをしていた。

その様に、赤のキャスターに満身創痍のバーサーカーが殺されると思ったカウレスは何も理解しないままに令呪を使ったのだ。

そしてそのすぐ後バーサーカーの様子が可笑しいと気がついて、2画目の令呪を使った。

単純に令呪においての回復を目的としていたが、今のバーサーカーに対してのその令呪は"自己破壊の停止"としても作用していた。

故に今バーサーカーはその霊基を自己破壊する事も出来ずに自身の抱える矛盾に打ち砕かれている。

ここまで来ればカウレスも何が起きていたのか大体の予想が着いた。

普通ならば起こりえない有り得ない事も、バーサーカーであるならば起きても何も不思議では無いと思ったからだ。

バーサーカーは自己破壊を行った。

その先にある"カルナへの平穏"を求めて。

どれほど気が触れようとて行いの結末にカルナへと行き着くその様にカウレスは眉を寄せて息を飲んだ。

自身の存在さえ捧げてしまう程の愛情と言うなら、それでありながらもこのまま消えてしまうなんてあまりにも報われないと思ったのだ。

 

「バーサーカー」

「…ああ、マスター。マスターなぜ、なぜ止めた。私はダメだ、私がカルナを拒絶すると言うなら私こそが誰よりもカルナを!」

 

だからこそカウレスは手を翳す。

翳した手の端から見えるバーサーカーの顔を見て彼女はここまで小さな存在であったかと所感を抱く。

正気でなくとも澄み渡り深い色のその目は絶望に薄暗く濁り、絶えず溢れる涙がその色を暈していた。

自身を護り、助け、宥めてくれたその身は自身が思うよりもずっと儚いものだったのだ。

 

「令呪をもって命ずる__」

 

故にカウレスは口にする。

自身の身体に残るこの印は今の彼女には不要なものだからだ。

 

「"心を殺すな"、バーサーカー!!」

 

バーサーカーの涙が止んだ。

カウレスの身体から聖杯に与えられたサーヴァントへの繋ぎが無くなる。

これによりカウレスはバーサーカーの逆鱗に触れれば殺されるだろう。

だがカウレスは既にこの英霊が義理堅いのを知っていた。

たとえ自身から令呪が消えようと、マスターの権利が消えようとバーサーカー自身の考えでカウレスを殺すことは無いと断言できた。

 

「____こころを、」

 

バーサーカーは目を見開いた。

この令呪はバーサーカーの在り方を考えるに効果のない令呪だ。

彼女はカルナを想う英霊であり、何が起ころうと自身よりもカルナを優先するのが彼女であった。

故に効果が出るものでは無かった。

 

霊基が壊れるまでは。

 

今バーサーカーの霊基は壊れていた。

故に、カルナを優先するあまり押し殺した彼女の願望とも言えない想いが垣間見る事が出来たのだ。

願望にも欲にもなり得ないそれは彼女の抱いた情だ。

愛情に覆われ隠れていたそれはわがままに相手を望む恋情だった。

それが今、霊基が壊れた事と令呪によりバーサーカーの表面へと表れのだ。

 

「カルナに__」

 

それはバーサーカー本人でさえ意図せずに零れた言葉。

彼女の心に根付いた始まりの感情だった。

 

「カルナの傍に行きたい」

 

行ったところで何をするのか。

それはバーサーカーにもカウレスにも分からなかった。

ただそう想い、願い、その言葉にマスターであるカウレスは頷くのだ。

 

 

ケイローンは空高く弓を構える。

弓は真っ直ぐ空中庭園を傷付けて壊す。

ケイローンはこの空中庭園の防御兵装を壊すアストルフォの庇護へと回っていた。

それは防御兵装の破壊と共にダメージを負い動けなくなったアストルフォを仕留めに来た赤のアサシン_セミラミスから護っていたのだ。

自身の横槍によりセミラミスは霊体化し撤退した。

高確率で自身が誘い込まれているのだと理解しながらケイローンはその誘いに乗るしか無かった。

アストルフォにジークと共にあるジークフリートの援護を頼み自身はセミラミスを倒す為に空中庭園を駆けていた。

 

 

アストルフォは槍を構える。

剣は自身のマスターに預けた今この槍を用いて戦う必要があった。

だが無理だ。

アストルフォは理性が蒸発しているが、新月の夜であればその限りでない。

その取り戻された理性においてアストルフォは無理だと理解したのだ。

自身の目の前に置いて行われる戦闘はあまりに入り込む隙がなかった。

 

二ーベルゲンの英雄、マハーバーラタの施しの英雄。

それらの力量は拮抗しているように見え、そしてアストルフォはそれを前に手を出せないと理解した。

出来ることは流れ弾から自身のマスターであるジークを庇うことだけだった。

 

「マスター!ここは危険だ!移動しよう!」

「ダメだ、ライダー。俺はバーサーカーからジークフリートを託されたんだ。ならここで見届けるべきじゃないか」

「そんな事!それで君が死ぬのならバーサーカーもセイバーも望んでない!」

「俺を救ってくれた英雄が!願いを叶えようとしているんだ!」

「君なぁ!バーサーカーから影響受け過ぎだぞ!」

 

頑なに動こうとしないジークへと向かう流れ弾を槍で砕く。

アストルフォの肉体に蓄積されたダメージでは偉大な英雄同士のぶつかり合いの空間に立っているだけでも辛いものだ。

されどジークはそれを理解した上でこの場から背を向けられないと考えていた。

自身を助けてくれたジークフリートと言う存在は誉高く、ジークが思うに1番の英雄だ。

彼が勝とうと負けようとその勇姿を見届けるべきだと思ったのだ。

 

「あッ!マスター!避けて!」

「!」

 

アストルフォが弾き損ねた瓦礫から転がり避ける。

辺り一体が炎に飲まれ、地面が崩れ出す。

それでも逃げようとしないジークにアストルフォは息を詰めてカルナを鋭い目で見つめた。

出来なくてもやらなければならない。

マスターを守る為にあのサーヴァントは何れも敵であるのだから。

槍を握り締めて、地を蹴るための力を込める。

 

「__止めろ、ライダー」

 

その足が踏み込まれることは無かった。

突如後ろから聞こえた女の声にアストルフォは弾かれたように振り向いた。

 

「…バーサーカー」

 

アストルフォの頭の中に「不味いことになった」と浮かんだ。

ジークフリートとカルナの再戦を預かった彼女にとって、味方だろうが敵だろうが邪魔だてした者に全て敵意を向けるからだ。

アストルフォは務めて冷静にバーサーカーを見据える。

令呪のおかげだろうか細かな怪我は無く、そして腹には穴が空いていた。

その顔は窶れていて、間もなくの死を連想させる姿でありながらバーサーカーはどこまでも真っ直ぐにアストルフォを見詰めていた。

 

「君は…」

「お前に対して武器を向けるつもりは無い。カルナとセイバーの再戦を邪魔するな」

「それは出来ないよ。もし、セイバーが負けたら僕はマスターを守る為にカルナを討たなきゃいけない。でも僕じゃ勝てない」

 

バーサーカーは苦しげに息を詰めて瞬きをした。

令呪のおかげかバーサーカーは今現在存在はしているがきっとその後は不可能だろう。

彼女に未来は無かった。

 

「故に横槍を入れ、騎士としての誉れを捨てるか」

「僕はサーヴァントだ。マスターを守る為なら構わないよ」

 

そうだ、自身はジークのサーヴァントだ。

バーサーカーの様にマスターを守るべき存在だ。

バーサーカーは息を吐いてその後ろに居たカウレスを一瞥した。

 

「もし、カルナが生き長らえたなら私が相手をする。時間稼ぎにはなるだろう」

「君は!」

「すまん。倒せるとは言えそうにない。だがこれで勘弁して欲しい」

 

アストルフォはバーサーカーの腹の穴を見る。

絶えずその服を赤く染めるソレにアストルフォは堪えがたい衝動を呑み込んだ。

バーサーカーにしては感情的な言葉だ。

彼女はバーサーカーでありながらも戦況を冷静に俯瞰していた。

故にアストルフォがカルナの消滅を望んでいることも理解している。

戦況を考えるにそうするべきなのも理解しているのだろう。

だがバーサーカーは止めろと言う。

その対応もカルナの消滅においての作戦の安定に繋がるものでは無い。

通常の彼女であればそのような事を言うとは思えなかったのだ。

ハッと息を飲む。

 

(なるほど、君は__)

 

腹の穴からバーサーカーの顔を見る。

窶れていて、その顔には涙の跡もある。

けれど変わらず真っ直ぐに自身を見つめるその瞳にアストルフォは喉から熱いものが込み上げてきた。

 

「君は、それでいいのかい…?」

「構わん。…いや、それを望んでいる」

 

自身の問いかけは震えていた。

それに言及することは無く即答したバーサーカーにアストルフォは込み上げるものを押し込め切れずに熱い息を吐いた。

 

「……分かった。君に、任せるよ」

「感謝する」

 

バーサーカーのその言葉は轟音に掻き消されることなくアストルフォの耳に届いた。

子供が母親をみつけたような安堵の滲む声にアストルフォは泣きたくなった。

 

光が爆ぜる。

熱が爆ぜる。

 

2人の英雄が紡がれる事の無い激闘を繰り広げる。

誰にも知られぬと言うにはあまりにも勇敢な2人の背中をずっと見続けたいと思いながらも、そうはいかないことをアストルフォは知っていた。

 

邪竜を撃ち倒した魔剣が輝く。

神の賞賛を示すその槍が燃える。

 

その2つの魔力がぶつかり合い視界は白く染った。

 

 

 

 

 

 

地面にひとつの影が倒れる。

光が晴れたその空間で倒れている影を見たバーサーカーはその影の元へと走り寄った。

その体を両腕で抱き起こし頬を撫でる。

それに彼は手を伸ばしバーサーカーの手に重ねた。

 

「__…見事だ、ジークフリートよ」

 

女の腕の中に抱え込まれる英雄はその言葉に頬笑みを浮かべる。

なるほどそれは、芽吹いたばかりの幼い花のような笑みであった。

 

「此度の召喚は、2つの願いが叶ってしまった」

「嫌か?」

「いや…俺はこの手で誰かを救え、そして彼との決着も果たせた…。これ以上の不満はなく、満たされることもない」

「馬鹿者か。願いに満たされる事なぞあるものか。もっと願うといい、お前はそれが許される…」

 

ジークフリートは1度目にバーサーカーの手に抱かれた際彼女に夫を重ねたかと問い掛けた。

けれど2度目の今、バーサーカーの行動はそうでないと分かる。

夫に重ねたから助けたのでなく、人を慈しむが故に助けたのだ。

人を好まないその身で人を慈しむと言うバーサーカーをジークフリートは綺麗だと思う。

その目に浮かぶ涙が零れることは無い。

それが人を慈しむ彼女の見守り方であるのだと理解したからだ。

なんと不器用な事か。

人の事を言える立場でないが、ジークフリートは彼女に救いあれと願うのだ。

 

「__全て、貴方のおかげだ」

 

瞼を下ろす。

今度こそ本当の人生の終わりだと言うのに1度目の終わり程胸に燻る想いは無くなっていた。

 

「いつに無いほど清々しい____」

 

その身が光の泡となり消える。

ジークフリートを抱えていたバーサーカーのその腕は空を掻き、行き場をなくしたその腕は彼女の身を抱き締めた。

何も言わなければ、涙ひとつも零すことは無い。

それが彼女が人間を傍観しながらも慈しむと決めた在り方であった。

 

「ジーク、進むといい。ここに居てもこれ以上の進歩はない」

 

バーサーカーが吐いた言葉はジークフリートに対するものでは無い。

今を生きる人間を促す言葉だ。

消えずに自身の中に在るジークフリートの心臓のおかげで戦う事が出来るのだろう。

そうだ、バーサーカーは…彼女は戦士ではない。

これからの戦闘にかける想いも無ければ見届ける必要も無い。

それをジークは理解して、アストルフォと共にバーサーカーに背を向けた。

進まなければならない。

ジークフリートの最期を進歩だと告げた彼女にジークは応えたかった。

 

「黒のマスターよ」

「…なんだ、赤のランサー」

 

そんなジークに槍を向けることはなくカルナはこの地に残ったバーサーカーのマスターへと声を掛ける。

 

「お前は黒のマスターとして、俺に黒のバーサーカーを当てるつもりか」

 

カウレスはぐっと息を飲んだ。

目の前の英雄はジークフリートとの戦いのせいで無傷ではない。

だがいくら手負いといえどバーサーカーで討ち取ることは不可能だ。

万全の状態ならまだしも、彼女の腹には塞がることの無い穴があるのだから。

故にその問いに頷く事はカウレスにとって恩人であるバーサーカーを見捨てると宣言するものと同義であった。

それを理解して、カウレスは息を吐き目の前の英雄を見る。

 

「そのつもりだ」

「そうか」

 

カルナの反応は淡白なものだ。

それでも、だからこそカウレスの胸にどうしようもない慟哭が渦巻いた。

 

「ならば頼みがある。この空中庭園の一室に囚われている赤のマスター達を救って欲しい」

 

その言葉にカウレスは涙が浮かんだ。

けれど決して泣くものかと歯を食いしばる。

 

「分かった。だがこちらにも条件がある」

「ほう?当然の対価だな」

 

マスターとして、ユグドミレニア当主として、男として、思いついた言葉は数があったが、そのどれもが自身で叶えるべきだと首を振る。

そうして思い付いた言葉を幾度となく否定して、最後に残ったたったひとつ__カウレスではどうしようも出来ないその言葉を口にした。

 

「バーサーカーと、ちゃんと話してくれ」

「…そうか。了解した」

 

部屋を出る前に武器を手に取りゆっくりと立ち上がるバーサーカーを一瞥する。

カウレスの視線に気付いたバーサーカーはその眼を下げて、窶れて引き攣ったその頬を持ち上げた。

それは不格好であったが、穏やかで、慈愛に充ちた笑みであった。

嗚呼、そうか。

今此処で、初めてバーサーカーは心の底からの笑みを浮かべたのだ。

それが夫と戦えと言う非道な命令を行う男に対してだと言うのに、バーサーカーは今その目に慈愛を込めてカウレスの背を押してくれたのだ。

 

誰も居なくなった空間で、先に動いたのは女であった。

ゆっくりと槍を持ち上げてその矛先を男に向ける。

男もそれに応えるように槍を持ち上げた。

 

「お前にも願いがあるのだろう」

「ああ。そしてそれはお前も同じ様だな」

「…適わんな」

 

今から槍を交えると言うのに適わないと口にして女は笑みを消す。

2人には願いがある。

願望がある。

その矛の先が何であれ、誰であれ、譲る事は出来ない願いの為に戦うのだ。

 

 

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