Fate/Apocrypha 英雄カルナの妻   作:星空 柚木

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第二十一話

空中庭園を破壊して中へと落ちる。

広々とした空間には豪奢な玉座が置かれていた。

そこに座る1機のサーヴァントに向かいケイローンは弓を引き絞った。

弓はまっすぐ素早くセミラミスの頭部に迫ったが、神魚の鱗を前に弾かれる。

 

「随分とまあ礼儀を知らぬ行いだな、大賢者よ」

「確かに。この行いは賢者として褒められた事ではありませんね。けれどこの身はサーヴァント。私は私の誇りよりも貴方を討つことに専念します」

「ほうそうか、であればただの男よ。我はお前を手ずから殺してやろう」

 

セミラミスがそういうや否や数多の鎖が顕現した。

その鎖を躱し弓を射るも神魚の鱗を使った防御装甲は破れない。

アキレウスの槍を一度だけならば無効化できる鱗はケイローンの矢を届かせることは無い。

 

「キリがありませんね…」

 

迫り来る鎖は毒を帯びている。

触れる事の無いように避けながらの攻撃も防がれてしまえばケイローンの後手に回っていると言わざるを得なかった。

鎖から逃げ回るのを辞め、玉座へと方向を切り替える。

後手に回ると言うなら見極めた後に形勢逆転を測り動く方がまだ可能性はあったのだ。

赤のアサシン_アッシリアの女帝・セミラミス。

世界最古の毒殺者である彼女の宝具は毒である可能性が高く、そうであるならば後手に回れば回るだけこちらの不利になると判断したのだ。

そしてその判断は間違ってはいなかった。

 

「"堕ちよ"」

「!、これはッ」

 

けれど行動に移すには遅かった。

"遅過ぎた"のだ。

彼女の毒は宝具である。

驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)

それは一度バーサーカーの体を襲ったものと同義であったがこの宝具は本来セミラミスの周囲において発動される。

そしてその時彼女が空中庭園に居るとあれば尚のこと効果は強まる。

ケイローンがその宝具から逃れることは出来ないのだ。

 

「__!ぐっ…!」

「苦しいか?そうだろう。此度の聖杯戦争はお前の為にヒュドラの毒を再現したのだ。お前はもう立ち上がれまいよ」

「ゴボッ、」

 

ケイローンが膝を着く。

彼が咄嗟に抑えた口元からは溢れるかのように彼の血液が指の間をすり抜けて床に落ちる。

セミラミスの周囲環境の毒化。

それはあまりにケイローンと相性が悪かった。

ケイローンは不死性を持っていた。

けれど彼が死に、英霊の座に召し上げられた事は紛れとなく事実であった。

つまり彼はその不死性を捨てたのだ。

彼は毒に殺された英雄。

その要因が"ヒュドラの毒"。

故に今ケイローンに最も効く毒はヒュドラの毒他ならない。

そして武器として何よりも毒を使用する赤のアサシン_セミラミスとは何よりも相性が悪かった。

 

「折角だ。貴様は至高の毒を持って終わらせてやろう」

 

動けずに蹲るケイローンを見下ろしたセミラミスはゆったりと手を持上げる。

セミラミスは暗殺者として召喚されて起きながらキャスターとしての適性も所持していた。

故に彼女が奮うは神代の魔術だ。

 

「さあ見せてみよティアマト神の魔獣バシュム。その残忍さをなぁ」

 

巨大な魔法陣より魔獣が這いずり出てくる。

ヒュドラ以上の毒の牙、吐いた息は即死に導く大毒蛇。

ティアマト神の魔獣・バシュムだ。

残忍なその生き物までもをこの宝具は召喚可能にした。

しかしケイローンは弓を構えることなく体を持ち上げられずにいる。

バシュムは恐ろしく、ヒュドラ以上の毒を持つことも変わらない。

しかしケイローンはそれが分かっていながら体を動かす事が容易ではなかった。

 

「行け、バシュムよ」

 

大毒蛇が床を這う。

真っ直ぐにケイローンを呑み込まんばかりに大口を開けたその息をケイローンはその身に受けた。

皮膚が爛れ、腐る。

粘膜という粘膜に刺すような痛みが走る。

劈くようなケイローンの悲鳴もセミラミスは鼻で笑ったのみである。

 

けれどバシュムの口にケイローンが呑み込まれる前、ケイローンはその膝を伸ばし毒に侵された体を持ち上げたのだ。

 

「__!」

 

立ち上がりそのすぐ後にバシュムに呑み込まれたその姿はセミラミスからは見えない。

けれでセミラミスは立ち上がったケイローンの姿に悪寒を感じた。

それは直感に等しい生命の危機であったが_彼女はそのスキルを所持していないがためにただならぬ不安を覚えたのみであった。

故にセミラミスはケイローンを呑み込んだバシュムをただ見つめるだけであった。

次第にその腹が蠢く。

人が溶け存在も許されないバシュムの腹の中でたしかにケイローンが動いたのだ。

 

「う、お、お、おおお!!」

「腹を…!」

 

バシュムの腹が裂ける。

飛び散ったのはバシュムの血かケイローンの肉か。

けれどただ肉が溶けたその身でケイローンは真っ直ぐにセミラミスの座る玉座へと地を蹴り弓を向けた。

 

この時セミラミスがとった行動とは玉座から降りることであった。

自ら降りたのではない、ケイローンに圧されてその視界から逃げたのだ。

それはセミラミスにとっての何よりも遺憾であった。

自身を玉座から下ろした男を何としてでも殺すべきだと思ったのだ。

そうでなければ"皇帝"としての彼女が死ぬ事になるからだ。

だがそれは無意味だった。

振り返った先にある玉座にはケイローン"であった"者があるのみだ。

その体は毒に蝕まれ、細胞は破壊され、血管からは毒とも血とも判別つかない液体が流れているのみだ。

セミラミスがケイローンを確かに殺そうした時ケイローンは既に息絶えたも同然であったからだ。

その体の一端が霊子へと解けていく。

だがケイローンは先程立ち上がった時と何も変わらぬように腕を掲げた。

血が流れ、肉が腐ったその肉体は空を指し示す。

 

"セミラミスの真上に空いた天井の穴を"。

 

ケイローンはこの玉座の間に天井を突き破り入ってきた。

ならばその時空いた穴は今セミラミスの真上にあり、夜空に輝く星々が見えた。

空に輝く射手座がケイローンであり、そして彼が常に矢を構えているというのなら。

星の輝く夜に1度だけ放つ事のできるケイローンの宝具。

予備動作も詠唱も必要のない一撃必殺の一矢であった。

ケイローンの体がたとえ消えようともそれは間違う事などなく的を射抜くだろう。

まさに__

 

"我が矢は既に放たれた"(アンタレス・スナイプ)

 

__その心臓を貫く為に。

 

流星が落ちた。

それが星であったのか、その判断はセミラミスに許されない。

撃ち抜かれたその霊格はセミラミスが気付くことも出来ないままにその存在を消滅させた。

 

「……さて、私も少し無理をしました」

 

誰に言うでもなくケイローンは独り言ちる。

そう、彼は無理をした。

元より相性は最悪で、勝てる可能性は下手したらアキレウスを相手にした方が高かったかもしれない。

それでもケイローンのやるべき事はセミラミスを倒す事であったのだから、彼はそれを行った迄だ。

深く息をつく。

毒に麻痺した肉体は痛みも麻痺しているらしい。

自身の死に実感を抱かぬままケイローンは小さく笑う。

あの時バシュムを前に立ち上がったのはただの"気合"であった。

気合のみで動く事はケイローンの伝承にはなく不向きであったがそれでもあの時そう動いたという事実は変わらず__彼が影響を受けたという証明となった。

 

「バーサーカー…感情の向くままに戦うのは貴方の方が上手い……」

 

その生き様が自身にも移ったというのなら、それ程までの想いを抱く彼女が最期にこそ想いを隠すことなく伝えられる様にと願うのだ。

 

 

決着は一瞬であった。

元よりお互いかなり消耗した後だった。

お互いの手数が数を重ねない内に決着が着くことは誰に言われるまでもなく双方理解していた。

易々と弾き飛ばされたその槍が遠く地面に突き刺さり、霊子となって消えていく。

地に押し倒されその首には槍が当てられていた。

押し倒された女_バーサーカーは死を目前にして穏やかに息を吸った。

腹の穴によりそれが妨げられ咳が一つ零された。

女は静かに瞼を下ろす。

何も語るつもりも無いと言い出しかねないその表情を男は槍を振り下ろすことせずに馬乗りになったまま見つめた。

 

「なぜ宝具を撃たなかった」

「そのような魔力など、」

「いや。お前はマスターから令呪を受けたはずだ。1度であるならば放つ事が出来ただろう」

「…かもしれんな」

 

下ろしていた瞼を持ち上げる。

その目は色を変えることもなく真っ直ぐに男を見上げていた。

女は口角を薄らと揺らす。

地に落としたまま抑えられていなかった片手を持ち上げて男の頬に触れた。

極力触れないようにとしているかのような羽根で肌を撫ぜるような触れ方であった。

目を眇めて小さく口を開く。

死を前にした女の口からは苦しげでありながら穏やかな声が落ちる。

 

「確かに、この距離であれば外さんだろうな」

 

カルナはその言葉を聞きながらもバーサーカーから距離をとる様子はなかった。

撫でられている頬を目を閉じて受け入れていた。

その様子に女は尚のこと目を眇める。

愛おしいものを見るような、痛ましいものを見るような目を細めて隠したのだ。

頬を撫でるために持ち上げていた腕から力を抜く。

だらりと地面に倒れたその腕はいつになく無気力で、命の終わりを連想させる。

 

「黒のサーヴァントとしてお前の前に立ちはだかったが殺したい訳ではなかった。私は…お前と私の願い、そのどちらが優先されるべきかをハッキリと示したかっただけなんだ」

「不器用だな、お前は」

「は、……ふふ。かもしれんな」

 

男は女に突き付けていた槍を持ち上げる。

両手で支えられ違えることなくその首を射抜くであろうその槍を女は目に焼き付ける様に見つめた。

 

「それならば俺の槍こそ不要だな」

 

ガンと重い武器の擦れる音を立てて槍が遠くへと投げられる。

投擲の構えも取らずに投げられたそれはそこまでと言う程には遠くに飛ばずに、けれどバーサーカーを殺すには難しい位置までに投げ出された。

そのカルナの行動にバーサーカーは絶句し瞠目してカルナを見上げた。

その目線を身に受けてなおカルナは滔々とバーサーカーを組み敷いたままに目線を合わせた。

 

「俺が聖杯にかける望みは延命だ」

「延命……?お前は天寿だったはずだ」

「お前の気遣いは不要だった」

 

目線を逸らす事は出来なかった。

真っ直ぐ見下ろしてくる男に言われた言葉がなんであれ女は逃れる事はせずに見上げる。

男は女の表情に揺らぎこそ無かったが、変わらず自身を見つめてくるその目に眉を寄せた。

 

「…いかんな。お前のマスターとの約束を違えることになるか」

「そうだな…。先の言葉であれば私の理解は追い付かん」

「そうか。なら言い換えるか」

 

女は男を見上げる。

その言葉が自身にとっていい事か悪い事かは分からなかったが、愛しいと思う男が口下手ながらにも正しく伝えようと言葉を探す様を見守るつもりであった。

槍は既に放り投げられたとしても状況は変わらず女が床に倒れその上に男がいる。

形勢は後手に回り、ここから勝つのは壊滅的な状態であった。

だがそれでも構わないとバーサーカーは心の奥底で思った。

確かにバーサーカーとしてであれば倒すべきだが、バーサーカーは既にカルナへと攻撃を加えられるとは思わなかった。

槍を弾かれた時点でバーサーカーは死んだ。

既に黒のバーサーカーは敗北したのだ。

故に今まだ生きているのはカルナが_男が女を望んだからに他ならなかった。

ならば自身を訳あって生かした男に応えるべきだと思ったのだ。

バーサーカーはカルナの言葉を待つ。

それがどんなものであろうとそう望まれたのだと目を逸らす事はしなかった。

 

「俺はお前の死を看取りたい」

「そうか。なら今__」

「聞け。お前のマスターは俺にお前と話すように言った。ならば誤解ひとつも許されまい。……いや、これも違うな」

「…待とう。マスターの望みだ。お前の興が乗り続けている間は私はお前の言葉をいくつでも時間をかけて聞こう」

 

バーサーカーは不器用であったが、カルナも不器用であった。

この2人は言葉を不得意とし、自身が口下手だと理解しながらもただ一人の人間に懇願された為にお互いに敵を前にした者とは思えぬ程の時間を掛けて言葉を探すのだ。

 

「今、言葉を交わせられる距離にあるならば伝えるべきだろう。俺はお前を看取る為に聖杯に生前の命を延命してもらうつもりだ」

「なら今私を殺しその様を見届ければいいのでは無いのか」

「好いた女を自ら殺そう等思うはずがない」

「すっ…!?」

 

女は目を大きく開く。

どれだけ視界を広げようと映り込む男は真っ直ぐ自身を見下ろしていて女は戸惑った。

女は男に好かれていないと思っている。

そんな相手から場違いにも言われた好意を表す言葉に平静は遠くへと吹き飛んだのだ。

 

「俺はお前に生前から幾度となく与えられて来た。愛情、安寧、子孫、加護…俺の死に至るまで全てだ」

 

だが男は変わらずに言葉を並べる。

 

「そして俺は"施しの英雄"と言う名を持つにも関わらずお前から沢山のものを取り上げたのだろう。俺と共に居ない方がお前は幸せになれた」

「それは違う。私にはお前しか居なかった。お前以外は考えられん」

「……そうか」

 

女の咄嗟に口をついて出た言葉に男は小さく笑みを作る。

むずがるように口端を噛み締めるものだから女は見てはいけないものを見ているような気持ちになった。

 

「……奪ったのは私だ。お前が本来得るはずだった順当で穏やかな恋心も父を想うが故の気高さも……神としての生も。紛うことなき私がお前から奪い取った物だ」

「俺から差し出した」

「頼まれれば必ず差し出すと分かっていながらやったのだ。剥奪でしかない」

 

終ぞ女は瞼を下ろした。

その視界から男を消すようにきつく閉められた瞳の端から一筋雫が伝う。

瞳を閉じるだけでは抑えが効かぬのか両手で顔を覆い隠し顔の向きすら背けてしまった。

 

「私こそお前の優しさに誰よりも付け込みお前の気高さを踏み躙った女だ。そんな女はもう見ないでくれ。死んで尚お前が私に気をかける必要は無い。私は生前から幾度となくお前を奪って来たんだ」

 

これこそが女の全てであった。

男に恋をし、正当に生きて欲しいと願う。

だが願えば願う程男が救われれば救われる程女は『自分の願いのせいで男がそうせざるを得なくなっている』と思ってしまう様になった。

どうしようもなく自身の行いが憎らしく思えるようになったのだ。

故に女は聖杯に願う。

男の抱いた『悔い』が無くなればこそ女はやっと胸を張り『男の為に在れた』と言えるようになる。

ただそれだけを。

 

「お前は優しい。だが私の優しさはお前と違い打算的で無気力な物だ」

「………」

 

だがその願いの根幹にあった想いが今表面化していた。

それが『恋情』だ。

男の為に在れたと胸を張る_そうして男の傍に立つ資格を。

女にとってこれらの行いは全て男の傍に居たいが為の努力でしかなかったのだ。

結局自身の欲を優先している有様になったがそんな自分も女はすんなり受け入れていた。

どうして卑しい等と自己嫌悪が出来ようか。

それこそが自身であり、それが無ければ自身では無いからだ。

だからこそ女は男の傍に居たいと願う。

そして今度こそ、男の世界に入り込んだりせずに部外者として見守ると想うのだ。

 

「カルナ。頼む__、」

「いや。それは聞けん」

 

女の視界を覆う手を持ち上げられる。

無気力に添えられていただけの手は簡単に持ち上げられ、男の表情をまた見上げる形となった。

男は女の手を掴む。

その顔が再び隠されないようと。

 

「俺は言葉に疎い。故になんと言えばいいのかは分からんが、俺はお前を好ましいと思っている。共に在りたいと思っている」

「____…。ま、待て」

「待てばお前は俺の手の届かない所に行くつもりだ。なら俺は待たん」

「そっ!そのつもりであっただけだ!落ち着け、私も落ち着く!」

 

女は小さく息を吸う。

喉が震えて随分弱々しい声が出たが、それは期待に打ち震えた胸を押し殺す様だ。

 

「カルナは私の死を看取りたいと思い、そして私の傍に在りたいと…?」

「難しい事だろう」

「何故だ。簡単な事ではないか」

「俺は強欲にもお前からの好意を望んでいる」

「こ……」

 

女は未だ好意を向けられる事に不馴れであった。

視線を無意味に落ち着きなく彷徨わせ、そして意を決したように男を見上げた。

 

「お前は何故私を看取るまでの延命を望む」

 

そうだ。

女はそれが一番の疑問であった。

男から好意を向けられていると理解して、そうなれば女にとっての1番の疑問は男が憎んでいる訳でもない自身の死に様を何故望むのかと言った疑問であった。

そんな女の疑問を聞いた男は数秒言葉を探す様に目線を揺らして口を開いた。

 

「遺される者は"哀しい"だろう」

「!」

「俺はそれを知らん。最期でもお前に愛されて終えたからだ」

「迷惑だったか」

「お前が"哀しい"思いをしたのなら迷惑だ」

「私は、そんな…」

「もしそうならそれを代わってやりたいと思った。だが今、俺の前にはお前が居よう。ならば俺が願うべきはここに居ないお前に宛てた物ではない」

 

口下手だとは思えぬ程にすらすらと口から溢れ出る言葉はバーサーカーに真っ直ぐに伝わった。

 

「いつか近いうちに俺やお前が消える時がある。その時に看取る、看取られるでは無く共に消えたいと願っている」

 

女は再び瞠目した。

自身の知り得る男は死に際の理想を1度も語った事がなかったからだ。

その男の口から共に死ぬ_心中への願望が紡がれるとは思っていなかったからだ。

いや、それ以前に男の聖杯にかける願望は自身を想うが故の言葉だったのだ。

女は眉を寄せた。

怒ったような泣きそうな顔で男を見上げた。

 

「私の全てはお前の物だ」

「…それは」

 

女の言葉に男は顔を顰める。

望んだものでは無いとありありと伝えるその表情に女は組み敷かれる体を起こし男の肩口に頭を埋めた。

 

「初めから、この心に至る全てがだ」

「!」

 

霊基が壊れ掛けた故に自覚した恋情を女は思い返した。

それこそ始まりの気持ちであり、女の行動全てにおいて元となったものだった。

 

「私はお前が好きだ。…浅ましくも、女として」

 

隠していたつもりはなかった。

だが今男が言葉を尽くしたのなら自身も慣れぬ言葉を尽くすべきだと考えたのだ。

 

「先の看取ると言う願いは…私は拒絶していただろう」

「そうだろうな」

「だが今の私はその言葉よりの賞賛はない」

 

訥々と女は言葉を探し紡ぐ。

 

「私の願いはお前の受け入れられる世界だ。

だが___」

 

肩口に埋めていた頭を持ち上げて男の顔を見上げる。

女自身がどんな顔をしていたのかは自覚の無いままに胸に渦巻いた感情がホロリと溢れるように言った。

 

「真に願う想いはいついかなる時でも、ただカルナの傍に在りたいと言う子供のような我儘だ」

 

男の手がその頬を撫でた。

それでありながらも胸をつく想いが溢れんばかりだと言うように男は女を胸の内に抱き寄せた。

 

「それは俺自身が一番に欲しているものだ」

 

二人の死した後にまで続く誤解は今やっと解けたのだ。

 

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