Fate/Apocrypha 英雄カルナの妻   作:星空 柚木

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第二十二話

互いの生前から続いた誤解は今やっと解けた。

思いの丈を零す様な抱擁をバーサーカーも黙って受け入れた。

だがカルナは直ぐに身を離す。

穏やかな日向を思わせる雰囲気も一瞬にして霧散した。

バーサーカーも倣うように立ち上がりカルナへと言った。

 

「私は天草四郎を止めなければならない。彼奴の願望はお前の愛した世界を壊すものだからだ」

「そうか。俺も共に行こう」

「赤のサーヴァントとしてか?」

「いや。既に先程から魔力の供給のラインが途絶えている。俺は赤の陣営に切り捨てられた様だ」

「…それは、」

「お前と同じいずれ消える身だ。ならば残りの時間全てお前に捧げたい」

「感謝する。何よりも心強い」

 

カルナの言葉にバーサーカーは笑みを浮かべた。

けれど直ぐにそれを消し崩れ始めた空中庭園を注視した。

 

「…空中庭園が崩れ出した。アーチャーがそちらのアサシンを倒した様だ」

「その様だな。この城は長く持たんぞ」

「急ごう」

 

カルナがその言葉に頷く。

そして同時に地を蹴った。

 

崩れ始めたばかりの段階で空中庭園はまだ聖杯の置かれる核の部屋への崩壊には至っていない。

時間の問題だろうがと考えながら聖杯の魔力を感じる聖堂の扉を目指した。

けれどやっと見えたその扉を前にバーサーカーとカルナは足を止めた。

止めざるを得なかった。

二人共並び槍を構えてその聖堂の前に立つ一騎のサーヴァントを見つめた。

 

「よォ、バーサーカー。やっぱり生きてたか」

「悪いが、救われた恩は返さんぞ」

 

その言葉に傷だらけになった男は笑った。

 

「__アキレウス」

 

呼ばれた男は喉を鳴らした。

体には幾つもの矢が突き刺さり、その矢からは特異な魔力を感じさせた。

 

「神性の籠った矢を受けたか。お前が万全であったとしても消滅は免れんな」

「赤のアーチャーか」

「だろうな。平静には程遠い様子だった」

 

アキレウスは目の前で交わされる本来なら敵同士の関係にある二人の言葉を黙って聞いていた。

以前この二人が揃った際の会話はもっと物々しかった。

だが今はまるで味方に情報を伝えるような口頭にアキレウスは息を吐いた。

 

「アンタらは手を組んだか」

「いいや違う。マスターが俺を切り捨てた」

「マスターがか?」

「妻と話す機会を得た際には既にラインは切られていた」

 

その言葉にアキレウスはああと声を零した。

カルナはバーサーカーが妻であったとは口にしたがバーサーカーを妻と呼ぶことは無かった。

それが今やっと妻と呼んだのだ。

それだけだったがアキレウスはこの二人の間にあったズレは無くなったのだと理解した。

アキレウスはもしここにバーサーカーが訪れた時彼女が独りで自身の前に立つのならこの手で今度こそトドメを刺してやると決めていた。

彼女の在り方は美しい。

ならばその美しさが無情に打ちのめされる様を見たくは無かった。

故にもしバーサーカーが此処に一人で現れたのならアキレウスはその最期を自身が貰うと決めていたのだ。

けれどその必要は無い。

今バーサーカーの隣にはその夫が並び立ち自身から彼女を護るように夫が自身を見据えていたからだ。

 

「なるほどな、いや失敬。手を組んだとは違うみたいだ」

「ああ。俺は見返りなどなく妻の側につこう」

「アンタもそういう事考えんだな」

 

アキレウスが槍を構える。

その槍はバーサーカーの腹を穿ったものだ。

 

「まあ何にせよ俺は嫌いじゃないぜ」

 

静かに穏やかに告げられた言葉には和解の隙が無かった。

 

「…この扉の見張りか」

「ああ。マスターにな。何人も通すなと」

「そうか」

 

矛先を向けるアキレウスにバーサーカーも槍を構える。

退いてくれないのならば退かすしかない。

息を詰めてアキレウスと双方に槍を向け合う。

その間をカルナが遮るように入った。

 

「戦うべき相手を違えるな」

 

アキレウスを見つめたカルナがそう言った。

それはアキレウスへの言葉ではなくその背の後ろにいたバーサーカーに対してであった。

バーサーカーは少し目を瞬かせた後に構えを解いた。

足を踏み出しカルナの横を通り過ぎる。

その先にいるアキレウスの横も無言で通り過ぎた。

アキレウスは槍を構えたまま何人も通すなと言われた戸を潜るバーサーカーを横目に眺めた。

 

「いいのか」

 

アキレウスは不意に自覚の無いままその言葉を口にした。

カルナは眉を持ち上げ、バーサーカーはピタリと動きを止めた。

だがその言葉に双方答えることは無くカルナは槍を構えた。

 

「カルナ」

「なんだ」

 

アキレウスの言葉に答えることは無い。

その答えが出ていないのか、それとも出ていて尚自身の中に呑み込んでいるのか。

ただバーサーカーは体の向きを変えることはなく首だけ捻ってカルナを見た。

 

「悔いが残らない方を選べ」

 

それだけ言って再び歩みを進めた。

次第に足早に駆けて行ったその足音を聞きながらアキレウスは呟いた。

 

「悔いを残さない、か。難儀な事を言うものだな」

 

チャリ、とカルナの持ち上げた槍が金属音を立てる。

 

「悔いは欲あって成り立つ。妻曰く人とは欲の化身らしい。後悔とはもっとも人間らしいものなのだろうな」

 

真っ直ぐ迷いなくアキレウスを睨み付けたカルナはその口角を薄らと上げた。

 

「故に俺は欲を抱こう。だが悔いは残さん。お前をここで倒し俺は妻の元へと行くからだ」

 

アキレウスは以前カルナと戦う事があればどちらかの死を持って終える戦争になると答えた。

そして今お互いに槍を向け合い敵対していた。

ならばカルナの言葉こそアキレウスへの宣戦布告に他ならなかった。

双方かなりのダメージを負っていた。

戦えばそれこそそう遠くない内にどちらかが死ぬ。

 

「アンタら夫婦はそうあるべきだ」

「ふ、感謝する」

 

崩壊を続ける城での戦闘。

双方にとっての本来の敵であったバーサーカーを二人して見逃し味方同士で矛を向け合う。

もはや戦う意味は無かったが、カルナには戦う理由があった。

赤の陣営最後の二機が今、ぶつかる。

 

 

聖堂の奥には半壊した大聖杯があった。

願いを聞き届けた大聖杯は起動して時間がかかろうと魂の物質化を行うだろう。

その大聖杯の元で生き長らえたホムンクルスが全てを捨てた戦士の肉体に剣を突き刺した。

天草四郎の体から引き抜かれた剣は栓の役割を熟さずに大聖杯の元を赤く染めた。

その身体がぐらりと傾き床に倒れる。

ホムンクルスが英雄を殺したのだ。

 

「__マスター!」

 

ホムンクルスのサーヴァント_アストルフォが歓喜か恐怖か泣きそうな声を上げた。

ホムンクルス_ジークは咳き込む。

そして血を吐き出して天草と同様に床へと倒れた。

気を失ったジークを必死に揺するアストルフォの元へとゆっくりであったが出せうる限りの駆け足で傍に寄った。

 

「落ち着け、魔術回路の酷使だ」

「バーサーカー!きみ……っ!君、無事だったのか!」

 

声を掛ければ振り向いたアストルフォは目を大きく見開き次に泣きそうに目を潤ませた。

口端を震わせて口角を上げたその表情にバーサーカーは頷きを返した。

横目でヒポグリフの傍にいるカウレスとジャンヌの依り代_レティシアを確認した。

 

「よく頑張ったな、ジーク」

「貴方、は…」

「後は代わろう」

 

薄らと目を開けて話す事もきついだろうにバーサーカーの名を呼ぶジークに応えるようにジークの前髪を撫でる。

 

「ライダー、間もなくこの庭園は壊れる。マスターとジーク、ルーラーの依代を連れて直ぐにこの庭園を出て欲しい」

「バーサーカー、君は…?」

 

その言葉に何も言わずにカウレスへと振り向く。

 

「此度の聖杯大戦、貴方がマスターで良かった!」

 

レティシアを抱えていたカウレスはグッと息を飲んだ。

そう離れていない距離に居る自身のサーヴァントは憑き物が落ちた様に、小振りでありながらも確かにそこにある花の様に、春にはしゃぐ少女の様に笑みを浮かべていたのだ。

 

「この聖杯は私が受け持つ。お前達の未来を護るのが私のすべき行いだからだ」

 

アストルフォが涙を流しながら笑みを浮かべる。

その腕に抱かれたジークも頬笑みを浮かべた。

 

「させる…ものか…!」

「お前の願いも間違って居なかった。故に双方の願いがぶつかり人類の未来を勝ち得た。身を引け、天草四郎時貞」

 

ボタボタと血を流しながら天草四郎は起き上がる。

バーサーカーへと刀を向けて吠えたその言葉を聞き数秒目を伏せた。

天草は骨を折られ、片腕を失い目を潰されたその肉体を引き摺って聖杯の前へと立ちふさがった。

バーサーカーは変わらず穏やかであった。

両手を広げまるで抱擁を授ける聖母が如き姿で笑みを浮かべた。

 

「礼を言う、カウレス!さぁ行くといい!」

 

ピイ!とヒポグリフが声高らかに鳴いた。

ジークを抱えたアストルフォが駆け寄り庭園を脱出する為にその背中に跨った。

カウレスはただ目を大きく見開いて目頭に力を入れた。

それでも溢れ出す雫が視界を曇らせてもカウレスは誇らしげに口角を上げた。

 

「__やっちまえ、バーサーカー!!」

 

ヒポグリフが空を飛ぶ。

どんどん小さくなって行くバーサーカーからカウレスは目を逸らさなかった。

例えそれが曇った視界で隠れてしまってもカウレスは変わらずに目頭に力を入れ続けた。

 

バーサーカーに戦う力はない。

けれどカウレスはもう何も不安を抱かなかった。

聖堂を飛び出したヒポグリフの横をすれ違ったかの大英雄の背を見て人類の勝利を理解したのだ。

 

天草四郎の刀がバーサーカーに振り下ろされる。

けれどバーサーカーは変わらず笑みを浮かべていた。

限定的な未来視も令呪によるバックアップも必要ない。

いつだって彼女を動かすものは"愛"であるからだ。

 

「____真の英雄は目で、殺す!」

 

神代の大英雄はそれに応える。

それは義務で無く彼本人の意思によるものだ。

 

梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)!!」

 

崩れ始めている庭園には神代の英雄の宝具を耐える強度は無かった。

 

崩れた聖堂で立ち続けるその背がグラついて、それを夫が手を伸ばして支えた。

辺りは聖杯以外何も無く、ただ朽ちて行くだけの聖堂となっていた。

天草も消え、聖杯の前にただ2人取り残された神代の夫婦は顔を見合わせて同時に息をこぼすように笑った。

 

「お前も宝具を撃てるだけの魔力は有していたのか」

「何故あの時に撃たなかったと問うのは愚問だ」

「分かっている。そこまで幼くはなれんよ」

 

額をカルナの胸に擦り付け内緒話をする子供の様にバーサーカーは笑う。

カルナがその様を目を眇めて指の背でその頬を撫でた。

目を閉じその手を受け入れたバーサーカーは小さく深呼吸をして顔を持ち上げた。

 

「私の持つ宝具なら新たな世界を創ろうとしているこの大聖杯をも破壊できる」

「そうか」

「ああ」

 

天草四郎の願いを聞き届け稼働しだした聖杯は1つの世界に匹敵する。

けれどバーサーカーの宝具であれば壊すことは可能だった。

それ相応の"対価"を持って。

 

「……見届けて欲しい」

「ああ。言われずとも応えよう」

 

カルナは手を伸ばし腕の中にバーサーカーを掻き抱いた。

ほんの隙間も埋めるほどの抱擁であった。

その胸に抱かれバーサーカーは笑みと共に涙を零した。

幸福であるが故の涙をカルナは拭わずに同じように笑みを浮かべた。

 

その力を一度奮えば、人の身である女は瞬く間に破滅を迎えるだろう。

それは"バーサーカーの認識する世界"を破壊する神の権能。

バーサーカーが認識する限り逃れる事は不可能であり、この宝具はバーサーカーが自身を"破壊"する事により稼働する自爆宝具であった。

 

バーサーカーの世界は今、自身と目の前のサーヴァント、そしてその肩越しに見える聖杯だけで完結している。

 

詠唱は長くない。

だがゆったりと口を動かすバーサーカーはこの時間を噛み締めているように見えた。

 

 

 

 

 

 

"輪廻の巡りを私は追い越し、轍は既に此処にない"

 

その宝具は対界宝具だ。

生前に破壊神シヴァより授けられた世界を壊す力だ。

破壊と共に回生の力をも奮うシヴァ神の権能の一端はただ一人の男への愛を募らせた女の元に移っている。

 

"この身の愛は終焉を告げ、世界の明日を私は奪う"

 

神を殺し、されど途切れることの無い愛はいずれ世界を壊す力を手に入れた。

けれど生前1度もその力が奮われることは無かった。

世界を壊すは愛が故に、世界を壊さなかった事もまた愛が故に。

彼女は夫の愛した世界を愛したのだ。

 

"新たな結末に祝福を"

 

故に願う。

この破壊の先に夫が慈しむ者達への祝福を。

安寧を。

幸福を。

 

 

 

 

 

回生の神よ、死に随え(トリャンバカ・シャクティ)

 

 

 

発動した宝具はバーサーカーの身を間を置くことなく滅ぼした。

けれど確かに、バーサーカーはカルナの背へと手を回したのだ。

 

辺り一帯が破壊される。

聖杯は一片も姿を残さず破壊され尽くした。

その中髄にいたカルナとバーサーカーは、最早誰にも見つけられなかった。

 

 

 

 

 

一等大きな音を立てて先程まで居た空中庭園が崩れて行く。

カウレスは空を飛ぶ幻獣の背からその景色を眺めた。

朝日に照らされ崩れて行く空中庭園は何故だかとても美しく思えたのだ。

 

カウレスの横を1匹の鳩が横切った。

朝日に照らされその体はまるで黄金のように輝いて見えていた。

幻獣を追い越して、先を飛び去ったその鳥をカウレスは目を眇めて笑を零した。

 

黄金の鳥から抜け落ちた2枚の羽が空中で揺れて、重なって落ちていった。

 

 

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