Fate/Apocrypha 英雄カルナの妻 作:星空 柚木
「我らの領地を侵略しようとせん蛮族共をこの手で討ち果たす時だ」
ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアは自身のサーヴァントであるウラドの言葉を聞きながらバーサーカーの後ろ姿を見た。
バーサーカーにしてはありえないほど静かに、悠然と双眼で戦場を見下ろす彼女は牢に入れられる前に見て以来肉体的にも、精神的にもまるで変わりがなかった。
サーヴァントであるからそれは当然であったが、依然として扱いづらい駒であると認識してダーニックは腹の下で忌々しげに眉を寄せていた。
人一倍掛ける心意気が違う。
聖杯を手に入れるためならば彼は何だってした。
朽ちた肉体を捨てて、他人の魂と混ざり合い溶ける。
彼にとって、この途方もなく永い80年は苦痛と執念でなり得ていたのだ。
(我が運命はユグドミレニアと共にあり。私がユグドミレニアを滅ぼす時、私も共に滅ぼう)
滔々と至極当然であるかの如く口振りで言ったバーサーカーを彼は苦手だと思っている。
思考できるとはいえバーサーカー、それを得意には出来ない。
だがこのバーサーカーはダーニックがどれだけの言い回しを使おうとハッキリと、いっそう痛々しい程に要約を口にしてお前はこれがしたいのかと尋ねるのだ。
そして最後には決まって首を振る。
彼女の断固とした在り方をダーニックは望んでいないのだ。
だからこそダーニックは彼女に早く潰れてもらいたかった。
言葉では言い表せれない恐ろしいものが喉元に迫り来るような、そんな錯覚から逃れるために。
恥も外見もなく、慟哭がままに動いてしまう前に。
・
「一矢をもって戦況を激化させる!巻き込まれんようにしろ!」
ギリ、とバーサーカーの弓が引き絞られる。
風を切る音と共に矢が上がった。
「
だがその矢が落ちる前に空を埋め尽くすほどの光の矢がふりそそぐ。
バーサーカーはその矢を払い落としながら空中城塞を睨め付けた。
「偉大なるシヴァ神よ。貴殿の力の一端、ここに見せてみろ」
バーサーカーの打った矢が落ちる。
城塞を掠り、そのすぐ下の城塞から産み落とされる竜牙兵を貫いた。
次の瞬間大きな爆発が規模を増やすかの如く広がって行き、空中城塞に至る1歩手前_既存の竜牙兵全てを破壊し尽くした。
バーサーカーの使う武器_今は弓だが_これはシヴァ神から贈られた力そのものである。
シヴァ神は生前バーサーカーに形の無い力を与えたが、サーヴァントになった彼女はその力を最生かせる武器として手に持っている。
敵の魔力に反応をして力である破壊と回生を巻き起こす。
魔力を有して起きながらバーサーカーにとっては一撃で好きにできる竜牙兵相手ならば、数が揃えば先程のような大爆発も引き起こせるのだ。
倒した魔力で誘発して、それに巻き込まれた竜牙兵も魔力を生み出し爆発を膨張させる事が出来た。
ふわりとバーサーカーの身に覆うように魔力が吸い寄せられる。
女は生まれながらにして体が弱かった。
その空気が、食べ物が、生き物が女の体に合わなかったのだ。
そんな女を見兼ねて女の父である破壊神が彼女に加護を寄越したのだ。
正しく愛されているが故の加護をバーサーカーは所持していた。
永久的に体外からの魔力供給が可能。
体外の生命体から魔力を吸い取れるバーサーカーと辺り一体を破壊した後に草木を芽吹かす力のあるシヴァ神の力は相性が良かった。
「よかろう。で、あればバーサーカーよ。貴様の役割は露払いのみである」
「了解した、王よ」
横を馬で通り抜けるウラドとお互いの顔を見ずに言葉を交わす。
ウラドの背後をついていくホムンクルスまで見送って遠くに上がる戦火を見つめた。
・
「セイバー」
「バーサーカーか。今から戦場だと言うのに貴方は変わりないな」
「そうだろうか。この戦争でのお前の肉体について話すべきかと思ってな」
セイバーのそばに腰掛けたバーサーカーは近付いてくる空中城塞を見詰めた。
これはまだ戦争が始まる前の閑話休題でしかないが、バーサーカーもセイバーも様子はまるで変わらなかった。
元より彼らは戦争の為に呼び起こされた存在であり、戦う事に緊張は薄い。
「お前の身体は私の魔力によって編まれている、言わばマスターのいない状態だ。令呪のバックアップは期待出来ない」
「ああ。承知の上だ」
「魔力切れや負傷が酷くなると消滅するだろう。治すにはあのホムンクルスが必要になるが、そうまでするつもりは無い」
「ああ。彼を戦場に戻す気は無い」
その返事にバーサーカーは1度頷き、戦場と化すであろう大地を見下ろして言った。
「万全の状態であれば宝具一発ごときで消えないから安心してくれ。だが2発目はどうか…と言った感じだ。まあ、これも怪我を負わないでの計算だから良くて1発、そう覚えておけばいい」
・
バーサーカーと黒のセイバー_ジークフリートの感覚は薄からず共有が起きている。
バーサーカーの魔力供給によりジークフリートが動く限り形上"マスター"である彼女にはジークフリートの状態を探る能力があった。
勿論それらを戦場で使う余裕があるとは思えないが、味方の危機を間違える事なく察する事が出来るというのは彼女らの生前には無かった技術であり戦士としてこれ以上ないほど欲しいものでもあった。
「___来たか」
ピクリとバーサーカーが顔を上げる。
竜牙兵を変わらず産み落とし続ける空高くの空中城塞、その上から数個であるが圧倒的な存在感を放つものが降りてきている。
バーサーカーは弓兵でない故にどれが以前戦った騎兵かなど見分ける事は出来ないが_その内の一つを見て、ほんの少しだけ眉を寄せていた。
その様子を見ることが出来るマスター達でも気付かない様な_しかしただ1人カウレスのみは気がついたそれは苦悶と言うには迷う素振りが薄かった。
「来い、バーサーカー!俺は逃げも隠れもしない!」
赤のライダー_アキレウスの声が響く。
戦場であってもよく通るその声に応えるようにバーサーカーは弓を槍へと変えて魔力を込める。
魔力に反応した槍を起点に突風の様な爆風が吹き荒れ、遠くに見えるアキレウスが笑ったように見えた。
「決着と行こうじゃねぇか!」
グンと距離を詰めてくるその戦車は素早く、バーサーカーを地面を蹴って走り出す。
広大な場所に出れば、視界の端にウラドと自身の生前の夫が見えたがバーサーカーは気にする事はなくアキレウスへと槍を向けた。
彼は遠目で見た時と変わらず笑っている。
「お前との再戦を楽しみにしていた。その黒のひと房、どのように散るか見せてみろ!」
「ひと房ごときで首が取れるとでも?」
挑発したバーサーカーは結い上げた黒の髪束を揺らしてアキレウスへと向かう。
金属の触れ合って弾かれた音は初撃だ。
弾かれた槍の柄でアキレウスを払う様に揺らし、アキレウスはそれを片手で抑え込んで槍をバーサーカーの首へと向けた。
同じ様にアキレウスの槍を腕で払ったバーサーカーだが、その腕からはミシリと骨の折れる音がする。
バーサーカーの現在の筋力はCだ。
アキレウスの筋力がB+である以上、競り合いでは彼女の方がダメージを負う。
しかし彼女もアキレウス、ジークフリートと並び耐久Aランクでは無い。
彼女は頑丈さこそ人より少し秀でた程であったが、生前夫から贈られた髪飾りによって怪我を負っても瞬時に回復するのだ。
それは宝具として現在ジークフリートに使っていてもバーサーカーへの加護が失われる事は無い。
体の節が飛ぶような大怪我でなければ彼女の怪我は瞬時に回復する。
しかし痛みの鈍いバーサーカーと言えど大英雄の攻撃を素手で受け止めて痛みを感じないわけがない。
それでも平然としている胆力にアキレウスは獣のように喉を鳴らした。
「どうした。涎が溢れているぞ」
「これ程までに舌が潤う戦闘は久しぶりだ!」
「__ン、っく…!」
ドンッと脇腹を蹴りあげられて背後へと簡単に吹き飛ばされる。
地面に槍をさして体を地面へと下ろしたバーサーカーは間髪入れずに飛び掛ってきたアキレウスへと剣を振り下ろした。
「!」
瞼の下から頬の下へすっぱりと切られたアキレウスはいっそ愉しさを滲ませる目を開いた。
「目を狙ったが…避けたか、見事だ」
「弓と槍に続いて剣か。__面白いな、バーサーカー!一体どこまで俺を楽しませる!」
くるりと剣を持ち直したバーサーカーの背におい、と声が掛かる。
ピクリとその声に反応して反射のように振り向こうとしたバーサーカーはハッとして慌ててアキレウスの攻撃を捌いた。
その様子を声の主と対峙したウラド三世は喉を鳴らして笑った。
「妻と敵対して戦場で再会した気分はどのようなものだ?」
そう問われた赤のランサー_カルナはウラド三世へと構えを直して言った。
「なんてことは無い。これも巡り合わせというものだろう」
_こんな形であれ再会出来た事は嬉しく思うが。
そうは声に出さずに口の中で呟いたカルナに呑み込んだ言葉を知らないウラド三世は冷たい男だと蔑んだ。
・
不意に念話が途切れる。
マスター_カウレスからの念話はバーサーカーが返事を返していなくても変わらず繋がっている事を理解していたが、不意にノイズが混ざったように途切れ出したのだ。
「っ、マスター!」
念話を口にまで出して慌てるバーサーカーにアキレウスも一瞬こそ動きを止めた。
だが容赦もなく慈悲もなく変わらずに突撃を仕掛けてくるアキレウスにバーサーカーは先までの余裕を大きく欠いた様子で槍を乱雑に払った。
その様な乱雑な動きでアキレウスの槍を払い切れる訳はなく、先よりも治す怪我の量が増える。
「どうしたァ!動きが疎かだぜ!」
「く、そっ…!」
マスター達の身に何かあると言うなら、此度の召喚でマスターの無事を約束したバーサーカーは駆け付けたいと思う。
しかしアキレウスからの攻撃は止む様子がない。
《バーサーカー。マスター達の念話がおかしいです。様子を見てきていただけませんか》
《アーチャーか。そうしたいのは山々だが、お前の弟子が離してくれなくてな》
《なるほど。アキレウスは私が引き受けます。頼めますか》
《頼まれた》
「おい!待て!」
アキレウスの攻防の一瞬の隙をついてバーサーカーは背を向けて走り出す。
敏速がDの彼女は敏速A+のアキレウスならば簡単に追い付けるが、それは拒まれる。
バーサーカーとは真逆の森の方から矢が飛んできたのだ。
自身の頬を削ったその矢には見覚えがある。
バーサーカーを追うにしても黒のアーチャーの矢が明らかに自身を妨害しようと_されど無視出来ないほどに嫌らしい所を狙って来ていた。
チッと舌打ちを零して黒のアーチャーの元へと誘われてやる。
これこそがバーサーカー_好敵手とは別で厄介な相手との再会となる事をアキレウスはこの後すぐに理解した。
・
「___そこか」
森の中で爆発が起こる。
マスター達の念話の妨害について探っていたバーサーカーは城のそばにいた竜牙兵を視界に入れた。
逃げようとする竜牙兵へと手にしていた剣を投げ付け、爆発を起こす。
けれども未だに念話が途切れる様子にバーサーカーは剣を持ち直しながら辺りを見回す。
「
「!」
金属音を鳴らして死角から遅い来る黒鍵を払う。
払った黒鍵は空中で向きを変えて再びバーサーカーへと向かい来た。
追尾型と冷静に判断したバーサーカーは剣を横凪に遅い来る三本の黒鍵をまとめて地面へと叩き付けて破壊した。
その様子を眺めていたシロウは手を叩いて微笑んだ。
「流石ですね。バーサーカーらしい荒々しさです」
「神父…?赤のマスターか。1人でこんな所まで、よく来れたな」
「今回はバーサーカー…貴方にこちら側に着いていただけないかと思いまして。交渉に参りました」
じとりとしたバーサーカーの目線にも堪えた様子はなく赤のマスター_シロウ・コトミネは笑った。