【完結】いくら望まれたとしても、私はまどかに恋をしない   作:曇天紫苑

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01 出会い

 

「暁海ほむらです」

 

 慣れた調子で転校生として迎えられた私達は、先生の隣で並んでいた。

 こうして転校初日にクラスメイトへ名乗るのは、昔はかなり緊張したけれど、今は何とも思わない。ただ、いつもと違うのが隣にもう一人いる事だ。

 

「暁海焔です」

 

 すぐ横で名乗った男の声が、強い違和感となっていた。

 

 先生が私達を双子として紹介している。

 厳密には私の方が姉で、彼が弟になるそうだ。『ほむら』と『焔』で分けられていても、どちらを呼ばれているのかが分かりにくく、不便だった。

 

 ともかく、教室に座るクラスメイトの大半の視線がこちらに集中している。明らかに私達を見比べている人も多かった。名前も顔もよく知っているけれど、性格までよく知っている人はさほどいない。

 上条恭介もなぜか怪我一つ無く教室に居る。それは少し不思議だけど、もう一人よりは見慣れた光景だ。

 

 この場にはいる筈がない者が一人。なぜか、佐倉杏子が制服姿で座っている。

 魔力で強化した目でよく見れば、ソウルジェムを身に着けているのが分かった。

 ちらと横目で伺うと、焔が頷いた。何を考えているのかは簡単に分かる。「なぜ彼女がここに」だ。

 これも、『暁美ほむら』が二人居るのと同じ様なこの時間軸の変化した部分なのだろうか。私の知っている佐倉杏子なら問題ないが、辿ってきた人生が違えば色々な部分に違いがあるだろう。協力関係を構築できるかは未知数だ。

 

 でも、今見るべき人は彼女じゃない。

 

 

 私達の姿を捉える視線。その中の一人に、まどかが居る。

 どこか明るい面持ちで私達を迎え入れる彼女も、視線は私と隣の男を行ったり来たりしている。

 

 まどかは教室の中で普通に座って、ごく当たり前のように生きていた。

 彼女が生きてここに居る、これより重要な事はない。

 これほど違いのある世界だから、まどかがクラスメイトではない危惧さえもあったが、幸いな事に変化はなかった。雰囲気も視線も仕草も、私の知ってる彼女そのものだ。

 姿を見るだけで胸の奥がキュゥと絞められるような気持ちになった。今回こそ、絶対に死なせない。絶対に守るんだと強く強く心に焼き付け直す。

 

 見つめ返したからか、まどかは目を逸らした。怖がらせてしまったかもしれない。

 こみ上げてくる罪悪感を振り切って一礼し、案内された席へ腰掛けた。隣には男の私、焔がいて、同時かつ全く同じ動作を取っていた。

 慣れた通りにホームルームが終わり、授業が始まる。

 いつも通りの流れに、心の中だけで安堵の息を吐いた。何もかもが違ったら、どう動けば良いのかが分からなくなってしまうから。

 

 隣に居る男も同じ考えかもしれないが、私達は目を合わせる事も無く、ちらとまどかの姿を確認する。

 彼女もまた私達を気にしていて、また目が合う。今度は逸らされる事はなく、柔和な笑みで手を小さく振ってくれた。

 舞い上がるくらいに嬉しくて、幸せで、気を抜けば私も手を振ってしまいそう。

 まどかが初対面の私達に見せてくれた温かさに、強く深く感謝した。

 

 ひとまず、転校の挨拶は無事に過ぎた。

 この時間軸には不安を覚えていたものの、教科書を取り出すまどかの生ある振る舞いに、ほんの少しだけ胸をなで下ろした。

 

 そう、病室で最初に彼の姿を見た時から、この世界は奇妙だった。

 

 

 

 

 

 

 見慣れた病室の天井を見上げ、私は意識を取り戻す。

 まどかを救う。それだけの為の時間旅行。これが幾度目だったかはもう覚えていない。数えていたらきっと心が折れてしまうから。

 そんな事よりも今回こそはまどかを守らなきゃいけない。ワルプルギスの夜はやはり強大な存在だけれど、負ける訳にはいかないのだ。当然、インキュベーターとの接触も妨害しなければならない。

 

 最初から決意は確固としてある。

 それを改めて磨き、いつもの様に身を起こす。

 

 隣にベッドがあり、見知った顔の持ち主が私と同じように上半身を起こして、こちらを凝視していた。

 

「えっ」

「え?」

 

 声が揃って困惑を表す。

 この部屋は個室だったはずだ。

 

「……え?」

「……え?」

 

 何とか落ち着いて確かめると、そこに居るのは私だった。これは鏡じゃない。

 

 顔は、私によく似ていた。かけている眼鏡もまったく同じデザインだ。年齢も私と同じくらいだろう。

 けれど、ほんの少しだけ雰囲気が違う。よく見ると肩から顔にかけての形も微かな誤差が感じられ、見える限りの上半身が私より心なしか大きい。

 何より髪型が違うのは明らかだった。私とは違って、美樹さやかよりも短いのだ。

 

「あなたは?」

「君は?」

 

 ほとんど同時に互いへ問いかけ、どちらともなく口を閉ざす。

 声に聞き覚えはないが、高めの落ち着いた男の子のそれだ。

 

 そう、見たところ、隣のベッドに居るのは男性。

 突然現れた同室の異性、それも私と姿がほとんど同じ。一体、どういう事だろうか。

 ひょっとすると、この時間軸の私には兄弟がいたのかもしれない。でも、それなら私の存在に疑問を持つ筈がない。

 

 私達は一切視線を逸らさなかった。

 先に沈黙を破ったのは、彼の方だ。

 

「あの、すいません」

「いいえ。ところでその……あなたは、私の同室の方?」

「……」

 

 黙りこくった彼の反応に、あまり良い質問ではなかったと悔いた。

 彼が以前から同室だった入院患者なら、こんな事を聞くのは記憶の欠落を疑われかねない。

「実は、分からない」

 

 だからこそ、その返答は意外だった。

 

「えっ」

「分からないんだ。君もそうか? ここは僕の個室だった筈だ」

「……私もよ。この病室が私の部屋だった筈なのに」

 

 私の返事でまた言葉が途切れ、彼の存在をしばらく見極めようと見つめ続けた。

 まったく知らない人物。こんな人は記憶のどこを探ってもいなかった。

 

「あなたの名前を、聞いてもいいかしら」

 

 試しに話を振ると、彼は目を細めた。

 

「僕は暁美ほむら。そっちは……さっきの言葉を聞く限り、妹とか、じゃないんだな?」

「私も暁美ほむらよ。あなたこそ私の兄弟ではないようね」

 

 その答えに彼は何やら考え込んだ。きっと私も同じような顔をしているに違いない。

 名前が同じで、兄でも弟でも姉でも妹でもない。

 何より、お互いの事を知らない。なのに同じ病室で隣り合って過ごしている。信じがたい可能性だけれど、私の中に一つだけ、それらしき答えが浮かんでくる。

 

「……未来から魔法で来た、のか?」

「っ」

 

 先に問いかけてきたのは彼だ。

 目の前の私と同姓同名を名乗る男が、小難しい顔で首を傾けている。

 それを私に問いかけてくるという事が既に答えだ。魔法か何かを受けた可能性も視野に入れたけれど、今のところ、それらしき現象は見て取れなかった。

 

「どうなんだ?」

 

 私が黙っている事に、男はやや冷たい声を浴びせてきた。

 いや、私も傍目から見ればこんな風なのだろう。警戒を一旦保留にし、彼に向かって小さく頷く。

 

「ええ、その通りよ」

「僕も同じだな」

 

 少しの間だけ口を閉じ、彼は言葉を続けた。

 

「……僕は、ワルプルギスの夜を越えて、まどかを魔法少女にさせない為に来た」

 

 私の姿をじっと見つめている。

 なんとなく、私の答えを待っているのだと分かった。

 

「私もそうよ。つまり、私達は同じ願い事を抱いているのね?」

「ああ、そういう事になる」

 

 彼はゆっくりと片手を見せてきた。そこにはソウルジェムがあり、確かな存在感を放っている。

 私もまた同じようにしてソウルジェムを見せると、彼は無言で目を瞑った。

 でも、なぜ男が魔法少女になっているのだろう。素直にそれを問うと、首を横に振った。

 

「分からない。インキュベーターも不思議そうにしていたよ」

「聞いた事もないわね」

「僕もだ」

 

 私達はどちらともなく変身した。

 私の方は見慣れた格好で、フリル付きのスカートと白い上着でその中は黒のシャツ、背中と襟元には紫のリボンだ。足はしっかりストッキングで覆われている。

 

「見ての通りだ」

 

 彼はほとんど無表情で頷いた。

 ただ、服装はまるで違う。

 着ているシャツは私と同じだけど、袖付きのコートを羽織っている。下は黒に四角の意匠を象ったズボンとロングブーツで肌を完全に隠して、日除けのない帽子を軽めに被っているのも印象的だ。全体的により細身に見える。

 色合いはほとんど同じだけど、全体的な格好はほとんど別物である。

 

「……こういう事かしら、あなたは男の暁美ほむらで、私が女の暁美ほむら。どちらもまどかを救いたくて契約して、同じ時間を繰り返している……」

「普通は信じられない事だ」

「ええ、私も信じられないわ」

 

 ほぼ同じタイミングで話しているからか、口にする言葉が返ってくるような錯覚がある。私も、まるで彼の発言をなぞっているかのようで、自分で喋っているような気がしなかった。

 

「だが、納得するしかないんじゃないか。僕も君も、なぜか同じ時間軸に来てしまった性別の違う同一人物。そうとしか言い様がない」

「……念のために一度確かめておきましょう」

 

 男の存在に警戒を残しつつも、部屋から一歩外に出た。

 すぐ隣にいる男も全く同じ動きで私と並び、部屋の前にあるプレートで自分達の名前を確認した。

 かつては一人分、『暁美ほむら』と明記されていたものが、確かに二人に増えていた。それも、名字が違う。片方は名前も。

 

「「暁海?」」

 

 顔を見合わせると、向こうが聞きたい内容は簡単に予想できた。

 

「……私はあかつきにうつくしいで暁美よ」

「僕も同じだ。この時間の僕は名字が違うのか。それに、僕の名前はひらがなのほむらで、漢字の焔ではない筈だが」

 

 ちょっとした違いだが、一文字違うだけで別人になってしまったような気がした。

 しかし、誤差だ。名前が確かに二人分ある以上、この世界では確かに私には兄弟がいる。そちらの方が遙かに強烈な事実だった。

 

 また同時に部屋へ戻り、同時に自分のベッドに腰掛けた。シーツに触れるタイミングまで同じだった。

 ベッドが二つあるのを除けば部屋の様子は変わらず、もう一人居るというのが嘘のようだ。

 

「どうやら、この時間軸は私自身が大きく乖離している様だわ」

「同感だ、僕が知ってる物とも違う」

「何か、この状況になった原因は分からないかしら」

「僕が聞きたいな。そちらには心当たりが一つもない?」

「一つもないわ」

 

 彼の声も、私の声も淡々としていた。

 この世界では恐らく家族だというのに、親しみの一つも感じない。逆に嫌悪感らしきものが沸々と湧き上がってくる。

 

「……」

 

 ただ、じっと、何も言わずに視線だけを交差させる。

 

 異性と見つめ合うなんて経験はまず無かったけれど、特別な感情はまるでない。

 ただ、彼はまどかを助ける為に役立つのだろうか、という打算は確かに働いている。

 仮に彼が私であるならば、信頼はできない。でも、目的だけは間違いなく一致する。

 

「確認させて。あなたは、まどかをどうしたいの?」

「救う。約束したんだ、絶対にまどかを守ってみせるって」

 

 重々しく断言すると、彼は鋭く冷たい瞳で睨み付けてきた。

 

「そちらは? 人に聞いたからには、答えられる筈だ」

「私も同じよ。当然でしょう」

 

 この現象が何なのかはまるで説明がつかない。

 まだ信じられていない自分がいて、目の前に居る男が魔女か何かによる悪戯ではないかと疑っていた。

 

 彼からは魔女の気配は感じない。まどかを想う表情は真に迫っていて、察しが悪い私でも、真剣さだけは確かに伝わった。

 私と同じ願いでここに居る、という意思は確かな物に思えた。

 

「そう」

「そうか」

「「なら」」

 

 ひょっとしたら、協力体制を築けるかもしれない。自分が二人居るだけでも、取れる手はかなり増えるだろう。

 だけど、私も、恐らくは彼もまだお互いの存在を信じる時間が足りなかった。

 

「……ひとまず、学校へ行きましょう」

「ああ、そうだな、うん」

 

 どこか気まずい空気の中で、私達はほとんど打ち解けずに頷き合った。

 なんて愛想の悪い男なんだろうか。話していて良い気は全くしなかった。

 

 それが、初日の彼の印象だ。

 もちろん、愛想が悪くて会話していても楽しくないのは私も同じなので、あまり人の事を非難できない。

 ただ、彼を見ていると他の誰に対しても感じないような嫌悪感が沸き立った。

 

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