【完結】いくら望まれたとしても、私はまどかに恋をしない 作:曇天紫苑
ワルプルギスの夜は訪れず、私達は惰性のようにまどかとの日常を過ごしていた。
「水着も揃えたし、後は海へ行くだけだね」
「うん。さやかちゃんと海って久しぶりだし、楽しみだなぁ……」
「かわいい事言ってくれちゃって。あたしの方こそ楽しみにしてるんだよ?」
五人で水着を買って、私達は帰路についている。空はほんのり曇っているが、十分に明るさは保っており、まどかの笑顔がよく見えた。
見慣れたお店だったが、実際に使ったのはこれが初。並んだマネキンやハンガーに掛かった水着をみんなで見て回り、全員で似合う物を話し合って決めた。
焔は不参加で、彼は別の日に自分の水着だけ買うそうだ。今日は一日家に居るのだろう。
「それにしても、この水着ちょっと派手だったかしら」
「いえいえ、マミさんなら少し大胆でも似合いますよ!」
やや慌てつつも、巴マミは微笑んだ。
「そ、そう? そう言って貰えると嬉しいわね。でも、美樹さんの水着だってイメージにぴったりだわ」
「……夏の女、という雰囲気ね」
「だな。さやかの水着はそういう感じだ。さやからしい」
「えっ、ん、ま、まあそうだけどね、あたしも良いなって思って買ったし……」
美樹さんは手に持った紙袋を持ち上げた。
肩紐が黄色で、胸元がオレンジのビキニ。加えて水にも入れるショートパンツ。どちらも元気の良い印象を与える色合いで、満場一致で美樹さんに相応しいと結論付けられた。
本人は派手ではないかと心配していた。確かに目立つ印象だけど、彼女が着れば間違いなく雰囲気と調和する筈だ。私を含めた周りからそう言われて、最終的には乗り気で買っていた。
「着るのが楽しみだね、ほむらちゃん」
「そうね、とても」
水着の入った紙袋は買った時に付いてきた物で、中にはまどかが美味しいと言ってプレゼントしてくれたお茶の葉の缶もある。
この水着は、まどかが選んでくれた物だ。
紫色でフリルが沢山のビキニ。似合うかどうかは不安要素が残るけれど、まどかが褒めてくれたのだ。信じておきたかった。
「本当に……早く、夏休みが来て欲しいわ」
私の呟きに杏子が身を揺らしながら頷いた。
「だよなー。勉強は疲れるんだよ」
「こーら、佐倉さんも頑張らないと赤点取っちゃうわよ? そうなったら私が責任を持って補修するわ。凄く厳しくやるから覚悟なさい」
「ちょ、なんでマミがやるんだよ!?」
慌てて逃げ腰になる杏子の姿に、巴マミもみんなも微笑んでいる。二人の仲は決して悪くなく、喧嘩も言い争いも起きなかった。
そう、今日は巴マミも一緒だ。最初に会った時から彼女は余裕のある雰囲気で迎え入れてくれて、欠片の敵意も向けられなかった。
「わたしも気をつけないと。本当に頑張らなきゃ危ないよね」
「そうだね。あたしも流石に危機感持つか……という訳で、勉強会でもする?」
「うん、良い考えだと思うわ。私の家を使ってくれて構わないわよ」
まどかと美樹さんに向かって、巴マミが指を一本立てた。
「いいんですかマミさん!」
「マミさん、ありがとうございます!」
「ううん、私も受験勉強しなきゃいけないから、誰かと一緒に勉強できるのはちょうど良いのよ」
腰に手を当てた巴マミの声音は優しく力強く、弱々しさはどこにもない。
そんな頼もしげな姿にまどかはより一層声を明るくして、今度は私に意識を傾けた。
「ほむらちゃんはどうする?」
「……必要そうね、行くわ」
「うん、ありがとう! そうだ。マミさん、ほむらちゃんが来るので、焔くんも呼んじゃっていいですか?」
「ええ、弟さんが良ければ一緒で構わないわよ」
「はいっ、ありがとうございます!」
それだけですっかり心配が無くなったというように、まどかは水着の入った紙袋をしっかり抱いた。
素敵な水着を買って、彼女は見るからに浮かれていた。
デザインはよく覚えている。赤いビキニを覆う薄い桃色の生地はフリルがかわいらしくて、彼女の柔らかなイメージをより強調するだろう。本人は自分には可愛すぎると謙遜していたが、そんな事はない。
そこまで考えて、思わず笑みがこみ上げた。
みんなで水着を買うという状況に浮かれて、杏子以外の四人が揃って自分では派手だと思う物を買っている。きっと、この時間が楽しくて仕方なかったんだ。
「……ほむらはこの間から付き合いが良くなったよな。ほら、一緒にクレープ食った日から」
「失礼ね、気のせいよ」
そう言いつつも、紙袋を深く握った。
杏子の指摘は確かだった。あの日以降、現れなかったワルプルギスの夜以降、より彼女達との距離は近づいていた。
魔法少女としてではなく、ただ普通の知人友人として付き合えていた。美樹さんとも前より会話があり、杏子はたまに焔を連れて家に上がり込んでくる時があるほどだ。
「でも、確かにほむらちゃん、結構みんなの前で笑うようになったよね」
「そ、そうかしら? まどかがそう言うのなら……そうかもね」
誤魔化すつもりだったけれど、まどかが嬉しそうだから認めてしまう。
「ほーんと、まどか大好きだよね、あんたって」
美樹さんはそんな私に目をこらしていた。
「それは……当たり前でしょう? 美樹さんだって、まどかの良い所は沢山知ってる筈よ」
「んー……いや、分からなくはないけど」
半ば同意を得られたと見て、私は深く頷いた。
慌てた声をあげたのはまどかだ。私達に向かって首を横に振ると、ちょっと大きな声を出す。
「え、ええっ、わたしってそんなに凄くないよ!? 勉強はほむらちゃんに教えて貰ってばっかりだし、運動もイマイチだもん」
「でも、鹿目さんは性格が凄くいいと思うわ。親しみがあって、誰とでも仲良くできそうだもの」
「マミさんまで……」
「鹿目さんはもっと胸を張って良いのよ。私が保証する」
巴マミは彼女の傍へ寄り、並び歩きながら口元を吊り上げた。
瞳に映った色合いは柔らかだった。彼女が本当はどんなに弱くて繊細な心の持ち主か知っているのに、この力強い笑みと瞳を見ていると頼りたくなってしまう。
今の巴マミは本当に安定感があって、それを目の前にしたまどかの面持ちは柔らかく崩れた。
「……はいっ」
まどかの答えはほんの小さな声だった。
頬は柔らかな赤みがさし、ゆるくも熱っぽい面持ちで目を閉じている。
そんな顔をされたら、しかめ面や無表情なんてできない。歯を食いしばってでも抑え込んだ時とは違って、今は遠慮せずに笑えた。
幸せで、得難く輝ける黄金のような日々だった。
けど、何一つも成し遂げないままに続く幸福はひどく不安で心許ない気分にさせて、輝きをくすませる。
明日には奴が襲来し、見滝原が壊滅するかもしれない。そう思うと眠れない日々が続いて、最近では交代で睡眠を取るようにしている。眠らなくても問題はないのだが、やや疲れた感覚は残ってしまった。
「マミは最近調子よさそうだよな? どうしたんだ?」
杏子の疑問の声には、私も内心で同意した。
僅かに遅れてまどかも美樹さんも興味津々で巴マミに視線を送った。
急に四人の視線が飛んできた為か彼女は僅かに困り顔となったが、すぐに嬉しそうな表情で頷いた。
「あら、そう見える? 新しい出会いがあったから、かもね」
「おおっ、マミさんに出会い」
何かを期待した様に美樹さんの瞳が光る。
「ふふ、年上の先輩なの。ちょっと街は離れているけど良い人達よ。連絡も時々は取り合っているわ」
「マミより年上かー……」
「年上なんですか!?」
「そうなの。大学生の女の人でね、スタイルが良くて、とっても綺麗な人なの……そうね、ちょっとだけ暁海さんに似てるかも」
既視感のある言葉だった。確か、まどかと遊びに行った日だ。あれは確か、雑誌に。
「時々は、誰かの後輩でいたくって」
ぽつりと呟かれた言葉が私の思考を遮った。
巴マミの声音は低く、どこか落ち込んでいる風にも聞こえた。
その時、さりげなく巴マミの手を握る者が居た。まどかだ。
巴マミははっとした様子でまどかを一瞥し、目を細める。そして杏子と美樹さんに向かって顔をほんのりと赤くした。
「だから、その、恋人とか、そういうのじゃないのよ?」
場が更に明るくなって、杏子の大笑いが響く。
「笑うことないじゃない」と巴マミが膨れていたが、お構いなしだ。
「あんたって恋人は居ないもんな」
「マミさんは高嶺の花って感じですもんね。実はラブレターとかいっぱい貰ってたりします?」
「そ、それはっ、ええっと……い、いえ、貰ってないわ」
「嘘だろ、それ。あたしはあんたが手紙片手に浮かれてる所を見たからな」
「さっ、佐倉さん!?」
柔らかな瞳で睨み付けられたくらいでは動じず、杏子は手を頭の後ろで組んで顔を逸らしていた。
「やっぱり貰ったことあるんですか!」
「あ、いえっ、あの、美樹さん。確かに貰ったわ。けど、私にはまだそういうのは早い気がして……でも、貰えるのは確かに……じゃなくて、そ、そういう美樹さんはどうなのかしら?」
話が美樹さんへ飛ぶと、彼女は慌てて頬を掻いた。
「あっ、あたしですか? いやあー、あたしは一通も。全然人気ないし」
「そんな、美樹さんはとってもかわいいし、元気で眩しい子だと思うわよ?」
「そうなんです! マミさん!」
まどかが深々と頷いた。
「ふふふっ、鹿目さんは美樹さんの事が大好きだものね」
「はいっ! さやかちゃんはすっごくいい人なんですから!」
「う、ううぅぅ……褒められるのは嬉しいけどさ、そこまで褒めなくても……」
美樹さんはまどかと巴さんから褒め殺しにされてひどく恥ずかしがり、その場で真っ赤になって顔を覆った。
そんな彼女達を杏子は一歩離れた所から眺め、鼻で笑うような素振りで参加こそしなかった。が、まどかの物言いにこっそり頷いているのが見て取れる。
この場で楽しい空気を共有している事を示すために、私は少しだけ笑みを浮かべた。
みんな、楽しそうだ。私がほとんど見た事もないくらいに。
いつもいつも、私が踏み越えた彼女達の顔は悲壮で、それを見るのはいつも胸が痛くて。
分かってる。他の時間軸と今は違う。今は沢山の奇跡のようなイレギュラーがあって、だからこそ成り立っているのだと。
でも。それでも、私の行動はどれほど彼女達を傷つけ、苦しめてきたんだろう。
「ほむらちゃん?」
「……ううん、なんでもないわ」
この楽しい時間が、本当は彼女達にあるべき物だった。そう思いたかった。
例え魔法少女としての宿命があるとしても、こんな日々が許されないほどに彼女達は罪深い存在ではない。私はともかく、他のみんなは。
いい加減、私は彼女達と話をするべきだ。
今更に決意する。こうして行動を定めると、どうして今までそう考えなかったのか分からない。
ワルプルギスの夜が来る前にすら、私は彼女達に協力を頼まなかった。それほどまでに愚鈍な私でも、ようやく彼女達と接触する意思が定まった。
私はこの時間軸の彼女達をほとんど知らない。魔法少女としては何一つ知らない。
彼女達が何を知っていて、何を知らないのか。
仮に知らないのだとしたら、私の口から真実を告げる事も、真実を突きつける事も、もはや出来そうもない。
だけど、もはや限界だ。
ワルプルギスの夜が来ない原因は、私にも焔にも原因が全く分からない。相変わらずソウルジェムは濁らない上にインキュベーターは行方不明だ。
彼女達が何らかの答えを持っている可能性に賭けなければ、後は何も手がかりがなかった。